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中学生のころに読む本で、意外と見落とされがちな「面白い本のよさ」  2011年4月13日  No.1232
 URLは、https://www.mori7.com/index.php?e=1232      




 中学受験で多忙な勉強の1年間が終わると、ほとんどの子が読書の習慣をなくしてしまいます。

 本を読むのが好きな子は、中学生になってから本を読み始めますが、中学生時代というのは、部活があったり定期試験があったり意外と忙しい時期です。

 読書は、毎日の習慣で読み続けていけるものですから、テストなどで何日か本を読まない日が続くと、すぐに読書の習慣は途絶えてしまいます。

 しかし、この中学生の時期にも、しっかりと本を読み続ける子がいます。そういう子は、ほぼ例外なく国語の力があります。そして、国語の力がある子は、やる気になるとすぐにどの教科の成績も上げることができます。(ただし、読書好きな子は、退屈な勉強を嫌う子も多いので、受験勉強のスタートなどは遅れ気味になることも多いようです)



 さて、中学生になっても読書を続ける子は、どういう本を読んでいるのでしょうか。意外なことに、それは親の目から見ると、一見程度の低い内容に見える本なのです。

 教育関係者と呼ばれるような人の多くは、本を選ぶときにまずその内容に注目します。内容に感動があり、読みやすい本であれば、それを良書と考えがちです。しかし、読みやすい本というのは、易しい語彙しか使われていないために読みやすいということも多いのです。

 その反対に、一見くだらない内容に見える本の中に豊富な語彙が盛り込まれていることがあります。

 以下の例は、どちらがよいか悪いかということではなく、表現の仕方の例として見てください。

 まず、森絵都さんの「アーモンド入りチョコレートのワルツ」という本の表現の一部です。

====(引用はじめ)

 ぼくは一瞬、どうすればいいのかわからなくなって、とっさに海へ目をやった。暗い暗い夜の海。遠い岸辺に灯台の光が見える。その光がぐるりとひとまわりしても、ぼくにはまだどうすればいいのかわからなかった。

====(引用おわり)

 情景と心情の描写が工夫されていますが、使われているのは平易な語彙で、小学生でも十分に読めます。

 次は、中村うさぎさんの「極道くん漫遊記」という、著者名と書名からして良書には選ばれることのなさそうな本です。^^;

====(引用はじめ)

 やがて俺たちは、鋼鉄製の柵に囲まれた瀟洒(しょうしゃ)な屋敷にたどり着いた。ドラゴンは、門の前まで押し寄せてきた群衆を蒸気の鼻息で威嚇すると、そのまま番犬のようにうずくまる。

====(引用おわり)

 こういうちょっと難しい表現で書かれた文章とともに、冒険物の本らしいテンポの速い会話が続きます。

====(引用はじめ)

 だが、フールーは、すました顔で言葉を続ける。
「わたしたちは、美しいモノが好きなの。……(略)……皆、美少女ばかりでしょ?」
「自分で自分を美少女とか言うなっつーの!」
「あら、ホントのコトだもん」
「…………」
 誰か、このバカ娘に、謙遜(けんそん)ってモノを教えてやれぇーーっ……て、まぁ、俺も教わったコトねーけどな。ははは。」
 だが……ちょっと待てよ? よくよく考えてみりゃ、……(略)……

====(引用おわり)

 登場人物が極道くんなので、品の悪い言葉で書かれていますが、言葉と実感がよく結びついている表現です。



 読書で大事なことは、いろいろありますが、いちばん重要なことは、毎日読むということです。だから、面白く読めるということが最優先です。そして、そのうえに、難しい語彙が盛り込まれていれば申し分ありません。たとえ内容的に優れた本であっても、子供がその本を薬でも飲むように決められたページまで義務感でやっと読むというような本では読書力はつきません。そして、この読書力が、読解力の土台になっているのです。

 ときどき、「読書をしても国語の成績は上がらない」と言う人がいますが、それは半分は正しく半分は間違っています。どこが間違っているかというと、「読書をしないのに国語の成績のいい子はいない」ということも言えるからです。読書力は、そのまま読解力ではありませんが、読解力の土台となっています。

 国語の問題で物語文を読むときに、読書力のある子は、文章を実感をこめて、あたかもその物語の中の世界を自分が経験しているように読むことができます。そういう読み方ができれば、選択問題でも記述問題でも、問題を見たあとにすぐに答えることができます。しかし、読書力のない子は、まず読み取ること自体に時間がかかりますが、それ以上に、問題を見たときに、もう一度もとの問題文の該当箇所の周辺を読まないと答えが出てきません。ここで出てくるスピードの差が読書力の差なのです。
 

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