例えばたくさん遊んだことによって何かに熱中するということを知り勉強を熱中したり、偏差値が高いだけに自由にやった分、家ではしっかりと勉強しなくてはならないため、メリハリの意識が勝手についたりということだ。 (101字)
自分の身を実際に動かして体験していくということは、何か新しいことに挑戦する時に貴重な財産となる。それは、どんな時ということではなく、その挑戦の一つ一つの過程でだ。実際に体験をするということは、体で覚えていくということだ。だから、特に今まだにやった体験が楽しくなかったり、興味が無かったとしても、何かの場面で本能的に体が動くのだ。もしかしたら、その体験によって何かの犠牲が生まれ、嫌な思い出となるかもしれない。しかし、それでもその経験が生きるところは必ずやって来る。実際に実験をしてみる、実際に出かけてみる、実際に話を聞いてみる…。そんなことにより、思い出的には良くないかもしれないが、必ず心は大きく成長する。例えば、虫の苦手な人が頑張って森へ出かけて、大きな虫を捕まえた。これは、思い出的に見れば気持ち悪くて最悪なものかもしれないが、苦手なことに挑戦して実際に苦手なことでもやったという経験は、心の大きな成長となり、度胸や達成感というものを感じる良いものとなっただろう。だから僕は何事にも自分の身をもって体験することで成長する人間にをなりたい。
そのための方法としてまず第一に、生の自然や人間に接する機会をもっと増やすことである。何かn、きっかけとなるものはその何かをしようとしている人の背中を押し、またそのきっかけが増えるということは、たくさんのことが挑戦しようとしている人の背中を押す。しかし、最近は機械の発達により、それが減ってきた。例えばスマートホンのメールやLINEにより、最近は年始に多く届く年賀状の枚数が大きく減った。年賀状のようなお便りを出すということはあまり僕たちの世代の人は普段しないため、身近な人に季節のお便りを出すというようなことは社会に出て働くようになってからのための良い練習となる。しかし、最近はメールやLINEで済ませてしまうという人が増えたのだろう。僕はきちんと出すべきだと思うために、なるべくきちんと出そう
と思うが出したところで今まできちんと帰ってきたものは数年前と比べ大きく減った。そのために、有名な芸能人が実際に年賀状を自分の友人に書いて送る特集やCMがよくテレビで放送されているのを見る。自分の好みの芸能人がやっていたら、皆自分も真似しようと思うだろう。だから、こんなテレビをもっと多く放送したり、多くの芸能人がやることが大切だ。
また、第二の方法として、子供たちの注意事項や禁止事項を規則とただ増やすのではなく、自由の中での責任や配慮を教えることである。ある程度自由にして自由にすると、その経験が何か別の勉強や仕事などでつながって成功することもある。神奈川県立鎌倉高校という高校は、毎年平均偏差値65くらいのハイレベルな高校だ。江ノ電沿線にあり、目の前が海の立地はとても良い高校だ。その高校は、他のい学校と比べて校則が大分ゆるい。学校が終われば海で遊び、文化祭や体育祭は髪の毛の色や体の色がペンや染料でおかしくなるそうだ。高校のレベルが高くて通っている生徒のレベルが高くてあまり常識外のことをしないからゆるいという可能性もあるが、生徒の頭の中ではそんな自由な校則と勉強とがつながっているのだと思う。例えばたくさん遊んだことによって何かに熱中するということを知り勉強を熱中したり、偏差値が高いだけに自由にやった分、家ではしっかりと勉強しなくてはならないため、メリハリの意識が勝手についたりということだ。ルールはただ厳しくするだけでなくて少しゆるめると、子供たちの中で何かが結びついて子供たちにとっては逆に良いだろう。
確かに、現代は子供たちのすぐ近くでも犯罪が起こり、自由勝手に動き回ることは危険だ。しかし、「寒さにふるえたものほど、太陽の温かさを感じる。」という名言もあるように、何かを体験して身を持って理解したものこそ、考える力や頭の回転力は上を行く。
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