a 読解マラソン集 9番 母親に死なれた「私」は ma3
 (母親に死なれた「私」は、近くの魚屋によく遊びに行っていた。ある時、魚屋の青年にコジッケという鳥を捕りと に行こうと誘わさそ れた。行ってみると、そこにはコジュケイという鳥の親鳥とひながいた。青年はさっそくコジュケイを捕りと にかかった。)
 かれ(魚屋の青年)は親鳥を追いまわしているさいちゅうである。
 ところがどうしたことだろう。その親鳥はけがをしているらしく、つばさをバタバタとあおぎながら地面をのたうっている。
 それも、手をのばせばつかまりそうなところをあやうくはばたきながら、坂道へ坂道へと逃げに てゆく。
 そのあわれな姿にひきかえ、ゴム長ぐつをブカブカ鳴らしながら、へっぴり腰    ごしで追いすがってゆく青年の姿はこっけいだった。私は『ジャックと豆の木』にでてくる大男が、雲の上を逃げるに  ジャックを追いかけてゆくあの姿を思いうかべた。
 が、やがて一人と一羽が坂道のまぎわまできたとき、思いがけないことが起こった。
 バサバサバサッ。はげしい羽音がしたかと思うと、ひん死の鳥が勢いよく地面から飛びたったのである。
 そして、あっけにとられている若者の頭上をちょんぎって、それきり小ぐらい屋敷やしきのしげみに消えてしまった。
 それは鳥が敵をひなから遠ざけるためによく使う「疑傷」という手段だった。童話のとおり、ジャックはつばさという、「おの」で、みごとに大男との世界をたち切ってしまったのである。
 魚屋はキツネにつままれたようにあんぐりと口をあけて立ちすくんでいる。
 が、しばらくするとくるりとこちらにむきなおり、もう気がぬけたように、私のことも、石の下のひなのこともほったらかしてさっさと帰ってしまった。
 私は胸をなでおろした。
 だがそれは、小さなものに対する人間らしい思いやりなどというものとも、すこしちがっていた。
 私はただ、鳥の母子が自分たちの手でちりぢりにされてしまうのを見ていられなかったのだ。
 私の母の命をうばっていったものが、どんな世界のどんな力だったのか私にはわからない。だが、すくなくとも自分がその運命の手のようなものになってほかの生命をおびやかしたり、家庭をこわしたりすることだけはできなかった。
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 これは、カエルのおなかをパンクさせてよろこんでいたあの子どもにとって、思いがけない発見だった。
 ともかくコジュケイの家族は無事に悪魔あくまの手からのがれることができた。
 彼らかれ はふたたびなにごともなかったように自分たちの巣へぞろぞろ帰っていったにちがいない。そう、なにごともなく――これは家庭にとってたいせつなことだ。
 だが、すでになにごとかが起こってしまったときはどうだろう。もしあんちゃんがまんまと母鳥をつかまえていたなら、このつぎからひなたちはどうやって身をまもるのだろう。
 茶の間でぼんやりと祖母の帰りを待ちながら私は考えた。答えはひとつしかなかった。
 それは保護色にたよって石のまねをすることでも、巣にうずくまったきり外へでないことでもない。「一日も早くひなでなくなってつばさを持つ」ことであった。

舟崎克彦『雨の動物園』)
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a 読解マラソン集 10番 児童図書館員という職業につき ma3
 児童図書館員という職業につき、本を読む子どもたちとつきあうようになって、かれこれ十年たつ。本を選ぶこと、本を楽しむこと、本から実質的な益を得ることにかけては、立派な読書家といえる子どもが多いのだが、この小さい読者たちは、ときに思わぬ言動を見せて、わたしたちを驚かすおどろ  
 たとえば、「この本はとてもいい本だけど、ぼくは○○ページだけは、絶対に読まないからね」と宣言する子。(問題のページでは、主人公の愛犬が死ぬのである。)あるいは、二巻に書かれた本の下を借りてゆき、「この本、下と書いてあるのに、とてもむつかしかった」と不満げに返しにくる子。わたしの著した本をもってとんできて、「ねえ、ねえ、これ先生が書いたの?」ときく子がある。そうだと答えると、かの女は、目をまんまるくして驚嘆きょうたんする。「きれいな字ねえ!」
 しかし、小さな読者のことばは、いつもわたしたちをほほえませるとは限らない。ときとして、思いがけぬ考えの深みに、わたしたちを誘うさそ ことがある。『ナルニア国ものがたり』を読んだある子がいった。「東京にアスランの喜ぶもの、何かあるかなあ……」
 『ナルニア国ものがたり』は、『悪魔あくまの手紙』などの神学的著作で知られるイギリスの文学者C・S・ルイスが、子どものために書いた全七巻からなる壮大そうだいなファンタジーで、アスランというのは、その中に登場するキリストを象徴しょうちょうするライオンである。
 「……東京タワーじゃ喜ばないねえ。でも、アスランは、ほんとうにいいものは残るっていったんでしょ……」

松岡まつおか亨子きょうこ『小さい読者』)
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a 読解マラソン集 11番 ほんとうの友達は ma3
 ほんとうの友達は、多くの場合、若いときからの年来の友人、学校時代あるいは二十さい前後のいわゆる青春時代からの友人です。大人になってから、ことに三十さいを過ぎてから、心からの親友を見いだすことは、ないことはないでしょうが、なかなか困難なことです。志賀直哉なおや氏と武者小路氏にしても学生時代からの友人でしたし、わたしの場合でも、親友の大部分は学生時代からの友人です。だから学生時代に、あるいは二十さい前後の若いときによい友人を発見することはきわめて大事なことですが、なぜ若いときの友人が一生の友人になることが多く、それに比べて大人になってからでは親友はできにくいか、このことを考えてみると友情とは何かがはっきりしてくると思います。
 その人の存在だけでこちらが慰めなぐさ られ励まさはげ  れるような友達、生涯しょうがい続いて変らない美しい友情、こういったものが若いときにつくられることが多いということは、そういう時代には各自がすなおに人生に直面しており、したがってすなおな自己をさらけだして生きているので、心と心がすなおに触れ合うふ あ ことが多いからでしょう。言いかえれば、青春の時代にあっては、打算的功利的な考えで人と交際することが、大人の社会に比べて少ないからでしょう。
 一口に友人といっても、その種類や程度はさまざまだとまえに申しましたが、世間には単に利害関係だけで結ばれている友人関係や、利害関係だけでなくてもごく表面的な関係だけで交際している人を友人と呼んでいる場合がたいへん多いのです。利害関係だけで結ばれているならば、その利害関係の変化によって、今まで親友のように交際していた人どうしがたちまちかたきのようになってしまうこともあるでしょう。それはけっして友達とは言えません。また単に表面的なこと、たとえばクラスが同じだとか、趣味しゅみが似ているとか、職場が一つだとかいうことで友人になっている場合があっても、それはそれでよいでしょうが、これだけでは生涯しょうがいの友にはなれません。なぜなら、ほんとうの友情とは心と心の触れ合いふ あ ですから、表面的なことだけでは成立せず、互いたが の真実をぶつけ合うすなおな気持ちが必要だからです。
 大人になってからは親友ができにくく、若いときにこそ真の友情を見つけることができるのは、自己の真実をはだかのままで示すすなおな気持ちを若い人は持っているのに、大人になるといろいろなか
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らができてしまって、自己を開き示すことが少なくなるからでしょう。友情の成立に必要なのは、必ずしも若さということではなくて、人生にたいする真実な気持ちを聞き示し、また他人のそのような気持ちを受け入れる心のすなおさです。言いかえれば、人生に対する真実な気持ち、自分自身に対する誠実さ、これなくしては友情は得られず、逆にまた、これさえあれば若くても若くなくても真の友情をうることができるに違いちが ありません。友情における相互そうご信頼しんらいというものは、人生に立ち向かうこの真実さを相互そうごに認め合うことですから、性格や意見がどのように違っちが ても、外的な環境かんきょうや身分がどのように違っちが ても、そういった相違そういをこえて成立するものですし、これは相互そうごの生き方の最も深いところでの信頼しんらいですから、生涯しょうがい変ることなく続くのです。
 こういう信頼しんらいは、当然、相手に対する尊敬を伴いともな ます。人生に対する真実真剣しんけんな態度ほど尊敬すべきものはないのですから、信頼しんらいが尊敬を生むのは当然です。信頼しんらいをもって人に接すれば、わたしたちはそこに自分の持っていないさまざまな長所を発見し、それを尊敬し、そこから学び、それによって励まさはげ  れます。逆にまた、そのような信頼しんらいを友人から寄せられるならば、それにまさる大きな慰めなぐさ 励ましはげ  はないでしょう。なぜなら人生への真実という点での信頼しんらいは心の最も深いところでの信頼しんらいであり、他の何ものによっても動かされることのないものだからです。人がなんと言おうとも、世間がどんなに自分を誤解しようとも、友人だけはわかってくれていると思うことができるのは、なんというありがたいことでしょうか。

(矢内原伊作いさく『友情について』)
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a 読解マラソン集 12番 近頃、いろいろな分野で ma3
 近頃ちかごろ、いろいろな分野で「二世」が目立つ。スポーツ界をはじめ、芸能界や政界にまで、二世の活躍かつやくする場は及んおよ でいる。人間のさまざまな能力について、「遺伝」と「環境かんきょう」のどちらが影響えいきょう与えるあた  のかというテーマは、古くから議論されてきたものである。二世の活躍かつやくなどを見ると、人間の容姿や才能、性格などを決めるのに、やはり遺伝のほうが育った環境かんきょうより重要と言っていいのだろうか。
 いや、必ずしもそうとはいえない。ここでは、生まれてすぐに人間の手を離れはな て育った「野生児」の例を取り上げてみよう。一九二〇年にインドの森で見つかり、カマラ(八さい半)とアマラ(一さい半)と後に名付けられた二人の少女は、オオカミに育てられた子供として知られている。発見当時、二人ともオオカミの住んでいる穴から出てきて、オオカミと同じように行動した。
 もしくは、四足歩行をおこない、舌を垂らしたままで何度もくり返し吠えるほ  のである。また、光を怖がるこわ  一方で、夜は活動的になり、毎日四時間ほどしか眠らねむ なかった。飲み物はペチャペチャなめ、食べ物は肉食に偏っかたよ ていて、うずくまった姿勢で食べた。行動ばかりか、体の形にまで野生生活の影響えいきょうが現れていた。手のひらやひじひざ、足の裏の皮膚ひふが、厚く硬いかた かたまりになっていたのである。
 二人は見つかってから孤児こじ院で育てられたが、二足歩行するまでに六年もかかるなど、ゆっくりとしか個性は現れなかった。
 この野生児の例をみると、容姿には遺伝が深く関わっているが、行動や性格の発達に関しては、生後まもなくからの、子供の置かれた環境かんきょうがきわめて重要なことがわかる。

(大石正道『遺伝子組み換えく か とクローン』)
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