私たち脳の研究者は記憶の研究材料として「ネズミ」をよく使います。記憶力がもっとも優れている動物は人間ですから、なぜ人間を使わないのかという疑問をもつ読者もいるかもしれませんが、ネズミを使って実験するほうが好都合な部分もあるのです。たとえば、人とくらべてネズミのほうが純粋な記憶をしてくれるということが挙げられます。ネズミの記憶のほとんどが本能に根ざしたものですから、人間のように「今日はだるいな」「面倒くさいな」「早く終わらないかな」などということで記憶力が左右されません。昨日は覚えたけど今日はだめだとか、このネズミは覚えるけど別のネズミはだめ、などという「気まぐれ」や「ばらつき」が少ないのです。「記憶」という抽象的でとらえにくい対象を研究する場合、実験の妨げとなる目に見えない要因が少ないということは、とても大切なことです。こうした理由で、私の研究室でも主にネズミを使用しています。
ネズミを使ったオペラント条件づけの方法を図15(省略)に示しました。これはスキナー箱とよばれる装置です。この箱の中では、ブザー音が鳴ったときにレバーが押されると餌が出てくる仕組みになっています。簡単なテストなのですが、第一章で説明した水迷路試験にくらべるとかなり高度な課題ですから、さすがに何回か訓練を積まないと学習できません。そして、この箱に入れられたネズミがどのように学習していくかを観察していると、とてもおもしろい事実が見えてきます。
当然、ネズミにとってスキナー箱は生まれて初めて見るものです。目の前のレバーがなんの役割をしているのかは知りません。そもそも、レバーは押すものであるということさえも理解していないのです。しかも、突然ブザー音が鳴ったりします。まさに、戸惑うばかりの部屋です。そんなあるとき、偶然にレバーが押されて、おいしい餌が出てきます。初めは単なる偶然です。しかし、この偶然が何回か続くと、「レバーを押すこと」と「餌をもらえること」の
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