a 読解マラソン集 9番 生き残る方言のもうひとつは nnga3
 生き残る方言のもうひとつは、方言だとわかってはいるが、使わないではいられないといったものである。それらは、文末詞や、感情語彙ごい、程度副詞、挨拶あいさつことばなどの中に多い。例えば、仙台せんだいの文末詞なら「行くっチャ」の「チャ」がよく使われる。これは共通語に直せば「行くさ、行くとも」であり、「当然だろ、何でそんなこと聞くんだ」といったニュアンスを表す。また、「行くべ、行くべ」は、「行こう、行こう」という意味で、相手を誘うさそ ときによく使う。こういった「チャ」や「べ」は今でも元気である。
 感情語彙ごいでは、「メンコイ」や「イズイ」が生き残っている。「イズイ」は、体表面のなんとも言えぬ不快感を表すもので、襟元えりもとに毛が入って「イズクてたまらない」とか、セーターを洗ったら縮んでしまって「イズクてしょうがない」、といったふうに使われる。こういう方言は、今でも老若を問わず根強い人気があって、かなり使われている。気づきにくい方言と違いちが 、これらこそ地元の人々の支持を得た、正真正銘しょうしんしょうめい生き残る方言と言える。
 これらの「真正」生き残る方言に共通するのは、いずれも相手の感情に訴えうった かける性質をもつという点である。右で見た文末詞や感情語彙ごいはもちろん、程度副詞「関西のメチャ、名古屋のデラなど」や挨拶あいさつことば「東北のオバンデス」も、同様に理解してよいだろう。これらの感情的要素は相手の心に響くひび ものだけに、会話の雰囲気ふんいきを気取らない、打ち解けたものにする効果が抜群ばつぐんである。すなわち、こうした方言を使うことで、「私はあなたと心を割って、親しく話したいんだ」とか、「肩肘かたひじ張らないで、リラックスして話しましょうよ」といった意思表示を行うことができる。共通語の使用が相手との間にかべを築くのに対し、これらの方言は逆にそのような垣根かきね取り払いと はら お互い たが の心的距離きょりを縮める役目を果たす。現代人は無意識のうちに、こうした方言の機能を会話のストラテジーとして利用しているように見える。
 「方言」と一口に言っても、もはやそれはシステムではなくスタイルに変質してしまった。それならば、方言スタイルという確固とした文体が存在するのかといえば、若者たちの方言の実態は、共通語が主体でそこに右に見たような要素をわずかに加えた程度のものにすぎない。会話の雰囲気ふんいき作りのために共通語に散りばめられる要
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素になってしまった方言を、私は、服飾ふくしょくになぞらえて「アクセサリーとしての方言」と呼ぶ。アクセサリーはあえて付ける必要のないもので、それを付けることには積極的な意味がある。同じように、若い人たちは共通語だけで十分コミュニケーションが成り立つのに、あえて方言を使おうとしている。それは、親しい仲間同士の会話を楽しむ潤滑油じゅんかつゆとして、方言の価値を認めているからにほかならない。
 ところで、アクセサリー化したといっても、仙台せんだいあたりの若者が使う方言はあくまでも地元の方言である。ところが、最近では、東京の若者たちが、全国各地の方言を取り込んと こ 携帯けいたいメールを楽しんでいるという。正直、方言がここまでくるとは思わなかった。考えてみればこうした無国籍こくせき的な方言の使い方は、アクセサリー化した方言の究極の姿であると言えるだろう。だが、土地から遊離ゆうりした方言は果たして方言と言えるのか。「母なることば=方言」というイメージにとらわれていると、蕎麦そばの薬味のような方言を方言と認めるには抵抗ていこうがある。「方言」とは何であるか、自明のように思われたことが、今、あらためて問われているのである。

(小林たかし『現代方言の正体』による)
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a 読解マラソン集 10番 ところが、近代になって nnga3
 ところが、近代になって欧米おうべい影響えいきょうを受けると、「ウソ」も「虚偽きょぎ」も一括いっかつして「これを悪事と認定するような風潮が起こった」と柳田やなぎだは言う。そして、柳田やなぎだは西洋と日本の違いちが を当時既にすで よく認識しており、日本では平気で「ウソばっかり」とか「ウソおっしゃいよ」とか言うが、これをそのまま英語に直訳すると大変なことになると指摘してきしている。
 場を保つために、日本では「ウソ」がある。これに対して、西洋ではジョークがあるのではなかろうか。ここで大切なことは、日本では、場の方から発想し、次に個人に及んおよ でくるが、西洋では、まず個人があり、その次に個人と個人の関係を円滑えんかつにする「日本的に言えば、場を保つ」ことが考えられるので、その在り方が異なってくることである。日本人であれば、その場を保つためには、あることないことを適当に話をしても、その言葉に個人としての責任はない「と言っても程度があって、あまりに「場あたり」のことを言うのはよくないと考えられる」。これに対して、欧米おうべい人の場合は、どんな場合にでも発言したことについてはその人の責任が伴うともな ので、日本人的「ウソ」は言えない。と言って、すべての人が「ホント」のことばかり話をすると、ギクシャクしてきてたまらない。そこで、ジョークを言うことが必要になる。ジョーク抜きぬ では対人関係がうまくいかないのである。
 相手から何かが要求されるが、それは到底とうていできそうにない。そのとき日本的であれば、相手の気持を汲んく で、「難しいことですが、何とか考えてみましょう」と言う。しかし、これは西洋から見れば「ウソ」である。西洋人の場合は、「ノー」と言うわけだが、このときに場を和らげようとすると、ジョークが用いられる。そのジョークのなかに、相手の気持や、自分はどうしてもやりたいとは思うけれどできない、などという気持がうまく入れこまれていると、この人は「社交性」があるということで評価される。
 「社交的」という言葉は、日本ではむしろ否定的な感じを与えるあた  。しかし、欧米おうべいでは、それはむしろ当然のことである。あちらでは、子どものときから「社交的」であるためのエチケットやふるまいについて訓練される。日本人は「ノーと言えない」などと言われるので、それを意識して、欧米おうべい人とつき合うときは、「ノー」と言うべきだと張り切る人がある。残念ながら、そんなときに社交
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性を身につけないままで「ノー」と言うので、大変粗野そやに見えたり、無礼に感じられたりする。それぞれの文化は、長い歴史のなかで、全体的にその生き方を洗練してきているので、他の文化とつき合うのは、ほんとうに難しいことである。
 こんな体験をしていると、無理して欧米おうべいに同調するよりは、日本の方法に頼りたよ ながら、その意味を説明する方がいいのじゃないか、と思ったりする。欧米おうべい規範きはんによると、日本人は「ウソツキ」ということになりやすいが、実はそうではないこと、場を出発点とするか、個を出発点にするかによって、言語表現の在り方がどう異なってくるか、などについて説明するとよい。欧米おうべい中心の考えは今も根強いが、他文化に心を開こうとする人も増えてきたので、この方が喜ばれることもある。

(河合隼雄はやお『日本人と日本社会のゆくえ』による)
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a 読解マラソン集 11番 一九世紀後半のイギリスの nnga3
 一九世紀後半のイギリスの登山家のうちには文人、学者、知識人がたくさんみられるが、安全な社会の中に暮らしているこれら中流階級の人々にとって、登山とは自然の中で危険に対峙たいじして勇気をたしかめ、しかも同胞どうほう意識を高めるための絶好の機会であった。しかも、荷物の運搬うんぱん人とガイドをやとっての彼らかれ の登山は、家事使用人の労働に支えられた彼らかれ の生活様式にかなうものでもあった。運搬うんぱん人とガイドはアルプス登山の不可欠の要素であるという繰り返さく かえ れた発言は、たしかに一方では登山に必要な慎重しんちょうさの表明ではあるにしても、その発言のどこかに、中流階級の意識へのこだわりというか、固執こしつが感じとれはしないだろうか。一九世紀後半のスポーツとしての登山には、つねにそのような中流意識がみえ隠れかく する。
 スティーヴンにしてもその例外とは言いがたいが、それでもかれの場合には、その潜在せんざいする中流意識を越えこ て、登山をスポーツとしてとらえようとする志向がつよくでてくる。しかも、かれ山岳さんがくエッセイのなかでそれが最も鮮明せんめいにでているのが、「岩場での墜落ついらく」をめぐる記述においてなのである。問題の文章は『自由思考と平易な語り』「一八七三」に収められている「アルプスでのの五分」と題されたエッセイ。谷間の岩場で墜落ついらくの危険に直面した「私」が、いかなる宗教上の立場を信じうるのか考えてみるという、たしかに一風変わった内容である。「私」はどのようにして「の五分間」の恐怖きょうふ耐えるた  ことができるのか。

 正直なところ、いかなる信仰しんこうをもつ人であっても、私と同じ立場におかれたら大いに心乱れるのではあるまいか。いくらかでも役に立つ唯一ゆいいつのヒントは、別の、はなはだ威厳いげんに欠けるところから来た。何年も前のことになるが、テムズ河でのボート・レースに出ていて、一、二度負けたことがあった。そのときと事情が少し似ているのだ。負け試合の場合、すべての希望が消えて、ただばくとした名誉めいよ感からのみ漕いこ でいることがある。うでの筋肉は裂けさ そうになるし、背中は痛み、肺の血管がすべて切れてしまうのではないかとい
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う気分になる。残っている生命力のすべてが動物的な機械と化した体を動かすのにさし向けられるものの、ひどく辛くつら 、体にも悪く、何らよい結果を生みだすはずもないこの作業を続ける確たる理由などありはしない。にもかかわらず、一瞬いっしゅんでもそれを中断すれば人生も幸福もないと言わんばかりに漕ぎこ 続け、残っているかぎりの精神力をその仕事にそそぐ。ちょうどそれと同じように、岩にしがみついていようとする努力が私の思考のすべてをしめていた。何があろうと、いかなる理由づけができるにしても、あるいはできないにしても、ともかくこのゲームの残された部分をきちんとフェアにやり通さねばならないのだ。

 スティーヴンの意図ははっきりしている。危険な岩場での生死をかけた努力をスポーツの、ここではボート・レースの隠喩いんゆで説明しているのである。たとえ敗北が分っていても最後まで全力を尽くすつ  こと、それがかれの考えるフェア・プレイの精神である。ここでは、その精神がスポーツと人生の双方そうほうに共通するものとしてもちだされているのだ。それは、あるいは墜落ついらく世俗せぞく化と呼んでいいのかもしれない。ロマン主義的な想像力の対象であったものが、世俗せぞく的なスポーツのわくの内で語りうるものに変容しているのである。その変容を可能にしたのは、言うまでもなく、登山の世俗せぞく的スポーツ化という時代の趨勢すうせいであった。

(富山太佳夫たかお『空から女が降ってくる』による)
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a 読解マラソン集 12番 パリとロンドンを往復した nnga3
 パリとロンドンを往復したたくさんの書簡において、熊楠くまぐすが書いていることの中でも、もっとも重要なのは、事という概念がいねんをめぐるかれの思考である。ここには、とても現代的な思考法を、みいだすことができる。熊楠くまぐすはその考えを、まず自分の考える学問の方法論として、語り出している。
 熊楠くまぐすの考えでは、事は心と物がまじわるところに生まれる。たとえば、建築などというものも、事である。その場合、建築家は自分の頭の中に生まれた非物質的なプランを、土や木やセメントや鉄を使って現実化しようとするだろう。建築物そのものは物だけれども、それは心界でおこる想像や夢のような出来事を実現すべくつくりだされた。つまり、それはひとつの事として、心と物があいまじわる境界面のようなところにあらわれてくる現象にほかならないことになる。
 このプロセスは、もっと精密に研究してみることもできる。建築家は設計図を描くえが 。そして、その設計図をもとにして、建築の物質化が実行される。このときの設計図もまた、事なのである。設計図は、建築家の頭の中に浮かんう  だアイディアを、明確な構造をもった透視とうし法の中に定着させるものだ。ここでは「設計図の描きえが 方」という表現法自体が、アイディアの物質化をたすけている。だから、そこでも心と物が、出会っている。そうなると、建築という行為こういそのものが、幾重にもいくえ  積み重ねあわされた事の連鎖れんさとして、できあがっていることがわかる。記号や表象が関係しているものは、こうして考えてみると、すべて事なのだということが、はっきりしてくる。
 いまの学問にいちばん欠けているものは、この事の本質についての洞察どうさつだ、と熊楠くまぐすは考えた。かれの考えでは、純粋じゅんすいなただ心だけのものとか、純粋じゅんすいにただ物だけのもの、というのは、人間の世界にとっては意味をもたず、あらゆるものが心と物のまじわりあうところに生まれる事として、現象している。しかも、心界における運動は、物界の運動をつかさどっているものとは、違うちが 流れと原理にしたがっている。このために物界では、因果応報ということが確実におこるのに、純粋じゅんすいな心界でも因果応報がおこるとは限らないのだ。たとえその人の心に悪い考えがおこったとしても、その考えが物界と出会って、そこにたしかな事の痕跡こんせきをつくりだし、物界の流
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れの中に巻き込まま こ れてしまうことがなかったとしたら、そのことだけでは、けっして将来に報いをつくりだすとは限らない。
 事は異質なものの出会いのうちに、生成される。そして、その事が、ふたたび心や物にフィードバックして働きかける過程の積み重ねとして、人間にとって意味のある世界は、つくりだされてくる。熊楠くまぐすはこの事の連鎖れんさの中から、ひとつの原則がみいだせるはずだと考えた。
 ここで熊楠くまぐすが考えていることは、とても大きな現代的な意味をもっている。まずかれは、人間の心の働きが関係するいっさいの現象についての学問にとって、いちばん重要な意味をもつのは事であるけれども、この事は対象として分離ぶんりすることができない構造をもっている、と言っているのだ、心界におこる動きが、それとは異質な物界に出会ったとき、そこに事の痕跡こんせきがつくりだされる。しかし、その事はもともと心界の動きにつながっているものだから、心界の働きである知性には、事を物のように対象化してあつかうことはできないのだ。しかし、その分離ぶんり不可能、対象化不可能なダイナミックな運動である事をあつかうことができなければ、どんな学問でも、自分は世界をあつかっているなどと、大口をたたくことはできなくなるわけだ。
 ここには、二十世紀の自然科学が量子論の誕生をまって、はじめて直面することになった「観測問題」の要点が、すでに熊楠くまぐす独自の言い回しによって、はっきりと先取りされている。

中沢なかざわ新一『森のバロック』による)
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