犬を
散歩に
連れて
行くと、あたりの
匂いをよくかぎまわります。
匂いをかぎ
分ける力を
嗅覚と
言いますが、犬は人の百
万倍もの
嗅覚を
持っていると
言われています。また、犬は音にも
敏感で、人に
聞こえない音を
聞く力も
持っています。しかし、目はあまり
良くなくて、
遠くがよく見えず、
色もあまり見えません。ただし、
夜の
暗いところでは、人よりもよく
物が見えるようです。犬は、
人間ほど目がよくない
代わりに、
匂いや音でまわりの
様子を
感じ取っています。
犬の
鼻には、
匂いを
感じる細胞が、およそ二
億個もあります。これ
に対して、
私たち
人間は、およそ五百
万個ですから、犬には人の四十
倍も
多くの
匂いを
感じる細胞があることになります。
犬が
特に得意なのは、「
酸」というものの
匂いです。たとえば、
台所にある「お
酢」の
匂いもその一つです。この「
酸」の
匂いなら、犬は人の一
億倍ものかすかな
匂いまで、かぎ
分けることができます。このすぐれた
鼻を生かして、犬は
私たちの
社会で
役に立つ仕事をしてくれています。
犯人の
匂いをたどる
警察犬、
地震などで
行方不明になった人を
探す災害救助犬、
外国からの
荷物を
検査する
麻薬探知犬などです。
人間を
含めた
哺乳類の
汗や
涙には、この「
酸」の
仲間がふくまれています。
警察犬や
災害救助犬は、この
匂いをたどるように
訓練されています。
警察犬は、
靴の
底を通して地面についたかすかな
匂いまでたどることができるそうです。
阪神大震災の
際、スイスやフランスからやってきてくれた
災害救助犬がたいへん
活躍し、
多くの人を
助けてくれました。この
時、日本ではまだ
災害救助犬のことがあまり
知られていなかったため、
海外からのチームが
空港で
足止めされ、三日たってからようやく
現地に
着いた、ということも
起こりました。この
反省から、∵
現在では日本でも
多くの
災害救助犬が
育てられるようになっています。
麻薬探知犬は、
空港や
港など、
外国から
旅行者や
荷物がたくさん入ってくる
場所で
活躍しています。
麻薬の
匂いを
覚えていて、
隠されている
麻薬を
探し出すのです。
最近では、
癌探知犬の
研究も、
進められているそうです。犬が、
癌にかかっている
患者の
吐く息をかぎ
分けることができるかもしれない、というのです。
このように犬の
嗅覚はとてもすぐれていますが、それだけでは
私たち
人間のためになる
仕事をさせることはできなかったでしょう。犬がこのように
役に立つ仕事をしてくれるのは、
彼らがとても
遊び好きで、
人間が
好きだったからです。
犯人の
匂いを
追う警察犬も、
隠された
麻薬を
探す麻薬探知犬も、犬たちはたぶんゲームでもしているつもりなのでしょう。早くお
目当てのものを見つけて、ほめてもらいたいのです。それは、犬と
人間との、
お互いのしっかりとした
信頼関係があって
初めて成り立つ仕事です。こんなに
科学が
発達した
世の中になっても、
機械がこの犬たちの
仕事を
代わりにこなすことはできません。
そう、犬は、とても「ワンだふる」な、
人間のパートナーなのです。
言葉の森
長文作成委員会(τ)
アメリカ大陸では、ヨーロッパの人が
移住する
前から、
独自の
文明が
発達していました。マヤ
文明は、
今から二千年
以上も
前に、
中央アメリカのユカタン
半島を
中心におこり、
長い間栄えた、たいへん
高度な
文明です。
古代マヤ人は、ジャングルの中にピラミッドを
建て、マヤ文字をきざんだ
石碑を
建て、いくつもの
王国を
作りました。しかし、この
文明は
突然滅んでしまったのです。マヤ
文明の
滅亡は、
人類の
歴史の中でも、大きな
謎の一つです。
誰も
読むことができなくなっていたマヤ文字は、「ユカタン
事物記」という本の
発見をきっかけに、
解読が
進みました。この本は、マヤ人に
キリスト教を
広めたランダ
神父が十六
世紀に
書いたもので、マヤ文字を
写しとり、
説明文が
書き加えられていました。マヤ文字は、ひらがなやアルファベットとはかなり
異なったものでした。人や
動物の
顔、
記号が
組み合わされたもので、どちらかと
言うと
漢字に
近い文字だと
考えられます。
「ユカタン
事物記」には、マヤの
複雑な
暦についても、くわしい
説明がありました。この本のおかげで、マヤ人がどれほど
精密な
暦を
持っていたかが、
明らかになりました。
彼らは、天文学にとてもよく
通じていました。
金星の
公転を
正確に
計算したり、
日食を
予測することもできたのです。さらに、
後世の
研究者たちを
驚かせたことがありました。それは、マヤの
数学です。
彼らは、ゼロを
発明していたことがわかっています。ギリシャやローマのように
高度な
文明をのこした
民族でも、ゼロという
概念は
持っていなかったことを
考えると、
驚くべきことです。ただ、ゼロという
概念がないと、テストで
零点を
取って
叱られることがないのは、よいかもしれません。
マヤ人の
生活を
知る上で、
重要なのは
宗教です。
彼らのあらゆる
行動は、
宗教ぬきには
語ることができません。その
儀式の中に∵は、
今の
私たちから見ると、
残酷でばかげているように見えるものもあります。たとえば、いけにえの
儀式です。
当時のマヤ人にとって、いけにえは、
神様に
願いごとをするために、なくてはならないものでした。たいていの
場合、いけにえにされる人も、
合意の上だったようです。「ユカタン
事物記」を
書いたランダ
神父は、この
儀式をやめさせるため、
裁判を
行い、
神の
像をこわし、
二度とくり
返さないことを人々にちかわせたといいます。
マヤ
文明は、なぜ
突然ほろんだのでしょう。それには、いくつかの
説があります。
土地がやせて、
農業が
続けられなくなり、
豊かな
土地を見つけるために
遠くへ
離れる必要があったという
説や、
民衆が、
王様や
貴族などの
階級に
不満を
持ち、
暴動を
起したという
説もあります。また、大
規模な
飢饉や
伝染病によって、おとろえていったという
考えもありますが、いずれにしてもはっきりしたことはわかっていません。
のちに、この
地域はスペイン人によって
征服されましたが、スペイン人がマヤ人の
領域にやってきたとき、マヤ人たちは、
自分たちの
過去のことについて、
何も
思い出すことができなかったそうです。
征服されたあと、マヤ人たちは、もうピラミッドや
石碑を
建てることはなくなりましたが、マヤ
文化は
今でも
生き残っています。マヤの
子孫の中には、
今も
古代マヤ人が
話していたマヤ
語を
話す人々がいます。また、
衣装に
使われる
模様には、
石碑に
彫られた
模様とよく
似ているものもあります。
耳をすますと、
古代マヤ人たちの
声が
聞こえてくるようです。
「
昔はユカッタンだけど、などと
言っていないで、マヤ
文明を
見直すのは、いマヤ。」
言葉の森
長文作成委員会(κ)