アジサイの花の色 読解検定長文 小3 春 1番
梅雨の 季節をいろどってくれる花に、アジサイがあります。この花は、いろいろな色に 変化することで 有名で、そのせいか、 花言葉には「 移り気な心」などというものもあります。そのほかの 花言葉、「強い 愛情」や「 家族の 結びつき」は、きっと、小さい花がたくさんあつまって 咲いているところからきたのでしょう。
アジサイの花の色は、 咲き始めの 緑がかった白っぽい青色から、 薄いピンク、 紫、そしてしだいに 濃い紫や 藍色に 変わっていきます。色がついているこれらの 部分は、じつは花びらではありません。 葉が 変化したもので、「がく」と 呼ばれることもあります。本当の花は、このがくの 真ん中に、ちょこんと小さく丸くついています。このように花 以外の 部分が 発達して花のようになっている花を 装飾花と言います。南国の 雰囲気を 持つブーゲンビリアや、クリスマスに 飾られるポインセチアなども 装飾花です。
では、アジサイの花は、どうして色が 変わるのでしょうか。
どんな色のアジサイも、その色の 素になっているのは、アントシアニンという 色素です。この 色素は、 条件によって、赤い色を出したり、青い色を出したりすることができます。ここで、色の 鍵を 握っているのが、アジサイが土の中から 吸い上げる、アルミニウムという 金属です。一円玉は、このアルミニウムで作られています。土の中には、アルミニウムをはじめ、いろいろな 金属が目に見えない形で 溶けています。これを 植物の 根が 吸い上げるのです。
アルミニウムが多いと、アジサイは青くなります。 逆に、アルミニウムが少ないと赤くなります。その中間は 紫です。このアルミニウムは、土の 性質が 酸性だと、土の中にイオンとして 溶け出すので、アジサイが 吸い上げやすくなります。 逆に、土の 性質が アルカリ性だと、アルミニウムはアルカリと 結びついて 塩になってしまうので、アジサイが 吸い上げにくくなります。こうして、土の∵ 性質によって、アジサイの色は 変わるのです。ですから、おとなりのアジサイの色が気に入って分けてもらい、わが家に 植えても、同じ色になるとは 限りません。
ところで、日本のアジサイを 世界に 紹介したのは、 江戸時代の 終わりごろに日本にやってきたドイツ人の 医者、シーボルトでした。この 時代の日本は、 鎖国の 状態で、人も 物も 自由に外国と行き来することはできませんでした。しばらくのあいだ日本に 暮らした 彼は、 植物にもたいへん 興味を 持ち、日本のいろいろな 植物を 持ち帰りました。シーボルトは、その中でもひときわ大きくてきれいなアジサイに、「オタクサ」という名前をつけました。これは、シーボルトが日本にいるときに 愛した 女性、「お 滝さん」の名前です。ドイツに 戻ったシーボルトは、 庭にそのオタクサを 植えて、「オー、タクサんのオタクサが 咲いた。」と見とれていたかもしれません。
アジサイと同じように、人間も、 好きな人の前で赤くなったり、 宿題を 忘れて青くなったりしますが、これはアルミニウムとは 関係ありません。
言葉の森 長文作成委員会(τ)
お茶の種類 読解検定長文 小3 春 2番
最近では、ペットボトル入りのお茶や 缶入りのお茶が、たくさん売られるようになってきました。 緑茶、ウーロン茶、 紅茶、 その他さまざまな 種類のお茶がブレンドされて、いろいろな名前で売られています。では、これらのお茶は、みんな 違う種類の木からとれるのでしょうか。
じつは、 緑茶もウーロン茶も 紅茶も、同じお茶の 木の 葉が 原料です。それなのに、なぜ色も 味も 違うかというと、作り方が 違うからです。
お茶を作るには、まず、お茶の木から 葉を 摘み取ります。このあと、 放っておくと、お茶の 葉はすぐに 発酵を 始めます。お茶の 葉の中にある 酸化酵素が 酸素を 取り込んで、お茶の 葉の 成分を 変化させてしまうのです。 特にお茶の 葉の中にあるカテキンやビタミンCは、 酸素と 結びつきやすく、たくさんの 酸素と 結びつくほど、お茶の色も 緑色から茶色そして赤色へと 変化していきます。ですから、 緑茶とウーロン茶と 紅茶の色の 違いは、 酸化の色の 違いなのです。
緑茶は、 葉を 摘み取るとすぐに 熱い蒸気に当てたり 釜で 炒ったりして、 発酵させないようにします。 熱い温度にすることで、お茶の 葉の中の 酵素がこわれて 発酵できなくなるのです。このお茶の 葉をよくもんで形を 整え、 乾燥させたものが 緑茶です。 発酵しないので 緑の色が 残り、カテキンやビタミンCもたくさん 残っています。
これ に対して、ウーロン茶や 紅茶は、 逆に 発酵を 助けてやるために 摘み取りの後に 別の 処理をします。お茶の 葉を日光に当てたり、 温風に当てたりして 葉をしおれさせる 作業です。ウーロン茶は、半 発酵の 状態のときに 釜で 炒って 発酵を止めます。そして 乾燥をさせ、 再び加熱して 香ばしさを出します。 紅茶は 完全発酵になるまで 発酵させ、 乾燥させて 完成させます。∵
ウーロン茶と 紅茶は、 発酵させた分だけ 緑茶に 比べてカテキンやビタミンCが少なくなりますが、その 代わりに、 大変よい 香りを 持っています。
緑茶に多く 含まれているカテキンは、 緑茶の 渋味と色を作る大切な 成分ですが、 最近、このカテキンの 殺菌作用が 注目されています。カテキンには、インフルエンザのウィルスや 食中毒の 菌の 働きを 抑える力があります。ですから、カゼのはやる 季節には、お茶でうがいをするといいそうです。
また、カテキンには、 癌を 予防したり、 高血圧を下げたり、 虫歯になりにくくしたり、といった 健康にいい 効果もあると言われています。 私たち日本人は、 昔から 食事のときに 緑茶を 飲んできましたが、これは 健康のためにはとてもいいことだったのです。
では、カテキンの多い 緑茶と、 香りのよいウーロン茶や 紅茶を 混ぜて 飲んだらどうなるでしょう。答えは、ゴチャゴ茶です。そりゃ、 無茶苦茶や。
言葉の森 長文作成委員会(τ)
ハチの社会 読解検定長文 小3 春 3番
朝早くから夜 遅くまで、 一生懸命働くことを「 働きバチのように 働く」と言うことがあります。 忙しく花の 周りを 飛び回ってせっせと 蜜や 花粉を 集めて 巣へ 運ぶ働きバチの 様子が、日本のサラリーマンの 働き方に 似ていることからできた 言葉です。 働き者というよりは、むしろ 働き過ぎという 悪い意味で 使われることが多いようです。しかし、 働きバチたちは、本当に長い時間 忙しく働いているのでしょうか。
ある 学者が、 働きバチに 背番号をつけて 観察をしました。それによると、 働きバチが一日に 働く時間は五、六時間で、それ 以外の時間は 巣の中でのんびり 過ごしていることがわかりました。日本人の一日の 平均労働時間は 約八時間ですから、人間の大人の方がよっぽど 働いているように思えます。
ミツバチもそうですが、、多くの 動物は、よけいな 仕事はできるだけしないようにして、 休息の時間が多くなるような生活をしています。 豊かな 暮らしのためにたくさん 働こうとする人間とは、 全く逆の生活に見えます。 敵の 攻撃から 巣を 守り、なわばりをつくり、 生き抜いていく 必要のある 動物にとっては、 財産よりも 休息のほうが 意味があるというわけです。
さて、パワーのある 働きバチはオスでしょうかメスでしょうか。 意外なことに 働きバチはすべてメスです。人間の社会も、サラリーマンという 男性中心の社会から、キャリアウーマンという 女性が 活躍する社会になりましたが、ハチの 世界の方が一歩 進んでいたようです。
働きバチは、生まれてから 期間ごとに 仕事の 内容を 変えて行きます。 羽化してから五日ほどは、 巣のそうじをし、その後十二日目くらいまでは女王や 幼虫の 世話をします。二週目から三週目ほどは 巣作りや、 蜜を 巣にためる 仕事をします。それから四週目までは 巣∵の 見張りをするようになり、やがて外に出て 蜜集めをするようになります。 巣の 内側の 仕事から、 段階を 追って外回りの 仕事になっていく 様子がわかります。 働きバチの 寿命は六、七週間ですから、年を 取るにつれて、 巣から 離れて遠くまで 蜜を 取りに行ったり、 敵と 戦ったりする 危険な 仕事になっていることがわかります。
それでは、ハチの 世界の 男性、オスバチは何をしているのでしょう。オスは、女王バチと 一緒に 子供をつくるとき 以外は、 巣の中で何もせずにただ 暮らしているだけです。しかし、そんなオスバチにバチが当たるようなことはありません。ハチの社会は、心 優しい働き者の 女性たちで 支えられているのです。
今日もハチたちは、花から花へ 蜜を 集めて回っています。
「あ、ミツ、ミツけた。」
「じゃあ、 仲間に知らせてこよう。おーい、ミツ……」
「バチン。」
「あいたたた。ハチ合わせしちゃった。」
言葉の森 長文作成委員会(μ)
コロンブスの大陸発見 読解検定長文 小3 春 4番
コロンブスの 時代、人々はまだ、 地球が丸いとは思っていませんでした。そのころ、ヨーロッパ 諸国は、 貿易を行いキリスト教を広めるため、さかんに船で東方にあるアジア 進出を 目指していました。この 時代を大 航海時代と 呼んでいます。
イタリア生まれのコロンブスは、東を 目指す人々とは 異なる考えを 持っていました。 彼は、 地球が丸いことを 信じていました。アフリカの南をまわってアジアを 目指すよりも、 大西洋を西へ 進んだほうが、ずっと早くアジアに たどり着けるはずだと考えたのです。もう一つ、コロンブスに 航海を 決心させたものがあります。それは、マルコ・ポーロの「東方見聞 録」でした。そこに書かれていた、黄金の国ジパング(日本)は、ヨーロッパの人のあこがれの 的でした。 彼はスペインの女王の 援助を 受け、サンタ・マリア 号に 乗って、西回りでアジアに行く計画を 実行することになりました。
このとき、コロンブスが 要求したことは、もしインドを見つけたらその 宝の十分の一を自分がもらうこと、 発見した土地の 総督になること、スペインの 貴族になることなどでした。当時、 遠洋航海には 莫大な 資金が 必要でした。このため、イギリスやフランスは、コロンブスの 提案を 受け入れることができませんでした。コロンブスにとってもスペインの女王にとっても、 航海は大きな 賭けだったのです。
サンタ・マリア 号の 乗組員たちは、地図にも 載っていない 未知の 海域へと 航海に出ました。そして、二か月 以上の 航海を 経て、ようやく 陸地を見つけることができたのです。コロンブスの考えでは、そこはアジアのはずでした。
地球儀を見るとわかりますが、ヨーロッパから西に 向かって 大西洋を 横断すると、 巨大な アメリカ大陸にぶつかります。 アメリカ大陸を 越えて広い 太平洋を 横断しなければ、アジアに∵ 到着することはできません。 実際の 地球は、コロンブスが考えているより、ずっと大きかったのです。
アメリカ大陸の 存在を知らなかったのですから、コロンブスが 新大陸をアジアだと思ったのも 無理はありません。コロンブスは、 上陸した 島々に名前をつけ、スペインの 領土としました。
当時、インドという 言葉は 漠然とアジア 全体を 指す言葉としても 使われていました。 アメリカ大陸にもともと 住んでいた人々を、コロンブスはインドの人という 意味でインディオスと 呼びました。
スペインに帰ったあと、 彼の 発見はたいへんな 評判になりました。 彼は一生、自分が 発見した 陸地をアジアだと 信じていたそうです。
コロンブスのタマゴの話は 有名です。この話を聞いて、ある人が同じようにタマゴを立てようとすると、タマゴはうまく立たずに、コロン。その人はブスっとしていたそうです。はい、 縮めて言うと、コロン。ブス。
言葉の森 長文作成委員会(κ)
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