日本は、ご存知のように、 読解検定長文 中2 夏 1番
日本は、ご存知のように、寒帯でもなく熱帯でもなく温帯に属しますが、それもただ単調な温帯ではありません。南からは暖流が流れ、北方からは寒流がきて、北から南につらなる細い島には、熱帯的、寒帯的の二つの要素がこまやかに入り混じっています。京都に 比叡山という山がありますが、この山に集まる小鳥の種類の多いことは有名でしょう。なぜ、そんなに多様な種類の小鳥が集まるかというと、ちょうど寒い国の条件と暑い国の条件とが、ここで重なっているからです。この 比叡山の小鳥のように、日本全体も南からきた人たち、その文化や感覚と、北からきた人たち、その文化や感覚が複雑多様に混じりあって一つのものとなっているのです。
はじめて日本にやってくると、こまやかな変化に富んだ島、海岸、山、樹、川などの自然の風景がきっと印象的であると思います。それは、大陸のような一本調子の大きく 強烈な風景のかわりに、変化的であり複雑 微妙でありながら、全体としては温和な統一をもった優しい印象があるはずです。しかし、その温和さはただ平板な温和さでなく、寒さと暑さの二重性をふくみ、大雪と大雨をふくみ、熱帯的様相と寒帯的様相の複雑 微妙な調和を保っているのです。夏には熱帯系の 稲が生えると同時に、冬には寒帯系の麦が生えます。本来は熱帯の植物である竹は、日本の各地に 繁茂して美しい竹林をなしていますが、その竹に寒帯系の 象徴である雪がつもってしまうありさまは、日本の 状況を実によく表していましょう。竹の 弾力的な美しい曲線や雪が落ちるとビーンと 揺れもどす 柔軟な 強靭さは、日本の文化や美術がもっている多様な変化性と調和性、 弾力性と 均衡性の 妙味をまざまざと示すもののようです。
しかも、この変化に富む土地の上に、モンスーンが 吹いて、四季の変化がリズミカルにめぐってきます。ここに春のうららかさ、夏の明るさ、秋のさわやかさ、冬のきびしさが調和的に生じてきます。日本美術にふくまれる一種流動的な調和感、機知に富む 装飾感、リズミカルな構成感などは、この風土なしには考えられません。
また、この温和で変化に富む自然は、日本人の対自然感情をこの上なく親和的なものとし、こまやかな優しいものとし、自然こそ日∵本人の 故里という情的な関係の 濃いものとしました。日本の芸術は、自然を冷たく 突き放して知的に考察したり、解体したり、組み立てたりはしなかったのです。日本人は、自然の外からこれを変形したり利用したりするよりも、 微妙で優しい自然のふところに 抱かれて、その中に 溶けこんで 微妙に協同することを得意としています。日本芸術の中に、いかに自然と親和的に交流して成り立っているものが多いか、建築でも庭園でも、さらには絵画でも、文学でも、名作といわれるものはすべて自然の中に深く入りこんで、そこに 抱かれた境地で自然の力と自己の力を 微妙に重ねながら創作されています。
ですから、日本芸術には根本において優しい情的な性格が 濃厚にひそむのです。明 徹な知性や 強靭な意志などよりも、いきいきとした優美で中和的な感情にすぐれているのは、当然といえましょう。複雑多様な変化的なものを 柔らかく単純なものにまとめあげ、そこに機知的でリズミカルで 装飾的な調和をつくり出すこと、ここに日本人の生活と思想が成立し、またその特色ある美術が育てられてきました。大陸から次々と入ってきた諸様式も、すべてこの体制の中に 溶かされて、形は似ていながらも、内容は全く日本的なものと化されて 多彩な芸術の流れを生んだのです。
(河北 倫明「日本美術入門」)
渡り鳥は、果たして 読解検定長文 中2 夏 2番
渡り鳥は、果たして生まれながらにして 渡りの時期と 渡りの方向とを知っているのか、それともベテラン古老に何度か導かれて学習するのか。後者ではありえないのではないかという例はいくつかある。
たとえば、ホトトギスの親は五月ころ日本に 渡って来て、自分では巣も作らず、自分の卵とよく似たチョコレート色の卵を産むウグイスの卵を見つけ、親鳥のちょっとのすきをねらって卵を産みつける。帰ってきたウグイスの親は、少し大きい新米の卵にも気づかず熱心に 抱卵する。やがて 孵化したホトトギスのひなは、こだわりもなくウグイスのひなを 蹴おとして、ウグイスの親の愛を 独占して育つ。しかし、秋が近づきウグイスの親が近くの山へ帰るころ、ホトトギスのひなは何千キロの南国へと旅立つのである。
まだある。 渡り鳥を 籠で飼育していると、秋の 渡りのころになると、「 渡りのいらだち」とか「 渡りの興奮」とかいわれる状態が現れる。天空以外、あたりの事物はいっさい見えない条件の下でも、その土地で育ったその鳥は定まった方向を向いて羽ばたくことを 繰り返す。その方向は、その土地でその種の鳥が秋に 渡る方向にまさに 一致する。そして、そのいらだちは、ほぼその種の鳥が 越冬地にたどりつく日数だけ続いて静まるのである。
このことはしかし、もっと疑いのない実験によって確かめなくてはならない。それを確かめるために、 繁殖地で、ある種の 渡り鳥の卵なりひななりをとり、これを東または西の方向に数百キロも移動して育てる。南北に長く、東西に細い日本ではちょっとやりにくい実験であるが、ドイツなどには、はるか国境を 越えて西の方へ運んで実験したという例がいくつかある。秋になり、 渡りの時期を 迎えた時、このように本来の 繁殖地から遠く、東や西に移動されている若鳥は、どの方向に飛ぶかを足輪をつけて確かめようというわけである。この場合、移動された先に同種の鳥が全然 繁殖していない場合には簡単であるが、移動先にもそのへんに 渡って 繁殖している同種の仲間がいる場合には、 渡りの時期になって、その土地の同種の仲間が全部旅立ってしまうのを見極めて、その後に移動して育てた若鳥を飛び立たす必要がある。そうでないと、そのあた∵りの同種の鳥の先達の経験者の仲間に加わり、 誘導されて飛んだのではないかという疑いが残るからである。
このような実験はいろいろの種について、いろいろの場所で行われたのであるが、その結果はいずれも、移動された若鳥は、移動される前の場所、つまり、親が営巣した本来の 繁殖地からの 渡りの方向、それは代々その土地で営巣するその種の鳥が毎年 繰り返している 渡りの方向であるが、その方向に向かって、数百キロ移動されたことは知らぬかのように飛ぶということである。図で明らかなごとく、AからA’に移動された若鳥は、Aでの 渡りの方向A−Cに平行に同じ 距離を飛ぶことになるのでA’−C’となり、その種族の 越冬地Cからは数百キロもずれたC’に行って 越冬することになる。そしておもしろいことには、A’に営巣する同種に属する種類がたとえばA’−Cの 渡りをするとすると、今移動された若鳥は、もしその土地に営巣する種族が 渡りの旅に勢ぞろいするころ放されると、その土地の同種の仲間の大勢に従ってA’−Cに同調してしまう 傾向がある。しかし、その土地の種族の旅立ちが全く終わったころに放すと、かたくなに遺伝的に伝えられたA−Cの方向を守ってA’−C’を飛んでしまうのである。
この種の実験を卵やひなでなく、 渡りの 途中のものをBで多数 捕らえてB’に運び、足輪をつけて放すやり方でやってみても、B’−CでなくやはりB’−C’を飛ぶ。どうもA地点に営巣するこの種の種族には、A−C方向に飛ぶという至上命令が種族の遺伝として生まれながらに伝えられているとしか考えられない結果である。
要するに、少なくともその年生まれの若鳥は、とかくその土地での、同種の仲間の 渡りの方向に 誘導され、同調し易いのではあるが、それとは別に、遺伝的に伝来の 渡りの方向の指示を 与えられているということは注目に値することである。
( 桑原万寿太郎「帰巣本能」)
「ウサギの耳は 読解検定長文 中2 夏 3番
「ウサギの耳はなぜ長い。カヤの実、シイの実食べたから。」
こんな歌を子どものころ、聞いたことがある。絵本には、長い耳を後ろに 倒し、フルスピードで走っているウサギが 描かれていたのを覚えている。
耳がひっかかるようなヤブなどを くぐり抜けるときは別として、広い原っぱなどを走るときには、ウサギはぴんと耳を上の方に立てているのが本当である。耳を後ろに 倒していた方が絵としては、走っている姿としていいかもしれないし、耳に当たる空気の 抵抗も少なく、スピードも出るわけである。
なぜ耳をたてて走るかというと、ウサギにとっては、あの長い大きい耳に風をできるだけたくさん当てて走る必要があるのだ。
人間でも、ウマでも、けんめいに走ると 汗をかく。暑い季節ではなおさらである。この 汗が蒸発することによって体熱を 奪い、体を冷やすことは、ご存知のとおりである。 普通、一グラムの水の温度を一度 上昇させるために必要な熱量は一カロリーであるが、一ccの 汗を蒸発させるためには約五四○カロリーを要する。
ウサギには 汗せんが絶対にない、というわけではないが、 汗せんの機能が悪く、昔からウサギは 汗をかかない動物といわれていた。
キツネなどに追いかけられると、ノウサギは時速七○キロ以上のスピードで 逃げるから、体内で急激に発生した熱は、血液によって風当たりの良い長い耳に運ばれて冷やされる。このためには、耳を後ろに 倒していたのでは 冷却の効果が上がらないので、やはり風当たりを良くするためには、ぴんと上に立てて走らなければならないのである。
オートバイのエンジンには、ギザギザがあって、空気に当たる面積を広くしている。これと同じようにウサギの耳は空冷式の大切な器官であるから、長くて大きくなっている。
ちなみに、ノウサギの体表面積に 占める耳の表面積の割合は、 獣の中で最も大きく、最も効率のよい空冷装置をもっているのである。私たちでも、うっかり熱い物に 触れ、指先をやけどしそうになると、あわててその指先を自分の耳にもっていく。人間でも、耳は空気に 触れる表面積が大きいので、いつも冷たいからである。∵
ウサギの仲間はナキウサギ科とウサギ科の二つに分けられる。ナキウサギは、わが国では北海道の大雪山にみられ、ヒマラヤから北方に分布し、一四種類に分類される。ウサギ科はアフリカ、ヨーロッパ、アジア、アメリカなどに分布し、五二種類ある。
われわれ人類の祖先はサルの仲間であり、サルの祖先はモグラの仲間である。このような 哺乳類が地球上に初めて現れたころは、 竜のような大きなトカゲが地上をわがもの顔に横行していたから、体の小さい 哺乳類の祖先は地下にもぐってつつましやかに暮らしていた。
モグラの仲間からネズミに進化したのは約一億年前といわれている。ウサギの祖先もネズミに近い 間柄であるから、はじめはモグラのように地下にすんでいた。今日でも進化の 遅れているウサギの仲間は必ず地下、岩穴などに巣を作る。
(林 壽朗「ウサギ 大きな耳は効率のよい空冷装置」)
杉野君は、 読解検定長文 中2 夏 4番
杉野君は、洋反物株式会社 梶万商店の反物を、遠く地方の 呉服店に 卸し歩く出張員になったばかりの青年である。初めての出張は出足からうまくゆかず、さんざんな売り上げであった。そして、きょうの目的地はG町――。この旅の最後の日程である。
G町に着いたころはもう一尺先も見えぬ 吹雪であった。 鈴をつけた馬、がたがたの箱馬車、雪止めの新しい 莚、そんなものが雑然と並んでいる駅前で、 杉野君はぼう然と立ちつくしてしまった。土地の人々は自然に 柔順な人たちのみの持つ 敬虔さで、ただ 黙々と動いていた。
杉野君はまるで 吹雪に 吹きこまれた人間のように、 近江呉服店へ転がりこんだ。店には 誰もいず、黒々と古風にくすんだ店構えがしんと静まりかえっていた。 囲炉裡に火が赤々と燃え、 鉄瓶からは白い湯気が暖かそうに立っていた。 杉野君は雪を 払いながら、何かほっと 安堵した気持ちになっていった。ふと顔を上げると、 奥の帳場に一人の少女が手に雑誌を持ったままこちらを向いてほほえんでいた。えくぼが白い花のように美しかった。
「あの、東京の 梶万でございますが。」
杉野君ははっとして お辞儀をした。少女も学校でするように 丁寧に頭を下げると、そのままばたばた 奥の方へ走って行った。 裾の短い着物の下にすっくりと 伸びた白い 脚、そうしておさげに結んだ赤いりぼんが、 蝶々のように 奥へ飛んで行った後を、 杉野君は夢のようにじっと見送っていた。
「ほうほう。それははあ。」
そこへ主人がそう言いながら、 煙草盆を提げて出てきた。
「ひどい雪ではあ。さあ寒い時は火のそばがいちばんす。」と、 炉辺にすわりながら、 煙管で 煙草を吸うのだった。 杉野君も 挨拶をしてすわった。
「こうぞ、こうぞ。」
主人は 突然大声で 小僧を呼び、
「座布団こさ持ってこ。」と命じるのだった。 杉野君は 囲炉裡にこ∵ころもち手をさしだしながら、まぶたのなぜか熱くなるのを覚えた。
「ここへは初めてだべ。この雪こはあ 驚きなすっただべのう。」
「何もかも初めてでして。」
杉野君は 訴えるように、種々の思いをこめてそう言った。
「ほうほう。よく来なすった。」
そこへ先刻の少女がにこにこ笑いながら、お茶を持ってきた。
「これが 娘っ子ではあ、道ちゃ、 お辞儀はあしなすったべのう。」
少女はくくっと笑ったまま、またぱたぱたと 奥へ走って行ってしまった。白い額、黒々としたつぶらな 瞳、そうしてまた白い花のようなえくぼだった。 杉野君は自分までが何かにこにこと今は心楽しかった。
「ひとつうんとやってください。」と元気よく言い、例のようにまずモスの見本を開いた。
「ほう。この 朱ははあよくできたっす。」
主人は見本を手にすると、いきなりさも感じ入ったように 呟いた。
( 外村繁「 鵜の物語」)
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