ひとこと(5月3週)
「私は長いこと」を読んで
アジサイの丘の広場
太陽/いあ高3
 
 最近の僧というのは顔に迷いも悩みも知らないという顔をしている。僧衣を
まとうと僧であることのステータスを手に入れてしまうと、自らを見据える眼
も心も失われていく。まして一つの職位につくことにでもなれば風格は板につ
くが、反比例して宗教者としての心構えは失われていく。法を説き、ひとかど
の救済者として自立するほどの人であれば自らをその道の完成者として完結さ
せないはずであり、少しでも自己完成者としての意識が残っているならばその
人は救済者たる資格はない。私は自分の成長を止めないためにも謙虚さを失う
ことは問題だと思う。
 
 謙虚さを失わないためにも、勉強は受験のためにするのではないということ
を知る必要がある。中、高校三年になると受験という壁にぶつかる。その一年
間は合格するために一生懸命努力するが高校、大学に受かると自分に甘くなる
傾向がある。私は高校に入る前に高校でも勉強をがんばろうと思っていたが現
実は自分に甘い生活を送る毎日である。勉強をしようとしても高校に受かった
という安心感に負けてしまいずるずると来てしまった。将来のためにやりたい
ことも特になかったのでなおさらである。人は自己満足に陥らないためにも自
分に厳しくするべきだと思う。
 
 自分のためにも今いる位置に満足してはいけない。今の日本は戦後先進国に
対してとても謙虚でありつづけた。いうことを聞き続けたため、今では先進国
の仲間入りをしている。すでに今の日本は発展途上国に教える立場に変わって
いる。日本はそれで満足してしまいトップの位置から後退している。謙虚であ
るときは成長が著しいが、ひとたび満足感におちいってしまうといつのまにか
取り残されるという結果になってえしまう。現在の日本の政治家たちが私腹を
肥やすためではなく国のためにつくしてくれたらもっと住み心地の良い国に変
わったと思う。
 
 ある程度の位置に来ると満足する傾向があるが、私はいつまでも謙虚さを失
わないでいるべきであると思う。「勝って兜の緒を締めよ」という言葉のよう
に今いる自分の地位に満足せずに、それ以上の地位を目指すために努めなくて
はそれ以上の人間にはなることができないと思う。