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先進国の後を
イチゴの丘の広場
酔月/あも高3
 世界の先端を走る先進国経済の発展は、自分で新しい知識を創造することに
よって行われる。ところが、途上国というものは先進国をモデルとすることで
、有利な条件で発展に望めたのである。しかし、現代の日本においては、すな
わち自らの行く先を自らの創意工夫で切り開かなければならないという宿命を
背負うことになった。よもや、欧米の先進的知識を詰め込むことを目指してい
ただけでは、オリジナルなものの考え方を育成するという、もうひとつの教育
が成されなくなってしまっているのである。このことは、大きな問題なのだ。

 
 現代の日本が、世界の先端を行く国との競争において、いつの日か相手を追
い抜いた瞬間に、道を失ってしまい、右往左往してしまうような状況に陥る可
能性があることが問題である。
 
 私の英語の授業は高3ともあろうものが、日本どころか、発展途上に位置し
ている。つまりは、本来教育に求められるはずのオリジナリティー、独創性と
いったものの追求はおろか、バリエーション、知識の吸収も行われず、既知の
ものを繰り返しているだけなのである。高校教育がこれでは、これからの社会
が不安である。道を失うどころか、後退してしまいそうな勢いである。
 
 神話に、パラドックスの原形である、アキレスの話がある。「アキレスは亀
を追い抜けない。なぜならば、アキレスが亀に追いついた瞬間に亀がちょっと
だけ前進しているからである。」というものである。これは、現代の日本によ
く似ている。追いついたと思って、まわりを見ている間に、相手に抜かされて
しまっている。日本は、進まないのではなくて進めないのだ。だから、この矛
盾を無限等比級数を用いて解いてしまうような、そんな独創性のある知識が、
求められているのだ。
 
 私達は任天堂のようにもっと独自の路線を歩んでいくべきなのだ。魯迅のこ
とばを借りれば、「歩く人が多くなれば、そこが道になる。」のだから、地図
に載ってない本当の先進国への近道を探してみるべきなのではないだろうか。

 
 鵜の真似をするカラスという言葉があるが、鵜呑みをあくまでも消化手段の
一つであると考えられるようなカラスになるべきなのだ。
 
 結果として、付いて行くよりもみんなが付いて来るようなそんな社会の発展
が理想的なのである。
 
 <H2>ジンチョウゲの丘で見ている人は二つ入れちゃったので、ごめんなちゃ
い。(^^;</H2>