未ログイン ログイン
読解検定
 難しい文章を読み取る力をつける
 ドルくんの 読解検定  編集
※最初にログインをしてください。言葉の森の団体コードは、aaa001です。
※番号を選択し「確認」ボタンを押して送信してください。

題名:★はじめのニュースで
 「はじめのニュースで、『故(こ)○○さん』とお伝えしましたが、たいへん失礼いたしました。これは誤り(あやま )で、○○さんはご生存(せいぞん)で、元気でご活やくでした。おわびして訂正(ていせい)させていただきます。これでニュースの時間を終わります。」 

   これはテレビニュースの時間におじさんが実際(じっさい)に聞いた話で、しかもこのようなアナウンスを耳にしたのは一度や二度ではない。最初にふ報( ほう)を聞いたときにはがく然とし、数分後に訂正(ていせい)を聞いたときにはあ然とした。私(わたし)はたまたまニュースの時間わくの最後までつき合っていたから訂正(ていせい)が間に合ったようなものの、もし途中(とちゅう)でテレビを消してしまっていたらどんなことになっただろう。「たいへん失礼いたしました」だけでは、その人はしばらく生き返れないかもしれない。 

   ある日ある時に「同時性(せい)」をもって放送することがテレビの最大の特ちょうであるとすれば、それは「一回こっきり」ということでもある。ほんものと同じ「ある日ある時」は二度と存在(そんざい)しない。テレビが私(わたし)たちを強引に引きつけるのは潜在(せんざい)的にこの意識(いしき)があるからである。ビデオに録画しておいていつかゆっくり見ようということでよいはずなのだが、深夜とか旅行中だからどうしても、という場合を除い(のぞ )ては、私(わたし)たちはそうしようとは思わない。ビデオはなんとなく本物と思えないところがある。 

   ところで、テレビ人形劇(げき)の初期の大傑作(けっさく)「ひょっこりひょうたん島」の作者でもあった作家の井上(いのうえ)ひさし氏はこう述べ(の )ている。 

   「テレビの条件(じょうけん)である『(テレビ)放映(ほうえい)の一回こっきり性(せい)』は、一回こっきりだからこそ最善(さいぜん)のものを放映(ほうえい)すべきであるという激しい(はげ  )決意を制作(せいさく)側にもたらすであろう、ともかんがえられた。」「一回こっきりだから最善(さいぜん)をつくそうという気になるというのは、どうやらわたしの机上(きじょう)の空論(くうろん)のようだった。放送の仕事にたずさわってみると、『一回こっきりだから、間に合いさえすればよい』という処世(しょせい)訓の方がずっと実際(じっさい)的なのであった。」「たとえば、しめ切りに間に合わなくなると、ディレクターたちは『なんでもいいから書いて持ってきなさい。』と電話口でさけんだ。」「そのなんでもいいものを見せられた若い(わか )人たちこそ災難(さいなん)だったのではないか。」 

   「笑い」の作家として、テレビが世の中の「おもしろいもの」を手当たりしだいに風化していく乱暴(らんぼう)をなげく前提(ぜんてい)として語っているのだが、テレビが進むべき方向をなお真けんに模(も)さくしていた七三年のときにしてすでにこう見ぬいている。 

   この「一回こっきり」が良く作用するか、悪く作用するかである。冒頭(ぼうとう)のおわびと訂正(ていせい)のように、テレビのまちがいにはあ然とさせられることがしばしばあるが、常識(じょうしき)的にはこの場合には「悪く」作用しているとしか考えられない。テロップの文字の誤り(あやま )にいたっては日常(にちじょう)茶飯事だ。私(わたし)たちが直接(ちょくせつ)指てきしなければ、訂正(ていせい)もおわびもせずにできれば見すごしたいという気配すらある。ニュースで殺された人が、めいわくをこうむったからといってテレビ局を非難(ひなん)しようものなら、大人げない、わきまえのない人よと世間から笑われるのが落ちである。 

   しかし、この軽さがまたテレビの気のおけないところでもある。「テレビとはそういうもの」という親しみをいっそう特ちょうづけている。しゅん間しゅん間に消えて行く画(え)と音、そのしゅん間にこだわってはいけない。このことがテレビのわかりやすさの大きな要因(よういん)でもある。 

   (中略(ちゅうりゃく))

   テレビマンは「われわれは時間との勝負にかけている」と格好よく(かっこう  )見えをはるが、私(わたし)たちはそれがかくれみのや言いわけにならないように監視(かんし)しなければならない。要は、私(わたし)たちがテレビ的社会の無責任(むせきにん)性(せい)を今後もかんげいするか、あるいは責任(せきにん)をどこまでも形にしてしつように追い求める活字的社会にこだわるかにかかわっているようである。 

 

  (佐藤(さとう)二雄(つぎお)「テレビとのつきあい方」)

問5 読解マラソン集3番「はじめてのニュースで」の長文を読んで、次の問いに答えなさい。
 最初に井上ひさし氏が考えた『(テレビ)放映の一回こっきり性』とは何でしょう。
 本文の内容に合うものを一つ選んで番号で答えなさい。
1 一回こっきりだから、間に合いさえすればよいという処世訓
2 一回こっきりだからこそ最善のものを放映すべきであるという激しい決意
3 一回こっきりだから、瞬間的に笑いを取ることが必要という意見

解答選択:

問6 読解マラソン集3番「はじめてのニュースで」の長文を読んで、次の問いに答えなさい。
 本文の内容に合うものはどれでしょう。一つ選んで番号で答えなさい。
1 テロップの文字の誤りは、「一回こっきり」が悪く作用した例である。
2 テロップの文字の誤りは、私たちが指摘しなければ、訂正もおわびもされない。
3 テロップの文字の誤りは、「テレビとはそういうもの」なので、しかたがないので気にしないことだ。

解答選択: