未ログイン ログイン
読解検定
 難しい文章を読み取る力をつける
 ドルくんの 読解検定  編集
※最初にログインをしてください。言葉の森の団体コードは、aaa001です。
※番号を選択し「確認」ボタンを押して送信してください。

題名:○旅は一人でするのが
 旅は一人でするのがいいだろうか。誰(だれ)かと二人でするのがいいだろうか。それとも、グループでするのがいいだろうか。これは意外に答えにくい難問(なんもん)である。がそれでも、一度考えてみるに値(あたい)する問題を含ん(ふく )でいるといえるだろう。なぜなら、旅を一人でするか、二人でするか、それともグループでするかによって、同じく旅とはいってもかなり性格のちがったものになるからである。 

   本当に旅の好きな人は、ふと思い立ったときに一人でぶらりと旅に出かける、といわれる。日常の人間関係のしがらみから離れ(はな )、足の赴(おもむ)くままに旅をするには、一人の旅がいちばんいいであろう。誰(だれ)と相談する必要もなく、自分一人の思うがままにどこへでも行くことができる上に、旅の仕方についても誰(だれ)の遠慮(えんりょ)もいらないからである。旅の在り様として自由と偶然(ぐうぜん)性をもっともよく享受(きょうじゅ)できるのは一人旅である。また、旅先でもっとも直接に現実と触れ(ふ )うるのも、自分をよく見つめうるのも、一人の旅であろう。 

   定住社会のなかに生きていると、ひとはしばしば、日常生活のわずらわしいしきたりや拘束(こうそく)をのがれて一人でふとどこか遠いところへ行ってしまいたくなる。が、実際にそれができる人はきわめて少ない。ほとんどの場合、ただそうしたいと心に思うだけで実行はできず、したがって思いだけがつのるようになる。だからこそ、人々の間で自由で奔放(ほんぽう)な一人旅=放浪(ほうろう)への願望が根づよいのであろう。そして、放浪(ほうろう)という名の一人旅には、絶対的自由へのあこがれがある。 

   このように、たしかに旅は一人でするとき、本人にとってもっとも自由で解放的で冒険(ぼうけん)に富んだものになる。また一人旅では、ほかに相談する相手が身近にいないから、すべてにつけて自分で思案しなければならない。そのために、自分自身との間での対話を活発に行なわなければならないことになる。一人旅では私(わたし)たちは、そういうかたちで旅先での現実に相対するのである。けれどもこれは実際には、なかなかたいへんで骨(ほね)の折れることであると、息をぬくひまがなく、心の余裕(よゆう)がなくなるからである。そのために緊張(きんちょう)の連続が強いられ、どうしても隙(すき)ができてしまう。 

   だから一人で異国(いこく)の旅をしていると、ほとんど不可抗力(ふかこうりょく)に近いかたちで、荷物の一部を置き引きされたり、スリに出会ったりするのである。かく言う私(わたし)自身、先達(せんだっ)てもミラノの街で三人組のスリに出会って、半ば気がつきながらみすみすかなりの大金を盗ら(と )れてしまった。相手があまりにもみごとな腕(うで)、みごとなチーム・ワークだったので――もちろん盗ら(と )れたことは腹立たしく(はらだ   )、その後何日も不愉快(ふゆかい)でしょうがなかったけれど――実はちょっと感心さえしている。 

     (中 略) 

   掏(す)られた金は、私(わたし)にとってかなりの大金だったけれど、幸い、旅行をつづける上で支障(ししょう)になるほどではなかった。しかしその後しばらくの間、旅行をしていてもどうしても必要以上に他人に対して警戒(けいかい)心が働いてしまい、ひどく気が疲れ(つか )た。そういうときほど、一人で旅をしていること、相棒(あいぼう)なしに旅をしているのがうらめしく思われることはない。相棒(あいぼう)あるいは道づれがあったからといって、スリに会う心配がまったくないというわけではないけれど、二人になれば注意の及ば(およ )ない死角はずっと少なくなるし、行動にずっと余裕(よゆう)がもてるようになる。 

   それに同行者としていい相棒(あいぼう)が得られれば、旅をする上でなにかと好都合な相談相手になるし、話し合うことで旅での経験を確かめ合うこともできる。ただし実際には、この道づれのえらび方はたいへん難しい(むずか  )。不適当な道づれをえらべば、互いに(たが  )相手の自由な行動を牽制(けんせい)し合ったり、束縛(そくばく)し合ったりすることになるだろう。互いに(たが  )相手の独立性と自由をできるだけ尊重(そんちょう)しながら、しかも必要なとき、いざというときには力になり合い、よき相談相手になるような関係がもっとも望ましいわけだ。いや、それほど理想的な関係が成り立たなくとも構わない。旅において道づれがいることは、自分以外のもう一つの眼=他者を含み(ふく )、その他者との対話をもちうるという点で貴重(きちょう)なことなのである。 

   では次に、グループの旅はどうであろうか。一口にグループでの旅といっても、気心の知れた親しい友人たちとの少人数の旅の場合と、いわゆる団体旅行、セット旅行の場合とでは、一緒(いっしょ)には考えられない。前者の場合には、グループでの旅といっても、よき道づれとの二人での旅と本質的にはあまり異なら(こと  )ないものでありうる。うまくいけば、人それぞれの独立性と自由を保ちうるからである。また、自己(じこ)と他者との関係が固定的でなく可動的だから、その関係がうまく生かされれば、旅はいっそう豊かなものになるだろう。 

   ただし人数があまり多くなると、人それぞれが旅先で現実にふれることよりも、グループ内の相互(そうご)のふれ合い、付き合いの方に重点がかかってくる。だからグループでの旅はしばしば移動する宴会(えんかい)のようなものになるのである。いわゆる団体旅行、セット旅行の場合には、あらかじめ決められたコースがあって、スケジュールもびっしりつまっているから、また、バスに乗ったままでお目あてのところに連れていってくれるから旅ならではの独立性、自由、偶然(ぐうぜん)性、異質(いしつ)の現実などとの接触(せっしょく)が著しく(いちじる  )弱くなる。もちろんそのようなグループ旅行も使い方によるし、そこで収穫(しゅうかく)にめぐまれることもあるけれど、その場合、旅のあり方も同行者のあり方もずいぶんちがってきているわけである。 

 

  (中村雄二郎(ゆうじろう)「知の旅への誘い(さそ )」)

問1 読解マラソン集4番「十年ほど前、ボルドーの近くを」を読んで、○と×の組み合わせが合っているものの数字を書きなさい。
A フランスではあやまった方が、非をすべてかぶらねばならない、ということが多い。
B リリアーヌ・エルさんは、「フランス人は自分を正当化したりしない」と言っている。
1 A○ B○   2 A○ B×   3 A× B○   4 A× B×

解答選択:

問2 読解マラソン集4番「十年ほど前、ボルドーの近くを」を読んで、○と×の組み合わせが合っているものの数字を書きなさい。
A 日本は「ごめんなさい」とあやまることで、許しを得られるという文化を持つ社会である。
B 著者はフランスでの事故で、先にあやまってしまったことを悔いている。
1 A○ B○   2 A○ B×   3 A× B○   4 A× B×

解答選択: