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読解検定
 難しい文章を読み取る力をつける
 ドルくんの 読解検定  編集
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題名:○自分が、いままさに
 自分が、いままさに死にゆかんとしていることを知らないままに死んでいく人間などいないと、ぼくは思う。そうでなければ、人間が死ぬ必要などどこにもないではないか。人間は、そのことを思い知るために、死んでいくのだ。有吉(ありよし)の死後、ぼくが読書すら投げ出して考え続けたことは、それだった。だが何のために、そんなことを思い知らなくてはならないのか、ぼくには分からなかった。それを考えるとなぜかぼくは何かに祈り(いの )たくなるのだった。有吉(ありよし)が死んでからは、ぼくと草間とは疎遠(そえん)になった。草間はその猛烈(もうれつ)な勉強ぶりに拍車(はくしゃ)をかけ始めたし、ぼくはぼくで、ある新しい情熱を駆ら(か )れて小説に読みふけるようになったからだ。その情熱とは、すでにとうの昔にこの世からいなくなった多くの作家たちが、生きているときに何を書かんとしたのかを知りたいという願望だった。死人が小説を書けるはずなどなかったから、ぼくが捜し出そ(さが だ )うとしていたことはばかげたお遊びに近かった。だが、そのばかげたお遊びは、有吉(ありよし)の死がぼくに与え(あた )た後遺症(こういしょう)だったのだ。ぼくはまもなく後遺症(こういしょう)から立ち直り、あらゆる物語を死から切り離し(き はな )て考えるようになった。すべては死を裏づけにしていたが、死がすべてである物語は存在しなかったからである。 

   寒い朝、ぼくは草間からの電話で起こされた。「新聞に、あの絵のことが載っ(の )てるぞォ」と草間は言った。ぼくは電話を切らずに、そのままにしたまま、階段を降りて茶の間に行き、父が読んでいる新聞をひったくって二階に駆け(か )のぼった。そして「消えた幻(まぼろし)の名画」と見出しがついたコラムに見入った。それは事件としてではなく、ちょっとした町の話題として載せ(の )られたもので、ある日忽然と(こつぜん )誰か(だれ )に持ち去られてしまった百号の油絵の由来が紹介(しょうかい)され、持ち主の談話が簡単につけ足されていた。喫茶店(きっさてん)の店内から絵を盗み出し(ぬす だ )てから、すでに八ヶ月(かげつ)がたっていたから、まさかいま頃(ごろ)になって新聞ざたになろうとは思いもかけないことだった。作者の島崎(しまざき)久雄(ひさお)は幼い頃(ころ)からじん臓を患い(わずら )、長い闘病(とうびょう)生活の果てに逝っ(い )た青年だった。多くのデッサンとペン画が残っているが、油彩(ゆさい)の大きな作品としては、盗ま(ぬす )れた「星々の悲しみ」のファンも多かったので、何とか手元に帰って来てくれないものかと思っていると持ち主は語っていた。「用事が済んだら、ちゃんと返しとくのがルールやて言うたやろ。志水がいつまでも返さへんから、こんなことになったんや」と草間はそれほど慌て(あわ )ている様子もなさそうに言った。警察ざたになった訳ではなかったので、ぼくもそんなに動揺(どうよう)はしなかったが、そろそろ潮時だという気がして、草間に言った。「頼む(たの )、絵を返してきてくれよォ」「俺(おれ)一人でか? アホなこと言うなよ。新聞に載っ(の )たとたんにおかしな動き方をしたら余計に危ない。もうちょっと時間をあけてから考えたらええがな」「店の中の、元の壁(かべ)に返しとくというのは、なんぼ草間でも無理やろなァ……」草間の笑い声が、電話口から聞こえてきた。ぼくたちはその話は一応打ち切って、互い(たが )の近況(きんきょう)を語り合った。「もう、へとへとや」草間は言った。「今が一番つらいときや。もうちょっとやないか」それから、ぼくはふいに感傷的になって、ほんの少しの間涙ぐん(なみだ  )だ。……「K大の医学部絶対に通れよ。癌(がん)なんかやっつけてしまう医者になってくれ」 

   ぼくはニ、三日、落ち着かない日を過ごした。「星々の悲しみ」から、出来るだけ遠ざかっていたかった。だが、そうなるといっときも早く、絵を持ち主に返してしまいたくて仕方がないようになってしまった。ぼくは意を決して、妹の加奈子(かなこ)に新聞の記事を見せた。そして妹に手伝わせて、壁(かべ)に掛け(か )てある油絵を降ろし、畳(たたみ)の上に立てかけた。そして、八ヶ月(かげつ)前の雨の日、図書館の横の古い橋の上で、初めて草間と有吉(ありよし)の二人と言葉を交わしたときのことを話して聞かせた。「あれから、たったの八ヶ月(かげつ)やぞォ」そう言ってしまってから、ぼくはその間に読んだたくさんの小説の行方を思った。悲劇も喜劇も、悪も善も、恋愛(れんあい)も官能も、心理も行動も、ことごとく陰翳(いんえい)を失って、ぼくの中に潜り込ん(もぐ こ )でしまっていた。ぼくは何も得なかったようでもあったし、積み重なった透明(とうめい)な後光を体中に巻きつけているようでもあった。加奈子(かなこ)が自分の部屋に戻っ(もど )てしまうと、ぼくは古新聞を集めてきて、絵の包装に取りかかった。乾い(かわ )たタオルで額についた埃(ほこり)を拭い(ふ )た。それから、もう二度とぼくの手元に戻っ(もど )てくることのない「星々の悲しみ」を見た。「凄い(すご )なァ」死んだ有吉(ありよし)は、この絵を見てつぶやいたのだった。 

   「この絵、もっとほかの題がついていたら、何でもないただの絵かも知れへんなァ」――絵はいつになく光っていた。蛍光(けいこう)灯の光を受けて、樹木の葉は水に濡れ(ぬ )たように色づき、初夏の陽光は真夏の日差しに変わってまばゆく輝い(かがや )た。どこからか蝉しぐれ(せみ   )も聞こえてくるようだった。ぼくは、結局いつかの加奈子(かなこ)の解釈(かいしゃく)が、いちばん正しかったのではないかと思った。加奈子(かなこ)は、麦わら帽(ぼう)で顔を覆っ(おお )て大木の下でうたたねしている青年を、死んでいるのだと思ったのである。絵の作者は、自分の死んでいる姿を描い(えが )たのだと。もし本当にそうだとしたら、この絵にもっともふさわしい題名は確かに「星々の悲しみ」以外ないではないか。ぼくは、葉の繁っ(しげ )た大木の下に有吉(ありよし)を横たわらせ、そのとてもきれいな死に顔を麦わら帽(ぼう)で隠し(かく )た。 

 

  (宮本輝(てる)「星々の悲しみ」)

問7 読解マラソン集4番「自分が、いままさに」を読んで次の問題に答えましょう。
 ○と×との組み合わせが合っているものの数字を書きなさい。
A 喫茶店の店内から絵が盗み出されたあと八ヶ月もたってから警察に取り上げられた
B ぼくは、自分たちの盗んだ絵のことが新聞に載っていたので、心から動揺した
1 A○ B○   2 A○ B×   3 A× B○   4 A× B×

解答選択:

問8 読解マラソン集4番「自分が、いままさに」を読んで次の問題に答えましょう。
 ○と×との組み合わせが合っているものの数字を書きなさい。
A ぼくは、盗んだ絵を持ち主に返して警察に届けようと思った
B ぼくは、絵の中に描かれている青年に、有吉の姿を投影して見た
1 A○ B○   2 A○ B×   3 A× B○   4 A× B×

解答選択: