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読解検定
 難しい文章を読み取る力をつける
 ドルくんの 読解検定  編集
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題名:★のみならずシドニーの
 のみならずシドニーのゲームを見て感じることだが、今後スポーツがさらに国威(こくい)発揚(はつよう)と無縁(むえん)になるのは、どんな政治の意図も及ば(およ )ない時代の趨勢(すうせい)のように思われる。現代では、国家が国威(こくい)発揚(はつよう)をめざせばめざすほど、その国家の意味が変質するという逆説が働くらしいのである。たまたま目に触れ(ふ )た野球の試合のなかで、オランダ・チームのほとんど全員が黒褐色(こっかっしょく)の肌(はだ)をしていたのが、示唆(しさ)深かった。この選手たちはもちろんオランダ国民であろうが、歴史的な背景を考えればそんなに古い国民であるはずがない。彼ら(かれ )が移民の初代か二代目かは知らないが、強いチームを送ろうとすれば、国家はそういう新しい国民に頼る(たよ )ほかはない。伝統的な多民族国家はいわずもがな、この日本ですら今回は二人の中国生まれの選手の力を借りているのである。(中略)

   そう思ってさらに根本を振り返る(ふ かえ )と、もともと近代スポーツが工業化と国民国家の時代に生まれ、長らく国の政治や経済の力の象徴(しょうちょう)と見なされてきたことが不思議であった。さらにいえば、スポーツが現実的な力や効率を連想させ、進歩や拡大のイメージと結びつけられていたことが異様であった。なぜなら、スポーツはその本質において、むしろ人間の総合的能力を制限することのうえに成り立つ技芸だからである。それはとりわけ近代において、技術は深く磨く(みが )と現実的な効用を失うという逆説のうえに立っている。早い話が人間が走る能力を特化して訓練すると、その壊れもの(こわ   )のような俊足(しゅんそく)は日常の役には立たないものに変質する。そもそも人間が足で走ろうと考えること自体、この自動車文明の時代に、現実的な効用を無視することを意味しているはずである。

   けだし国民国家の近代化は、いわば目的のために手段を選ばぬ精神によって進められてきた。中核(ちゅうかく)となる工業化そのものが目的至上主義であって成果のためには刻々に手段を取り替える(と か  )ことによって成長を続けてきた。人間の能力を含め(ふく )て、あらゆる手段は陳腐(ちんぷ)化されるのが宿命となり、むしろその陳腐(ちんぷ)化によって発展が保証されるのが工業化であった。人間の身体能力についても、重用される側面があわただしく変わるばかりか、全体として軽視されるのが科学技術の歴史であった。そしてほとんど奇跡(きせき)のようにこの歴史と並行してそれに逆らって育ってきたのがスポーツなのである。それぞれの個人が特定の身体能力に固執(こしつ)し、それだけを磨き(みが )ぬくことで、本来は手段であるものを目的にしてしまう文化である。スポーツはあたかも工業の精神をあざ笑うように、あえてそれにとって無用の能力を極限までのばしてきた。

   このスポーツの文明史的な意味は、ちょうど芸術の場合と同じく、時代精神の欠陥(けっかん)を癒す(いや )補完物としてしか考えられない。極端(きょくたん)な効用と効率の時代に、それに抵抗(ていこう)して文明の健全さを保つ緩衝(かんしょう)材としての意味しか考えられない。だとすればますます奇怪(きかい)なのは、そのスポーツの強さが国力の表現として錯覚(さっかく)され、愛国的な熱狂(ねっきょう)の対象とされてきたことである。どう見ても過去百年、人類は国家観の狐(きつね)に憑かれ(つ  )ていたのであり、集団ヒステリアの悪夢にうなされていたのにちがいない。ようやくその悪夢が醒め(さ )はてた今、スポーツと国家は初めて健全な関係を結びつつあるように見える。オリンピックは今も各国の国旗のもとに闘わ(たたか )れているが、その国旗はもはやあの神聖で宿命的な国家のイメージを表していないからである。

   オランダの黒人選手や中国生まれの日本選手にとって、国家はもはや神話や文化伝統によって結ばれた共同体ではない。それは法と制度によって彼ら(かれ )の権利を守り、よい生活とスポーツの環境(かんきょう)を保証する合理的な機関である。また世界の選手が闘う(たたか )柔道(じゅうどう)競技は、もはや生まれつきによってしか理解できない民族文化ではない。それをなお現在の日本国民が誇り(ほこ )うるとすれば、この文化が特殊(とくしゅ)日本的であるからではなく、逆にここまで普及(ふきゅう)しうる普遍(ふへん)性を持っていたからである。国の強さは今や閉じる力ではなく外に開く力によって、開いても壊れ(こわ )ない強靭(きょうじん)さによって評価される時代を迎え(むか )ている。およばずながら日本もその道を歩み、一歩を進めている姿を見て喜ぶ私は、しかしやはり国を愛しているのだろう。

 

  (山崎(やまざき)正和『世紀を読む』による)

問3 読解マラソン集2番「のみならずシドニーの」を読んで次の問題に答えましょう。
 ○と×との組み合わせが合っているものの数字を書きなさい。
A スポーツにおける進歩は、現実の社会の進歩へと結びついている
B 工業化は、人間の能力を全面的に発達させることを要求してきた
1 A○ B○   2 A○ B×   3 A× B○   4 A× B×

解答選択:

問4 読解マラソン集2番「のみならずシドニーの」を読んで次の問題に答えましょう。
 ○と×との組み合わせが合っているものの数字を書きなさい。
A スポーツの意味は、社会の極端な効率化に抵抗する補完物という点にある
B スポーツ選手が国家という共同体に属していることは否定できない
1 A○ B○   2 A○ B×   3 A× B○   4 A× B×

解答選択: