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記述の森の記述検定
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 記述の森の記述検定  編集
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題名:★(感)物の命と人間の心が
 【1】物の命と人間の心が結び合って一つになる。我(が)の強い人には友達ができがたいように、おたがいの心が結び合ってこそ友人になるのである。【2】河井(かわい)寛次郎(かんじろう)先生が、物を自分や友人に見立てて「物を買って来る、自分を買って来る」とか、物を親しい友人として「自分の家に連れて来る」というように表現されていたことを思い出すのである。そのように考えると、美しい物は何か人の心に与える(あた  )ものを持っている。【3】したがって、物と心が結び合う時、自分の水準が高められる。それゆえ、美を味得する道は人によって違う(ちが )のである。一般(いっぱん)的に、生まれながら情操(じょうそう)的な人と理知的な人があるように、誰(だれ)でも同じようにはいかないが、情操(じょうそう)的な人ほど友人が多くできるように、美しい物との出会いは多い。【4】そういう人ほど直感力が強いといえる。
 さて、この直感力を強くする道は、修業によらなければならないが、柳(やなぎ)先生は参考として役に立つ二つの実際的方法を示唆(しさ)して、練習の資に供(きょう)したいと言われている。一つは標準法で、他は擬人(ぎじん)法である。【5】物は程度の差はあっても、いろいろな条件によってそれぞれ異なっ(こと  )ているもので、作った人の性質、境遇(きょうぐう)、意志、取りあつかい方などが直接できあがった物に影響(えいきょう)してくる。これは人間性の反映(はんえい)である。それゆえ人間と同じように見ていくことはその理解を早める一つの道である。【6】例えば、工芸品の一つを例として取り上げると、色とか模様(もよう)とかデザインなどが派手(はで)にすぎていたら、ぜいたくな人間の性質と同じように見えるだろう。ぜいたくという言葉は道徳の世界から見れば、必ずしも善(ぜん)ではないし、華美(かび)というものと真の美とはどうしても反発する傾向(けいこう)がある。
 【7】今度は別に装飾(そうしょく)はなくても、落着いた形、確実な材料や機能、おだやかな色調などを見る時、かざり気のない実直な人のほうがどれだけ人に信頼(しんらい)されるかということに通じる。物としても、そのような人に通じるものがあることを考えないわけにはいかない。物としてもそのような美しさを持っている物があるといえよう。【8】また細々とやせて、きゃしゃな形を見ると、やはりそれは健康体とはいえない。(中略)
 また例えばそまつな材料や、粗雑(そざつ)な仕事でありながら、上っ面ばかりよく見せかけていても、その仕事やそれを作る人間のようなうそのある物とは、共に暮す(くら )気持にはなれないのが普通(ふつう)である。【9】どんな人間が信用できるか、また頼り(たよ )になるか、友達として長く付き合えるかというように、物にも一様の道徳観がある。一時はだまされても、不道徳な人や物は、はっきりわかってしまえば、どうなるか考えなくてもわかる。【0】これを見ぬく見識は、真に美しい物を常に求めている者が持てるのである。
 また、気品のある物、品格のある物、着実な物、健康な物、温かみのある物、うるおいのある物、深味のある物、静けさのある物、こういう性質のある物は、美しさに結びつきやすい縁(えん)を持つといえる。ただ注意すべきは人間の世界にごまかしが多過ぎるように、物の場合にもよくあることである。これは巧み(たく )に技巧(ぎこう)をこらした物、器用さで作った物など、その作為(さくい)にごまかされて、それを美しさと誤認(ごにん)する場合が多い。技巧(ぎこう)と美、器用と美の混同される場合も多いが、これらと一緒(いっしょ)に暮し(くら )ている間には、いつかボロが出て来て必ずいやになるものである。これは、結局はごまかし物ということになる。これに反して不器用でも実直な物、田舎くさくても、素朴(そぼく)でも着実な物の価値(かち)を忘れ(わす )てはいけない。
 愛され、尊敬(そんけい)される人間と同じで、それを早く見ぬくことが大切である。このように、見かけの美しさと真の美しさとはちがうもので、これを人間に例えて考える判定の仕方が擬人(ぎじん)法である。

(池田三四郎(さんしろう)『美しさについて』)

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問3:  ~字
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問4:  ~字
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