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記述の森の記述検定
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 記述の森の記述検定  編集
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題名:○「ボランティアってのは(感)
 【1】「ボランティアってのは、自分にとって一銭の得にもならないことを一生懸命(いっしょうけんめい)やっているみたいだ。だから、ボランティアは偉い(えら )、感心だ」。こんなふうにいう人は好意的な人だ。【2】その気持ちが少し皮肉な側に傾け(かたむ )ば、ボランティアは「変わった人だ」、「物好きだ」となるかもしれないし、反発心が混じれば、ボランティアは「偽善(ぎぜん)的だ」となりかねない。
「偽善(ぎぜん)的だ」と言われたとき、ボランティアは考え込ん(かんが こ )でしまうかもしれない。【3】自分がしていることが「見返り」を求めない「尊い」行為(こうい)だと言う自信はない。もしかすると自分は、自分の力を誇示(こじ)したいだけなのではないか、弱いものと接することで優越(ゆうえつ)感を感じたいだけではないか、「こんないいことをしましたよ」と周りの人に自慢(じまん)したいだけなのではないか……と考え出すと、自分でも不安になってしまう。
 【4】私は、ボランティアが行動するのはある種の「報酬(ほうしゅう)」を求めてであるからに違い(ちが )ないと考える。私自身の限られた経験からもそう思うし、考え方の枠組み(わくぐ )として、とりあえずそのような想定をしてから出発することが有効なアプローチであると思う。
 【5】ボランティアにとっての「報酬(ほうしゅう)」とは、もちろん、経済的なものだけとは限らない。その人によっていろいろなバリエーションが可能なものである。私は、ボランティアの「報酬(ほうしゅう)」とは次のようなものであると考える。【6】その人がそれを自分にとって「価値がある」と思い、しかも、それを自分一人で得たのではなく、だれか他の人の力によって与え(あた )られたものだと感じるとき、その「与え(あた )られた価値あるもの」がボランティアの「報酬(ほうしゅう)」である。
 【7】ボランティアはこの広い意味での「報酬(ほうしゅう)」を期待して、つまり、その人それぞれにとって、自分が価値ありと思えるものをだれかから与え(あた )られることを期待して、行動するのである。その意味で、ボランティアは、新しい価値を発見し、それを授けてもらう人なのだ。
 【8】ボランティアの「報酬(ほうしゅう)」についてわかりにくいところがあるとしたら、その本質が「閉じて」いてしかも「開いて」いるという、一見相反する二つの力によって構成されているからではないだろうか。
 人が何に価値を見いだすかは、その人が自分で決めるものである。【9】他人に言われて、規則で決まっているから、はやっているからとかいう「外にある権威(けんい)」に従うのではなく、何が自分にとって価値があるかは、自分の「内にある権威(けんい)」に従って、つまり、独自の体験と論理と直感によって決めるものだ。その意味で、価値を認知する源は「閉じて」いる。
 【0】「内なる権威(けんい)」に基づいていること、自発的に行動すること、何かをしたいからすること、きれいだと思うこと、楽しいからすること、などが「強い」のは、それらの力の源が「閉じて」いて、外からの支配を受けないからだ。しかし、ボランティアが、相手から助けてもらったと感じたり、相手から何かを学んだと思ったり、だれかの役に立っていると感じてうれしく思ったりするとき、ボランティアは、かならずや相手との相互(そうご)関係の中で価値を見つけている。つまり、「開いて」いなければ「報酬(ほうしゅう)」は入ってこない。このように、ボランティアの「報酬(ほうしゅう)」は、それを価値ありと判断するのは自分だという意味で「閉じて」いるが、それが相手から与え(あた )られたものだという意味で「開いて」いる。
 「外にある権威(けんい)」だけに基づいて行動すること、つまり「開いている」だけの価値判断によって行動するのは、わかりやすいことであるとともに、楽なことだ。うまくいかなくとも、自分のせいではないし、いつでも言い訳が用意されているのだから。また、自分の独自なるものを賭ける(か  )必要がないから、傷つくこともない。しかし、「外にある権威(けんい)」だけに準拠(じゅんきょ)して判断をするということは、物事をある平面で切り取り、それと自分との関係性をはじめから限定してしまうことになる。それでは、何も新しいものは見つけられないし、だいいち、楽しくない。
 一方、「閉じて」いるだけのプロセスも、複雑なところはなくはっきりしているし、周りのことを考えなくていいわけだから楽なことである。しかし、そこからは排他(はいた)性とか独善しか生まれない。つまり、「開いている」だけ、または「閉じているだけ」の行動は、わかりやすく、楽であるかもしれないが、力と魅力(みりょく)に欠けるということだ。新しい価値は「閉じている」ことと「開いている」ことが交差する一瞬(いっしゅん)に開花する。
 ボランティアの「報酬(ほうしゅう)」は「見つける」ものであると同時に「与え(あた )られる」ものであるということは、新しい価値が「報酬(ほうしゅう)」として成立するには、ボランティアの力と相手の力が出会わなければならない、つまり、つながりがつけられなければならないということだ。

(金子郁容(いくよう)『ボランティア――もうひとつの情報社会』による。本文を改めたところがある)

問1:筆者は、ボランティアもある種の「報酬(ほうしゅう)」を求めて行動していると考えています。ここでいう「報酬(ほうしゅう)」とは、どのようなものですか。  60~70字
文字数(もじすう):0字



問2:筆者は、ボランティアの「報酬(ほうしゅう)」には「閉じている」面があると述べています。それはどのような意味ですか。  60~70字
文字数:0字



問3:ボランティアの「報酬(ほうしゅう)」が「開いている」とは、どのような意味ですか。「閉じている」との違い(ちがい)がわかるように説明しなさい。  60~70字
文字数:0字



問4:筆者は、新しい価値は「閉じている」ことと「開いている」ことが交差するときに生まれると述べています。あなたが、自分から進んで何かをした結果、他の人との関わりから思いがけない価値を得た経験を挙げ、考えたことを書きなさい。  100~120字
文字数:0字