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記述の森の記述検定
★10月の問題だけができるようになっています。
 読む力、書く力、考える力を育てる
 記述の森の記述検定  編集
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題名:★あることがらや(感)
 【1】あることがらや出来事を私(わたし)たちが他の人に伝えたいと思った時、大きくわけてふたとおりの方法が考えられます。一つはそれを写真やビデオに写して見てもらうということです。もう一つの方法は、手紙を書いたり電話をしたりして、読んだり聞いたりしてもらうということ」です。【2】かりに、前者を「映像(えいぞう)による伝達」、後者を「言葉による伝達」と呼ぶ(よ )ことにしましょう。
 さて「映像(えいぞう)による伝達」と「言葉による伝達」を比較(ひかく)した場合、どちらが、ことがらや出来事を正しく伝えることができるかと質問(しつもん)されたら、みなさんはどう答えますか。
 【3】最近は、テレビやビデオなどの目覚ましい発達にともなって、映像(えいぞう)の力を私(わたし)たちもいやというほど見せつけられることがしばしばです。特に、衛星(えいせい)放送が可能(かのう)になってから、私(わたし)たちは、世界で起きている出来事をいながらにして同時中継(ちゅうけい)で見ることができるようになりました。【4】ごく最近の中国の天安門事件(じけん)の時も、そこに集まった群衆(ぐんしゅう)の熱狂(ねっきょう)的な姿(すがた)や、その後の軍隊の出動の様子などは、まるで私(わたし)たちがそこにいるかのような錯覚(さっかく)を与える(あた  )ほど生々しいものでした。【5】そうした、生々しいリアルな映像(えいぞう)に接する(せっ  )と、その迫力(はくりょく)に圧倒(あっとう)されてしまい、「映像(えいぞう)による伝達」の前では、「言葉による伝達」も影(かげ)がうすくなってしまうように思えます。そして、さきほどの質問(しつもん)にも、文句(もんく)なしに「映像(えいぞう)による伝達」に軍配をあげることになりそうです。【6】昔から「百聞は一見にしかず」ということわざもあり、「映像(えいぞう)による伝達」の優位(ゆうい)は、疑え(うたが )ないことなのかも知れません。
 しかし、ほんとうにそうなのでしょうか。ほんとうに「言葉による伝達」は、おとっているのでしょうか。【7】たとえば、みなさんのことを全く知らない人に、みなさんの家族の紹介(しょうかい)をしようという時、家族全員のそろった写真をとって送れば、一番てっとり早いし、なによりも分かりやすいように見えます「しかし、それで、ほんとうにみなさんの家族を相手の人によく理解(りかい)してもらえるでしょうか。【8】なるほど家族それぞれの顔や姿(すがた)などは、言葉で説明するより分かりやすいでしょう。そして、家族全体の持っている雰囲気(ふんいき)のようなものも、ある程度(  ていど)はその写真によって伝わることでしょう。しかし、それ以上のことになるとどうでしょうか。【9】その写真ではみんなニコニコ笑っていても、ひょっとしたら、兄と弟は口もきかないような関係にあるかも知れません。父は、実際(じっさい)には病気がちで、家族のみんなが心配しているような状態(じょうたい)にあるかも知れません。【0】母は、心の中では、夫の病気や子供(こども)たちのことをいつも気にして、疲れ(つか )ぎみかも知れません。そうした、少し入り組んだことは、やはり一枚(まい)の写真では表現(ひょうげん)することはできないでしょう。その写真をみた人は、「ああ、幸せそうな家族だな」というふうに理解(りかい)して、それで終わりということになりかねません。
 それに対して、言葉で書いた文章では、家族の顔や姿(すがた)を十分には伝えることはできないでしょうが、家族の中のかなり複雑(ふくざつ)な問題でも、説明することができます。それによって、写真では伝わらない家族のほんとうの姿(すがた)を相手に伝え、理解(りかい)してもらうことができるのです。
 映像(えいぞう)は瞬間(しゅんかん)的に人をとらえ、その中に引きこみます。その魅力(みりょく)を私(わたし)たちはよく知っています。そして何よりも、映像(えいぞう)はリアルです。しかし、そこに落とし穴(お  あな)があることも事実なのです。つまり、私(わたし)たちはしばしば、映像(えいぞう)を「現実(げんじつ)そのもの」と思ってしまうというあやまちをおかしてしまうのです。
(中略(ちゅうりゃく))
 「映像(えいぞう)による伝達」と「言葉による伝達」では、いちがいにどちらがすぐれているとは言えないでしょう。しかし、「映像(えいぞう)の時代」などと言われる現代(げんだい)社会では、私(わたし)たちは、ともすれば「映像(えいぞう)による伝達」を過信(かしん)しがちです。「文章のウソ」以上に「映像(えいぞう)のウソ」は危険(きけん)なのです。私(わたし)たちは、そういう「映像(えいぞう)による伝達」の危険(きけん)性(せい)をよくわきまえて、常に(つね )真実とは何かを考えるように心がけなければなりません。

問1:  ~字
文字数(もじすう):0字



問2:  ~字
文字数:0字



問3:  ~字
文字数:0字



問4:  ~字
文字数:0字