未ログイン ログイン
記述の森の記述検定
★10月の問題だけができるようになっています。
 読む力、書く力、考える力を育てる
 記述の森の記述検定  編集
※最初にログインをしてください。言葉の森の団体コードは、aaa001です。
※解答欄への入力は、音声でもテキストでもどちらでもできます。

題名:★極東の島国日本(感)
 【1】「極東の島国日本」などとしばしばいわれるように、日本を孤立(こりつ)した「島国」とする見方は、おそらく現代日本人の圧倒的(あっとうてき)多数の常識であり、これまでの多くの日本人論、日本文化論もそれを大前提として論じられてきたといってよい。
 【2】そして日本の「島国」であることが強調される場合、そこには対立する二つの文脈があったと思われる。【3】その一つは、とくに敗戦後、日本の国際社会への復帰に当って、それまでの独善的、閉鎖(へいさ)的な日本人のあり方に対する反省が強く求められたさいなどに強調された文脈で、「島国根性の打破」「島国性の克服(こくふく)」がこの中で声高に叫ば(さけ )れたのであり、現在もなお同じ方向でこうした主張が展開されることが多い。
 【4】これに対し、他の一つとして、「島国」であることに日本人、日本文化の独自性、均質性の基盤(きばん)を求める文脈があり、この見方は海によって周辺の世界から隔て(へだ )られ、また海に守られることによって他民族による軍事的な侵略(しんりゃく)をまぬかれ、【5】政治的な支配を受けることなく周辺から技術、文化を吸収、「島国」の中でそれを熟成してきたところに、日本文化の特質を見出そうとする。それは日本が「島国」であることに積極的な意味を求めようとする見方で、現在の日本文化論の中で、こうした立場に立つ見解は多い。
 【6】この二つの見方は、まったく相反する方向から日本をとらえており、前者は「近代化論」につながる志向を持つのに対し、後者は日本文化の独自性を強調し、ときに天皇が長期にわたって日本列島の国家に関わりつづけてきたことを賛美する方向に進む場合も見られる。【7】とはいえ、この両者はともに共通した「日本は島国」という認識の上に立っている。そしてたしかに現在の日本国が島によって構成された国―「島国」であることはまぎれもない事実であり、この点についてはあたかも異論の入る余地のまったくない「常識」であるかの如く(ごと )に見えるのである。
 【8】しかし一歩突き放し(つ はな )てこの「常識」を見直してみると、それがしばしばきわめて底の浅い、偏っ(かたよ )た見方であることはただちに明白になる。
 【9】そもそも日本国が現在の島々から成り立つようになったのは敗戦後のことで、中国東北、朝鮮半島(ちょうせんはんとう)を植民地としていた「大日本帝国(だいにっぽんていこく)」の時代はそうでなかったという自明な事実――それがいかに嫌悪(けんお)すべき状況(じょうきょう)であったとしても――を想起する必要がある。【0】この「常識」の基礎(きそ)がまことに不安定であることはこれによっても明らかであろう。
 それとともに、この「常識」の中では、「島国」を構成する島は本州・四国・九州を中心とする島々に限定され、北海道・沖縄(おきなわ)がほとんど欠落することになっている場合が多い。そしてそれを意識した議論の場合でも、琉球(りゅうきゅう)、アイヌの問題は「日本文化」の源流、古層としてとり上げられるにとどまり、日本列島の人間社会の歴史全体の中で、その独自な位置づけを与え(あた )られることはない、といってよかろう。
 そしてなによりも不思議なことは、「島国論」に基づく日本論が、現在の日本国内の島々の間の海のみを、人と人とを結びつけるものとし、他の海のすべてを、人と人とを隔てる(へだ  )海としている点である。しかし浪(なみ)荒い(あら )玄界灘(げんかいなだ)を隔て(へだ )た九州と対馬の間に人びとの文化の交流が縄文(じょうもん)時代以来あったとしながら、ドーバー海峡(かいきょう)ほどではないにせよ、狭い(せま )対馬と朝鮮半島(ちょうせんはんとう)との間の海―朝鮮(ちょうせん)海峡(かいきょう)が人と人とを隔離(かくり)したなどと考える議論の不自然さは、誰(だれ)が見ても明らかであろう。また南九州と奄美(あまみ)、沖縄(おきなわ)との間に文化の交流があったとすれば、宮古、八重山と台湾(たいわん)との間に同じことのあったのは当然であり、東北と北海道の間の海が人と人とを結ぶならば、北海道とサハリン、沿海州との間の海が同じ役割をしないはずはないのである。
 「島国論」が成り立つためには、このあまりにも当然な事実が無視されなくてはならないのである。それゆえ、こうした「日本島国論」は根本的に、現在の日本国の国境に規定された俗説(ぞくせつ)、国家そのものをつくりだした「虚構(きょこう)」であり、その非歴史性、一面性のゆえに、たやすく政治的なイデオロギーに転化しうる議論、と私は考える。

(網野善彦()「日本論の視座」より)

問1:筆者は、日本を「島国」とみなす考え方には、対立する二つの文脈があると述べています。それぞれどのような考え方ですか。  60~70字
文字数(もじすう):0字



問2:筆者は、「日本は島国」という常識の中では、北海道や沖縄(おきなわ)、琉球やアイヌの歴史が十分に位置づけられていないと指摘(してき)しています。それはどのような問題ですか。  60~70字
文字数:0字



問3:筆者が、海を人と人とを「隔てる(へだてる)もの」とする従来の「島国論」を不自然だと考えるのはなぜですか。本文中の具体例を踏まえ(ふまえ)て説明しなさい。  60~70字
文字数:0字



問4:筆者は、「日本は島国」という常識も、現在の国境から過去を見た「虚構(きょこう)」になりうると批判しています。私たちが歴史や社会についての「常識」を検討するとき、どのような姿勢が必要だと考えますか。具体例を挙げて論じなさい。  100~120字
文字数:0字