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記述の森の記述検定
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 記述の森の記述検定  編集
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題名:○柳田國男の日記によれば
 【1】柳田(やなぎだ)國男(くにお)の日記によれば、柳田(やなぎだ)は、一九四五年八月一一日――「土よう 晴あつし」とある――に、元警視総監(けいしそうかん)長岡(ながおか)隆一郎(りゅういちろう)より、「時局の迫れ(せま )る話を」、つまり終戦が近いことを知らされる。【2】日記は、この事実を記したあと、「いよいよ働かねばならぬ世になりぬ」と、自身の決意を記した文が続く。
 この決意の結果、柳田(やなぎだ)が戦後まもなく上梓(じょうし)したのが『先祖の話』である。【3】この著作での柳田(やなぎだ)の学問的な問題意識は、家の存続ということの信仰(しんこう)上の基盤(きばん)を明らかにすることにあった。それはさらに、戦争における死者を救済し、慰霊(いれい)しなくてはならないという、実践(じっせん)的な問題意識によって駆り立て(か た )られていた。【4】「人を甘んじ(あま  )て邦家(ほうか)の為(ため)に死なしめる道徳に、信仰(しんこう)の基底が無かつたといふことは考へられない。さうして以前にはそれが有つたといふことが、我々にはほゞ確かめ得られるのである」。戦争による死を犬死にしてはならない、というわけである。
 【5】だが、家の存続を支える祖霊(れい)崇拝(すうはい)の伝統の存在を実証することが、どうして、死者の救済になるのだろうか? 戦場に散った若者たちの死は、国のための、国体のための、もっと端的(たんてき)に言えば天皇や皇室のための死であった。【6】敗戦ということは、死者たちがそれのために死んでいったものが、つまり天皇や皇国といった観念が、無意味なものへと転ずることである。つまり、天皇をその内部に位置づける万世一系の血統から、その超越(ちょうえつ)性が完全に奪わ(うば )れることを意味する。【7】このとき、死者たちの死を無価値から救済するためには、皇室や天皇家の伝統などはその一部でしかないような、もっと包括(ほうかつ)的で深い伝統が、日本人という「民族の自然」にはあることを実証し、その死を意味づけ直すほかない。【8】そうして、死をあらためて意味づけるような参照枠(わく)として柳田(やなぎだ)が提起したのが、家の存続を支える先祖信仰(しんこう)である。皇室や国体のため(のみ)の犠牲(ぎせい)と見れば、若者たちの死や彼ら(かれ )を戦場へと送り出した戦前・戦中の日本人の行動は、無価値だったとしか解釈(かいしゃく)できない。【9】しかし、彼ら(かれ )が守ろうとしたのは、敗戦によって失われることのない家であり、それゆえ彼ら(かれ )は祖霊(れい)の集合の中に迎え入れ(むか い )られるのだとすれば、その死も、それを応援(おうえん)した人々の行動も無価値とは言えないだろう。
 【0】なぜ、柳田(やなぎだ)は家の存続にこだわるのか。家が、常民の道徳・規範(きはん)の源泉になっていると、柳田(やなぎだ)は考えるからである。家とは、死者を、祖霊(れい)の集合の中に繰り込み(く こ )、生者と親しい相互(そうご)交流の関係におくシステムである。柳田(やなぎだ)によれば、常民が道徳的でありうるのは、祖霊(れい)のまなざしによって見守られている、との意識があるからだ。桑原(くわばら)武夫との対談で、柳田(やなぎだ)は、日本人の美質として「義憤(ぎふん)」と「制裁があること」を挙げ、それは、「あなたと話をしていても、あの隅(すみ)あたりでだれかが聴い(き )ていて、あれあんな心にもないことを言っている、と言われたんじゃたまらんという」心持ちによって支えられている、と論じている。「あの隅(すみ)あたりで」あなたを見たり、聴い(き )たりしているのが、祖霊(れい)である。あるいは、「気がとがめる」という感覚も、祖霊(れい)のまなざしを前提にしている。それは、「自分の周囲の、自分のことを一番憂え(うれ )ている人(つまり祖霊(れい))が一緒(いっしょ)になって気にかけるだろう」という意味だからである。
 ここには、常民の現在を承認したり否認したりする、「超越(ちょうえつ)」的なまなざしを確保しようという問題意識がある。そのまなざしを、「家」というシステムを媒介(ばいかい)にして定礎(ていそ)しようとするときには、そのまなざしの「超越(ちょうえつ)性」は極小化し、「内在性」の方に引き寄せられている。すなわち、まなざす祖霊(れい)は、常民の経験的な現在との間に、親密な相互(そうご)交流がありうるような、具体的な他者として表象され、イメージされているのだ。それは、経験的な他者の直接の延長上にある。
 柳田(やなぎだ)は、敗戦がもたらした空白を埋める(う  )ものを、日本社会の堅固(けんご)な――と彼(かれ)が信ずる――伝統の中に見出そうとした。 

(大澤()真幸『不可能性の時代』による)

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問4:  ~字
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