未ログイン ログイン
記述の森の記述検定
★10月の問題だけができるようになっています。
 読む力、書く力、考える力を育てる
 記述の森の記述検定  編集
※最初にログインをしてください。言葉の森の団体コードは、aaa001です。
※解答欄への入力は、音声でもテキストでもどちらでもできます。

題名:○道のはじまり(感)
 道のはじまり
 【1】それはすばらしいことでした。以前(いぜん)人々が狩り(か )をしてくらしていた時代には、一つの山に動物がいなくなると、人々はべつの山へと移動(いどう)しなければなりませんでした。えもののない日は十日でもニ十日でも、食事をせずに、食糧(しょくりょう)をさがし歩かなければなりませんでした。
 【2】ところが、いまではちがいます。一つの水田はよく年も、そのまたよく年も、きちんきちんと実りをあげてくれました。畑でとれた作物は、長く保存(ほぞん)することもできました。雪にうもれた季節(きせつ)にも、梅雨(つゆ)の長雨の季節(きせつ)にも、人間は安心してその土地で、くらすことができました。
 【3】畑しごとのない日には、べつのしごとをすることもできました。はたおりをして、着物をつくることもできました。わらしごとをして、わらじやむしろや、なわをつくることもできました。【4】農作業の道具をつくったり、どうしたらお米がたくさんとれるようになるかと、みんなでゆっくり考えあう、ゆとりもできていきました。
 畑をたがやすということは、それほどすばらしいことでした。一つの土地にすみつくということは、たいへん幸せなことでした。【5】家と畑とをむすぶ道は、こうして毎日ふみかためられていきました。家と畑とをむすぶ道も、しっかりつくられていきました。
 お米がたくさんとれるようになると、あまったお米は、べつの物と交換(こうかん)することができました。【6】漁村(ぎょそん)でとれた海のさかなと交換(こうかん)することができました。山村でおられた布(ぬの)と、交換(こうかん)することができました。村と村とをつなぐ道も、こうしてつくられていきました。
 お米がたくさんとれるようになると、十人の人をやしなうのに、八人が畑へしごとにでれば、すむようになりました。【7】あとの二人はべつのしごとにつくことができました。武士(ぶし)になったり、坊さん(ぼう  )になったり、貴族(きぞく)や学者や技術(ぎじゅつ)者になることができました。そして、商人になることもできました。こうして都市ができました。大きな都がつくられていきました。【8】物と物との交換(こうかん)は、さらに活発になりました。人と人との行き来もしだいにさかんになりました。
 ちがった土地の人たちが、たがいに交流しあうようになると、ちがったくらしのちえも交換(こうかん)されました。くらしの技術(ぎじゅつ)はさらに進歩していきました。
 【9】技術(ぎじゅつ)がすすむと、さらにたくさんのお米がとれるようになりました。物と物との交換(こうかん)も、ちえとちえとの交換(こうかん)も、いっそう活発になりました。道はいよいよたいせつなものになりました。道をつくる技術(ぎじゅつ)も、物をはこぶ技術(ぎじゅつ)も進歩していきました。【0】でこぼこ道がたいらになっていきました。広い道がつくられるようになりました。荷車もとおれるようになりました。そこで交通は、もっと活発になりました。
 人類(じんるい)の文明は、そのようにして発達(はったつ)してきたのでした。道のはたらきは、そのようにしていよいよ重要(じゅうよう)になってきたのでした。
 では道は、人が使わなくなったとき、どうかわっていったでしょうか。大むかし人々がまだけものを追ってくらしていた時代には、そこにけものがいなくなれば、人間はべつの山へと移動(いどう)していきました。人の使わなくなった古い道は、いつか土にうもれてしまいました。草ぼうぼうになり、ジャングルのように木がしげって、もうあとかたもなくなってしまいました。
 そうです。道はいつの時代にも、人間がそこをとおってこそ道でした。どんなにりっぱな道をつくっても、人間がそこをとおらなくなったとき、道はあれはて廃(はい)道になっていきました。江戸(えど)時代に、にぎやかに人の行き来した街道(かいどう)も、明治(めいじ)にはいって鉄道ができだれもが使わなくなると、とたんにさびれていきました。また、山のむこう側(がわ)とこちら側(がわ)とをむすんでいた峠(とうげ)の道も、りっぱな自動車道がトンネルでつうじると、しだいしだいにわすれられていきました。
 
 「道は生きている」(富山(とみやま)和子)講談社(こうだんしゃ)青い鳥文庫より

問1:  ~字
文字数(もじすう):0字



問2:  ~字
文字数:0字



問3:  ~字
文字数:0字



問4:  ~字
文字数:0字