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記述の森の記述検定
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題名:★並木の道、石の道(感)
 並木(なみき)の道、石の道
 【1】長い長い街道(かいどう)は、全国各地(かくち)から都へむけて、みつぎものをとどけるための道であり、また戦争(せんそう)にでかけていくための道であり、戦争(せんそう)や、都づくりの工事にかりだされる人たちが、故郷(こきょう)をあとに都へむけて旅立つための道でした。【2】旅人たちは、じぶんの食糧(しょくりょう)をかついで何日も何十日もさびしい道を歩きつづけたのでした。ニワトリの声でもいいから聞きたいなあと思うほど、心細いことばかりでした。病気になる人もありました。水も食糧(しょくりょう)もなくなって、死んでいく人もありました。【3】並木道(なみきみち)は、そんな旅人たちをやさしくたすけてくれたのです。
 やけつくような暑い日ざしのま夏には、並木(なみき)のこずえはすずしい木(こ)かげをつくりだしてくれました。雨がふれば、雨やどりの場所になりました。夜がくれば、木かげはねる場所になりました。【4】そして、食糧(しょくりょう)のない旅人には、木の実を提供(ていきょう)してくれました。ですから大むかしの並木(なみき)は、いまとちがって、カキやナシなど、くだもののなる木だったのです。
 街道(かいどう)にはところどころに、駅もおかれていきました。駅にはウマを何頭もおきました。
 【5】それは、いざといういそぎの知らせのばあいには、役人がウマをのりついで、早馬を走らせることができるようにした制度(せいど)でした。
 鎌倉(かまくら)時代になりました。源頼朝(みなもとのよりとも)が鎌倉(かまくら)に幕府(ばくふ)をひらくと、幕府(ばくふ)はこんどはまわりの山を切りひらいて、切りどおしの道をつくっていきました。【6】それは戦争(せんそう)にそなえてのものでした。いざ戦争(せんそう)というときに、各地(かくち)に散らばっ(ち   )てくらしている武士(ぶし)たちが、いちはやく鎌倉(かまくら)へはせ参じる(  さん  )ことができるよう、街道(かいどう)をととのえていったのです。いまも鎌倉(かまくら)には切りどおしの道がたくさんのこっています。
 【7】道はこのようにして、すこしずつととのえられていきました。旅館もたつようになりました。並木(なみき)のしゅるいはくだもののなる木から、いつかサクラやウメにかわり、さらにスギやヒノキやマツ並木(なみき)へと、かわっていったのです。
 【8】それにしてもくだもののなる並木道(なみきみち)とは、なんとすばらしいちえだったことでしょう。ドイツにも、むかしはそんな並木道(なみきみち)がありました。けれどもそれは旅人たちのためにつくられたものではなく、領主(りょうしゅ)たちが、ただ実をとることを目的(もくてき)に、じぶんの畑の一部として植えたものでした。【9】しかも、日本よりは千年ものちのことだったのです。
 くだもののなる木の並木道(なみきみち)は、いまでも日本にあります。長野県飯田(いいだ)市のりンゴ並木(なみき)は子どもたちが植えそだててきたものです。また茨城(いばらき)県日立市には、アンズの並木道(なみきみち)があります。【0】
 
 「道は生きている」(富山(とみやま)和子)講談社(こうだんしゃ)青い鳥文庫より

問1:  ~字
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問2:  ~字
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問3:  ~字
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問4:  ~字
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