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音読の丘
 音読で、読む力、書く力が育つ。
 オンドリくんの 音読の丘
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【長文が二つある場合、読解問題用の長文は一番目の長文です。】
 妹が隆(たかし)に、あんなのほしかったなあ……と、小さな声で言ったのは、夏も終わりのころのことであった。隣(となり)の屋根でのんびり寝そべっ(ね   )ている野良猫(のらねこ)を見てのことばである。「母さんの猫(ねこ)嫌い(ぎら )は知ってんだろ」。「ううん、違う(ちが )の。お祭りのときお店で見かけた招き猫(まね ねこ)なの」。「どの店だよ? 」。「七味とうがらしの出店」。「……そりゃ、今さら無理だよ」。「だからもういいの」。これだから困るのである。隆(たかし)は招き猫(まね ねこ)探しにでかけることにした。
 招き猫(まね ねこ)を飾っ(かざ )てある店は見かけても、売っている店はたいそう少なかった。土産物店で見つけても、いやに小さくて貧相なのである。やっぱり秋祭りまで待つしかないか・・・・・と、隆(たかし)は思った。しかし、珍しく(めずら  )妹がほしがったことを考えると、隆(たかし)は何とか早いとこ見つけて持ち帰り、妹を驚か(おどろ )せてやりたかった。自分も気に入り、妹も一目で気にいるやつを早いとこ見つけたかった。
 それが、ないのである。招き猫(まね ねこ)にも、実にいろんな人相(?)のものがあることに、隆(たかし)は初めて気がついた。大きさ、姿、表情、色……と四拍子(しびょうし)そろって、一目ぼれできる招き猫(まね ねこ)となると、売り物どころか、見かけるのだってむずかしいことに、隆(たかし)はやっと気がついた。
 思いあぐねて明(あきら)のやつに相談することにした。話を聞いた明は、隆(たかし)の顔をまじまじと見つめた。「招き猫(まね ねこ)だなんてお前、どういう趣味(しゅみ)なんだ。おれの親友だとは思えん。ほしがるにこと欠いて、そんなおじんくさいもの、目をつけやがるなんて」。「すまん、じつはほしがっているのは妹なんだ」。そう打ち明けると、明の態度はがらりと変わった。
 妹の趣味(しゅみ)まで何か言われそうだとかまえていた隆(たかし)は肩(かた)すかしをくらった感じだった。同時にもう一つの何かも感じていた。「いっしょに探してやるよ」。明のやつは急に親切になった。

(今江祥智(いまえよしとも)『今日も猫(ねこ)日和』)
 【1】じつは私は二〇代前半まで、旅行好きというには程遠かった。身体を動かすことは大嫌い(だいきら )で、部屋にこもって音楽を聴い(き )たり本を読んだりするのを好む人間だった。旅らしいことといえば、東京から大分までの帰省を毎年三回ほどするくらいだった。
 【2】ところが、大学院でフランス文学を勉強しはじめたころから、フランスに行ったことがないのでは話にならないという気になりはじめた。そこで、奨学(しょうがく)金を貯め、親にも援助(えんじょ)してもらって、一九七七年の三月、初めてフランスを訪れた。【3】まだ成田空港は開港しておらず、パリもまだオルリー空港を使っていたころだ。格安料金の大韓航空(だいかんこうくう)機を利用して、ソウル、アンカレジ周りで二四時間以上かけてパリに行った。ついでに、ドイツ、オーストリア、イタリアにも足を伸ばす(の  )ことにした。
 【4】そして、ヨーロッパでしばらく過ごすうち、フランスという国に関心を持つという以上に、旅行そのものに目覚めてしまったのだ。
 旅行の最大の楽しみ、それは「驚き(おどろ )」と「うろたえ」だ。
 外国の観光地を見る。生活を見る。そこで行動して、人間に触れる(ふ  )。【5】これまでと違っ(ちが )た価値観に遭遇(そうぐう)する。日本にいて予想していたのとまったく違う(ちが )光景、まったく違う(ちが )反応に出会う。そして、驚き(おどろ )、うろたえる。
 日本人としては、それでもなお日本式の生活をしようとすることもある。だが、そうすればするほど、困った事態に陥る(おちい )。【6】だが、それがまた楽しい。それまで絶対的に真実と思っていたことが揺らぎ(ゆ  )、これまでの価値観が揺り動かさ(ゆ うご  )れる。
 最初の旅行でまず驚い(おどろ )たのは、道を歩くのは、きれいに着飾っ(きかざ )た白人のパリジャンやパリジェンヌばかりではないということだった。【7】そもそもパリは白人だけの都市ではなかった。私はモンパルナスの一つ星の安ホテルを基点にしてパリ見物をはじめたが、歩く場所によっては、目に入る人間の一〇〇パーセントが有色人種だということも珍しく(めずら  )なかった。【8】地下鉄に乗っても、有色人種のほうが多いということがしばしばあった。しかも着飾っ(きかざ )ている人は少ない。ジーンズに革ジャン姿が圧倒的(あっとうてき)に多い。日本で予想していたような上品な白人はめったに見かけない。
 数日後、フォブール・サントノレを歩いた。【9】日本でいえば銀座のようなところだ。そこで初めて頭の中で想像していたパリの光景に出会えた。エレガントなパリジェンヌがいた。
 そこで気がついた。貧乏(びんぼう)学生である私がほっつき歩いていたのは、貧しい地域だったのだ。【0】そこには、貧しい白人や有色人種が多かった。フランスは階層社会だったというわけだ。しかも、すでにフランスにはアラブ系、アフリカ系の移住者が押し寄せ(お よ )、その人たちが新たな下層社会を作り上げていた。(中略)
 最初のヨーロッパ旅行で、私はこのような光景を見るうち、旅というものの楽しさを知ったのだ。そして、それが病みつきになり、その後、時間とお金に少し余裕(よゆう)ができてからは毎年のように海外旅行に出かけた。
(中略)
 ときには異文化のなかにかつての日本と同じような光景を見かけて、人間の普遍(ふへん)性を痛感することもある。日本とまったく文化の異なるフランスでも、日本人と同じような反応にしばしば出会った。一九九四年には友人とラオスに行って、メコン川の川原で凧(たこ)揚げ(あ )をして遊ぶ子供たちを見て、四〇年前、九州の片田舎の川原で遊んだ自分の姿が重なった。
 私は、旅行での様々な驚き(おどろ )やうろたえや失敗の経験を書き綴っ(つづ )てきた。
 もちろん、この程度の旅で大旅行家などとはいえない。私はたかだか三〇ヵ国(かこく)を旅行したに過ぎない。私よりもたくさんの旅行をし、たくさんの経験をした人は多いだろう。
 だが、私は幸い、ほかの人よりも自由な仕事についていたため、勝手気ままにあちこちを動き回ることができた。冷戦時代の東欧(とうおう)六ヵ国(かこく)を含む(ふく )六〇日間の新婚(しんこん)旅行、朝鮮民主主義人民共和国(ちょうせんみんしゅしゅぎじんみんきょうわこく)(北朝鮮(きたちょうせん))旅行、カンボジア旅行などにも出かけることができた。しかも、好奇(こうき)心旺盛(おうせい)で、なおかつおっちょこちょいときているので、あちこちで少々危険な目にあった。そして、そのおかげで、自分の目でその時代その時代の社会を見て、様々な経験をし、驚き(おどろ )、うろたえることができた。今となっては、これは私の財産といえるものだ。
 (樋口(ひぐち)裕一(ゆういち)『旅のハプニングから思考力をつける!』)