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音読の丘
 音読で、読む力、書く力が育つ。
 オンドリくんの 音読の丘
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※音読の丘は、家庭での音読の練習用として使ってください。
1.音読する文章が2つある場合は、最初の方の文章を音読してください。
2.はじめに、音声入力を始めるのボタンを押してください。
3.音読が終わったら音声入力を止めるのボタンを押してください。
4.音声入力を止めたあと、結果を送信するのボタンを押してください。



 【1】話し上手の人がいます。しかし、その人をおしゃべりとは呼ばないでしょう。そのことを私なりに考えてみますと、饒舌(じょうぜつ)の人は、とかく「間(ま)」をとることに気が回らなかったり、「間」の必要を感じていない場合が多いのに対して、話し上手とよばれる人は、意識して、あるいは無意識のうちに、うまく「間」をとり入れている違い(ちが )があるように思います。
 【2】「旅は道づれ」と言いながら、おしゃべりの人といっしょの長旅には疲れる(つか  )という人は少なくないでしょう。
 また、相手とのあいだの沈黙(ちんもく)の時間に耐えがたく(た    )て、「サーヴィス()」の気持ちから何とかおしゃべりして「間を持たせる」というときも確かにあります。
 【3】相手が何と思おうとわたしゃ知らぬとばかり構えて口を閉じていられる人はいいのですけれど、心遣い(こころづか )がこまやかであると、とかくこういう場合、口数が多くなります。
 【4】しかし、困るのは、「サーヴィス()」のつもりがいつのまにか自己弁護や自己顕示(けんじ)になり、果ては自己陶酔(とうすい)になっているのにも気づかずという場合です。
 【5】いかなる名言、名文句も、同類のものがただすきまもなく積み重ねられるだけでは効果乏しく(とぼ  )、文章の力みも、ただそればかりでは弱みに転じてしまうのは苦い教えです。
 【6】適宜(てきぎ)、風を吹か(ふ )せながらの饒舌(じょうぜつ)であれば、聞き逃さ(のが )れることも少なく、風のあいだに相手が連想し想像し思考する余裕(よゆう)を与え(あた )ておいて、更に(さら )たたみかけるのもいいでしょう。【7】風も通さない饒舌(じょうぜつ)は、聞いているほうも苦しくなり、終わった時には、さて、何を聞いたのかということにもなりかねません。
 【8】余韻(よいん)とか余情、ふくみ、それらはすべて、「間」のいかし方にかかわっているように思われます。思わせぶりな「間」は、いい余韻(よいん)にも余情にもならないでしょう。とすると、自然に「間」を必要とするのは、必要とするだけの実質をそなえているもの、ということになるのでしょうか。
 【9】荻須(おぎす)高徳(たかのり)のパリの風景画で、忘れられない油彩(ゆさい)があります。号数を正確には言えません。畳(たたみ)三分の一帖(じょう)くらいと思ってください。空も建物も道もうす暗いパリの町角。ただ一点、遠景の塔(とう)らしきものに朱(しゅ)が入っていて、そこに向かって画面が収斂(しゅうれん)されていくのです。
 「間」のことを思う時に、私はよくこの朱色(しゅいろ)を見ています。【0】

(竹西寛子(ひろこ)『国語の時間』による)
饒舌(じょうぜつ)…多弁なこと。おしゃべり。
自己陶酔(とうすい)…自分自身にうっとりすること。
適宜(てきぎ)…その場合・状況(じょうきょう)にぴったり合っていること。
荻須(おぎす)高徳(一九〇一〜一九八六)…洋画家。
号数…絵画作品の大きさを示すのに用いる番号。
収斂(しゅうれん)…一点に集まること。