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音読の丘
 音読で、読む力、書く力が育つ。
 オンドリくんの 音読の丘
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※音読の丘は、家庭での音読の練習用として使ってください。
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 【1】私は二十年ほど前から、人間は自らを飼育し、家畜(かちく)化――自己家畜(かちく)化していると述べ続けている。まず人間は、人間自身を飼育しているのではないか。女房(にょうぼう)に亭主(ていしゅ)が飼育されているなどの、たとえに使われるのと同じように感じられるかもしれないがまったく違う(ちが )。【2】ヒトを生物の一種とみなした場合、個人レベルではなく、人間自身がつくった社会システムに依存(いぞん)して暮らしている点からである。飼育動物を例にして考えてみると、比較(ひかく)生態学的には否定する論拠(ろんきょ)はない。【3】飼育動物はそれなりにフリーに動いてはいるものの、少し大きな目で見ると人工的につくった場の中でフリーなのにすぎない。狭い(せま )檻(おり)の中で飼育されている場合と違っ(ちが )て、放飼場のついた飼育場で飼われていたらどうであろうか。【4】どれほど大きな違い(ちが )があるだろうか。毎日、自転車などで鎖(くさり)につながれて走っているイヌと、満員電車でゆられてオフィスに往復する人々との違い(ちが )は、たまに寄り道するのと、自分の選んだ道(企業(きぎょう)体を含め(ふく ))であるかの違い(ちが )で大した差異はないとも言える。【5】違い(ちが )は社会的・文化的な面があるかどうかや、鎖(くさり)が目に見える具体物かどうかであるとも言える。
 人間は自らを自らで飼育し、馴化(じゅんか)している。自己飼育、自己馴化(じゅんか)である。人類学の教科書には、こうした説明が載せ(の )られているものがある。【6】一般(いっぱん)には、これは否定的で比喩(ひゆ)的にしかとらえられない。だれも自ら好んで飼育され、ならされていくことなどないと感ずるからである。だが、私がこれにこだわったのは、ここでいう自己とは個々の人間の行為(こうい)の上での自己ではなく、ものごとの自己発展の上での自己である。【7】人間というもののあり方が、自ら飼育していくという意味である。では飼育というのをどう考えるのかと問われれば、人類学上の定義はともかくも、動物にとっては食物を供給されることから始まる。【8】動物が生きることは、まず生態学的・生物学的に食物をとることに尽きる(つ  )。動物の生活すべては、食物をとることが中心に営まれている。その成果にもとづいて繁殖(はんしょく)がなされる。
 【9】飼育とは、食物を供給され、さらに生活空間や場も与え(あた )られるといってよい。しかし、飼いならすというと通常、餌付け(えづ )から始まるのでわかるように、食物を自力でとらずに済む依存(いぞん)の暮らしが基盤(きばん)である。【0】子供の時期は食物を供給されるが、自立するためには食物依存(いぞん)を断たねばならない。ライオンのような強力な捕食(ほしょく)獣(じゅう)にとっても、離乳(りにゅう)の後、自力で獲物(えもの)をうまくとれるようになるまで、生き続けることはとても難しい。それだけに食物を供給されることは、まるで全生活の面倒(めんどう)を見てもらうのに等しい。
 人間として生活をしているヒトとしては、食物のとり方は食事だけではない。獲物(えもの)をとる動物の場合になぞらえれば、漁業や農業その他、食物生産のすべてを個人でやらねばならなくなる。別の言い方をすれば、ヒトは社会システムに参加することによって、社会的に食物を供給されている。社会的に飼育されているとも言える。社会システムにせよ、食料生産のしくみもまた、人間がつくっているので、自己飼育・自己馴化(じゅんか)である。
 現在多くの人々は、若い人々や子供を見ていて、なにか大きな変化が人間の精神や行動に現れていると、漠然と(ばくぜん )感じているだろう。(中略)
 比喩(ひゆ)として言えば、現代の青年や子供は、座敷(ざしき)イヌと類似している。自己家畜(かちく)化が、特殊(とくしゅ)な条件下で自己ペット化に至ったものと言えよう。さきに述べたように自己家畜(かちく)化は、「もの」や「人工的人為(じんい)的世界」の中で形質を決定づけている、基本的な人間のあり方である。したがって自己ペット化は、その自己家畜(かちく)化の管理・保護と人工化がより進んだ現代的な先進国での特殊(とくしゅ)な状態だとみなせる。自己ペット化の場合には、自己家畜(かちく)化のような論理にもとづいたものであるよりも、状況(じょうきょう)を示す表現に力点が置かれた言い方である。自己家畜(かちく)化の特殊(とくしゅ)な現代的あり方である。