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音読の丘
 音読で、読む力、書く力が育つ。
 オンドリくんの 音読の丘
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※音読の丘は、家庭での音読の練習用として使ってください。
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【長文が二つある場合、読解問題用の長文は一番目の長文です。】
 ちょうど、その前の年、僕(ぼく)が六年生の晩秋(ばんしゅう)のことであった。
 中学へ入るための予習が、もう毎日つづいていた。暗くなって家へ帰ると、梶棒(かじぼう)をおろしたくるまが二台表にあり、玄関(げんかん)の上がり口に車夫(しゃふ)がキセルで煙草(たばこ)をのんでいた。
 この二、三日、母の容体(ようだい)が面白くないことは知っていたので、くつを脱ぎ(ぬ )ながら、僕(ぼく)は気になった。着物に着がえ顔を洗っ(あら )て、電気のついた茶の間へ行くと、食事のしたくのしてある食卓(しょくたく)のわきに、編み物(あ もの)をしながら、姉は僕(ぼく)を待っていた。僕(ぼく)はおやつをすぐにほおばりながら聞いた。
「ただ今。――お医者さん、きょうは二人?」
「ええ、昨夜からお悪いのよ」
 いつもおなかをへらして帰って来るので、姉はすぐにご飯をよそってくれた。
 父と三人で食卓(しょくたく)を囲むことは、そのころはほとんどなかった。ムシャムシャ食べ出した後に、姉もはしをとりながら、
「節ちゃん、お父さまがね」という。「あさっての遠足ね、この分だとやめてもらうかも知れないッて、そうおっしゃっていたよ」
 遠足というのは、六年生だけ一晩(ひとばん)泊まり(と  )で、修学旅行(しゅうがくりょこう)で日光へ行くことになっていたのだ。
「チェッ」僕(ぼく)は乱暴(らんぼう)にそういうと、ちゃわんを姉につき出した。
「節ちゃんには、ほんとにすまないけど、もしものことがあったら。――お母さんとてもお悪いのよ」
「知らない!」
 姉は涙ぐん(なみだ  )でいる様子であった。それもつらくて、それきりだまりつづけて夕飯をかきこんだ。(中略(ちゅうりゃく))
 生まれて初めて、級友と一泊(いっぱく)旅行に出るということが、少年にとってどんなにみりょくを持っているか! 級の誰彼(だれかれ)との約束や計画が、あざやかに浮かん(う  )でくる。両の眼(め)に涙(なみだ)がいっぱいあふれてきた。
 父の書斎(しょさい)のとびらがなかば開いたまま、廊下(ろうか)へ灯がもれている。(中略(ちゅうりゃく))
 いつも父のすわる大ぶりないす。そして、ヒョイッと見ると、卓(たく)の上には、くるみを盛っ(も )た皿が置いてある。くるみの味なぞは、子供(こども)に縁(えん)のないものだ。イライラした気持ちであった。
 どすんと、そのいすへ身を投げこむと、僕(ぼく)はくるみを一つ取った。そして、冷たいナット・クラッカーへはさんで、片手(かたて)でハンドルを圧し(お )た。小さなてのひらへ、かろうじて納まっ(おさ  )たハンドルは、くるみの固いからの上をグリグリとこするだけで、手応え(てごた )はない。「どうしても割っ(わ )てやる」そんな気持ちで、僕(ぼく)はさらに右手の上を、左手で包み、ひざの上で全身の力をこめた。しかし、級の中でも小柄(こがら)で、きゃしゃな自分の力では、ビクともしない。(中略(ちゅうりゃく))
 左手の下でにぎりしめた右のてのひらの皮が、少しむけて、ヒリヒリする。僕(ぼく)はかんしゃくを起こして、ナット・クラッカーを卓(たく)の上へ放り出した。クラッカーはくるみの皿に激しく(はげ  )当たって、皿は割れ(わ )た。くるみが三つ四つ、卓(たく)からゆかへ落ちた。
 そうするつもりは、さらさらなかったのだ。ハッとして、いすを立った。
 僕(ぼく)は二階へかけ上がり、勉強机(つくえ)にもたれてひとりで泣いた。その晩(ばん)は、母の病室へも見舞い(みま )に行かずにしまった。
 しかし、幸いなことに、母の病気は翌日(よくじつ)から小康を得て、僕(ぼく)は日光へ遠足に行くことができた。
 ふすまをはらった宿屋の大広間に、ズラリとふとんをしきつらねたその夜は、実ににぎやかだった。果てしなくはしゃぐ、子供(こども)たちの上の電燈()は、八時ごろに消されたが、それでも、なかなかさわぎはしずまらなかった。
 いつまでも僕(ぼく)は寝つか(ね  )れず、東京の家のことが思われてならなかった。やすらかな友だちの寝息(ねいき)が耳につき、覆い(おお )をした母への電燈()が、まざまざと眼(め)に浮かん(う  )できたりした。僕(ぼく)は、ひそかに自分の性質(せいしつ)を反省した。この反省は、僕(ぼく)の生涯(しょうがい)で最初のものであった。

(永井(ながい)龍男(たつお)「胡桃(くるみ)割り(わ )」)
 【1】大学だけでなく、各地の保育園(ほいくえん)や幼稚園(ようちえん)に講演(こうえん)に行く機会もかなりあって、参観に来た母親と子どもの様子をそれとなく観察してきました。極端(きょくたん)にことば数が少ないお子さんの場合、母親のタイプは二通りに分けられるのではないかと思います。
 【2】一つは、お母さん自身も無口で引っ込み思案(ひ こ じあん)、自己(じこ)主張(しゅちょう)が少なく、ウサギのようにほとんど声を出さないというケースです。おしめを換える(か  )にも、授乳(じゅにゅう)するにも、靴(くつ)をはかせるにも、すべて黙々と(もくもく )行っている。【3】気質(きしつ)の遺伝(いでん)などもあるでしょうが、子どもの側からすれば、どういう局面でどういうことばを用いるのか、模範(もはん)を示し(しめ )てもらうチャンスが少ないのですから、自分のことばが出てくるまでに、時間がかかるのは当然かもしれません。【4】ようするにこれは、マザリーズのところで述べ(の )た「くりかえし」の不足だと思います。
 もう一つは逆(ぎゃく)に、母親がひどくおしゃべりで、子どもの自発性(せい)を生かす「間」が不足している場合です。子どもは家で四六時中ことばのシャワーを浴びているはずなのに、なぜこんなに無口なのか。【5】ほんとにこれがあの母親の子なのかと、わが目わが耳を疑う(うたが )ことがあります。でも長い目で見ると、やはり、因果(いんが)関係の釣り合い(つ あ )が、ちゃんと保た(たも )れているのかもしれません。ふだんはほとんどおしゃべりしない子が、ある日突然(とつぜん)、母親のいないときにかぎって、堰(せき)を切ったように話しはじめる。【6】いったいこの子、どうなってるのと、まわりの人はびっくり。しばらくすると、ピタッとおさまって、何事もなかったかのようにまた無口な子どもにもどります。そういう子はえてして、大人になってからも、ふだんは寡黙(かもく)な、はにかみやと見なされている場合が多いようです。
 【7】母親との語らいが子どもの脳(のう)を活性(かっせい)化するという川島さんの実験データは、じつに興味深い(きょうみぶか )ものがあります。だとすれば、臨界(りんかい)期の中心に位置すると思われる大切な時期に、魔法使い(まほうつか )であるはずの母親が魔法(まほう)の力をふるうことを怠れ(おこた )ば、刷り込み(す こ )の力ははたらかないわけです。
 【8】「三つ子の魂(たましい)百まで」ということは、三歳(さい)までに学んだことが、百年分に匹敵(ひってき)する決定的な影響(えいきょう)を与える(あた  )ということではないでしょうか。ですから、もし母親が一分間、赤ちゃんに話しかけるとすれば、単純(たんじゅん)計算だけでもその約三十三倍、つまり三十三分間話しかけただけの効果(こうか)を生みます。【9】十分間話しかければ、三百三十分、五時間以上話しかけただけの質的(しつてき)な影響(えいきょう)力をもつことになります。
 すでにマザリーズのところで述べ(の )たように、母親の話しかけには、くりかえしだけでなく「間」が大切ですが、間を生かすためには、母親の心がその場に居合わせる(いあ   )ことが肝心(かんじん)だと思います。【0】授乳(じゅにゅう)しながら赤ちゃんに優しく(やさ  )話しかければ、赤ちゃんは体の栄養分だけでなく、同時に「魂(たましい)の糧(かて)」も吸収(きゅうしゅう)しているわけです。もしその時、母親が片手間(かたてま)に新聞を読んでいたり、テレビの画面に夢中(むちゅう)だったり、赤ちゃんから気がそれていたりしたらどうでしょう。そこには気持ちのキャッチボール、つまり心と心の対話が欠如(けつじょ)しているのではないかと思います。赤ちゃんはおそらく、母親の気持ちが自分に、向けられていないことを感知し、心のどこかで欲求(よっきゅう)不満を覚えているにちがいありません。
 ことばと心は、深いところでしっかりつながっています。育児や、家事、職業(しょくぎょう)、趣味(しゅみ)などの明け暮れ(あ く )で、どんなに忙しい(いそが  )母親でも、子どもに接する(せっ  )ときは一期一会、目を見つめながら、心をこめて話しかけたいものです。

(川島隆太(りゅうた)・安達忠夫(ただお)「『脳(のう)と音読』「講談社(こうだんしゃ)現代新書(げんだいしんしょ)」所収(しょしゅう)による」)