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音読の丘
 音読で、読む力、書く力が育つ。
 オンドリくんの 音読の丘
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※音読の丘は、家庭での音読の練習用として使ってください。
1.音読する文章が2つある場合は、最初の方の文章を音読してください。
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 【1】レオナルド・ダ・ヴィンチ()の「モナリザ」は、先にもあとにも誰(だれ)にもかけなかった傑作(けっさく)です。心をやわらげてくれるかとおもうと、胸(むね)がきりっとなるモーツァルトの音楽は、ただすばらしいとしかいいようがなく、あれだけの音楽はやはりモーツァルトにしか作曲できなかったでしょう。【2】アインシュタインは空間は四次元だと、それまで誰(だれ)も考えなかったことをみちびきだしました。
 まったく新しいすばらしいものをうみだす「創造(そうぞう)」の秘密(ひみつ)はどこにあるのでしょうか。【3】創造(そうぞう)はあまりにも謎(なぞ)めいているので「天才」にだけできることとかたづけてしまいがちです。しかし、天才だから創造(そうぞう)できたといってしまうと、「創造(そうぞう)」を説明したことにならないでしょう。【4】それでは「人間のすばらしさ」とはなにかを考えるのをなげだしてしまうことになります。
 まったく新しいものといっても、人間はなにもないところから、魔法(まほう)の力でそれをうみだすのではないわけです。そのもとになるものがあったのです。【5】ただし、それまであったままだと、創造(そうぞう)にはならないので、それまであったものをいろいろ組みあわせて、そのできたいくつもの新しい組みあわせの中から、美しいもの、心にうったえるもの、正しく自然を説明できるものをえらびだし、世の中の人達がその価値(かち)をみとめたものが創造(そうぞう)です。【6】ここで「組みあわせ」のかわりに「変化させて」といわれたほうがわかりやすいとおもう人は、そういいかえてもよいでしょう。
 かんじんなのは、それまでほかの人がやらなかった組みあわせをこころみるか、こころみないかです。【7】それまであったものを少し変化させるか、させないかです。それをためしてみなければ、創造(そうぞう)はおこらなかったのです。ためしに組みあわせてみたり、変化させてみるのですから、だめでもあたりまえです。ですから、だめでもともととおもって、ためしてみるしかないのです。
 【8】第一に、創造(そうぞう)のきっかけがあまりにも小さな、なんでもないようなことだったのと、第二に、最初のきっかけのあと、ためすのをくりかえした組みあわせや変化の努力があまり大きかったので、第三に、実はあまりにも長い時間がかかっているために、【9】最初のこころみと最終の成果との間があまりにへだたっているので、どうやってそれが創造(そうぞう)されたのか、それを創造(そうぞう)した本人にもおもいだせずわからなくなって、突然(とつぜん)ひらめいたかのように創造(そうぞう)がおこったと考えられたり、説明されてしまうのではないでしょうか。
 【0】こう考えてくると、だめでもともとだとおもって試してみるかどうか、よいとかんじたらそれをくりかえしつみかさねるかどうか、それが創造(そうぞう)にたどりつくかどうかの境目(さかいめ)になります。(中略)
 創造(そうぞう)が人間にふさわしい仕事であることは、脳(のう)の構造(こうぞう)と働きからも説明できます。創造(そうぞう)とは、人間が意味があり、価値(かち)があるとおもう新しい組みあわせですから、ふたつ以上のいろいろなことがらが同時に脳(のう)の中に存在(そんざい)しなくてはならないでしょう。脳(のう)の中ではさまざまな働きに関係する細胞(さいぼう)が、あちらでもこちらでも興奮(こうふん)したり抑制(よくせい)されたりしています。いわば、大脳(だいのう)はいつもいろんなことがらを組みあわせ、組みかえているわけです。つねに大脳(だいのう)は創造(そうぞう)ばかりやっているようなものではないでしょうか。
 大脳(だいのう)の中の神経(しんけい)細胞(さいぼう)のネットワークは、刺激(しげき)や学習によって別の神経(しんけい)ネットワークに変化をもたらします。それはたとえるならば、ことがらに新しい光をあて、てらしだすことになります。ことがらに新しい解釈(かいしゃく)をほどこすことになります。おなじことがらでも、それを位置づける背景(はいけい)や脈絡(みゃくらく)がかわることにあたります。これを心理学や言語学などでは、「新しい文脈のもとで、意味が変化する」といいます。
 たとえば「タイム」といっても、状況(じょうきょう)によって「経過(けいか)した時間の長さ」であったり、午後三時といったような「時刻(じこく)」であったり、日本人の間ならば「ちょっと待ってほしい」という意味であったりします。それを人間は正しく解釈(かいしゃく)します。このような大脳(だいのう)の働きがつみあげられて、ダ・ヴィンチ()やモーツァルトやアインシュタインの「創造(そうぞう)」をうみだしたのです。このような脳(のう)の働きを役だて、創造(そうぞう)のために「こころみ」をつみかさねないのは、まったく人間らしくないことになります。

(赤木昭夫の文章による)