未ログイン ログイン
音読の丘
 音読で、読む力、書く力が育つ。
 オンドリくんの 音読の丘
※最初にログインをしてください。言葉の森の団体コードは、aaa001です。
※音読の丘は、家庭での音読の練習用として使ってください。
1.音読する文章が2つある場合は、最初の方の文章を音読してください。
2.はじめに、音声入力を始めるのボタンを押してください。
3.音読が終わったら音声入力を止めるのボタンを押してください。
4.音声入力を止めたあと、結果を送信するのボタンを押してください。



「ただいま」
「ゆたか、ちょっときなさい」
 お帰りの返事もなく、呼びつけ(よ   )たお父さんの声は、いつもより強かった。
「お前か、猫(ねこ)をひろってきたのは」
 居間(いま)にはいるなり、耳につきつけられた言葉に足がすくんだ。
「カラスが狙っ(ねら )ていたから……。食べられちゃうから……」
「今から、もどしてきなさい。元のところへ……」
「……」
 いやだと思った。それでも口にはだせなかった。
「お父さんは、猫(ねこ)の毛アレルギーなの。子供(こども)のころ、ぜんそくをわずらったことがあるの、それ、猫(ねこ)の毛が原因(げんいん)かもしれないんだって」
「友だちで、飼っ(か )てくれる人さがすから……」
「いなかったらどうするの」
 そう言った、お母さんの脇(わき)で、お父さんがこっちを見ていた。にらまれているようで、目をあげられなかった。
「それまで、納屋(なや)で飼う(か )から、自分で生きていかれるようになったら、のら猫(ねこ)にするから」
「聞き分けのないやつだなあ、のら猫(ねこ)を増やし(ふ  )てどうするんだ。のら猫(ねこ)のせいで迷惑(めいわく)こうむっている人間のことは、どうなるんだ」
「……」
「とにかく、うちじゃ飼え(か )ないから、元のところにもどしてきなさい。お前が悪いんじゃない、最初にすてた人間が悪いんだ。うちで育てて、のら猫(ねこ)を増やし(ふ  )たら、うちが悪者にされる。分かるな……」
「……」
 もう口ごたえはできなかった。
「今からいってきなさい」
「だれか、猫(ねこ)の好きな人がひろってくれるかもしれないでしょ」
 そう付け加えたお母さんの言葉は、声だけやさしかった。ゆたかは、言葉をうしなったままに立ち上がった。
「待ちなさい。これミルクとお皿。ひろってくれる人があらわれるまでに、死んじゃうと困る(こま )から……」
 お母さんが差しだした、牛乳パック(ぎゅうにゅう   )とプラスチックの皿を受け取り、ゆたかは納屋(なや)に歩いた。歩きながら、こうなることは、初めから分かっていたような気がした。
 納屋(なや)に入ると、その気配を感じたのか、子猫(こねこ)たちが鳴きだした。納屋(なや)の電灯をつけると、けんめいに伸び上がっ(の あ  )て、愛を求める子猫(こねこ)たちの姿(すがた)があった。たった二つの、こんな小さな命でさえ、まもってやることのできない自分のことが、みじめでならなかった。大きくなって、自分で働きだしたら、ぜったい、お父さんの言うことも、お母さんの言うことも聞かない。そう思いながら、子猫(こねこ)の入った箱にふたをした。子猫(こねこ)たちが、キーキー鳴きながら、助けてよと、うったえかけるように箱の中を動きまわった。
 公園から見える入り江(い え)に街灯の光がゆれている。古本屋のおじいさんの家に、明かりの気配はなく、廃屋(はいおく)が、自分のしでかした罪(つみ)のきずあとのようにたたずんでいた。
 ゆたかは、指にミルクをつけて子猫(こねこ)たちの口にもっていき、立ち去れない思いのままに時間を過ごし(す  )ていた。子猫(こねこ)は、ミルクのついた指にしゃぶりついて、けんめいに吸い込も(す こ )うとする。そのざらついた舌(した)の感触(かんしょく)が、指先に心地よい。
(中略(ちゅうりゃく))
 生きようとしている子猫(こねこ)たちを見つめているうちに、ゆたかは、どうしても助けてやりたくなった。ここに放っておけば、明日の朝にはカラスがくるだろうと思った。頭の中では、子猫(こねこ)たちをかくしておける安全な場所をさがしまわっていた。自分の家で、見つからない場所は、もうなかった。あそこ、ここと思いをどんなにめぐらせても、人の目のないところは思い当たらなかった。

(笹山(ささやま)久三(きゅうぞう)「ゆたかは鳥になりたかった」)