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音読の丘
 音読で、読む力、書く力が育つ。
 オンドリくんの 音読の丘
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※音読の丘は、家庭での音読の練習用として使ってください。
1.音読する文章が2つある場合は、最初の方の文章を音読してください。
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 【1】第一に、歴史においては、過去の事実は自然における事実と性質をことにする、ということです。過去の事実はすでに述べましたように、歴史家が直接観察したり、実験により再現することができない、一回性の「事実」です。【2】それに歴史家が到達(とうたつ)できるためには、史料といわれる証拠(しょうこ)に頼る(たよ )ほかありません。
 史料は人間の過去の行為(こうい)の記録であり、そこには記録という人間の加工が介在(かいざい)しています。【3】歴史家は、行為(こうい)者・記録者などの人間の行為(こうい)そこに表明された思想を、自己の思想により理解し識別してはじめて過去の時日に到達(とうたつ)することができるのです。【4】ですから、ジョージ・クラークに従って、「過去の知識は、ひとりあるいはそれ以上の人間の心を通じて伝えられ、かれらの手で『加工』されたものであって、したがって、何ものも変更(へんこう)を加えることができないような根源的・非人格的原子からできているということはありえない」ということができます。【5】歴史家にとって事実とは、事実一般(いっぱん)ではなく「歴史家の事実」なのです。
 「関係の客観性」の意味する第二の論点は、歴史家は時日とは完全に別の存在なのではなくて、かれ自身が「歴史過程の一部分」とである、という位置確認です。【6】歴史家は認識の対象である歴史過程の外にある存在でなくてその一部であることから、歴史的制約をうけざるをえません。あるいは、歴史家が歴史過程において占める(し  )位置から生れる「偏向(へんこう)」とか「党派性」を歴史家は免れる(まぬか  )ことができません。
 【7】そのことを意識し、自己の認識の限界不完全性をつねに自覚することによってこそ、歴史家は客観性に近づくことができるのです。そういう意識をもたない歴史家は、えてして公正とか不偏不党(ふへんふとう)を口にするのですが、じつは時代の支配的価値観の拘束(こうそく)を無自覚に受けているのです。【8】歴史認識における「偏向(へんこう)」は、客観性の否定ではなくその限界、不完全性、一時性を指示するものにすぎません。歴史家はいまでは、過去を概念的(がいねんてき)に把握(はあく)するというような大それた企て(くわだ )を意図することはありません。【9】なしうることは、過去についてなにをいうことができるか、を示すことで、そうしたつつましい限度を越える(こ  )ことはありません。【0】(中略)
 歴史における客観性の意味を以上のように把握(はあく)するなら、「歴史は時代とともに書き換え(か か )られる」ことの意味はより理解しやすいものになるでしょう。過去の事実は歴史家の事実であり、歴史家は歴史過程の一部である、という相互(そうご)関係にあるとすれば、過去はつねに現在、歴史家が置かれている現在に生きていることが了解(りょうかい)されるでしょう。「過去が現在に生きる歴史過程と、過去が死んで現在が生れる自然過程の区別」(コリングウッド)がこうして現れるのです。
 歴史においては、過去において.「既知(きち)」とされたものが時代の変化によって「未知」へと転化すること、歴史の目的は、単に新しい事実の収集にあるのではなく、「未知」へと転化した主題を証拠(しょうこ)と推論によって解明することを目指すことが、ここに理解されるでしょう。この点において歴史家も科学者も違い(ちが )はありません。しかし歴史過程においては自然過程とは違っ(ちが )て過去が現在に生きつづけます。過去はつねに新しい文脈のなかで問い直されるのです。(中略)
 このようにいうことは、決して歴史懐疑(かいぎ)論への同調を意味するのではなく、「歴史家自身が自身の研究対象たる過程の一部であり、同過程中にかれ独自の位置を保持し、現在の瞬間(しゅんかん)においてかれが占有(せんゆう)している観点からのみ同過程を見ることができる」という歴史認識の特殊(とくしゅ)性を指示するにすぎません。歴史が時代とともに書き直されるという命題は、歴史が単なる過去の記憶(きおく)ではなく、あるいは、歴史家の偏見(へんけん)と憶測(おくそく)の産物でもなく、時代が新たに提起する問題を証拠(しょうこ)と推論によって解決する学問的認識方法のひとつであるとする規定になんら背反するものではありません。

(E.H.Carr(一八九二〜一九八二) イギリスの歴史家)