未ログイン ログイン
音読の丘
 音読で、読む力、書く力が育つ。
 オンドリくんの 音読の丘
※最初にログインをしてください。言葉の森の団体コードは、aaa001です。
※音読の丘は、家庭での音読の練習用として使ってください。
1.音読する文章が2つある場合は、最初の方の文章を音読してください。
2.はじめに、音声入力を始めるのボタンを押してください。
3.音読が終わったら音声入力を止めるのボタンを押してください。
4.音声入力を止めたあと、結果を送信するのボタンを押してください。



 【1】現代は高度情報化社会であるといわれる。湾岸(わんがん)戦争では、多国籍(こくせき)軍のステルス戦闘(せんとう)機によるバグダッド市内爆撃(ばくげき)が、あたかもTVゲームのように茶の間にリアルタイムに映し出された。【2】今ではインターネットを通じて、過去では考えられない量の情報が、瞬時(しゅんじ)に手に入る時代になっている。情報量の増大は、意思決定を単純化するであろうか。事態はそれほど簡単ではない。情報量の増大は情報のパラドックスという現象を引き起こすからである。
 【3】つまり、情報があればあるほど、我々の事実認識があいまいになり、相対的な問題解決能力を喪失(そうしつ)するということである。情報が多量にあるということには、三つの意味がある。まず、情報が細分化されるということである。【4】「木を見て森を見ず」という諺(ことわざ)通り、樹木に対する知識の増大は、森全体の構造的な認識を失わせることになる。情報の細分化は分析(ぶんせき)によって行なわれることが多いため、これを分析(ぶんせき)麻痺(まひ)(アナリシス・パラリシス)と呼ぶこともある。【5】医学の専門分化の進展について考えれば分かりやすいかもしれない。
 また、情報の送り手が媒体(ばいたい)を通して伝える情報は、元の情報とは必ず異なる部分が生じる。【6】これを情報スラックというが、情報システムの複雑化、ネットワークの錯綜(さくそう)化の進行によって、この情報スラックが増大する。情報の送り手と媒体(ばいたい)が複雑になれば、情報スラックも多く発生することになり、結果として真の情報がよりあいまいになる。【7】誰(だれ)でもやったことのある伝言ゲームを考えれば理解しやすい。伝言が伝わっていくに従い、余分な情報が加わったり、情報の一部が歪め(ゆが )られたりすることはよく経験することである。
 【8】第三は、そもそも我々の受け取る情報は、誰か(だれ )の意思決定の結果であるということである。TVで流れる情報は、現場の撮影(さつえい)者が意識的・無意識的に選択(せんたく)し、TV局が選択(せんたく)し、あなたがチャンネルを選択(せんたく)した結果の情報である。【9】ニュース性が高いもの、人気のあるもの、もともと受け入れやすいものが優先される。切り捨てられた選択肢(せんたくし)に関する情報は、はじめから隠蔽(いんぺい)されていると見ることもできる。
 【0】さらに情報操作というやっかいなものが存在する。情報操作は、国家による情報統制のみならず、株の仕手戦、商品広告、あるいは個人レベルでの学歴詐称(さしょう)など、ありとあらゆるレベルで行なわれている。しかも、意識的になされている場合もあるが、中には無意識に近いもの、指摘(してき)すれば情報操作なんてとんでもないという反論が返ってきそうなものもあろう。例えば、某社(ぼうしゃ)の「植物物語シャンプーa」の宣伝文句は、「洗浄(せんじょう)成分の九九%以上を植物生まれに」と謳っ(うた )ている。植物という言葉によって、髪(かみ)への優しさ、安心感等を訴え(うった )、購買(こうばい)意欲を高めようと狙っ(ねら )た宣伝かもしれない。実は、洗う成分の九九%以上が植物生まれなのであって、匂い(にお )や他の成分も含め(ふく )た、シャンプー全体の成分の九九%以上が植物生まれであるとは言っていない。指摘(してき)されれば、このように嘘(うそ)はついていないと反論するであろう。某(ぼう)官庁の交通事故死亡者とシートベルト着用率に関する広報も同様である。
 さらに、テレビコマーシャル等で、シチュー鍋(なべ)に具があふれ、グツグツと煮立ち(にた )、湯気が立ち込め(た こ )ているシーンを観ることがある。しかし、本物のシチューの料理では、プロが作ってもこのようにはならない。実際には、鍋(なべ)の中を底上げして具を表面に出し、パイプで泡(あわ)を送り、横から水蒸気を吹き付ける(ふ つ  )などの苦労をして、いかにもという「シチュー」のシーンを見せているのである。
 このように、悪意に満ちた情報操作とまではいかなくとも、意図的に計算された誤解、情報の一部のみの提供による認識操作、我々のステレオタイプに合致(がっち)するよう歪め(ゆが )られたり脚色(きゃくしょく)されたりした情報などが、我々の周りには満ちあふれている。しかもこれらの情報量が極めて多いのが現代の特色である。我々は情報の海の中で生きているといっても過言ではない。
 
 (印南一路「すぐれた意思決定」より)