未ログイン ログイン
音読の丘
 音読で、読む力、書く力が育つ。
 オンドリくんの 音読の丘
※最初にログインをしてください。言葉の森の団体コードは、aaa001です。
※音読の丘は、家庭での音読の練習用として使ってください。
1.音読する文章が2つある場合は、最初の方の文章を音読してください。
2.はじめに、音声入力を始めるのボタンを押してください。
3.音読が終わったら音声入力を止めるのボタンを押してください。
4.音声入力を止めたあと、結果を送信するのボタンを押してください。



 【1】ある日、五つになる孫坊主(ぼうず)からはがきがとどきました。文面は、「おようふく、ありがとう。そう」とただそれだけでしたが、この大小さまざまな十幾(いく)字かが、思い思いの方角をむいて、はがきからあふれ出そうに書かれていました。
 【2】これは、誕生(たんじょう)日のお祝いの洋服の礼状(れいじょう)なのです。「そう」というのは、草一郎(いちろう)の「草」で、「草、そう」と呼ば(よ )れているところからこう書いたものと思われます。わたしは、それがうれしくてうれしくて、長いこと自分の書斎(しょさい)に画びょうでとめておいたものです。【3】ところで、考えてみると、手紙というものは、そうやさしいものではありません。どこがむずかしいかと申しますと、結局、手紙にはあて名があるからだと、わたしは思っています。もっとも、あて名のない手紙もあります。【4】印刷されたあいさつじょうや通知じょうの類がそれです。わたしたちは、この砂(すな)をかむようなあて名のない手紙もずいぶん読まされます。
 この事務(じむ)的な手紙の印刷をわたしたちもすることがあります。年賀(ねんが)じょうなどはもっともよい例でしょう。【5】これなどは、あて名のない手紙の代表的なものかもしれません。いま、この年賀(ねんが)じょうの余白(よはく)に万年筆でほんの一行、「灘(なだ)から例のが届い(とど )ている。待っている」と書き添え(か そ )たとしましょうか。【6】このふぬけなはがきが、たちまちにして生き生きと血が通いだすのがわかりましょう。つまりは、この一行で、あて名が書かれたからのことです。これはしかし、あて名と同時に差出人があるということでもあります。【7】受け取る側からすれば、差出人のない手紙などは一向にありがたくありません。歌や俳句(はいく)の世界で、作者不在(ふざい)などとよく申しますが、手紙にもずいぶん筆者不在(ふざい)のものを見かけます。【8】商用文でも、客筋(きゃくすじ)にあてたものばかりでなく、商店から商店に出すものにも、それなりの筆者もあて名もあるべきだとわたしは思っています。
 今日の文章のおおかたは、印刷されるものとして書かれるとみてよいでしょう。【9】ところが、印刷されないということが前提(ぜんてい)で書かれる文章があります。日記と手紙です。この日記と手紙を比べ(くら )てみると、大分ちがったところがあります。一つ二つひろってみると、日記は自分以外の人には見せないたてまえで書かれるのに、手紙は相手に見せることがたてまえで書かれます。【0】日記の方は、どんな文章で書いても自分の心覚えですから一向にさしつかえありませんが、手紙の方はそうはまいりません。もっと困る(こま )ことは、日記の方は自分の手元に残っていて、いつどのようにでも処理(しょり)できるのに、手紙の方は、相手に渡し(わた )てしまわねばなりません。そして、相手がこれをどのように読もうと、自分はそれに関与(かんよ)できないことです。それどころではありません。いつまでも保存(ほぞん)されて、わたしの「そう」のはがきのように壁(かべ)にはられて、毎日毎日ながめられるような仕儀(しぎ)にもなりかねません。(中略(ちゅうりゃく))
 手紙の妙味(みょうみ)の真骨頂(しんこっちょう)は、一対一で認め(みと )られるところにあります。あて名があって差出人があることです。ユーゴーが、のちの「レ・ミゼラブル(      )」の売れゆきを心配して出版(しゅっぱん)社に「?」と書いてやったところ、おりかえし「!」と返事がきたという有名なお話があります。本屋の返事の「!」は、すごく売れていますという意味です。以心伝心、不立文字(ふりゅうもんじ)を地でゆくようなやりとりではありませんか。
 わたしはこんな返事の書ける、こんな手紙がほしい。