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音読の丘
 音読で、読む力、書く力が育つ。
 オンドリくんの 音読の丘
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※音読の丘は、家庭での音読の練習用として使ってください。
1.音読する文章が2つある場合は、最初の方の文章を音読してください。
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 そのとき、はじめてお悔やみ( く  )を言いました。
「お蝶(ちょう)小母さんが亡くなられて、私もさびしくなりました。」
 すると、私のまんまえでこちらを向いていた栄作小父さんは、ほんとうに静かな動作で、つうっと横を向いてしまい、そのまま直立の姿勢をくずさないでいるのでした。まわりに同じ村の人たちが四、五人はいたのですが、敏感(びんかん)にその場の気配を察して、私と栄作さんの間の雰囲気(ふんいき)をそっとしておくために、心をくばったようです。瞬時(しゅんじ)のことです。
 妻をなくして、もうだいぶ月日がたっているのに、夫である栄作さんのつらさが、私に挨拶(あいさつ)されて、そんなにも新しくよみがえったことに、まわりの人たちがいたわりを見せたのでした。細身で、どちらかといえば背の高い、農仕事でひきしまったからだ。面長で鼻筋のとおった顔は、陽が照り残っているようなつやを見せています。七十は越し(こ )ているのに髪(かみ)も黒く、目も切れ長に黒い。その人が少年のように、口もきけず横を見たまま、まっすぐ遠くをみつめている。たぶんあふれてくるものを見せまいと、背筋を張っていたのに違い(ちが )ありません。その姿は木のように素朴(そぼく)で、悲しみがつっ立った感じでした。いきなり横を向かれた私にも、すぐそのことが会得されました。私はちっとも困りませんでした。そして黙っ(だま )て立ちました。隣り合わせ(とな あ  )た一本の木のように。(中略)
 横浜(よこはま)での、心のシャッターチャンスがとらえた一枚のスナップについての、これが簡単な説明です。私はこの無形の写真をときどき思い浮かべる(おも う   )と、どうしてか気持ちがほうっとふくらんで、くちびるの辺りがほころびてくる。これをユーモアと名付けてよいものか、どうか。ふだんは礼儀(れいぎ)正しい明治の老人が、礼を忘れた姿に、日がたってからとはいえ、私がかすかなおかしみを味わうとしたら、これは第三者の残酷(こく)以外のなにものでもないのですが、私にはやはりユーモアと名付けるのがいちばんふさわしく思われます。なめれば甘い(あま )、というような単純さで、笑ったからユーモアだ、というのとは別種のもの――。
 伊豆(いず)の、山家(やまが)の、炭焼きさんの、という、うたうような語り口。なぜかあの村へ行くと、人々のやりとり、会話にリズムがあるのを感じます。一軒(いっけん)の家の囲炉裏(いろり)に隣(となり)近所のひとが寄ってきてかわす会話の機知に富んだ軽妙(けいみょう)さ。ひとつひとつ覚えておかなかったことが残念ですが、覚えるほどのことではない、また覚えきれることではない日常性が、小川の流れのように、上手に時間を、人と人との間柄(あいだがら)をとりもって運び続けているのかも知れません。それはまちがいなく「ことば」の果たす役割でした。遠慮(えんりょ)のなさ、気取りのなさ、かなりな冗談(じょうだん)。それでいてふっと黙る(だま )部分がある。それが動作に出る。
 先ごろ田舎に帰ったとき、栄作さんはからだが弱くなって寝(ね)ている、というので、その庭先からたずねると、いまはあるじの息子が出てきて私に言いました。「ハイ(もう)年ですからノ。年に不足はないガです。」いちおう声をひそめているものの、障子越し(ご )につつぬけなのはわかっていて、それを、ハラハラなどしないで聞いている自分に、私は確かにここは岩科だ、と思うのでした。通常、跡(あと)とり息子が親に対して、そんな陰口(かげぐち)をきいたら、お互い( たが )どんなメクジラをたてるだろう? 「年に不足はないガです。」そんなことをサッパリと、他人向けに言ってみせる。息子は充分(じゅうぶん)親孝行で、親は親で、案内された囲炉裏(いろり)ばたで茶をすすっている私のところへひょっくりあらわれ、きちんと膝(ひざ)をそろえるのでした。「この蜂蜜(はちみつ)は、自分のに採ったガです。東京へ持ってって下さい。」挨拶(あいさつ)や説明はすでに家族がすっかり済ませているのを承知で、栄作小父さんはいきなり四合びんを私のかたわらに置くのでした。透明(とうめい)な器の中で、とろりと濃い(こ )蜜(みつ)が、びんの首まで届いています。
 私はまだまだ顔色のいい栄作さんに目をあて、小父さんはいい耳をしていると、つくづく思いました。

(石垣(いしがき)りん「焔(ほのお)に手をかざして」)