未ログイン ログイン
音読の丘
 音読で、読む力、書く力が育つ。
 オンドリくんの 音読の丘
※最初にログインをしてください。言葉の森の団体コードは、aaa001です。
※音読の丘は、家庭での音読の練習用として使ってください。
1.音読する文章が2つある場合は、最初の方の文章を音読してください。
2.はじめに、音声入力を始めるのボタンを押してください。
3.音読が終わったら音声入力を止めるのボタンを押してください。
4.音声入力を止めたあと、結果を送信するのボタンを押してください。



【長文が二つある場合、読解問題用の長文は一番目の長文です。】
 【1】文明とは何かを地球システム論的に考えると、「人間圏(けん)を作って生きる生き方」となります。人間圏(けん)の誕生がなぜ一万年前だったかというのは、気候システムの変動に関わってきます。【2】気候システムが現在のような気候に安定してきたのは一万年前のことです。それに適応してその頃(ころ)、我々はその生き方を変えたんですね。
 【3】人間圏(けん)を作って生きる生き方というのは、じつは農耕牧畜(ぼくちく)という生き方です。それ以前、人類は狩猟(しゅりょう)採集という生き方をしてきた。狩猟(しゅりょう)採集というのはライオンもサルも、あらゆる動物がしている生き方です。【4】したがってこの段階までは人類と動物の間に何の差異もなかった。これを地球システム論的に分析(ぶんせき)すると、生物圏(けん)の中の物質循環(じゅんかん)を使った生き方ということになります。生物圏(けん)の中に閉じた生き方です。
 【5】それに対して農耕牧畜(ぼくちく)はというと、たとえば森林を伐採(ばっさい)して畑に変えると、太陽からの光に対するアルベド(反射能)が変わってしまう。ということは、地球システムにおける太陽エネルギーの流れを変えているわけです。【6】また、雨が降ったとき、大地が森林でおおわれているときと畑とではその侵食(しんしょく)の割合が異なります。別の言葉でいえば、そこに水が滞留(たいりゅう)している時間が違っ(ちが )てくる。すなわち、エネルギーの流れだけではなく、地球の物質循環(じゅんかん)も変わるということです。【7】これを地球システム論的に整理して概念(がいねん)化すると、人間圏(けん)を作って生きるということになる。人類が生物圏(けん)から飛び出して、人間圏(けん)を作って生き始めたために、地球システムの構成要素が変わったわけです。
 【8】ところで、先ほど一万年前に人間圏(けん)ができたのは気候が変わったからだと言いました。そういう時期は最近の一〇〇万年くらいをとっても何回かあったでしょう。【9】人類の誕生以来の歴史七〇〇万年ぐらいまで遡っ(さかのぼ )てみれば、一万年前と同じような時期が何度もあったはずですから、たとえばネアンデルタール人が農耕を始めてもよかったことになる。でも、彼ら(かれ )はそうしなかった。【0】農耕牧畜(ぼくちく)という生き方を選択(せんたく)し、人間圏(けん)を作ったのは、われわれ現生人類だけなんです。
 それはなぜなのか。現生人類に固有の、何か生物学的な理由があるのではないかと考えられます。類人猿(るいじんえん)や他の人類にはなく、我々だけがもっている特徴(とくちょう)は何だろうと考えると、まず思い当たるのは「おばあさん」の存在です。おばあさんとは、生殖(せいしょく)期間が過ぎても生き延びているメスのことです。たとえば、類人猿(るいじんえん)のチンパンジーのメスと比べても、現生人類のメスは生殖(せいしょく)期間終了(しゅうりょう)後の寿命(じゅみょう)が長い。なおこの場合、オスは関係ありません。オスは死ぬまで生殖(せいしょく)能力があります。したがって、おじいさんは現生人類以外にも存在します。しかし、おばあさんは他の哺乳類(ほにゅうるい)には存在しないし、ネアンデルタール人の化石からも、現生人類のおばあさんに相当する骨は見つかっていません。おばあさんの存在は、現生人類だけに特徴(とくちょう)的なことなんです。
 では、おばあさんが存在すると何が起こるのか。すぐに思いつくのは、人口増加です。なぜかというと、おばあさんはかつて子供を産んだ経験をもつわけですから、お産の経験を娘(むすめ)に伝えることができる。するとお産がより安全になり、新生児や妊婦(にんぷ)の死亡率も低くなりますね。
 さらにおばあさんは、娘(むすめ)が産んだ子供のめんどうもみます。たとえば娘(むすめ)の生殖(せいしょく)期間が一五年として、子育てに五年かかるとしたら三人しか産めない。ところがおばあさんがいることで五年が三年に短縮されたら五人産める。ということで、おばあさんの存在が人口増加をもたらしたのではないかと、私は考えています。このことは最近の研究からも確かめられています。
 我々現生人類は一五万年前ぐらいにアフリカで誕生したのですが、五、六万年前ぐらいには、すでに地球上に広く分布するようになっていました。人類のような大型動物が、なぜこんな短期間に世界中に拡散していったのか。これも現生人類の人口増加という問題を考えるとその理由が判ります。

 (松井(まつい)孝典『松井(まつい)教授の東大駒場(こまば)講義録』)
 【1】言語と思考の関係は実は学問の世界でも同様である。言語には縁遠い(えんどお )と思われる数学でも、思考はイメージと言語の間の振り子(ふ こ)運動と言ってよい。ニュートンが解けなかった数学問題を私がいとも簡単に解いてしまうのは、数学的言語の量で私がニュートンを圧倒(あっとう)しているからである。【2】知的活動とは語彙(ごい)の獲得(かくとく)に他ならない。
 日本人にとって、語彙(ごい)を身につけるには、何はともあれ漢字の形と使い方を覚えることである。日本語の語彙(ごい)の半分以上は漢字だからである。これには小学生の頃(ころ)がもっとも適している。【3】記憶(きおく)力が最高で、退屈(たいくつ)な暗記に対する批判力が育っていないこの時期を逃さ(のが )ず、叩き込ま(たた こ )なくてはならない。強制でいっこうに構わない。(中略)
 大局観は日常の処理判断にはさして有用でないが、これなくして長期的視野や国家戦略は得られない。【4】日本の危機の一因は、選挙民たる国民、そしてとりわけ国のリーダーたちが大局観を失ったことではないか。それはとりもなおさず教養の衰退(すいたい)であり、その底には活字文化の衰退(すいたい)がある。国語力を向上させ、子供たちを読書に向かわせることができるかどうかに、日本の再生はかかっていると言えよう。
 【5】アメリカの大学で教えていた頃(ころ)、数学の力では日本人学生にはるかに劣る(おと )むこうの学生が、論理的思考については実によく訓練されているので驚かさ(おどろ  )れた。大学生でありながら(−1)×(−1)もできない学生が、理路整然とものを言うのである。【6】議論になるとその能力が際立つ。相手の論理的飛躍(ひやく)を指摘(してき)する技術にかけては小憎らしい(こにく   )ほど熟練しているし、自らの考えを筋道立てて表現するのも上手だ。
 【7】これは学生に限られたことでなく、暗算のうまくできない店員でも、話してみると驚く(おどろ )ほどしっかりした考えを持っているし、スポーツ選手、スター、政治家などのインタビューを聞いても、実に当を得たことを明快な論旨(ろんし)で語る。
 【8】これと対照的に日本人は、数学では優れているのに論理的思考や表現には概して(がい  )弱い。日本人学生がアメリカ人学生との議論になって、まるで太刀打ちできずにいる光景は、何度も目にしたことだった。語学的ハンデを差し引いても、なお余りある劣勢(れっせい)ぶりであった。
 【9】当時、欧米(おうべい)人が「不可解な日本人」という言葉をよく口にした。不可解なのは日本人の思想でも宗教でも文学でもなく(これらは彼等(かれら)によく理解されつつあった)、実は論理面の未熟さなのであった。少なくとも私はそう理解していた。【0】科学技術で世界の一流国を作り上げた優秀(ゆうしゅう)な日本人が、論理的にものを考えたり表現する、というごく当たり前の知的作業をうまくなし得ないでいること。それが彼等(かれら)にはとても信じられないことだったのだろう。
 日本人が論理的思考や表現を苦手とすることは今日も変わらない。ボーダーレス社会が進むなか、阿吽(あうん)の呼吸とか腹芸は外国人に通じないから、どうしても「論理」を育てる必要がある。いつまでも「不可解」という婉曲(えんきょく)な非難に甘んじ(あま  )ているわけにはいかないし、このままでは外交交渉(こうしょう)などでは大きく国益を損うことにもなる。
 数学を学んでも「論理」が育たないのは、数学の論理が現実世界の論理と甚だしく(はなは   )違う(ちが )からである。数学における論理は真(正当性一〇〇パーセント)か、偽(ぎ)(正当性〇パーセント)の二つしかない。真白か真黒かの世界である。現実世界には、絶対的な真も絶対的な偽(ぎ)も存在しない。すべては灰色である。殺人でさえ真黒ではない。死刑(しけい)がある。殺人は真黒に限りなく近い灰色である。
 そのうえ、数学には公理という万人共通の規約があり、そこからすべての議論は出発する。現実世界には公理はない。すべての人間がそれぞれの公理を用いていると言ってよい。
 現実世界の「論理」とは、普遍(ふへん)性のない前提から出発し、灰色の道をたどる、というきわめて頼り(たよ )ないものである。そこでは思考の正当性より説得力のある表現が重要である。すなわち、「論理」を育てるには、数学より筋道を立てて表現する技術の修得が大切ということになる。

 (藤原(ふじわら)正彦(まさひこ)『祖国とは国語』)