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音読検定
 楽しくできる音読で、読む力、考える力が育つ。
 音読検定

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2026/9/22

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 都会にはむろんのこと、日本の町々には、ある大切な要素が欠けている。 
沈黙ちんもくである。静寂せいじゃくである。 
 (中略)
     わが屋戸やどのいささ群竹むらたけ吹くふ 風の 
          音のかそけきこの夕べかも 
 夕風にそよいで、かすかな葉ずれの音をたてている群竹。作者の大伴家持おおとものやかもちは、その静寂せいじゃくにじっと耳を傾けかたむ ている。このような、かそけき音にひかれる心の姿というものこそ日本人特有の姿だった。古池に飛び込むと こ かわずの音、ほかの国の人たちが聞いても、おそらくなんの感興かんきょうもおこさないであろうような、そのような音を、日本人が何世代にもわたって味わい続けてきたのは、それが「音」だったからではない。「静けさ」だったからなのだ。全山に降る蝉しぐれせみ   、岩にしみ入るようなそのせみの声に芭蕉ばしょうは耳をとられ、そして、その一句に「しずかさや」という適切な初語を置いた。 
 静かさというものは、音のない状態をいうのではない。音が音として、くっきり浮かび上がるう  あ  、そのような空間と時間をさすのである。音は「静寂せいじゃく」というカンバスに描かえが れて、初めて「音」になるのであり、同様に静かさというものは、そこに音がくっきりと浮かび上がるう  あ  ことによって「静寂せいじゃく」となる。 
 湯のたぎる音が茶室の静寂せいじゃくをささえ、懸樋かけひの水音が庭の閑寂かんじゃくをいっそう深いものにする。かぼそい虫の声が秋の夜の静けさを呼び、炭火のはじける音が冬の午後の沈黙ちんもくを生む。こうした「音」と「静寂せいじゃく」のこよなき調和の場こそ、日本人の愛した生活の空間であり、暮らしの時間だった。 
 だが、「文明」が進み、「文化」が発展するのと歩調を合わせて、静寂せいじゃくは私たちから、反対に遠ざかってしまった。日本の都会の、日本の町々のどこに、「群竹のかそけき音」を耳にしうる場所があろうか。ほんのわずかでも、ほんのいっときでも、静かに思いにふけることのできる空間や時間が、都会の、町々のどこに残されているというのか。 
 全く逆なのである。私たちの文明とは、静寂せいじゃく騒音そうおんに変えることだったのであり、私たちの文化とは、「かそけき音」を拡声器でただやたらに増幅ぞうふくすることだったのだ。 
 日本の町々には、便利さのための、ありとあらゆる施設しせつが造られている。そして、これからも造られようとしている。たった一つ、「静寂せいじゃくの空間」を除いて。 
 現代の日本の文明は、静寂せいじゃくだけはつくりだすことができないのである。いや、つくりだせないのではなく、つくりだそうと思わないのだ。静寂せいじゃくな空間とは、空白な空間であり、むだな空間だと思っているからである。自然は真空をきらうというが、現代の日本人は沈黙ちんもくをきらう。きらうのではなくて、恐れおそ ているのだ。だから、少しでも、静寂せいじゃくの場所があれば、あわててそこを騒音そうおんでふさごうとする。 
 武器は拡声器である。駅でも、交差点でも、公園でも、横丁でも、喫茶店きっさてんでも、ホテルのロビーでも、大学の構内でも、寺院でさえ、今や騒音そうおんなしには存在しえない。岩にまでしみ込む  こ ほどの「しずかさ」の力を、日本の社会は、とうとう文明によって追放してしまった。そして、人々を沈黙ちんもく恐怖きょうふから救い出し、静寂せいじゃくの不安から連れ出した。 
 さあ、もう安心するがいい。どこにいても、騒音そうおん付き添っつ そ ている。どうだ、寂しくさび  ないだろう……。 
 こうして、人々は、騒音そうおんに取り巻かれ、その中で安心して憩いいこ 眠るねむ 。 
 しかし、これほど夢中になって音を製造したにもかかわらず、私たちは、実は何一つ「音」を聞いていないのである。聞こうにも、聞くことができないのだ。私たちのまわりに、いったい、生活のどんな音があるというのか。 
 折にふれ、人々は、夜明けとともに聞こえてきた納豆売りの声、夕べとともに響いひび 豆腐とうふ屋のラッパの音を懐かしむなつ   。だがそれは、実をいうと、物売りの声やラッパの音そのものを懐かしんなつ   でいるのはなく、そうした生活の音をしみじみと聞くことができた「静かさ」への郷愁きょうしゅうなのである。現に、それに代わる生活の音なら、今だってまわりにたくさんあるではないか。けれど、私たちには、もうそれが聞こえない。なぜなら、音の一つ一つが、くっきりと浮かび上がっう  あ  てくるような静かな空間、沈黙ちんもくの時間を捨ててしまったからだ。そして、すべての音を、「文化」の名のもとに、単なる騒音そうおんにつくり変えてしまったからである。 
 島根県の山あい、津和野つわのの町で、私は久しぶりに忘れていた「音」を聞いた。それは、町のいたるところを流れる用水のささやきだった。 
この町には、九千人という人口の十倍ものこいが放されているのだ。 
 夜、八時、私は宿を出た。祇園ぎおん町を通り、新町通りを抜けぬ 殿町とのまちを過ぎ、大橋を渡っわた た。どこを歩いても、足もとに用水の鳴る音がついてきた。それはまさしく津和野つわのの町の音だった。 
 三百年来、この町の人たちはこいを飼ってきた。「食べない、捕らと ない、殺さない。」といって。だが、人々はただこいをだいじにしたのではない。こいをだいじにすることによって、この用水の音を大切にしてきたのだ。水の「声」に耳を傾けるかたむ  ことのできる静かさを。 
 大橋に立って、私は改めて思う。 
 日本の暮らしのなかで、どんな「かそけき」音でも聞くことができ、それに耳を傾けるかたむ  ことができる。そのような空間をつくること、そのような時間をもつこと、これこそが本当の文化、本当の生活なのではなかろうか、と。

(森本哲朗てつろう「日本のたたずまい」)