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音読検定
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 音読検定

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2026/9/22

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 カラーテレビは教育上よくない、白黒テレビのほうがよいという意見があることを聞いた。白黒テレビだと子どもたちは自分である程度まで着色したイメージをえがきうるし、それはさまざまでありうる。ところがカラーテレビだと子どもの想像力がはたらく余地がない。想像力は創造性の基本だから、つまり創造性の伸長しんちょうをさまたげる結果になるのだという。 
 白黒テレビが、見本なしのぬり絵のように、色についての子どもの想像力をかきたてるという効果はあるかもしれない。だがその場合、色にかんする想像力を裏づける、いわばそれに対応する、経験の蓄積ちくせきがなければならない。そうでないなら、白黒の画面を着色の画面に転化したイメージをもつことは困難だし、かりにそうしたことがなされたとしても、そこに成り立ったイメージは、きわめて単純でまずしいものでしかないだろう。子ども向けの怪人かいじん怪獣かいじゅうテレビを見ているとき、これはおとなでも同様だと思わざるをえないことがある。 
 ところで、われわれ人間に色彩しきさいの豊富さを教えるまず第一のものは、自然である。山も海も川も、一つ一つの植物も動物も、なんと複雑で微妙びみょう色彩しきさいに富み、陰影いんえいによるその変化を示すものであることか。私はガラパゴスの海で、空をあおいで熱帯鳥ねったいちょうが羽ばたきもせずにけっていくのを見たとき、その白と空の青とがともに単色であるように見えながら、繊細せんさい色彩しきさい交響こうきょうを心につたえてくるのにうたれた。 
 絵画は、どれほど自然に忠実であろうとしても、自然の色彩しきさいのことごとくをそのまま再現することはできない。そもそも、絵画はそのようなことを目標とはしないであろう。たとえば写実的な風景画であっても、それは自然からの抽象ちゅうしょうをもとにした創造あるいは再創造であるにちがいない。そして人間は、極度の抽象ちゅうしょうや単純化のなかに新たな美を発見する能力をそなえている。現代絵画にあらわれているくすんだ単色あるいはそれに近い色彩しきさいでの画面の構成は、色盲しきもう的な夜行動物の世界だといえなくはない。人間にとって、それもまた一つの美である。 
 色彩しきさいばかりではない。ものの形にかんしても同様である。抽象ちゅうしょう画における、ちょっと見れば単純な一本の曲線とか、交錯こうさくする数本の直線とかにも、その背後には画家に感受された豊富な外界があるはずである。外界の音響おんきょう、たとえば風のいぶきや鳥のさえずりと、音楽の創造とのあいだにも、同一の関係が指摘してきされるであろう。ある点では、音楽における抽象ちゅうしょうと構成ないし再構成とは、絵画の場合よりいっそう高度かもしれない。 
 さて、現代において人間の生活環境かんきょうから、自然は急速に追放されつつある。それにとってかわっているのは、人工の世界である。開発され都市化のいちじるしく進んだこの国土の風景を一見すれば、それは瞭然りょうぜんとしている。巨大きょだいなビル、新家屋、舗道ほどう、高速道路、そのほか目に映るすべてのものは、色彩しきさいも形状も、自然と対比すれば単純化され抽象ちゅうしょう化されている。だからといって美しくないというのではないが、その人工の美しさを裏づける自然の本来の多彩たさいさが失われてしまっていくのでは、やがては人工の美のまずしさを招来することになるであろう。 
 人間がどんな環境かんきょうでも生きられるという、その高度の順応性は、こうした問題をむずかしくしている。密林のなかで何十年もくらすことが不可能ではないし、団地のせまいアパートにひしめきあって生活することもできる。長い年月を牢獄ろうごくにとじこめられても、それだけですぐ死ぬというわけではない。そして、芸術などにはまったく背を向けて一生を送ったところでどうこういうことは起こらないし、実際に多くの人がそうしている。 
 もしも人間が、よりよく生き、よりよい社会をつくるという目標をもたないならば、この世界からの自然の消滅しょうめつ憂えるうれ  理由は何もない。問題の根本は、人間の生きかたについて理想や目標をもつかどうかにある。視野を大きく、また時間のはばを広くとってみるならば、自然の喪失そうしつは人間とその社会にいちじるしい影響えいきょうをおよぼすことになるにちがいない。われわれの周囲に自然をどう保存するか、どのように新たな自然を設計するかは、いうまでもなく、現代社会の重大な課題である。ことに成長期の子どものために豊かな自然を生活の場として与えるあた  ことは、なによりたいせつなことである。
八杉やすぎ龍一りゅういち「自然と言葉」)