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級:★   山:mi   年:★   月:09   週:3  苗:mi
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題名:
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題名:衰弱したアイデンティティの(感)

感想文の課題です。課題の長文を読んで感想文を書いてください。

課題の長文
 【1】衰弱(すいじゃく)したアイデンティティのぎりぎりの補強、それを個人レベル、感覚レベルでみればたぶん「清潔願望」になる。【2】じぶんがだれかということがよくわからなくなるとき、じぶんのなかにほんとうにじぶんだけのもの、独自のものがあるのかどうか確信がもてなくなるとき、ぼくらはじぶんになじみのないもの、異質なもの、それにちょっとでも接触(せっしょく)することをすごく怖がる(こわ  )。【3】じぶんでないものに感染することでじぶんが崩れ(くず )てしまう、そういう恐ろし(おそ  )さにがんじがらめになるのだ。じぶんのなかになんの根拠(こんきょ)もないまま、じぶんの同一性を確保しようとするなら、〜ではないというかたちで、ネガティヴ()にじぶんを規定するしかない。【4】じぶんは女ではない、子どもではない、白人ではない、病気ではない……
 そういうことすら不可能なとき、ぼくらはじぶんでないもの、他なるものの感染、あるいはそれとの接触(せっしょく)を徹底(てってい)して回避(かいひ)しようとする。【5】清潔症候群(しょうこうぐん)(シンドローム)というのも、まさにそういうコンテクストで現われてきたのではないだろうか。
 六十代後半のさる高名な数学者が、かつてぼくにこんな話をしてくださったことがある。【6】その先生は、じぶんの娘(むすめ)がまだ高校生のころ、お父さんをとにかく汚い(きたな )と感じていたらしく、いくら話しかけても殻(から)に閉じこもって、とにかく父親とは音信不通という状態が長く続いたそうだ。【7】それが、結婚(けっこん)し子どもを産んだとたん、日常のこと、小説のことと、いろいろじぶんにしゃべりかけてきたという。読んでおもしろかった小説を交換(こうかん)したり、映画のはなしをしたりといろんなコミュニケーションの回路が開かれてきたとおっしゃるのだ。【8】これは、お嬢さん( じょう  )がご主人という他者と身体的な交感をもちはじめたこと、栄養摂取(せっしゅ)から排泄(はいせつ)まで子どもの生理の全過程とつきあいだしたことと、無関係ではなかろうとおもう。【9】お嬢さん( じょう  )の場合、結婚(けっこん)を機に、透明(とうめい)のカプセルでじぶんの存在を他者から隔離(かくり)することが不可能になったということが大きいとおもう。【0】他者を排除(はいじょ)することによってではなく、他者との交錯(こうさく)、他者とのやりとりのただなかで、そのつどじぶんをかたどっていくというやりかたにいやがおうでも引き込ま(ひ こ )れていったのだ。∵
 ぼくらはじぶんの存在をじぶんという閉じられた領域のなかに確認することはできない。ちょっとややこしい言いかたをすると、ぼくらには「他者の他者」としてはじめてじぶんを経験できるというところがある。ぼくらはじぶんをだれかある他人にとって意味のある存在として確認できてはじめて、じぶんの存在を実感できるということだ。(中略)
 ロナルド・D・レインという精神医学者は、ひとは「じぶんの行動が意味するところを他者に知らされることによって、つまり彼(かれ)のそうした行動が他者に及ぼす(およ  )「効果」によって、じぶんが何者であるかを教えられる」と言っている。つまり、ぼくがぼくでありうるためには、ぼくは他の「わたし」の世界のなかにある一つの場所をもっているのでなければならないということだ。それが他者の他者としてのじぶんの存在ということである。
 そういう他者の他者としてのじぶんの存在が欠損(けっそん)しているとき、ぼくらは、他者にとって意味のあるものとしてのじぶんを経験できない。他者という鏡がないと、ぼくらはじぶん自身にすらなれないということだ。
 このことは、自他の相互(そうご)的な関係だけでなく、教える/教えられるという関係、看護する/看護されるという関係のように、一見一方通行的な関係についてもいえる。教師も看護婦も、教育や看護の現場でまさに他者へとかかわっていくのであり、そのかぎりで他者からの逆規定を受け、さらにそのかぎりでそれぞれの「わたし」の自己同一性を補強してもらっているはずなのだ。ところがここで、「教えてあげる」「世話をしてあげる」という意識がこっそり忍び込ん(しの こ )できて、自分は生徒や患者(かんじゃ)という他者たちとの関係をもたなくても「わたし」でありうる、という錯覚(さっかく)にとらわれてしまう。そしてそのとき、「わたし」の経験から他者が遠のいていく。
 他者の他者としてのじぶんを意識できないとき、ぼくらの自己意識はぐらぐら揺れる(ゆ  )。あるいはとても希薄(きはく)になる。そういうとき、ぼくらは皮膚(ひふ)感覚という、あまりにも即(そく)物的な境界にこだわりだすのではないだろうか。自他の境界の最後のバリヤーとして。そしてそのバリヤー、つまりじぶんの最後の防壁(ぼうへき)を、過剰(かじょう)に防衛しようというのが、異物との接触(せっしょく)を徹底(てってい)して回避(かいひ)しようとするいわゆる清潔シンドロームだったのではないか。 (鷲田(わしだ)清一)

項目表

項目表を参考にして、作文・感想文を書いてください。 項目の苗 小1から楽しく書ける。作文、読解、国語の通信教育。Online作文教室 言葉の森 
項目表 ミズキ の苗 中1年 7~9月
目標:意見文の基本的な構成を身につける
 ★重要・評価あり ◎重要・評価なし ○普通・評価なし 段落は大体の目安です。
第 1 段落項目キーワード説明
構成 【】★ 構成図構成図 <<構成>>構成図をかく
構成 ○ 要約(感想文)要約 <<構成>>要約を二〇〇字ぐらいでまとめる
構成 ○ 書き出しの工夫書き出しの工夫 <<構成>>会話・色・音・情景で書き出す
主題 【】★ 是非の主題よい 良い べき 大切 <<主題>>私はAがよいと思う
             ↓
第 2 段落項目キーワード説明
構成 【】★ 複数の理由一理由 <<構成>>…の理由は第一に
題材 【】★ 体験実例体験 私 わたし 僕 ぼく <<題材>>自分らしい体験実例を書く
表現 ◎ たとえまるで みたい よう <<表現>>まるで…のよう
主題 ○ 途中の感想 途中で主題に関連した感想を書く
             ↓
第 3 段落項目キーワード説明
構成 【】★ 複数の理由二理由 <<構成>>…の理由は第二に
題材 ◎ データ実例・長文実例データ 長文 <<題材>>数字の実例・長文集の実例
表現 【】★ ユーモア表現笑 爆 ユーモア <<表現>>ユーモアのある表現(笑)
             ↓
第 4 段落項目キーワード説明
主題 【】★ 反対意見への理解確かに <<主題>>確かにBもよいが、しかしAが
表現 【】★ 名言の引用名言 言葉 ことば <<表現>>主題に合わせて名言を引用する
主題 【】★ 是非の主題よい 良い べき 大切 <<主題>>私はAがよいと思う
構成 ○ これからの結びこれから <<構成>>自分の問題としてこれからのことを書く

字数 ★ 800字以上
表記 ○ 決めてくる、読みかえす書くことを決めてくる、書いたあと読み返す
表記 ★ 90分以内書き始めから書き終わりまで90分で
表記 ○ 構成メモ作文を書く前に構成メモを書く
表記 ○ 漢字を使う、ていねいに書く習った漢字を使いていねいに書く
表記 ○ 段落三文段落の目安は三文ぐらい
表記 ○ 一文一点読点は1文に1〜2点を目安に
表記 ○ 常体で書くした・だった・であるなどで書く練習
表記 ○ 誤字一ヶ所以内一つの作品に誤字は一つまで


課題のヒント

 ついに、私は日本にいました。私は飛行機から降りて、初めて成田空港ビルへ入って行きました。私は、出入国カウンターに向かって歩いているとき、それを見ました。一生のうちで初めてのことでした。二人の日本人が向き合って立ち、お辞儀(おじぎ)して、お辞儀(おじぎ)して、お辞儀(おじぎ)していました。挨拶(あいさつ)は終わりがないように見えました。しかしながら、ここに、私は非常に衝撃(しょうげき)的なものを見つけました。彼ら(かれら)は多くのことを言っていましたが、私は何も理解することができませんでした! 私は初めて、その土地で使っている言葉をただの一語でさえも理解できない国にいたのでした。それらの二人の人たちは、互いに(たがいに)何かを言っていましたが、それは、私にはちょうど雑音のように聞こえました。しかしながら、私は、一つの音を非常に明白に捕らえる(とらえる)ことができました。それはDOMOでした。
 空港の出口で、私はその同じdomoを再三聞くことができました。私は、それが何なのか解明しなければなりませんでした。私のそばを歩いているのは、日本へ来たのは二回目だというフランスのビジネスマンでした。彼(かれ)は日本のことをよく知っているように見えました。「ええ。」彼(かれ)は言いました。「私は、経験からそれがありがとうのようなものを意味するとわかりました。」それから、彼(かれ)は説明し続けました。「あなたが誰(だれ)かに何かを感謝し、同時に礼儀(れいぎ)正しくありたいとき、ただ「domo」と言いなさい。そうすればうまくいくでしょう。そして、忘れないでください。ありがとうと言うごとに、お辞儀(おじぎ)しなければなりません。」それを聞くとすぐに、私は、「おい、これは非常に有用な表現だぞ。覚えておかなければ。」とひとり言を言いました。
 私が寮(りょう)に着いた時、大学の教授は私を待っていました。私はよい印象を与え(あたえ)たいと思いました。そこで、私はお辞儀(おじぎ)し、「blablabladomoblabladomodomo、domo。」というようなことを言いました。私は、domoと非常に明白に言うために最善を尽くし(つくし)ました。残りは、非常にやわらかく、理解することが不可能な声でした。単なる音でした。
 私が最後のdomoを3回繰り返し(くりかえし)たことに注目してください。私は非常に礼儀(れいぎ)正しく聞こえるようにしたかったのです。英語では、ありがとうを何度も繰り返せ(くりかえせ)ば、それは非常に奇妙(きみょう)に聞こえます。しかし、日本では、それは全く悪く聞こえませんでした。とにかく、私は、自分が何と言っているかわかりませんでした。教授は私を見て微笑み(ほほえみ)ました。「おお! あなたは日本語をとても上手に話します。」私は非常に幸福でした。この国に来てたった数時間で、私はもう日本の礼儀(れいぎ)のルールを習得しかけていたのです。フランスのビジネスマンは正しかったのです。おじぎとdomo、それで、誰(だれ)もが幸せです。
 寮(りょう)の学生の一人が私のテニスラケットをこわしました。彼(かれ)はあまり上手に英語を話すことができなかったので、「Domo、ラケット、全くよくない」というようなことを言いました。彼(かれ)は非常にすまなく思っているように見えました。しかし、彼(かれ)はdomo(ありがとう)と言っていました。私は少し腹を立てました! あなたは想像できるでしょう。私は彼(かれ)にラケットを貸します、彼(かれ)はそれをこわし、「ありがとう。」と言いながら戻っ(もどっ)てきます。信じられません! いずれにしても次の日に、彼(かれ)は私に新しいものを買ってくれました。
 先日、私は、寮(りょう)の外で、友達が私を車で拾ってくれるのを待っていました。彼(かれ)は非常に遅れ(おくれ)ました。実際、30分以上も遅れ(おくれ)ました。日本人はいつも時間を守らないというわけではないでしょう? 恐らく(おそらく)、私の友達は異なっていました。ついに、彼(かれ)は現われました。「Domo、domo、長く待ちましたか? 」彼(かれ)は右手を振り(ふり)ながら私のところにやってきました。私は、「これらの日本人は本当に奇妙(きみょう)な人たちだ。」とひとり言を言いました。「彼(かれ)は遅刻(ちこく)して、『ありがとう、ありがとう。』と言いながら来る。」私は非常に混乱していました。この国では、あなたがするすべてのことにありがとうと言わなければならないのですか? 
 私は4か月間この国にいましたが、私はまだ日本語を話すことができませんでした。しかし、私はできる限り礼儀(れいぎ)正しく聞こえるようにしたいと思いました。それで、私はとても奇妙(きみょう)に響く(ひびく)英語を話し始めました。ここに例をあげます。
「ありがとう、私は遅れ(おくれ)ました。」
「ありがとう、この雨はやまないでしょう。」
「ありがとう、すみません。」
「ありがとう、私は田中さんに会ったと思ったのですが、それは別の人でした。」
「ありがとう、私たちが最後に会ってからずいぶん経ちますね。」
「ありがとう、ありがとう。」 ( n )
 他者から位置づけられた「わたし」というものが確認できないとき、人は自分の存在の同一性を皮膚(ひふ)感覚の境界で回復しようとする、という話です。中学生は、この長文は少なくとも五回は読んでこないと、似た話を見つけて書くというのはむずかしいと思います。よく読んできてね。
 大人になるとだんだん生きることになれてきて、ほかの人から認められなくても「自分」というものを持つことができるようになります。また、小学生のころは、子供はお父さんやお母さんに認められて「自分」というものを持つことができます。しかし、中学生や高校生のころは、ちょうど自分を成長させている最中なので、いちばん「自分」というものを持ちにくい時期にあたるようです。
 「リレーで一位になった」とか「クラスで一人だけ百点をとった」とか「学校で一人だけ鉄棒のウルトラ回転前回りができる(そんな技あるか)」などのようにほめられるかたちで周りから「自分」を認められればいいのですが、そういうことはめったにあるわけではありません(一生ないかも(笑))。人間は無視されることにはたえられないので、よいことをして認められるあてのない子供は、ぐれて認められることで自分を回復しようとするのでしょう。 ( n )
 第一段落の要約のあと、「「自分は〜でない。」という否定的な形でアイデンティティを確立するよりも他者との関係からアイデンティティを確立する方が良いと思う。」と意見化します。
 第二段落は、その理由1。「他人との関係の中でアイデンティティを確立させようとすると自分に自信がつくからである。」自分を否定的にとらえるよりも、他人に認められたり、他人と励まし(はげまし)合ったりする方が自分に自信をつけることができます。スポーツでも勉強でも他人に認められるとうれしいですよね。
 第三段落は、理由2。「また第二の理由としては、他人との関係の中でアイデンティティを確立させようとすると自分が成長できるからである。」「自分は〜でない。」という否定的な形でアイデンティティを確立しようとすることは後ろ向きで、自分を成長させることができません。他者との関係の中で自分のよいところや自分らしさを見出していく方が自己の成長につながります。他人に認められたり、期待されたりするともっとがんばろうという気持ちになるものですよね。
 第四段落は、反対理解と名言の引用。「確かに、否定的な形でアイデンティティを確立する方が簡単である。しかし、『短所をなくすいちばんよい方法は、今ある長所を伸ばす(のばす)ことである。』という名言があるように他者との関係の中でアイデンティティを確立していく方が前向きで自分の良いところをさらに伸ばし(のばし)ていくことができると思う。」 ( j )
 自己確認の仕方ということで意見を書ければいちばん良いのですが、それがむずかしかったら、「自分を否定的に見るのではなく、自分に自信を持つことは大切だ。」というような意見で書いていってもよいでしょう。
 自分に自信がないと、何事にも消極的になってしまいますが、自信があると、積極的に物事に挑戦(ちょうせん)することができ、前向きな人生を送ることができます。また、困難に負けることなく、最後まで物事をやり遂げる(やりとげる)ことのできるのも自分に自信のある人の方でしょう。
 確かに自信過剰(かじょう)はよくありませんが、自分に自信を持ち、前向きにがんばる気持ちが大切ですね。 ( j )