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 読解マラソン集(ルビなし)小1冬
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 シーソーのひみつ 読解マラソン集 小1 冬 1番
 読解マラソン集は、みなさんの声を取り入れて編集します。ご意見ご要望は、マラソン広場まで。 http://www.mori7.com/marason/hiroba/
 公園の遊具にシーソーがあります。二人そろえば、楽しく遊ぶことができます。シーソーは、ふつう長い板の真ん中に支柱があり、板の両方の端に、人が乗れるように取っ手がついています。地面を足でポンとけると体が浮かび、相手がけると地面に着陸します。そのたびに、おしりがはずんで、板は音でリズムを刻みます。「ギッタンバッタン」「ギッコンバッコン」。音を遊具の名前にして呼んでいるところもあります。
 同じ年の、同じくらいの背格好のお友達と乗るときは、シーソーはうまく上下に交互に動きます。ところが、お父さんやお母さんと乗るときには、自分の方は上がったままになって困ることもあります。大人のほうが、体も大きく重いからです。そんなとき、お父さんやお母さんの方がぐっと進んで板の前の方、つまり支柱に近いところにすわってくれると、バランスがとれるようになります。これは、どうしてなのでしょう。
 それは、てこの原理を使っているからなのです。例えば、自分の力ではびくともしないような大きな岩を動かしたいとき、ころあいの棒と小さ目の石があれば、わずかの力で動かせます。まず、棒を岩の下にすべりこませ、その棒と地面の間に小さ目の石を置きます。そして、棒の反対の長い方の端を下に押せば、重い岩も軽く動かせるようになります。
 このてこの棒が、シーソーの板にあたります。小さめの石がシーソーの支柱で、大きな岩がお父さんというわけです。お父さんが、シーソーの支柱に近づいてすわったことで、てこのかたちができあがり、小さな自分の体重でも重たいお父さんを持ち上げることができたのです。
 どうしても動かない人のことを「てこでも動かない」と言いますが、これはそうとうの意地をはっているか、信念のかたまりなのでしょう。あまり強情だと、変てこな信念だと思われるかもしれません。∵

 言葉の森長文作成委員会(μ)
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 ペンギン 読解マラソン集 小1 冬 2番
 読解マラソン集は、みなさんの声を取り入れて編集します。ご意見ご要望は、マラソン広場まで。 http://www.mori7.com/marason/hiroba/
 ヨチヨチとおぼつかない足どりで歩くペンギン。小さく、短い足で支えられた体を右に左にゆすりながら歩く姿はまるで歩き始めたばかりの人間の赤ちゃんのようです。そんなペンギンですが、ひとたび水の中に入ると、今までの愛らしい姿は一変し、つばさをはばたかせ、魚のようなスピードで優雅に泳ぎます。まるで水の中を飛んでいる飛行機のようです。
 空を飛ぶことのできる鳥とできない鳥のちがいは、骨と羽にあります。空を飛ぶことのできる鳥には、竜骨突起とよばれる大きな骨があり、その骨で翼を動かす大きな筋肉を支えています。一方、ダチョウのように飛べない鳥には、この骨はありません。しかし、空を飛ぶことのないペンギンには、竜骨突起があるのです。これはペンギンの祖先が昔、空を飛んでいたことを意味します。
 では、なぜペンギンは空を飛ばなくなったのでしょう。大昔、空を飛べる鳥だったペンギンは、水面から食べ物を取っていましたが、やがて海中にもぐってオキアミ、イカ、イワシなどの魚を捕るようになり、今の姿に進化したと言われています。
 また、空を飛ぶためには軽くて大きく、根元がまっすぐな羽根がたくさん必要ですが、水中の生活を選んだペンギンにとってじゃまになるだけなので、かたくて短く、羽根の根元が曲がって、体にぴったりそった一枚の板のような羽に変わったのです。ペンギンはこの羽を使って、オールでこぐように泳ぎます。
 ペンギンの体には水の中で生活する工夫がたくさんあります。イルカのような体型は、水の抵抗を小さくし、高速で泳ぐことを可能にします。くちばしと舌には、のどのおくへ食べ物が流れるようにつきでたのこぎりのような部分があります。つかまえた魚などが口から逃げないようにするためです。耳は、高速で泳いだ後に作られるあわのはじける音が魚などにぶつかって出る反射音を∵聞いて、食べ物の位置が正確にできています。羽毛は、水を通さないダイビングスーツの役目をするというからおどろきます。
 けれども、このダイビングスーツの役目をするのは、いちばん上の羽毛だけです。いちばん上の羽毛が抜けると、そこから水が入り、体がぬれてしまいます。ですから、羽毛がはえかわる季節は、海に入ることができません。
「う、もう! 早く着替えが終わらないかしら。」
 新しいダイビングスーツがはえそろうまで、がまんしているペンギンの声が聞こえてきそうです。

 言葉の森長文作成委員会(Ω)
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 カンガルーの袋 読解マラソン集 小1 冬 3番
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 カンガルーは、オーストラリアとパプアニューギニアだけに住んでいます。カンガルーには長いしっぽがあり、これは後ろ足だけで立つときにバランスをとる役目もしています。
 カンガルーのもう一つの大きな特徴は、雌のおなかにある袋です。この袋で、お母さんは赤ちゃんを育てるのですが、それには理由があります。たいていの動物の赤ちゃんは、自分の力でお母さんのお乳を飲めるようになってから生まれてきますが、カンガルーの生まれたての赤ちゃんは、たいへん小さく、マッチ棒ぐらいの大きさしかありません。小さくて弱い赤ちゃんは、袋の中に入れて守ってあげなくてはならないのです。赤ちゃんは、袋の外で生まれます。そのあと、お母さんがなめて作った道を一生懸命にたどって、袋の中に入ります。上手に袋に入ることができれば一安心です。
 袋の中には、お母さんのおっぱいがあるので、中に入った赤ちゃんはさっそくすいついてお乳を飲みます。袋の内側には毛が生えていないので、ふんわりやわらかく、お母さんの体温のおかげで、いつもぽかぽか温かいのです。その上、お母さんがときどきなめて掃除をしてくれるので、袋の中はいつも清潔です。また、袋の入り口は、マジックテープのように閉じることもできます。赤ちゃんが入っていないときは、ぴったりとおなかにくっついて、ほこりや雨が入らないようになっています。
 こんな気持ちのいい袋ですから、カンガルーの赤ちゃんは、ずいぶん長い間袋の中で過ごします。袋は伸び縮みするので、大きくなった赤ちゃんが入っても破れたりはしません。生まれて半年ぐらいたつと、ときどき外に出てとびはねる練習をしますが、何かにびっくりすると、大あわてで袋に戻ってきます。赤ちゃんがやっと袋を卒業するのは、生まれて一年ぐらいたってからです。∵
 カンガルーにとってのお母さんは、まさに「おふくろさん」なのです。

 言葉の森長文作成委員会(κ)
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 脳は大食漢 読解マラソン集 小1 冬 4番
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 脳は、人間の体の中で最もエネルギーを必要とする器官です。脳の重さは、体全体の重さのおよそ二パーセントを占めると言われています。たとえば、体重が五十キログラムの人間の脳の重さは、一キログラムになるというわけです。それほどの重さを占めているわけではありませんが、この脳は大変な食いしん坊です。人間が必要とする全エネルギーのうち、二十パーセントもが脳に使われています。しかも、ただの大食漢ではありません。なかなかのグルメなのです。どうしてかというと、脳がエネルギー源として取り込むのは、ブドウ糖だけだからです。また、脳は余分なエネルギーを蓄えておくことができないので、絶えずブドウ糖を補給し続ける必要があります。
 ご飯やパンなどの穀類、ジャガイモやサツマイモなどのイモ類など、炭水化物と呼ばれるものはブドウ糖のもとになります。体を動かすためや成長のためだけでなく、脳の働きを活発にするためにも、きちんと食事を取ることは大切だと言えます。眠りから覚め、栄養不足の脳にとって、とりわけ朝食は最高のご馳走です。
 こんな実験結果があります。ラットを迷路に放り込むと、まず一目散に走り出します。しかし、人間のように高度な知能を持たないラットのことですから、すぐに道に迷い、あがき始めます。あがいているラットの脳内は、どんな状態になっているのでしょう。脳の中には様々な働きをする場所があり、それぞれが自分の役目を果たすために働いています。迷路は空間を認識する能力を必要とします。迷路に入れられたラットの脳内の空間記憶を司る部分のブドウ糖の値は、通常よりも大きく落ち込んでいたそうです。それだけ脳がエネルギーを使ったということになります。注射によってブドウ糖を補給してあげたところ、迷路抜けの成績が上がったという結果も得られました。疲れきった脳が、ブドウ糖というエネルギーを補給したおかげで見事に元気を取り戻したのです。∵
 歩く、走るという大きな動作を伴う体の動きと比べてみると、脳の仕事は、はっきりとは目に見えません。ですから、そんなにも多くのエネルギーを必要とするとは想像できないでしょう。しかし、多くのエネルギーが必要だということは、それだけ重要な働きをしているからにほかなりません。脳は大変な働き者です。私たちが眠っているあいだでさえひとときも休まずに働き続けます。脳の中は、神経細胞がぎっしりとつまっていて、体のすみずみまで命令を出しています。心臓の動きや呼吸でさえ、脳が命令を出しているおかげで一時も休まずに続けられているのです。
「Oh! No.(オー、ノー)少し休みたいよ。」
 そう思うこともあるかも知れません。それでも、脳は働き続けます。

 言葉の森長文作成委員会(ω)
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 赤身と白身 読解マラソン集 小1 冬 5番
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 赤身代表といえばマグロです。少し歯ごたえがあり、おすしの中ではなかなかの人気者です。一方白身代表といえばヒラメがあげられます。口の中でとろけるようになくなってしまうこの身は、大人の人に人気があります。どちらもおいしさにかわりはありませんが、同じ魚なのに、赤身と白身が存在するのはなぜでしょう。それは赤身と白身にはそれぞれ働きがあり、得意とする力が違うからです。
 マグロの体は、赤色筋、遅筋とよばれる赤い筋肉が多くふくまれています。マグロは、赤色筋が多い血合筋とよばれる筋肉が特に発達しているので、酸素を使って活動を長く続けることができます。陸地から遠く離れた広い外洋域を泳ぐマグロには、同じ力を長く持たせてくれる赤身が必要なのです。赤身の魚にはカジキやカツオ、サバなどがあり、どの魚も筋肉もりもりといった力強さを感じさせます。
 一方、ヒラメを代表とする白身は、瞬発力があります。ヒラメの体には、白色筋、速筋とよばれる白い筋肉が多くふくまれています。白色筋を動かすには、グリコーゲンとよばれる糖だけを使い、酸素を使いません。ですから、瞬間的に大きな力を出すことはできますが、すぐに乳酸という物質がたまり疲れてしまいます。ヒラメは、敵が近づくと、目だけをグルグルっと動かし身をひるがえして逃げます。それは一瞬の出来事で、敵は砂けむりの中、ヒラメの姿を見失います。瞬発力が命のヒラメにとって、この華麗なダンスは命がけの逃げ方なのです。
 人間の筋肉にも、赤身と白身があります。筋肉の場所や役目によって割合がちがい、個人差があるようです。マラソン選手は赤色筋が多く、短距離走の選手は白色筋が多いと言われています。∵
 お寿司屋さんで魚を食べるとき、赤かったらマラソン型の魚、白かったら短距離型の魚と想像しながら食べるとまた味わいも深くなるでしょう。では、黒かったら。それは、ただ焦げているだけです。

 言葉の森長文作成委員会(Ω)
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 古代エジプトの声 読解マラソン集 小1 冬 6番
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 エジプトのピラミッドの中のかべには、たくさんの絵文字がしるされています。タカやつぼ、人間や太陽のような、さまざまな絵で表された文字です。
 大昔、エジプトにはピラミッドを作ったすばらしい文明がさかえていましたが、いつしかほろびてしまいました。それから二千年の間、その絵文字をどうやって読むのか、どんな意味があるのか、だれにもわからなくなっていました。
 ところがあるとき、エジプトの砂の中から一枚の石の板が発見されました。そこには三種類のことばがきざまれていました。古代ギリシア語、昔のエジプト語、そしてピラミッドに書かれている絵の文字であるヒエログリフということばです。おそらく、同じ文章がこの三種類のことばできざまれているのではないかと思われました。この石の発見に、学者たちは興奮しました。当時、古代ギリシア語は知られていたので、それとくらべればヒエログリフが読めるかもしれないと思われたのです。この石にはロゼッタ・ストーンという名前がつけられました。
 しかし、事はかんたんにははこびませんでした。いくら名だたる学者たちが考えて研究しても、だれもヒエログリフの読み方をとくことができなかったのです。
 ロゼッタ・ストーンが発見されてから十年後、シャンポリオンというフランス人の少年が、お兄さんにすすめられてこのヒエログリフのなぞにとりくむことにしました。シャンポリオンは貧しい若者でしたが、もう既にたくさんのことばを学んでいました。
 シャンポリオンは、それからもさらにたくさんのことばを学びながら研究を続けました。研究を始めてから何年もたったある日、ひらめきがおとずれました。この絵文字には、音だけを表す字と、意味だけを描いた字が両方まざっているのではないかと。∵
 私たち日本人は、意味を表す漢字と音を表すかなをまぜた文を使っています。例えば、「森だ」という言葉では、「森」が意味で「だ」が音です。「森」は字を見ただけで木が何本か生えている場所らしいことがわかりますが、「だ」には何の意味もありません。ヨーロッパの文字は、音だけを表すアルファベットで作られているので、文字に意味があるという発想がだれにもわかなかったのです。
 シャンポリオンは、ヒエログリフの読み方の表を作り、発表しました。ほかの学者たちも、やがてそれが正しいとみとめるようになりました。
 その後、シャンポリオンはあこがれのエジプトに行き、本物のエジプトの遺跡の中に入ることができました。そこで、シャンポリオンはぎっしりと描かれたヒエログリフに圧倒されて声も出ませんでした。なぜかというと、シャンポリオンにはそれらが自分が思っていた以上にすらすらと読めることがわかったからです。それはまさに「祖先からの声が聞こえてきたようだった」とシャンポリオンは記しました。二千年もの間眠っていた声が、あちこちから聞いたこともないすばらしい神話やエジプト文明の物語を語りかけてきたのです。シャンポリオンは感動のあまり、二時間も動くことができませんでした。
 今では、エジプトに観光旅行すると、このヒエログリフ文字で自分の名前をつづったペンダントを作ってもらうことができ、おみやげに買って帰る人がたくさんいます。

 言葉の森長文作成委員会(λ)
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 かわいい子には 読解マラソン集 小1 冬 7番
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 ことわざは、昔から人々に使われてきた、決まった言い回しのことです。どれも短い言葉ですが、その中に人がよりよく生きるための知恵がたくさんつまっています。
 「かわいい子には旅をさせよ」ということわざがあります。これは、子どもはかわいいから、楽しい旅行に連れていきなさい、という意味ではありません。
 このことわざは、四百年も昔から使われていました。そのころは、飛行機もなければ電車も自動車もありません。旅といえば、歩くのが普通でした。野宿をしたり、追いはぎにあったり、危険がつきものだったのです。このことから、旅に出てつらい経験をさせたほうが、子どもをりっぱに成長させるという意味になりました。
 「枯れ木も山のにぎわい」ということわざがあります。友だちの誕生会にお祝いにかけつけた大勢の人を見て、「枯れ木も山のにぎわいだね。」などと言ったら失礼です。
 枯れ木のようにつまらないものでも、何もないよりはましだという意味で、自分に関することをへりくだって言うときに使うのが、このことわざです。
 「馬子にも衣装」ということわざも聞いたことがあるでしょう。「まご」って何だろうと、まごまごしてしまいそうですが、この「まご」というのは子供を表す「孫」ではなく、馬に人や荷をのせて運搬することを職業とする人のことを指します。ですから、小さい子供にもかわいい衣装を着せなさいという意味ではなく、ちゃんとした衣装を身につければ誰でも立派に見えるという意味のことわざなのです。

 言葉の森長文作成委員会(κ)
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 サルにつけたなまえ 読解マラソン集 小1 冬 8番
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 大分県の幸島というところにいる野性のサルのむれは、人間がまいてやるサツマイモを海の波であらって、塩水の味つけをして食べることで有名です。
 そのころ、日本ではまだあまりサルの研究をする人がいませんでした。しかし、サルが大好きだった京都大学の今西錦司さんたちは、幸島のサルを観察したくてやってきたのでした。ところが幸島のサルは、猟で狩られたことがあったために、人間をとてもこわがっていました。そこで京都大学の人たちは、サルを安心させようと、サツマイモをまいてやりました。そのサツマイモを、サルはあらって食べるようになったのです。それまで外国では、サルの研究をするとき、えさをまいてやるということはしていませんでした。
 そのほかにも、外国の人がやっていないことを、この日本の若い研究者たちはしました。むれのサルに、一匹一匹名前をつけて観察したのです。たとえば、こわいボスザルには「カミナリ」、わかくて頭のいいオスザルには「ヒヨシマル」といったぐあいです。
 日本での研究になれてくると、京都大学の人たちは、アフリカに行ってゴリラやチンパンジーの研究もするようになりました。
 そして、研究したことを国際会議で発表しましたが、それを聞いて世界のサル学者たちはたいへんおどろきました。日本で、こんなにりっぱなサルの研究がされていたとは思っていなかったのです。日本のサルの研究がいちばん進んでいる、と世界のサル学者たちは感心しました。そんな世界のサル学者たちが最も驚いたのが、日本人がサルたちに名前をつけていたことなのでした。
 世界の学者たちは、サルに番号しかつけていませんでした。それに、サルの顔や性格が一匹一匹ちがうことにも気がついていなかったのです。∵
 西洋の人は、人間と動物はまったくちがうものだと、はっきりわけて考えていました。けれど、日本人は昔から、人間と動物とはあまり変わらないものだという考え方だったのです。サルもタヌキもキツネも、日本人にとっては同じ村の仲間のようなものでした。だから、今の時代になっても、若い研究者はごく自然に、サルになまえをつけたのでした。サルを番号でよぶことのほうが、むしろやりにくかったのです。
 最初のころ、世界の学者たちは、日本人がサルに近いからそういうことができるのだと考えていました。しかし、今では、世界中のサルの研究者たちは、この日本の方法を使って、サルたちに名前をつけて研究するようになっています。そのほうが、サルたちの社会や生活について、よく理解できることがわかったからです。

 言葉の森長文作成委員会(λ)
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 タコとイカの秘密 読解マラソン集 小1 冬 9番
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 タコとイカ。どちらもすがたが似ていますが、いちばんわかりやすいちがいは足の数でしょう。タコの足は八本、イカの足は十本といわれています。ところで、わたしたちが足だと思っているのは本当に足なのでしょうか。実は足ではなく、正しくは腕なのです。これからタコとイカのひみつにせまってみましょう。
 タコとイカの祖先は貝がらを持って海に住んでいました。イカの体の中から出てくる甲は貝がらのなごりだといわれています。タコやイカは、長い進化の中で自分の生活につごうのよい数の腕を残し、今のすがたになったのです。
 では、タコとイカどちらも近い仲間でありながら、腕の数がちがうのはなぜなのでしょう。実は、タコもイカも腕の数はどちらも同じ八本です。けれども、イカは触腕とよばれる特別な腕を二本持っており、その二本でえものを取るのです。
 イカの中には触腕を使わずにえものをとるイカもいます。深海に住むマッコウタコイカは、生まれたときは触腕がありますがすぐに取れてしまい、八本の腕でえものを取っています。わたしたちが足だと思っているものが、えものを取るために使うのだとすれば、足ではなく腕というのも納得できます。
 また、タコとイカの体の部位は、他の動物たちと比べると少しちがったつきかたをしています。みなさんが、頭だと思っているところは胴体で、その下に頭が続き、腕へとつながっています。人間がさか立ちしたような状態を想像するといいかもしれません。タコを見ると、たくさんの脳みそがつまっていてかしこそうだなと思うかもしれませんが、あれは胴体なのです。∵
 タコとイカはスミをはいて敵から逃げることで有名ですが、スミの使い方がちがいます。タコのスミはねばり気が少なく、水中でけむりのように広がり、あたりを真っ暗にします。敵は周りが見えなくなってタコを見失います。その間に、タコはスタコラサッサと逃げるのです。
 一方、イカのスミは粘り気があるので、水中であまり広がらず波の動きに合わせてただよいます。イカは、敵がこのスミに気を取られている間に逃げるのです。イカに逃げられた敵はイカリ狂いますが、もう後の祭りです。
 スミをうまく使うタコやイカは、伊賀と甲賀の忍者も真っ青な海の忍術つかいのようです。タコもイカも、なかなか隅に置けませんね。

 言葉の森長文作成委員会(Ω)
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 南極探検 読解マラソン集 小1 冬 10番
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 南極大陸は、そのほとんどが一年中厚い氷におおわれ、地球上で最も寒さの厳しい地域です。そのため、もともと南極にはだれも住んでいませんでした。南極の地形がどうなっているのかは、長い間なぞにつつまれていたのです。十八世紀に、イギリスのジェームズ・クックという人が初めて南極の探検に挑みました。クックは人類史上初めて、南極圏を航海しましたが、大陸を発見することはできませんでした。
 その後、何人もの探検家によって南方への探検が行われ、十九世紀になってやっと南極大陸が発見されました。かつては、南方に巨大な大陸が広がっていると言い伝えられていましたが、この探検の結果、巨大な南方大陸は存在しないことがわかりました。実際の南極大陸は、伝説上の大陸よりもずっと小さなものだったのです。
 二十世紀に入ると、南極探検はますますさかんになりました。探検家たちの関心は、地球の最も南の地点である南極点に、だれが一番先に到達するかということでした。多くの探検家が我こそはと南極点を目指しましたが、探検船が氷に閉じ込められて何か月も漂流したり、病気によって探検隊に死者が出るなど、探検は多くの難局に直面しました。それでも、さまざまな国が探検隊を派遣し、南極での越冬に成功して多くの経験を積み、人類は南極点に少しずつ近づいていきました。
 ノルウェーのロアルド・アムンゼンと、イギリスのロバート・スコットは、南極点への一番乗りを、ぎりぎりまで競ったことで有名です。スコットの一行は、エンジンをつけたソリのような動力雪上車と、馬ソリ隊を率いていました。ところが、二台の動力雪上車はすぐに故障してしまい、大切な馬まで寒さと疲労で次々と倒れてしまったのです。そして、とうとう人力でソリをひかなくてはならなくなってしまいました。一方、アムンゼンの一行は犬ゾリとスキーで移動し、ついに人類として初めて南極点に立ちました。∵アムンゼンは、そこにノルウェーの国旗を立て、周辺を調査しました。
 たいへんな苦難を乗り越えて、スコットも南極点にたどりつくことに成功しました。アムンゼンの南極点到達より一か月ほど後のことです。スコットたち一行は、ノルウェーの国旗が立てられているのを見て、たいへんがっかりしたと言います。南極点に立つことには成功しましたが、残念なことに一行は、帰る途中で遭難してしまいました。
 アムンゼンとスコットの明暗を分けた原因の一つは、防寒服だったとも言われています。アムンゼンたちは、アザラシなどで作られた毛皮の防寒服を着ていました。スコットたちの服は、牛皮を重ねて作られたもので、重いことと水がしみこみやすいことが短所でした。汗などを吸い込んだ防寒服は、最後は保温の役目をほとんど果たしていなかったとも考えられています。南極の寒さは、スコットたちの想像を絶するものだったのかもしれません。
 アメリカ合衆国が南極点付近に建設した観測基地は、南極点の一番乗りを競ったアムンゼンとスコットの二人の探検家に敬意を表して、「アムンゼン・スコット基地」と名づけられています。この二人の勇敢な探検家を、私たち人類は忘れることはないでしょう。

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 シーラカンス 読解マラソン集 小1 冬 11番
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 大昔、地球上で栄えていた恐竜は、今から六千五百万年ほど前に絶滅しています。シーラカンスも、恐竜と同じ時代に生きていた古代魚のなかまで、体長は人間ほどの大きさもありました。世界各地で化石が見つかっており、恐竜とともにほろびさった生物であると考えられてきました。
 ところが、あるとき、南アフリカの東海岸で、漁師がつかまえた魚の中から奇妙な形のものが見つかりました。ぬるぬるした厚い大きなうろこにつつまれ、四本の足のようなひれを持つ魚でした。南アフリカの博物館員が調べたところ、それは、ほろびたはずのシーラカンスだったのです。その後、インド洋など、ほかの地域でもシーラカンスが発見されました。インドネシアでは、ほかの魚にまじって、何気なく魚市場に並べられていたこともありました。
 シーラカンスがすんでいるのは、ほとんど光の届かない深い海です。そのため、人間の目にふれず、ひっそりと生き続けることができたのかもしれません。発見されたシーラカンスは、三億年以上も前の化石と、ほとんど同じ姿をしていました。
 現在、シーラカンスが発見されているのは、南アフリカとインドネシアです。しかし、この二つの地域は、北海道から九州までの距離の約五倍も離れています。しかも、シーラカンスは深海に住んでいるため、泳ぎがうまくありません。どうしてこんな遠く離れたところに、同じようなシーラカンスがいたのでしょうか。
 科学者がシーラカンスのミトコンドリアの細胞を調べた結果、二つの地域のシーラカンスは、大昔に分かれたことがわかりました。
 昔、インド大陸がユーラシア大陸にぶつかって、インドがアジアと陸続きになったころ、その海にすんでいたシーラカンスがアフリカ側とアジア側に分かれてすむようになりました。シーラカンスの姿や形は、そのころからほとんど変わっていなかったのです。∵

 そこで、シーラカンスさんにインタビューしてみました。
「そんなこと、ちっともしーらなかったんす。」

 言葉の森長文作成委員会(κ)
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 北極探検 読解マラソン集 小1 冬 12番
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 北極地方は、寒さがたいへん厳しく、海もほとんど氷でおおわれています。今では、北極に陸地がないことがわかっていますが、昔の地図の中には、北極点を中心に四つの大陸が描かれているものがあります。北極点が陸地か海かということさえ、長い間、なぞだったのです。
 十六世紀に、船による北極探検が始まりました。北極海には、厚さが天井の高さほどもある氷が一面に浮かび、ゆっくりと移動しています。北極探検では、移動してきた氷に船が閉じ込められて遭難するなど、多くの命が失われました。
 もう一つ、探検家たちに恐れられていたのは、壊血病という原因不明の病気です。これはなかなか解決できない問題で、この病気によって隊員たちが次々と倒れていきました。この病気の原因は、ビタミンCの不足でした。航海中には、野菜や果物などの新鮮な食べ物を食べることが難しいので、知らず知らずのうちにビタミンCが足りなくなっていたのです。
 十九世紀の終わりごろから、探検家たちはさまざまなルートで北極圏に入り、地球の最も北である北極点をめざしました。ノルウェーのナンセンは、北極点のすぐ近くまで船で近づくことができました。しかし、すぐ近くと言ってもその距離は、東京と大阪ほども離れていました。また、南極探検で有名なアムンゼンは、大西洋からアメリカ大陸の北を通って太平洋にぬける北西航路を、初めて通過することに成功しました。
 西洋人として北極点に最初に立ったのは、アメリカのロバート・ピアリーだと言われています。しかし、彼も簡単に北極点に到達できたわけではありませんでした。初めて北極点に挑んだ探検は大失敗に終わり、凍傷により足の指を八本も失ってしまったのです。普通だったらどうしようと途方に暮れてしまうところですが、それでもピアリーは負けませんでした。失敗した体験を生かし、長い∵時間をかけて計画を練り直し、再び新たな探検に出ました。この探検では、寒さに強い犬ぞりや、イグルーという氷で作った家をうまく使い、ついに北極点に到達することができました。十六世紀に北極地方への探検が始まってから、約三百年もの年月がたっていました。
 西洋人にとっては、長い間、北極は未知の世界でしたが、北極圏には、もともと先住民族が住んでいました。彼らはイヌイットと呼ばれており、何世紀もの間、外部とほとんど接触をしないで暮らしてきました。海に住むアザラシやセイウチなどの狩りを中心に生活を営み、独自の文化を作っていたのです。イヌイットは、西洋人よりもはるかに北極のことをよく知っており、探検家たちが、彼らから学ぶべきことは多くありました。最後の探検のとき、ピアリーは、厳しい北極の環境に慣れた多くのイヌイットを連れていました。イヌイットの力を借りたことも、ピアリーを成功にみちびく大きな要因だったのでしょう。

 言葉の森長文作成委員会(κ)
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