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 読解マラソン集(ルビつき)小1冬
       長文は縦書きに印刷する場合があるため、数字は漢数字にしています。
 
 シーソーのひみつ 読解マラソン集 小1 冬 1番
 読解マラソン集は、みなさんの声を取り入れて編集します。ご意見ご要望は、マラソン広場まで。 http://www.mori7.com/marason/hiroba/
 公園(こうえん)の遊具(ゆうぐ)にシーソーがあります。二人(ふたり)そろえば、楽しく(たの  )遊ぶ(あそ )ことができます。シーソーは、ふつう長い(なが )板(いた)の真ん中(ま なか)に支柱(しちゅう)があり、板(いた)の両方(りょうほう)の端(はし)に、人(ひと)が乗れる(の  )ように取っ手(と て)がついています。地面(じめん)を足(あし)でポンとけると体(からだ)が浮かび(う  )、相手(あいて)がけると地面(じめん)に着陸(ちゃくりく)します。そのたびに、おしりがはずんで、板(いた)は音(おと)でリズムを刻み(きざ )ます。「ギッタンバッタン」「ギッコンバッコン」。音(おと)を遊具(ゆうぐ)の名前(なまえ)にして呼ん(よ )でいるところもあります。 
 同じ(おな )年(とし)の、同じ(おな )くらいの背格好(せかっこう)のお友達(ともだち)と乗る(の )ときは、シーソーはうまく上下(じょうげ)に交互(こうご)に動き(うご )ます。ところが、お父さん( とう  )やお母さん( かあ  )と乗る(の )ときには、自分(じぶん)の方(ほう)は上がっ(あ  )たままになって困る(こま )こともあります。大人(おとな)のほうが、体(からだ)も大きく(おお  )重い(おも )からです。そんなとき、お父さん( とう  )やお母さん( かあ  )の方(ほう)がぐっと進ん(すす )で板(いた)の前(まえ)の方(ほう)、つまり支柱(しちゅう)に近い(ちか )ところにすわってくれると、バランスがとれるようになります。これは、どうしてなのでしょう。 
 それは、てこの原理(げんり)を使っ(つか )ているからなのです。例えば(たと  )、自分(じぶん)の力(ちから)ではびくともしないような大きな(おお  )岩(いわ)を動かし(うご  )たいとき、ころあいの棒(ぼう)と小さ目(ちい め)の石(いし)があれば、わずかの力(ちから)で動か(うご )せます。まず、棒(ぼう)を岩(いわ)の下(した)にすべりこませ、その棒(ぼう)と地面(じめん)の間(あいだ)に小さ目(ちい め)の石(いし)を置き(お )ます。そして、棒(ぼう)の反対(はんたい)の長い(なが )方(ほう)の端(はし)を下(した)に押せ(お )ば、重い(おも )岩(いわ)も軽く(かる )動か(うご )せるようになります。
 このてこの棒(ぼう)が、シーソーの板(いた)にあたります。小さめ(ちい  )の石(いし)がシーソーの支柱(しちゅう)で、大きな(おお  )岩(いわ)がお父さん( とう  )というわけです。お父さん( とう  )が、シーソーの支柱(しちゅう)に近づい(ちか  )てすわったことで、てこのかたちができあがり、小さな(ちい  )自分(じぶん)の体重(たいじゅう)でも重たい(おも  )お父さん( とう  )を持ち上げる(も あ  )ことができたのです。
 どうしても動か(うご )ない人(ひと)のことを「てこでも動か(うご )ない」と言い(い )ますが、これはそうとうの意地(いじ)をはっているか、信念(しんねん)のかたまりなのでしょう。あまり強情(ごうじょう)だと、変(へん)てこな信念(しんねん)だと思わ(おも )れるかもしれません。∵

 言葉(ことば)の森(もり)長文(ちょうぶん)作成(さくせい)委員(いいん)会(かい)(μ)

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 ペンギン 読解マラソン集 小1 冬 2番
 読解マラソン集は、みなさんの声を取り入れて編集します。ご意見ご要望は、マラソン広場まで。 http://www.mori7.com/marason/hiroba/
 ヨチヨチとおぼつかない足どり(あし  )で歩く(ある )ペンギン。小さく(ちい  )、短い(みじか )足(あし)で支え(ささ )られた体(からだ)を右(みぎ)に左(ひだり)にゆすりながら歩く(ある )姿(すがた)はまるで歩き(ある )始め(はじ )たばかりの人間(にんげん)の赤ちゃん(あか   )のようです。そんなペンギンですが、ひとたび水(みず)の中(なか)に入る(はい )と、今(いま)までの愛らしい(あい   )姿(すがた)は一変(いっぺん)し、つばさをはばたかせ、魚(さかな)のようなスピードで優雅(ゆうが)に泳ぎ(およ )ます。まるで水(みず)の中(なか)を飛ん(と )でいる飛行機(ひこうき)のようです。 
 空(そら)を飛ぶ(と )ことのできる鳥(とり)とできない鳥(とり)のちがいは、骨(ほね)と羽(はね)にあります。空(そら)を飛ぶ(と )ことのできる鳥(とり)には、竜骨(りゅうこつ)突起(とっき)とよばれる大きな(おお  )骨(ほね)があり、その骨(ほね)で翼(つばさ)を動かす(うご  )大きな(おお  )筋肉(きんにく)を支え(ささ )ています。一方(いっぽう)、ダチョウのように飛べ(と )ない鳥(とり)には、この骨(ほね)はありません。しかし、空(そら)を飛ぶ(と )ことのないペンギンには、竜骨(りゅうこつ)突起(とっき)があるのです。これはペンギンの祖先(そせん)が昔(むかし)、空(そら)を飛ん(と )でいたことを意味(いみ)します。 
 では、なぜペンギンは空(そら)を飛ば(と )なくなったのでしょう。大昔(おおむかし)、空(そら)を飛べる(と  )鳥(とり)だったペンギンは、水面(すいめん)から食べ物(た もの)を取っ(と )ていましたが、やがて海中(かいちゅう)にもぐってオキアミ、イカ、イワシなどの魚(さかな)を捕る(と )ようになり、今(いま)の姿(すがた)に進化(しんか)したと言わ(い )れています。 
 また、空(そら)を飛ぶ(と )ためには軽く(かる )て大きく(おお  )、根元(ねもと)がまっすぐな羽根(はね)がたくさん必要(ひつよう)ですが、水中(すいちゅう)の生活(せいかつ)を選ん(えら )だペンギンにとってじゃまになるだけなので、かたくて短く(みじか )、羽根(はね)の根元(ねもと)が曲がっ(ま  )て、体(からだ)にぴったりそった一枚(まい)の板(いた)のような羽(はね)に変わっ(か  )たのです。ペンギンはこの羽(はね)を使っ(つか )て、オールでこぐように泳ぎ(およ )ます。 
 ペンギンの体(からだ)には水(みず)の中(なか)で生活(せいかつ)する工夫(くふう)がたくさんあります。イルカのような体型(たいけい)は、水(みず)の抵抗(ていこう)を小さく(ちい  )し、高速(こうそく)で泳ぐ(およ )ことを可能(かのう)にします。くちばしと舌(した)には、のどのおくへ食べ物(た もの)が流れる(なが  )ようにつきでたのこぎりのような部分(ぶぶん)があります。つかまえた魚(さかな)などが口(くち)から逃げ(に )ないようにするためです。耳(みみ)は、高速(こうそく)で泳い(およ )だ後(あと)に作ら(つく )れるあわのはじける音(おと)が魚(さかな)などにぶつかって出る(で )反射(はんしゃ)音(おん)を∵聞い(き )て、食べ物(た もの)の位置(いち)が正確(せいかく)にわかるようにできています。羽毛(うもう)は、水(みず)を通さ(とお )ないダイビングスーツの役目(やくめ)をするというからおどろきます。
 けれども、このダイビングスーツの役目(やくめ)をするのは、いちばん上(うえ)の羽毛(うもう)だけです。いちばん上(うえ)の羽毛(うもう)が抜ける(ぬ  )と、そこから水(みず)が入り(はい )、体(からだ)がぬれてしまいます。ですから、羽毛(うもう)がはえかわる季節(きせつ)は、海(うみ)に入る(はい )ことができません。 
「う、もう! 早く(はや )着替え(きが )が終わら(お  )ないかしら。」 
 新しい(あたら  )ダイビングスーツがはえそろうまで、がまんしているペンギンの声(こえ)が聞こえ(き  )てきそうです。

 言葉(ことば)の森(もり)長文(ちょうぶん)作成(さくせい)委員(いいん)会(かい)(Ω)
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 カンガルーの袋 読解マラソン集 小1 冬 3番
 読解マラソン集は、みなさんの声を取り入れて編集します。ご意見ご要望は、マラソン広場まで。 http://www.mori7.com/marason/hiroba/
 カンガルーは、オーストラリアとパプアニューギニアだけに住ん(す )でいます。カンガルーには長い(なが )しっぽがあり、これは後ろ足(うし あし)だけで立つ(た )ときにバランスをとる役目(やくめ)もしています。 
 カンガルーのもう一つの大きな(おお  )特徴(とくちょう)は、雌(めす)のおなかにある袋(ふくろ)です。この袋(ふくろ)で、お母さん( かあ  )は赤ちゃん(あか   )を育てる(そだ  )のですが、それには理由(りゆう)があります。たいていの動物(どうぶつ)の赤ちゃん(あか   )は、自分(じぶん)の力(ちから)でお母さん( かあ  )のお乳(ちち)を飲める(の  )ようになってから生まれ(う  )てきますが、カンガルーの生まれたて(う    )の赤ちゃん(あか   )は、たいへん小さく(ちい  )、マッチ棒(ぼう)ぐらいの大き(おお )さしかありません。小さく(ちい  )て弱い(よわ )赤ちゃん(あか   )は、袋(ふくろ)の中(なか)に入れ(い )て守っ(まも )てあげなくてはならないのです。赤ちゃん(あか   )は、袋(ふくろ)の外(そと)で生まれ(う  )ます。そのあと、お母さん( かあ  )がなめて作っ(つく )た道(みち)を一生懸命(いっしょうけんめい)にたどって、袋(ふくろ)の中(なか)に入り(はい )ます。上手(じょうず)に袋(ふくろ)に入る(はい )ことができれば一安心(ひとあんしん)です。
 袋(ふくろ)の中(なか)には、お母さん( かあ  )のおっぱいがあるので、中(なか)に入っ(はい )た赤ちゃん(あか   )はさっそくすいついてお乳(ちち)を飲み(の )ます。袋(ふくろ)の内側(うちがわ)には毛(け)が生え(は )ていないので、ふんわりやわらかく、お母さん( かあ  )の体温(たいおん)のおかげで、いつもぽかぽか温かい(あたた  )のです。その上(うえ)、お母さん( かあ  )がときどきなめて掃除(そうじ)をしてくれるので、袋(ふくろ)の中(なか)はいつも清潔(せいけつ)です。また、袋(ふくろ)の入り口(い くち)は、マジックテープのように閉じる(と  )こともできます。赤ちゃん(あか   )が入っ(はい )ていないときは、ぴったりとおなかにくっついて、ほこりや雨(あめ)が入ら(はい )ないようになっています。 
 こんな気持ち(きも )のいい袋(ふくろ)ですから、カンガルーの赤ちゃん(あか   )は、ずいぶん長い(なが )間(あいだ)袋(ふくろ)の中(なか)で過ごし(す  )ます。袋(ふくろ)は伸び(の )縮み(ちぢ )するので、大きく(おお  )なった赤ちゃん(あか   )が入っ(はい )ても破れ(やぶ )たりはしません。生まれ(う  )て半年(はんとし)ぐらいたつと、ときどき外(そと)に出(で)てとびはねる練習(れんしゅう)をしますが、何(なに)かにびっくりすると、大(おお)あわてで袋(ふくろ)に戻っ(もど )てきます。赤ちゃん(あか   )がやっと袋(ふくろ)を卒業(そつぎょう)するのは、生まれ(う  )て一年(ねん)ぐらいたってからです。∵
 カンガルーにとってのお母さん( かあ  )は、まさに「おふくろさん」なのです。

 言葉(ことば)の森(もり)長文(ちょうぶん)作成(さくせい)委員(いいん)会(かい)(κ)
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 脳は大食漢 読解マラソン集 小1 冬 4番
 読解マラソン集は、みなさんの声を取り入れて編集します。ご意見ご要望は、マラソン広場まで。 http://www.mori7.com/marason/hiroba/
 脳(のう)は、人間(にんげん)の体(からだ)の中(なか)で最も(もっと )エネルギーを必要(ひつよう)とする器官(きかん)です。脳(のう)の重(おも)さは、体(からだ)全体(ぜんたい)の重(おも)さのおよそ二パーセントを占める(し  )と言わ(い )れています。たとえば、体重(たいじゅう)が五十キログラムの人間(にんげん)の脳(のう)の重(おも)さは、一キログラムになるというわけです。それほどの重(おも)さを占め(し )ているわけではありませんが、この脳(のう)は大変(たいへん)な食いしん坊(く   ぼう)です。人間(にんげん)が必要(ひつよう)とする全(ぜん)エネルギーのうち、二十パーセントもが脳(のう)に使わ(つか )れています。しかも、ただの大食漢(たいしょくかん)ではありません。なかなかのグルメなのです。どうしてかというと、脳(のう)がエネルギー源(げん)として取り込む(と こ )のは、ブドウ糖(   とう)だけだからです。また、脳(のう)は余分(よぶん)なエネルギーを蓄え(たくわ )ておくことができないので、絶えず(た  )ブドウ糖(   とう)を補給(ほきゅう)し続ける(つづ  )必要(ひつよう)があります。
 ご飯( はん)やパンなどの穀類(こくるい)、ジャガイモやサツマイモなどのイモ類(るい)など、炭水化物(たんすいかぶつ)と呼ば(よ )れるものはブドウ糖(   とう)のもとになります。体(からだ)を動かす(うご  )ためや成長(せいちょう)のためだけでなく、脳(のう)の働き(はたら )を活発(かっぱつ)にするためにも、きちんと食事(しょくじ)を取る(と )ことは大切(たいせつ)だと言え(い )ます。眠り(ねむ )から覚め(さ )、栄養(えいよう)不足(ぶそく)の脳(のう)にとって、とりわけ朝食(ちょうしょく)は最高(さいこう)のご馳走( ちそう)です。
 こんな実験(じっけん)結果(けっか)があります。ラットを迷路(めいろ)に放り込む(ほう こ )と、まず一目散(いちもくさん)に走り出し(はし だ )ます。しかし、人間(にんげん)のように高度(こうど)な知能(ちのう)を持た(も )ないラットのことですから、すぐに道(みち)に迷い(まよ )、あがき始め(はじ )ます。あがいているラットの脳(のう)内(ない)は、どんな状態(じょうたい)になっているのでしょう。脳(のう)の中(なか)には様々(さまざま)な働き(はたら )をする場所(ばしょ)があり、それぞれが自分(じぶん)の役目(やくめ)を果たす(は  )ために働い(はたら )ています。迷路(めいろ)は空間(くうかん)を認識(にんしき)する能力(のうりょく)を必要(ひつよう)とします。迷路(めいろ)に入れ(い )られたラットの脳(のう)内(ない)の空間(くうかん)記憶(きおく)を司る(つかさど )部分(ぶぶん)のブドウ糖(   とう)の値(あたい)は、通常(つうじょう)よりも大きく(おお  )落ち込ん(お こ )でいたそうです。それだけ脳(のう)がエネルギーを使っ(つか )たということになります。注射(ちゅうしゃ)によってブドウ糖(   とう)を補給(ほきゅう)してあげたところ、迷路(めいろ)抜け(ぬ )の成績(せいせき)が上がっ(あ  )たという結果(けっか)も得(え)られました。疲れ(つか )きった脳(のう)が、ブドウ糖(   とう)というエネルギーを補給(ほきゅう)したおかげで見事(みごと)に元気(げんき)を取り戻し(と もど )たのです。∵
 歩く(ある )、走る(はし )という大きな(おお  )動作(どうさ)を伴う(ともな )体(からだ)の動き(うご )と比べ(くら )てみると、脳(のう)の仕事(しごと)は、はっきりとは目(め)に見え(み )ません。ですから、そんなにも多く(おお )のエネルギーを必要(ひつよう)とするとは想像(そうぞう)できないでしょう。しかし、多く(おお )のエネルギーが必要(ひつよう)だということは、それだけ重要(じゅうよう)な働き(はたら )をしているからにほかなりません。脳(のう)は大変(たいへん)な働き者(はたら もの)です。私(わたし)たちが眠っ(ねむ )ているあいだでさえひとときも休ま(やす )ずに働き(はたら )続け(つづ )ます。脳(のう)の中(なか)は、神経(しんけい)細胞(さいぼう)がぎっしりとつまっていて、体(からだ)のすみずみまで命令(めいれい)を出し(だ )ています。心臓(しんぞう)の動き(うご )や呼吸(こきゅう)でさえ、脳(のう)が命令(めいれい)を出し(だ )ているおかげで一時(いっとき)も休ま(やす )ずに続け(つづ )られているのです。
「Oh! No.()(オー、ノー)少し(すこ )休み(やす )たいよ。」
 そう思う(おも )こともあるかも知れ(し )ません。それでも、脳(のう)は働き(はたら )続け(つづ )ます。

 言葉(ことば)の森(もり)長文(ちょうぶん)作成(さくせい)委員(いいん)会(かい)(ω)
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 赤身と白身 読解マラソン集 小1 冬 5番
 読解マラソン集は、みなさんの声を取り入れて編集します。ご意見ご要望は、マラソン広場まで。 http://www.mori7.com/marason/hiroba/
 赤身(あかみ)代表(だいひょう)といえばマグロです。少し(すこ )歯ごたえ(は   )があり、おすしの中(なか)ではなかなかの人気(にんき)者(もの)です。一方(いっぽう)白身(しろみ)代表(だいひょう)といえばヒラメがあげられます。口(くち)の中(なか)でとろけるようになくなってしまうこの身(み)は、大人(おとな)の人(ひと)に人気(にんき)があります。どちらもおいしさにかわりはありませんが、同じ(おな )魚(さかな)なのに、赤身(あかみ)と白身(しろみ)が存在(そんざい)するのはなぜでしょう。それは赤身(あかみ)と白身(しろみ)にはそれぞれ働き(はたら )があり、得意(とくい)とする力(ちから)が違う(ちが )からです。 
 マグロの体(からだ)は、赤色筋(せきしょくきん)、遅筋(ちきん)とよばれる赤い(あか )筋肉(きんにく)が多く(おお )ふくまれています。マグロは、赤色筋(せきしょくきん)が多い(おお )血合(ちあい)筋(すじ)とよばれる筋肉(きんにく)が特に(とく )発達(はったつ)しているので、酸素(さんそ)を使っ(つか )て活動(かつどう)を長く(なが )続ける(つづ  )ことができます。陸地(りくち)から遠く(とお )離れ(はな )た広い(ひろ )外洋(がいよう)域(いき)を泳ぐ(およ )マグロには、同じ(おな )力(ちから)を長く(なが )持た(も )せてくれる赤身(あかみ)が必要(ひつよう)なのです。赤身(あかみ)の魚(さかな)にはカジキやカツオ、サバなどがあり、どの魚(さかな)も筋肉(きんにく)もりもりといった力強(ちからづよ)さを感じ(かん )させます。 
 一方(いっぽう)、ヒラメを代表(だいひょう)とする白身(しろみ)は、瞬発(しゅんぱつ)力(りょく)があります。ヒラメの体(からだ)には、白色筋(はくしょくきん)、速筋(そっきん)とよばれる白い(しろ )筋肉(きんにく)が多く(おお )ふくまれています。白色筋(はくしょくきん)を動かす(うご  )には、グリコーゲンとよばれる糖(とう)だけを使い(つか )、酸素(さんそ)を使い(つか )ません。ですから、瞬間(しゅんかん)的(てき)に大きな(おお  )力(ちから)を出す(だ )ことはできますが、すぐに乳酸(にゅうさん)という物質(ぶっしつ)がたまり疲れ(つか )てしまいます。ヒラメは、敵(てき)が近づく(ちか  )と、目(め)だけをグルグルっと動かし(うご  )身(み)をひるがえして逃げ(に )ます。それは一瞬(いっしゅん)の出来事(できごと)で、敵(てき)は砂けむり(すな   )の中(なか)、ヒラメの姿(すがた)を見失い(みうしな )ます。瞬発(しゅんぱつ)力(りょく)が命(いのち)のヒラメにとって、この華麗(かれい)なダンスは命がけ(いのち  )の逃げ(に )方(かた)なのです。 
 人間(にんげん)の筋肉(きんにく)にも、赤身(あかみ)と白身(しろみ)があります。筋肉(きんにく)の場所(ばしょ)や役目(やくめ)によって割合(わりあい)がちがい、個人(こじん)差(さ)があるようです。マラソン選手(せんしゅ)は赤色筋(せきしょくきん)が多く(おお )、短距離(たんきょり)走(そう)の選手(せんしゅ)は白色筋(はくしょくきん)が多い(おお )と言わ(い )れています。∵
 お寿司(すし)屋(や)さんで魚(さかな)を食べる(た  )とき、赤かっ(あか  )たらマラソン型(がた)の魚(さかな)、白かっ(しろ  )たら短距離(たんきょり)型(がた)の魚(さかな)と想像(そうぞう)しながら食べる(た  )とまた味わい(あじ  )も深く(ふか )なるでしょう。では、黒かっ(くろ  )たら。それは、ただ焦げ(こ )ているだけです。

 言葉(ことば)の森(もり)長文(ちょうぶん)作成(さくせい)委員(いいん)会(かい)(Ω)
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 古代エジプトの声 読解マラソン集 小1 冬 6番
 読解マラソン集は、みなさんの声を取り入れて編集します。ご意見ご要望は、マラソン広場まで。 http://www.mori7.com/marason/hiroba/
 エジプトのピラミッドの中(なか)のかべには、たくさんの絵文字(えもじ)がしるされています。タカやつぼ、人間(にんげん)や太陽(たいよう)のような、さまざまな絵(え)で表さ(あらわ )れた文字(もじ)です。 
 大昔(おおむかし)、エジプトにはピラミッドを作っ(つく )たすばらしい文明(ぶんめい)がさかえていましたが、いつしかほろびてしまいました。それから二千(せん)年(ねん)の間(あいだ)、その絵文字(えもじ)をどうやって読む(よ )のか、どんな意味(いみ)があるのか、だれにもわからなくなっていました。 
 ところがあるとき、エジプトの砂(すな)の中(なか)から一枚(まい)の石(いし)の板(いた)が発見(はっけん)されました。そこには三種類(しゅるい)のことばがきざまれていました。古代(こだい)ギリシア語(ご)、昔(むかし)のエジプト語(ご)、そしてピラミッドに書か(か )れている絵(え)の文字(もじ)であるヒエログリフということばです。おそらく、同じ(おな )文章(ぶんしょう)がこの三種類(しゅるい)のことばできざまれているのではないかと思わ(おも )れました。この石(いし)の発見(はっけん)に、学者(がくしゃ)たちは興奮(こうふん)しました。当時(とうじ)、古代(こだい)ギリシア語(ご)は知ら(し )れていたので、それとくらべればヒエログリフが読める(よ  )かもしれないと思わ(おも )れたのです。この石(いし)にはロゼッタ・ストーンという名前(なまえ)がつけられました。 
 しかし、事(こと)はかんたんにははこびませんでした。いくら名だたる(な   )学者(がくしゃ)たちが考え(かんが )て研究(けんきゅう)しても、だれもヒエログリフの読み方(よ かた)をとくことができなかったのです。 
 ロゼッタ・ストーンが発見(はっけん)されてから十年(ねん)後(ご)、シャンポリオンというフランス人(じん)の少年(しょうねん)が、お兄さん(にい  )にすすめられてこのヒエログリフのなぞにとりくむことにしました。シャンポリオンは貧しい(まず  )若者(わかもの)でしたが、もう既に(すで )たくさんのことばを学ん(まな )でいました。
 シャンポリオンは、それからもさらにたくさんのことばを学び(まな )ながら研究(けんきゅう)を続け(つづ )ました。研究(けんきゅう)を始め(はじ )てから何(なん)年(ねん)もたったある日(ひ)、ひらめきがおとずれました。この絵文字(えもじ)には、音(おと)だけを表す(あらわ )字(じ)と、意味(いみ)だけを描い(えが )た字(じ)が両方(りょうほう)まざっているのではないかと。∵
 私(わたし)たち日本人(にっぽんじん)は、意味(いみ)を表す(あらわ )漢字(かんじ)と音(おと)を表す(あらわ )かなをまぜた文(ぶん)を使っ(つか )ています。例えば(たと  )、「森(もり)だ」という言葉(ことば)では、「森(もり)」が意味(いみ)で「だ」が音(おと)です。「森(もり)」は字(じ)を見(み)ただけで木(き)が何本(なんぼん)か生え(は )ている場所(ばしょ)らしいことがわかりますが、「だ」には何(なに)の意味(いみ)もありません。ヨーロッパの文字(もじ)は、音(おと)だけを表す(あらわ )アルファベットで作ら(つく )れているので、文字(もじ)に意味(いみ)があるという発想(はっそう)がだれにもわかなかったのです。
 シャンポリオンは、ヒエログリフの読み方(よ かた)の表(ひょう)を作り(つく )、発表(はっぴょう)しました。ほかの学者(がくしゃ)たちも、やがてそれが正しい(ただ  )とみとめるようになりました。 
 その後(  ご)、シャンポリオンはあこがれのエジプトに行き(い )、本物(ほんもの)のエジプトの遺跡(いせき)の中(なか)に入る(はい )ことができました。そこで、シャンポリオンはぎっしりと描か(えが )れたヒエログリフに圧倒(あっとう)されて声(こえ)も出(で)ませんでした。なぜかというと、シャンポリオンにはそれらが自分(じぶん)が思っ(おも )ていた以上(いじょう)にすらすらと読める(よ  )ことがわかったからです。それはまさに「祖先(そせん)からの声(こえ)が聞こえ(き  )てきたようだった」とシャンポリオンは記(しる)しました。二千(せん)年(ねん)もの間(あいだ)眠っ(ねむ )ていた声(こえ)が、あちこちから聞い(き )たこともないすばらしい神話(しんわ)やエジプト文明(ぶんめい)の物語(ものがたり)を語りかけ(かた   )てきたのです。シャンポリオンは感動(かんどう)のあまり、二時間(じかん)も動く(うご )ことができませんでした。 
 今(いま)では、エジプトに観光(かんこう)旅行(りょこう)すると、このヒエログリフ文字(もじ)で自分(じぶん)の名前(なまえ)をつづったペンダントを作っ(つく )てもらうことができ、おみやげに買っ(か )て帰る(かえ )人(ひと)がたくさんいます。

 言葉(ことば)の森(もり)長文(ちょうぶん)作成(さくせい)委員(いいん)会(かい)(λ)
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 かわいい子には 読解マラソン集 小1 冬 7番
 読解マラソン集は、みなさんの声を取り入れて編集します。ご意見ご要望は、マラソン広場まで。 http://www.mori7.com/marason/hiroba/
 ことわざは、昔(むかし)から人々(ひとびと)に使わ(つか )れてきた、決まっ(き  )た言い回し(い まわ )のことです。どれも短い(みじか )言葉(ことば)ですが、その中(なか)に人(ひと)がよりよく生きる(い  )ための知恵(ちえ)がたくさんつまっています。
 「かわいい子(こ)には旅(たび)をさせよ」ということわざがあります。これは、子ども(こ  )はかわいいから、楽しい(たの  )旅行(りょこう)に連れ(つ )ていきなさい、という意味(いみ)ではありません。
 このことわざは、四百(ひゃく)年(ねん)も昔(むかし)から使わ(つか )れていました。そのころは、飛行機(ひこうき)もなければ電車(でんしゃ)も自動車(じどうしゃ)もありません。旅(たび)といえば、歩く(ある )のが普通(ふつう)でした。野宿(のじゅく)をしたり、追いはぎ(お   )にあったり、危険(きけん)がつきものだったのです。このことから、旅(たび)に出(で)てつらい経験(けいけん)をさせたほうが、子ども(こ  )をりっぱに成長(せいちょう)させるという意味(いみ)になりました。 
 「枯れ木(か き)も山(やま)のにぎわい」ということわざがあります。友だち(とも  )の誕生(たんじょう)会(かい)にお祝い( いわ )にかけつけた大勢(おおぜい)の人(ひと)を見(み)て、「枯れ木(か き)も山(やま)のにぎわいだね。」などと言っ(い )たら失礼(しつれい)です。
 枯れ木(か き)のようにつまらないものでも、何(なに)もないよりはましだという意味(いみ)で、自分(じぶん)に関する( かん  )ことをへりくだって言う(い )ときに使う(つか )のが、このことわざです。
 「馬子(まご)にも衣装(いしょう)」ということわざも聞い(き )たことがあるでしょう。「まご」って何(なに)だろうと、まごまごしてしまいそうですが、この「まご」というのは子供(こども)を表す(あらわ )「孫(まご)」ではなく、馬(うま)に人(ひと)や荷(に)をのせて運搬(うんぱん)することを職業(しょくぎょう)とする人(ひと)のことを指し(さ )ます。ですから、小さい(ちい  )子供(こども)にもかわいい衣装(いしょう)を着せ(き )なさいという意味(いみ)ではなく、ちゃんとした衣装(いしょう)を身(み)につければ誰(だれ)でも立派(りっぱ)に見える(み  )という意味(いみ)のことわざなのです。

 言葉(ことば)の森(もり)長文(ちょうぶん)作成(さくせい)委員(いいん)会(かい)(κ)
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 サルにつけたなまえ 読解マラソン集 小1 冬 8番
 読解マラソン集は、みなさんの声を取り入れて編集します。ご意見ご要望は、マラソン広場まで。 http://www.mori7.com/marason/hiroba/
 大分(おおいた)県(けん)の幸島(こうじま)というところにいる野性(やせい)のサルのむれは、人間(にんげん)がまいてやるサツマイモを海(うみ)の波(なみ)であらって、塩水(しおみず)の味つけ(あじ  )をして食べる(た  )ことで有名(ゆうめい)です。 
 そのころ、日本(にっぽん)ではまだあまりサルの研究(けんきゅう)をする人(ひと)がいませんでした。しかし、サルが大好き(だいす )だった京都大学(きょうとだいがく)の今西(いまにし)錦司(きんじ)さんたちは、幸島(こうじま)のサルを観察(かんさつ)したくてやってきたのでした。ところが幸島(こうじま)のサルは、猟(りょう)で狩ら(か )れたことがあったために、人間(にんげん)をとてもこわがっていました。そこで京都大学(きょうとだいがく)の人(ひと)たちは、サルを安心(あんしん)させようと、サツマイモをまいてやりました。そのサツマイモを、サルはあらって食べる(た  )ようになったのです。それまで外国(がいこく)では、サルの研究(けんきゅう)をするとき、えさをまいてやるということはしていませんでした。 
 そのほかにも、外国(がいこく)の人(ひと)がやっていないことを、この日本(にっぽん)の若い(わか )研究者(けんきゅうしゃ)たちはしました。むれのサルに、一匹一匹(いっぴきいっぴき)名前(なまえ)をつけて観察(かんさつ)したのです。たとえば、こわいボスザルには「カミナリ」、わかくて頭(あたま)のいいオスザルには「ヒヨシマル」といったぐあいです。
 日本(にっぽん)での研究(けんきゅう)になれてくると、京都大学(きょうとだいがく)の人(ひと)たちは、アフリカに行っ(い )てゴリラやチンパンジーの研究(けんきゅう)もするようになりました。 
 そして、研究(けんきゅう)したことを国際(こくさい)会議(かいぎ)で発表(はっぴょう)しましたが、それを聞い(き )て世界(せかい)のサル学者(がくしゃ)たちはたいへんおどろきました。日本(にっぽん)で、こんなにりっぱなサルの研究(けんきゅう)がされていたとは思っ(おも )ていなかったのです。日本(にっぽん)のサルの研究(けんきゅう)がいちばん進ん(すす )でいる、と世界(せかい)のサル学者(がくしゃ)たちは感心(かんしん)しました。そんな世界(せかい)のサル学者(がくしゃ)たちが最も(もっと )驚い(おどろ )たのが、日本人(にっぽんじん)がサルたちに名前(なまえ)をつけていたことなのでした。 
 世界(せかい)の学者(がくしゃ)たちは、サルに番号(ばんごう)しかつけていませんでした。それに、サルの顔(かお)や性格(せいかく)が一匹一匹(いっぴきいっぴき)ちがうことにも気がつい(き   )ていなかったのです。∵ 
 西洋(せいよう)の人(ひと)は、人間(にんげん)と動物(どうぶつ)はまったくちがうものだと、はっきりわけて考え(かんが )ていました。けれど、日本人(にっぽんじん)は昔(むかし)から、人間(にんげん)と動物(どうぶつ)とはあまり変わら(か  )ないものだという考え方(かんが かた)だったのです。サルもタヌキもキツネも、日本人(にっぽんじん)にとっては同じ(おな )村(むら)の仲間(なかま)のようなものでした。だから、今(いま)の時代(じだい)になっても、若い(わか )研究(けんきゅう)者(しゃ)はごく自然(しぜん)に、サルになまえをつけたのでした。サルを番号(ばんごう)でよぶことのほうが、むしろやりにくかったのです。
 最初(さいしょ)のころ、世界(せかい)の学者(がくしゃ)たちは、日本人(にっぽんじん)がサルに近い(ちか )からそういうことができるのだと考え(かんが )ていました。しかし、今(いま)では、世界中(せかいじゅう)のサルの研究者(けんきゅうしゃ)たちは、この日本(にっぽん)の方法(ほうほう)を使っ(つか )て、サルたちに名前(なまえ)をつけて研究(けんきゅう)するようになっています。そのほうが、サルたちの社会(しゃかい)や生活(せいかつ)について、よく理解(りかい)できることがわかったからです。

 言葉(ことば)の森(もり)長文(ちょうぶん)作成(さくせい)委員(いいん)会(かい)(λ)
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 タコとイカの秘密 読解マラソン集 小1 冬 9番
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 タコとイカ。どちらもすがたが似(に)ていますが、いちばんわかりやすいちがいは足(あし)の数(かず)でしょう。タコの足(あし)は八本(はっぽん)、イカの足(あし)は十本(じっぽん)といわれています。ところで、わたしたちが足(あし)だと思っ(おも )ているのは本当に(ほんとう )足(あし)なのでしょうか。実は(じつ )足(あし)ではなく、正しく(ただ  )は腕(うで)なのです。これからタコとイカのひみつにせまってみましょう。 
 タコとイカの祖先(そせん)は貝がら(かい  )を持っ(も )て海(うみ)に住ん(す )でいました。イカの体(からだ)の中(なか)から出(で)てくる甲(こう)は貝がら(かい  )のなごりだといわれています。タコやイカは、長い(なが )進化(しんか)の中(なか)で自分(じぶん)の生活(せいかつ)につごうのよい数(かず)の腕(うで)を残し(のこ )、今(いま)のすがたになったのです。 
 では、タコとイカどちらも近い(ちか )仲間(なかま)でありながら、腕(うで)の数(かず)がちがうのはなぜなのでしょう。実は(じつ )、タコもイカも腕(うで)の数(かず)はどちらも同じ(おな )八本(はっぽん)です。けれども、イカは触腕(しょくわん)とよばれる特別(とくべつ)な腕(うで)を二本(ほん)持っ(も )ており、その二本(ほん)でえものを取る(と )のです。 
 イカの中(なか)には触腕(しょくわん)を使わ(つか )ずにえものをとるイカもいます。深海(しんかい)に住む(す )マッコウタコイカは、生まれ(う  )たときは触腕(しょくわん)がありますがすぐに取れ(と )てしまい、八本(はっぽん)の腕(うで)でえものを取っ(と )ています。わたしたちが足(あし)だと思っ(おも )ているものが、えものを取る(と )ために使う(つか )のだとすれば、足(あし)ではなく腕(うで)というのも納得(なっとく)できます。 
 また、タコとイカの体(からだ)の部位(ぶい)は、他(た)の動物(どうぶつ)たちと比べる(くら  )と少し(すこ )ちがったつきかたをしています。みなさんが、頭(あたま)だと思っ(おも )ているところは胴体(どうたい)で、その下(した)に頭(あたま)が続き(つづ )、腕(うで)へとつながっています。人間(にんげん)がさか立ち(た )したような状態(じょうたい)を想像(そうぞう)するといいかもしれません。タコを見る(み )と、たくさんの脳みそ(のう  )がつまっていてかしこそうだなと思う(おも )かもしれませんが、あれは胴体(どうたい)なのです。∵
 タコとイカはスミをはいて敵(てき)から逃げる(に  )ことで有名(ゆうめい)ですが、スミの使い方(つか かた)がちがいます。タコのスミはねばり気(け)が少なく(すく  )、水中(すいちゅう)でけむりのように広がり(ひろ  )、あたりを真っ暗(ま くら)にします。敵(てき)は周り(まわ )が見え(み )なくなってタコを見失い(みうしな )ます。その間(あいだ)に、タコはスタコラサッサと逃げる(に  )のです。
 一方(いっぽう)、イカのスミは粘り気(ねば け)があるので、水中(すいちゅう)であまり広がら(ひろ  )ず波(なみ)の動き(うご )に合わせ(あ  )てただよいます。イカは、敵(てき)がこのスミに気(き)を取ら(と )れている間(あいだ)に逃げる(に  )のです。イカに逃げ(に )られた敵(てき)はイカリ狂い(くる )ますが、もう後の祭り(あと まつ )です。
 スミをうまく使う(つか )タコやイカは、伊賀(いが)と甲賀(こうか)の忍者(にんじゃ)も真っ青(ま さお)な海(うみ)の忍術(にんじゅつ)つかいのようです。タコもイカも、なかなか隅(すみ)に置け(お )ませんね。

 言葉(ことば)の森(もり)長文(ちょうぶん)作成(さくせい)委員(いいん)会(かい)(Ω)
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 南極探検 読解マラソン集 小1 冬 10番
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 南極大陸(なんきょくたいりく)は、そのほとんどが一年中(いちねんじゅう)厚い(あつ )氷(こおり)におおわれ、地球(ちきゅう)上(じょう)で最も(もっと )寒(さむ)さの厳しい(きび  )地域(ちいき)です。そのため、もともと南極(なんきょく)にはだれも住ん(す )でいませんでした。南極(なんきょく)の地形(ちけい)がどうなっているのかは、長い(なが )間(あいだ)なぞにつつまれていたのです。十八世紀(せいき)に、イギリスのジェームズ・クックという人(ひと)が初めて(はじ  )南極(なんきょく)の探検(たんけん)に挑み(いど )ました。クックは人類(じんるい)史上(しじょう)初めて(はじ  )、南極(なんきょく)圏(けん)を航海(こうかい)しましたが、大陸(たいりく)を発見(はっけん)することはできませんでした。
 その後(  ご)、何人(なんにん)もの探検(たんけん)家(か)によって南方(なんぽう)への探検(たんけん)が行わ(おこな )れ、十九世紀(せいき)になってやっと南極大陸(なんきょくたいりく)が発見(はっけん)されました。かつては、南方(なんぽう)に巨大(きょだい)な大陸(たいりく)が広がっ(ひろ  )ていると言い(い )伝え(つた )られていましたが、この探検(たんけん)の結果(けっか)、巨大(きょだい)な南方(なんぽう)大陸(たいりく)は存在(そんざい)しないことがわかりました。実際(じっさい)の南極大陸(なんきょくたいりく)は、伝説(でんせつ)上(じょう)の大陸(たいりく)よりもずっと小さな(ちい  )ものだったのです。
 二十世紀(せいき)に入る(はい )と、南極(なんきょく)探検(たんけん)はますますさかんになりました。探検(たんけん)家(か)たちの関心(かんしん)は、地球(ちきゅう)の最も(もっと )南(みなみ)の地点(ちてん)である南極(なんきょく)点(てん)に、だれが一番(いちばん)先(さき)に到達(とうたつ)するかということでした。多く(おお )の探検(たんけん)家(か)が我(われ)こそはと南極(なんきょく)点(てん)を目指し(めざ )ましたが、探検(たんけん)船(せん)が氷(こおり)に閉じ込め(と こ )られて何(なん)か月( げつ)も漂流(ひょうりゅう)したり、病気(びょうき)によって探検(たんけん)隊(たい)に死者(ししゃ)が出る(で )など、探検(たんけん)は多く(おお )の難局(なんきょく)に直面(ちょくめん)しました。それでも、さまざまな国(くに)が探検(たんけん)隊(たい)を派遣(はけん)し、南極(なんきょく)での越冬(えっとう)に成功(せいこう)して多く(おお )の経験(けいけん)を積み(つ )、人類(じんるい)は南極(なんきょく)点(てん)に少し(すこ )ずつ近づい(ちか  )ていきました。
 ノルウェーのロアルド・アムンゼンと、イギリスのロバート・スコットは、南極(なんきょく)点(てん)への一番乗り(いちばんの )を、ぎりぎりまで競っ(きそ )たことで有名(ゆうめい)です。スコットの一行(いっこう)は、エンジンをつけたソリのような動力(どうりょく)雪上(せつじょう)車(しゃ)と、馬(うま)ソリ隊(たい)を率い(ひき )ていました。ところが、二台(だい)の動力(どうりょく)雪上(せつじょう)車(しゃ)はすぐに故障(こしょう)してしまい、大切(たいせつ)な馬(うま)まで寒(さむ)さと疲労(ひろう)で次々(つぎつぎ)と倒れ(たお )てしまったのです。そして、とうとう人力(じんりき)でソリをひかなくてはならなくなってしまいました。一方(いっぽう)、アムンゼンの一行(いっこう)は犬(いぬ)ゾリとスキーで移動(いどう)し、ついに人類(じんるい)として初めて(はじ  )南極(なんきょく)点(てん)に立ち(た )ました。∵アムンゼンは、そこにノルウェーの国旗(こっき)を立て(た )、周辺(しゅうへん)を調査(ちょうさ)しました。
 たいへんな苦難(くなん)を乗り越え(の こ )て、スコットも南極(なんきょく)点(てん)にたどりつくことに成功(せいこう)しました。アムンゼンの南極(なんきょく)点(てん)到達(とうたつ)より一か月( げつ)ほど後(あと)のことです。スコットたち一行(いっこう)は、ノルウェーの国旗(こっき)が立て(た )られているのを見(み)て、たいへんがっかりしたと言い(い )ます。南極(なんきょく)点(てん)に立つ(た )ことには成功(せいこう)しましたが、残念(ざんねん)なことに一行(いっこう)は、帰る(かえ )途中(とちゅう)で遭難(そうなん)してしまいました。
 アムンゼンとスコットの明暗(めいあん)を分け(わ )た原因(げんいん)の一つは、防寒(ぼうかん)服(ふく)だったとも言わ(い )れています。アムンゼンたちは、アザラシなどで作ら(つく )れた毛皮(けがわ)の防寒(ぼうかん)服(ふく)を着(き)ていました。スコットたちの服(ふく)は、牛皮(ぎゅうがわ)を重ね(かさ )て作ら(つく )れたもので、重い(おも )ことと水(みず)がしみこみやすいことが短所(たんしょ)でした。汗(あせ)などを吸い込ん(す こ )だ防寒(ぼうかん)服(ふく)は、最後(さいご)は保温(ほおん)の役目(やくめ)をほとんど果たし(は  )ていなかったとも考え(かんが )られています。南極(なんきょく)の寒(さむ)さは、スコットたちの想像(そうぞう)を絶する(ぜっ  )ものだったのかもしれません。
 アメリカ合衆国(    がっしゅうこく)が南極(なんきょく)点(てん)付近(ふきん)に建設(けんせつ)した観測(かんそく)基地(きち)は、南極(なんきょく)点(てん)の一番乗り(いちばんの )を競っ(きそ )たアムンゼンとスコットの二人(ふたり)の探検(たんけん)家(か)に敬意(けいい)を表(ひょう)して、「アムンゼン・スコット基地(きち)」と名づけ(な  )られています。この二人(ふたり)の勇敢(ゆうかん)な探検(たんけん)家(か)を、私(わたし)たち人類(じんるい)は忘れる(わす  )ことはないでしょう。

 言葉(ことば)の森(もり)長文(ちょうぶん)作成(さくせい)委員(いいん)会(かい)(κ)
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 シーラカンス 読解マラソン集 小1 冬 11番
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 大昔(おおむかし)、地球(ちきゅう)上(じょう)で栄え(さか )ていた恐竜(きょうりゅう)は、今(いま)から六千(せん)五百(ひゃく)万(まん)年(ねん)ほど前(まえ)に絶滅(ぜつめつ)しています。シーラカンスも、恐竜(きょうりゅう)と同じ(おな )時代(じだい)に生き(い )ていた古代(こだい)魚(ぎょ)のなかまで、体長(たいちょう)は人間(にんげん)ほどの大き(おお )さもありました。世界(せかい)各地(かくち)で化石(かせき)が見つかっ(み   )ており、恐竜(きょうりゅう)とともにほろびさった生物(せいぶつ)であると考え(かんが )られてきました。 
 ところが、あるとき、南アフリカ(みなみ    )の東海岸(ひがしかいがん)で、漁師(りょうし)がつかまえた魚(さかな)の中(なか)から奇妙(きみょう)な形(かたち)のものが見つかり(み   )ました。ぬるぬるした厚い(あつ )大きな(おお  )うろこにつつまれ、四本(ほん)の足(あし)のようなひれを持つ(も )魚(さかな)でした。南アフリカ(みなみ    )の博物館(はくぶつかん)員(いん)が調べ(しら )たところ、それは、ほろびたはずのシーラカンスだったのです。その後(  ご)、インド洋(   よう)など、ほかの地域(ちいき)でもシーラカンスが発見(はっけん)されました。インドネシアでは、ほかの魚(さかな)にまじって、何気なく(なにげ  )魚市場(うおいちば)に並べ(なら )られていたこともありました。 
 シーラカンスがすんでいるのは、ほとんど光(ひかり)の届か(とど )ない深い(ふか )海(うみ)です。そのため、人間(にんげん)の目(め)にふれず、ひっそりと生き(い )続ける(つづ  )ことができたのかもしれません。発見(はっけん)されたシーラカンスは、三億(おく)年(ねん)以上(いじょう)も前(まえ)の化石(かせき)と、ほとんど同じ(おな )姿(すがた)をしていました。
 現在(げんざい)、シーラカンスが発見(はっけん)されているのは、南アフリカ(みなみ    )とインドネシアです。しかし、この二つの地域(ちいき)は、北海道(ほっかいどう)から九州(きゅうしゅう)までの距離(きょり)の約(やく)五倍(ばい)も離れ(はな )ています。しかも、シーラカンスは深海(しんかい)に住ん(す )でいるため、泳ぎ(およ )がうまくありません。どうしてこんな遠く(とお )離れ(はな )たところに、同じ(おな )ようなシーラカンスがいたのでしょうか。
 科学(かがく)者(しゃ)がシーラカンスのミトコンドリアの細胞(さいぼう)を調べ(しら )た結果(けっか)、二つの地域(ちいき)のシーラカンスは、大昔(おおむかし)に分かれ(わ  )たことがわかりました。
 昔(むかし)、インド大陸(たいりく)がユーラシア大陸(たいりく)にぶつかって、インドがアジアと陸続き(りくつづ )になったころ、その海(うみ)にすんでいたシーラカンスがアフリカ側(がわ)とアジア側(がわ)に分かれ(わ  )てすむようになりました。シーラカンスの姿(すがた)や形(かたち)は、そのころからほとんど変わっ(か  )ていなかったのです。∵

 そこで、シーラカンスさんにインタビューしてみました。 
「そんなこと、ちっともしーらなかったんす。」

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 北極探検 読解マラソン集 小1 冬 12番
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 北極(ほっきょく)地方(ちほう)は、寒(さむ)さがたいへん厳しく(きび  )、海(うみ)もほとんど氷(こおり)でおおわれています。今(いま)では、北極(ほっきょく)に陸地(りくち)がないことがわかっていますが、昔(むかし)の地図(ちず)の中(なか)には、北極(ほっきょく)点(てん)を中心(ちゅうしん)に四つの大陸(たいりく)が描か(えが )れているものがあります。北極(ほっきょく)点(てん)が陸地(りくち)か海(うみ)かということさえ、長い(なが )間(あいだ)、なぞだったのです。
 十六世紀(せいき)に、船(ふね)による北極(ほっきょく)探検(たんけん)が始まり(はじ  )ました。北極海(ほっきょくかい)には、厚(あつ)さが天井(てんじょう)の高(たか)さほどもある氷(こおり)が一面(めん)に浮かび(う  )、ゆっくりと移動(いどう)しています。北極(ほっきょく)探検(たんけん)では、移動(いどう)してきた氷(こおり)に船(ふね)が閉じ込め(と こ )られて遭難(そうなん)するなど、多く(おお )の命(いのち)が失わ(うしな )れました。
 もう一つ、探検(たんけん)家(か)たちに恐れ(おそ )られていたのは、壊血病(かいけつびょう)という原因(げんいん)不明(ふめい)の病気(びょうき)です。これはなかなか解決(かいけつ)できない問題(もんだい)で、この病気(びょうき)によって隊員(たいいん)たちが次々(つぎつぎ)と倒れ(たお )ていきました。この病気(びょうき)の原因(げんいん)は、ビタミンCの不足(ふそく)でした。航海(こうかい)中(ちゅう)には、野菜(やさい)や果物(くだもの)などの新鮮(しんせん)な食べ物(た もの)を食べる(た  )ことが難しい(むずか  )ので、知ら(し )ず知ら(し )ずのうちにビタミンCが足り(た )なくなっていたのです。
 十九世紀(せいき)の終わり(お  )ごろから、探検(たんけん)家(か)たちはさまざまなルートで北極圏(ほっきょくけん)に入り(はい )、地球(ちきゅう)の最も(もっと )北(きた)である北極(ほっきょく)点(てん)をめざしました。ノルウェーのナンセンは、北極(ほっきょく)点(てん)のすぐ近く(ちか )まで船(ふね)で近づく(ちか  )ことができました。しかし、すぐ近く(ちか )と言っ(い )てもその距離(きょり)は、東京(とうきょう)と大阪(おおさか)ほども離れ(はな )ていました。また、南極(なんきょく)探検(たんけん)で有名(ゆうめい)なアムンゼンは、大西洋(たいせいよう)からアメリカ大陸(    たいりく)の北(きた)を通っ(とお )て太平洋(たいへいよう)にぬける北西(ほくせい)航路(こうろ)を、初めて(はじ  )通過(つうか)することに成功(せいこう)しました。
 西洋(せいよう)人(じん)として北極(ほっきょく)点(てん)に最初(さいしょ)に立っ(た )たのは、アメリカのロバート・ピアリーだと言わ(い )れています。しかし、彼(かれ)も簡単(かんたん)に北極(ほっきょく)点(てん)に到達(とうたつ)できたわけではありませんでした。初めて(はじ  )北極(ほっきょく)点(てん)に挑ん(いど )だ探検(たんけん)は大(だい)失敗(しっぱい)に終わり(お  )、凍傷(とうしょう)により足(あし)の指(ゆび)を八本(はっぽん)も失っ(うしな )てしまったのです。普通(ふつう)だったらどうしようと途方(とほう)に暮れ(く )てしまうところですが、それでもピアリーは負け(ま )ませんでした。失敗(しっぱい)した体験(たいけん)を生かし(い  )、長い(なが )∵時間(じかん)をかけて計画(けいかく)を練り直し(ね なお )、再び(ふたた )新た(あら )な探検(たんけん)に出(で)ました。この探検(たんけん)では、寒(さむ)さに強い(つよ )犬ぞり(いぬ  )や、イグルーという氷(こおり)で作っ(つく )た家(いえ)をうまく使い(つか )、ついに北極(ほっきょく)点(てん)に到達(とうたつ)することができました。十六世紀(せいき)に北極(ほっきょく)地方(ちほう)への探検(たんけん)が始まっ(はじ  )てから、約(やく)三百(ひゃく)年(ねん)もの年月(ねんげつ)がたっていました。
 西洋(せいよう)人(じん)にとっては、長い(なが )間(あいだ)、北極(ほっきょく)は未知(みち)の世界(せかい)でしたが、北極圏(ほっきょくけん)には、もともと先住民(せんじゅうみん)族(ぞく)が住ん(す )でいました。彼ら(かれ )はイヌイットと呼ば(よ )れており、何世紀(なんせいき)もの間(あいだ)、外部(がいぶ)とほとんど接触(せっしょく)をしないで暮らし(く  )てきました。海(うみ)に住む(す )アザラシやセイウチなどの狩り(か )を中心(ちゅうしん)に生活(せいかつ)を営み(いとな )、独自(どくじ)の文化(ぶんか)を作っ(つく )ていたのです。イヌイットは、西洋(せいよう)人(じん)よりもはるかに北極(ほっきょく)のことをよく知っ(し )ており、探検(たんけん)家(か)たちが、彼ら(かれ )から学ぶ(まな )べきことは多く(おお )ありました。最後(さいご)の探検(たんけん)のとき、ピアリーは、厳しい(きび  )北極(ほっきょく)の環境(かんきょう)に慣れ(な )た多く(おお )のイヌイットを連れ(つ )ていました。イヌイットの力(ちから)を借り(か )たことも、ピアリーを成功(せいこう)にみちびく大きな(おお  )要因(よういん)だったのでしょう。

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