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 読解マラソン集(ルビつき)小2秋
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 クロソラスズメダイは 読解マラソン集 小2 秋 1番
 読解マラソン集は、みなさんの声を取り入れて編集します。ご意見ご要望は、マラソン広場まで。 http://www.mori7.com/marason/hiroba/
 クロソラスズメダイは、イトグサという藻(も)をえさにしています。スズメダイはさんご礁(   しょう)にすみますが、沖縄(おきなわ)の琉球(りゅうきゅう)列島(れっとう)のクロソラスズメダイは、このさんご礁(   しょう)の中にたくさんのイトグサを育て(そだ )ています。自分(じぶん)で自分(じぶん)のえさを育て(そだ )ているので、「自給自足(じきゅうじそく)」というわけです。 
 では、クロソラスズメダイはどんなふうにイトグサを育てる(そだ  )のでしょう。さんご礁(   しょう)の中にはイトグサ以外(いがい)にもたくさんの種類(しゅるい)の藻(も)が生息(せいそく)しています。クロソラスズメダイは、自分(じぶん)が食べる(た  )イトグサ以外(いがい)の藻類(そうるい)が成長(せいちょう)し始める(はじ  )と、口でそれを抜き取り(ぬ と )ます。イトグサは、こうしたクロソラスズメダイの保護(ほご)なしには、生存(せいぞん)競争(きょうそう)にやぶれて、その場所(ばしょ)は、他(た)の藻類(そうるい)に覆わ(おお )れてしまうのです。
 クロソラスズメダイは、自分(じぶん)の育て(そだ )ているイトグサを食べ(た )てしまうニザダイや、時には(とき  )ウツボのような肉食(にくしょく)性(せい)の生き物(い もの)をも追いはらい(お    )、自分(じぶん)の藻(も)を大切(たいせつ)に守り(まも )ます。ですから、ライバルがいなくなったイトグサはぐんぐん大きくなれるわけです。イトグサは、「クロソラスズメダイさん、ありがとう。ウツボの思うつぼ(おも   )にならなくてよかったよ。おれいにぼくを食べ(た )てね」といっているようです。 
 クロソラスズメダイは一匹(ぴき)一匹(ぴき)がなわばりを持つ(も )魚(さかな)ですが、自分(じぶん)のなわばりの中にあるえさの藻(も)だけを管理(かんり)して、まるで芝生(しばふ)のようにしげらせています。
 似(に)た例(れい)で、アメリカ大陸(    たいりく)に、キノコを育てる(そだ  )ハキリアリがいます。自分(じぶん)の巣(す)の中に葉っぱ(は  )を運び込み(はこ こ )、それを噛み砕い(か くだ )た中でキノコを育てる(そだ  )のです。ハキリアリは、はりきってキノコを育てる(そだ  )ので、キノコはアリの巣(す)の中で、ありがたいことだと思っ(おも )ていることでしょう。

 言葉(ことば)の森長文(ちょうぶん)作成(さくせい)委員(いいん)会(かい)(φ)
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 ものの色は 読解マラソン集 小2 秋 2番
 読解マラソン集は、みなさんの声を取り入れて編集します。ご意見ご要望は、マラソン広場まで。 http://www.mori7.com/marason/hiroba/
 ものの色(いろ)は当たっ(あ  )た光(ひかり)の中で、どの色(いろ)を反射(はんしゃ)するかによって決まり(き  )ます。「赤」のものに光(ひかり)が当たる(あ  )と、「赤」以外(いがい)の色(いろ)はものの表面(ひょうめん)に吸収(きゅうしゅう)されてしまいます。そして「赤」だけが反射(はんしゃ)して、その光(ひかり)が見えるので赤く見えるというわけです。それ以外(いがい)の光(ひかり)は、プリズムを通す(とお )と見ることができます。美しい(うつく  )七色(なないろ)の虹(にじ)のように、実際(じっさい)は光(ひかり)にはいろいろな色(いろ)が入っています。 
 この人間(にんげん)に見える色(いろ)というのは、可視(かし)光線(こうせん)とよばれ、波長(はちょう)の長(なが)さで決まっ(き  )ています。光(ひかり)の中で可視(かし)光線(こうせん)より波長(はちょう)の長い(なが )ものを赤外線(せきがいせん)、短い(みじか )ものを紫外線(しがいせん)と呼ん(よ )で、これらは目で見ることはできません。しかし、昆虫(こんちゅう)の中には紫外線(しがいせん)を見えるものも多く(おお )、モンシロチョウも紫外線(しがいせん)で相手(あいて)を見て、オスかメスか判断(はんだん)しているそうです。
 ベンハムの独楽(こま)という実験(じっけん)があります。これは、ほんとうはない色(いろ)が見えるというもので、目の錯覚(さっかく)のひとつです。円の下半分(はんぶん)を黒く(くろ )ぬり、上半分(はんぶん)は黒(くろ)でしまのようなもようを描き(えが )ます。これにしんを通して( とお  )独楽(こま)を作り(つく )ます。回し(まわ )てみるとあらふしぎ。白と黒(くろ)しかないはずなのに、回し(まわ )方(かた)の速(はや)さや向き(む )によって「青」「緑(みどり)」「赤」などの色(いろ)が見えるのです。これは、人間(にんげん)の目がもついくつかのセンサーの「感じ取る(かん と )時間(じかん)」に差(さ)があるため、黒(くろ)から白に切り替わる(き か  )ときに、別(べつ)の色(いろ)に見えてしまうというのが主(おも)な原因(げんいん)と言わ(い )れています。この独楽(こま)で見える色(いろ)のことは「ベンハムカラー」と言い(い )ます。 
 ベンハムとは人の名前(なまえ)で、イギリスのおもちゃ製造(せいぞう)業者(ぎょうしゃ)でした。十九世紀(せいき)の終わり(お  )頃(ごろ)、実際(じっさい)にこのような独楽(こま)を作っ(つく )て発売(はつばい)したそうです。
 目の錯覚(さっかく)の例(れい)には次(つぎ)のようなものもあります。たくさんの斜線(しゃせん)のために、ほんとうはまっすぐなはずの白い部分(ぶぶん)が、ゆがんだり斜め(なな )に見えたりします。∵
 このことは、人間(にんげん)が目で物(もの)を見ているのではなく、目を通して( とお  )脳(のう)で物(もの)を見ていることを示し(しめ )ています。

 言葉(ことば)の森長文(ちょうぶん)作成(さくせい)委員(いいん)会(かい)(φ)


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 犬は人気のあるペットとして 読解マラソン集 小2 秋 3番
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 犬は人気のあるペットとして常に(つね )上位(じょうい)にあげられます。人間(にんげん)が犬を飼い(か )はじめたのは、一万(まん)年以上(いじょう)も前(まえ)であるといわれています。犬の祖先(そせん)はオオカミやジャッカルで、人間(にんげん)に飼わ(か )れるようになる前(まえ)は、群れ(む )をなして仲間(なかま)と共(とも)に生活(せいかつ)していました。群れ(む )の中にはリーダーがいて、他(た)の犬たちはそのリーダーに従う(したが )のです。そしてリーダーを中心(ちゅうしん)として、助け合い(たす あ )ながら生活(せいかつ)をしていきます。ペットとして人間(にんげん)と一緒(いっしょ)に暮らす(く  )ようになった今(いま)でも、その性質(せいしつ)は残っ(のこ )ていて、ともに暮らし(く  )ている飼主(かいぬし)をリーダーととらえ、飼主(かいぬし)の家族(かぞく)を仲間(なかま)だととらえます。知ら(し )ない人がやってきたときに激しく(はげ  )吠える(ほ  )のは、リーダーである飼主(かいぬし)をはじめ、仲間(なかま)だと思っ(おも )ている家族(かぞく)に危険(きけん)を知らせる(し   )ためのサインなのです。それはまるで、
「ぼくたちのなわばりに敵(てき)がやってきたよ。」
とうったえているようです。
 猫(ねこ)もまた、人気のあるペットですが、犬が群れ(む )で生活(せいかつ)していたのに対し( たい )、猫(ねこ)は単独(たんどく)で暮らし(く  )ていました。ですから、飼わ(か )れている家族(かぞく)とも少し(すこ )距離(きょり)を置き(お )、自由(じゆう)気ままに暮らし(く  )ているのです。猫(ねこ)が好き(す )な人にとっては、そのような猫(ねこ)の性質(せいしつ)がたまらない魅力(みりょく)になっているようです。
 ところで、この犬と猫(ねこ)は、約(やく)六千万(まん)年前(まえ)、森にすむミアキスという共通(きょうつう)の祖先(そせん)から分かれ(わ  )ました。そのころの地球(ちきゅう)は環境(かんきょう)の変動(へんどう)が激しかっ(はげ   )たので、ミアキスはどこで暮らす(く  )か大きな選択(せんたく)を迫ら(せま )れました。草原(そうげん)に出ていったミアキスは犬となり、森に残っ(のこ )たミアキスは猫(ねこ)となりました。
 今(いま)、犬は「ワンワン」、猫(ねこ)は「ニャーニャー」と鳴き(な )ますから、ミアキスは「ニャワンニャワン」とでも鳴い(な )ていたのでしょうか。ミアキスに聞い(き )てみたら、「そんにゃわけないよ」と言う(い )かもしれません。

 言葉(ことば)の森長文(ちょうぶん)作成(さくせい)委員(いいん)会(かい)(ω)
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 ユーモラスな表情が 読解マラソン集 小2 秋 4番
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 ユーモラスな表情(ひょうじょう)がかわいらしいドジョウは、どろの中がだいすきで、池(いけ)や田んぼなどのどろの中をすみかにしています。稲作(いなさく)をもとに生きてきた日本人にはたいへんなじみのある魚(さかな)で、どんぐりころころなどの身近(みぢか)な童謡(どうよう)にも歌わ(うた )れています。
 ドジョウの顔(かお)をおもしろく見せているのは、口元(くちもと)にはえた十本のひげです。このひげは、においをかいだり食べ物(た もの)をさがしたりするためにあるもので、生きるためには欠か(か )せない器官(きかん)なのです。
 おもしろいのは表情(ひょうじょう)だけではありません。ドジョウは人間(にんげん)と同じ(おな )ようにおならをするのです。
 魚(さかな)はえらを使っ(つか )て体(からだ)に酸素(さんそ)を取り込み(と こ )ますが、ドジョウはえらばかりでなく、腸(ちょう)からも酸素(さんそ)を取り入れ(と い )ています。ドジョウが、まるで水の外(そと)の様子(ようす)をうかがうように、ひょっこりと水面(すいめん)に顔(かお)をのぞかせることがありますが、それは空気を吸う(す )ためなのです。そして、腸(ちょう)の中にのこった空気は、おならとして排出(はいしゅつ)します。ですから、魚(さかな)なのにおならがでるというわけです。
 では、なぜドジョウが腸(ちょう)で呼吸(こきゅう)するのでしょうか。ドジョウは、水の底(そこ)にある泥(どろ)を飲み込ん(の こ )でその中にあるエサを食べ(た )、残り(のこ )の泥(どろ)のかすをえらから出して暮らし(く  )ています。そのために、ほかの魚(さかな)がするようなエラ呼吸(こきゅう)が十分(じゅうぶん)にできないので、腸(ちょう)を使っ(つか )て呼吸(こきゅう)をすると調子(ちょうし)がよいのです。
「本当(ほんとう)ですか。ドジョウさん。」
「ちょうです。」

 言葉(ことば)の森長文(ちょうぶん)作成(さくせい)委員(いいん)会(かい)(ω)
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 魚の顔にはえらが 読解マラソン集 小2 秋 5番
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 魚(さかな)の顔(かお)にはえらがあります。魚(さかな)が水の中で呼吸(こきゅう)ができるのは、このえらのおかげです。
 人間(にんげん)は肺(はい)を使っ(つか )て体(からだ)の中に酸素(さんそ)を取り込み(と こ )ます。息(いき)を吸い込む(す こ )ときに酸素(さんそ)を取り入れ(と い )、吐く(は )ときに二酸化炭素(にさんかたんそ)を捨て(す )ています。これを肺(はい)呼吸(こきゅう)と呼び(よ )ます。それに対して( たい  )魚(さかな)はえらを使い(つか )ます。これをえら呼吸(こきゅう)と呼び(よ )ます。
 水の中にはたくさんの酸素(さんそ)がとけていますが、目で見ることはできません。砂場(すなば)で使う(つか )ふるいがありますが、ふるいをえらだと想像(そうぞう)してみます。そして、石は酸素(さんそ)、砂粒(すなつぶ)は水です。砂場(すなば)の砂(すな)をふるいにかけると、ふるいの上には石だけがのこって砂粒(すなつぶ)はサラサラとこぼれ落ち(   お )ます。魚(さかな)は口から水を飲み込み(の こ )、えらから吐き出し(は だ )ていますが、えらというふるいで酸素(さんそ)だけを体(からだ)の中に取り込む(と こ )のです。えらが酸素(さんそ)を選ん(えら )でいるわけです。
 しかし、えらが取り込める(と こ  )酸素(さんそ)は、水の中にとけているものだけです。空気の中からは取り込め(と こ )ません。ですから、魚(さかな)は水の外(そと)では呼吸(こきゅう)ができません。
 水の中の酸素(さんそ)が足りなくなると、魚(さかな)が水面(すいめん)に出て口をぱくぱくさせることがあります。これは、空気を吸っ(す )ているのではなく、水面(すいめん)近く(ちか )の水に空気を混ぜ(ま )て吸っ(す )ているのです。
 人間(にんげん)も、お母さん( かあ  )のお腹(なか)の中()にいる一ヶ月(かげつ)目のころにエラのようなものがあります。これは、昔(むかし)、人間(にんげん)が水の中にいる生物(せいぶつ)だったころの名残り(なご )だと言わ(い )れています。

 言葉(ことば)の森長文(ちょうぶん)作成(さくせい)委員(いいん)会(かい)(ω)
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 雨が落下するスピードは 読解マラソン集 小2 秋 6番
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 雨が落下(らっか)するスピードは雨粒(あまつぶ)の大きさによって変化(へんか)します。
 霧雨(きりさめ)とよばれる霧(きり)のように小さな雨粒(あまつぶ)の直径(ちょっけい)は、〇・五ミリメートル以下(いか)です。この大きさで雨のスピードは、秒速(びょうそく)ニメートルです。時速(じそく)にするとおよそ七キロメートルです。
 ごく普通(ふつう)の雨は、直径(ちょっけい)ニミリメートルくらいだといわれています。この大きさでは秒速(びょうそく)七メートルになります。時速(じそく)にすると、およそニ十五キロメートルで、気持ちよく(きも   )自転車(じてんしゃ)をこいでいるくらいのスピードです。
 体(からだ)に当たる(あ  )と痛い(いた )と感じる(かん  )ほどの大粒(おおつぶ)の雨、たとえば夏(なつ)の夕立などの雨になると、雨粒(あまつぶ)の直径(ちょっけい)は五ミリメートル以上(いじょう)にもなります。この大粒(おおつぶ)の雨では、秒速(びょうそく)は十メートル。時速(じそく)では三十六キロメートルになるのです。
 雨に比べる(くら  )とハラハラと踊る(おど )ように舞い降り(ま お )てくる雪(ゆき)は、もっとゆっくり落ち(お )てきます。雪(ゆき)も、雨と同様(どうよう)に様々(さまざま)な大きさがありますが、だいたい秒速(びょうそく)で五十センチから一・五メートルです。
 雷(かみなり)とともにふることが多い(おお )ものに雹(ひょう)がありますが、この雹(ひょう)が驚く(おどろ )べきスピードでふってくるのです。直径(ちょっけい)五センチの雹(ひょう)で秒速(びょうそく)三十メートル以上(いじょう)、時速(じそく)にして計算(けいさん)すると時速(じそく)一〇八キロメートル以上(いじょう)ということです。これは高速(こうそく)道路(どうろ)を走る(はし )自動車(じどうしゃ)のスピードぐらいですから、車のボンネットがへこんだり、農作物(のうさくもつ)に被害(ひがい)をもたらしたりすることもあるのです。雹()の標的(ひょうてき)になったらたまりません。
 雨粒(あまつぶ)が落ち(お )てくるときは、細長い(ほそなが )形(かたち)でも丸い(まる )形(かたち)でもありません。あんパンやメロンパンのように、上が丸く(まる )て下が平ら(たい )な形(かたち)です。しかし、あまり速く(はや )落ち(お )てくるので、人間(にんげん)の目には雨が線(せん)のような形(かたち)で降っ(ふ )ているように見えるのです。∵
 「雨が降ろ(ふ )うが槍(やり)が降ろ(ふ )うが」というのは、「どんなときでも」という意味(いみ)の言葉(ことば)ですが、本当に(ほんとう )槍(やり)が降っ(ふ )てきたらどのくらいのスピードになるのでしょうか。そんな実験(じっけん)はあまりやりたくありませんね。
 言葉(ことば)の森長文(ちょうぶん)作成(さくせい)委員(いいん)会(かい)(ω)
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 夜空を明るく照らす 読解マラソン集 小2 秋 7番
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 夜空(よぞら)を明るく(あか  )照らす(て  )丸い(まる )月。昔(むかし)から、月にはウサギがいて、おもちをついていると言わ(い )れています。確か(たし )に、月の模様(もよう)をよく見ると、杵(きね)を持っ(も )たウサギがおもちをついているように見えます。しかし、月に住ん(す )でいるのはウサギだけではないようです。北(きた)ヨーロッパでは、月の模様(もよう)を、本を読む(よ )おばあさんや水を運ぶ(はこ )男女に重ね合わ(かさ あ )せています。さらに、南(みなみ)ヨーロッパでは、大きなはさみを持っ(も )たカニ、東(ひがし)ヨーロッパでは横向き(よこむ )の女性(じょせい)、アラビアではほえているライオン、カナダではバケツを運ぶ(はこ )少女(しょうじょ)など、同じ(おな )模様(もよう)でも国(くに)によってとらえ方(かた)はさまざまです。 
 では、どうして月には模様(もよう)があるのでしょうか。それは、月にはクレーターや海(うみ)などがあり、地球(ちきゅう)から見ると、クレーターは白っぽく、海(うみ)は黒っぽく(くろ   )見えるためです。この海(うみ)の部分(ぶぶん)がウサギになったり、カニになったり、ライオンになったりするのです。海(うみ)と言っ(い )ても、地球(ちきゅう)の海(うみ)のように水があるわけではなく、濃い(こ )色(いろ)の玄武岩(げんぶがん)でおおわれた平原(へいげん)となっています。月の海(うみ)は、月の地表(ちひょう)の十六パーセントを占め(し )、そのほとんどが月の表(おもて)と呼ば(よ )れる地球(ちきゅう)を向い(む )ている側(がわ)にあります。ですから、地球(ちきゅう)に住む(す )私(わたし)たちは、その模様(もよう)を楽しむ(たの  )ことができるのです。まるで、月がこちらを向い(む )て、私(わたし)たちにつきあってくれーたーかのようです。
 月は地球(ちきゅう)よりも小さいために重力(じゅうりょく)も小さく、大気をつなぎとめておくことができません。地球(ちきゅう)に落ち(お )てくる隕()石のほとんどは、地球(ちきゅう)の大気との摩擦(まさつ)で燃え尽き(も つ )てしまいますが、月には大気がないので隕()石がそのままぶつかります。隕()石がぶつかった跡(あと)も、月の模様(もよう)となっています。
 ガリレオは、初めて(はじ  )望遠鏡(ぼうえんきょう)で月のクレーターを見たとき、「青眼(せいがん)をちりばめたクジャクの尾(お)のようだ」と言っ(い )たそうです。望遠鏡(ぼうえんきょう)で見る月には、肉眼(にくがん)で見るのとはまた違っ(ちが )た感動(かんどう)があります。望遠鏡(ぼうえんきょう)∵のなかった昔(むかし)の人たちが月を見て想像(そうぞう)をふくらませたように、ときには、夜空(よぞら)を見上げて自由(じゆう)に空想(くうそう)を広げ(ひろ )てみるのもおもしろいものです。
 言葉(ことば)の森長文(ちょうぶん)作成(さくせい)委員(いいん)会(かい)(Λ)
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 奈津は幼いころから 読解マラソン集 小2 秋 8番
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 奈津(なつ)は幼い(おさな )ころからとても利発(りはつ)で、本を読む(よ )ことや文を書く(か )ことが大好き(だいす )な女の子でした。ひとたび本を読み(よ )始める(はじ  )と、友達(ともだち)が遊び(あそ )に誘っ(さそ )ても全く(まった )応じ(おう )ません。なぜなら、友達(ともだち)と遊ぶ(あそ )より本を読む(よ )ほうがずっと楽しい(たの  )のです。一冊(さつ)の本を読み(よ )終わる(お  )と、もう一度(  いちど)はじめから何(なん)度(ど)も繰り返し(く かえ )て味わう(あじ  )ように読む(よ )のです。まるで本の世界(せかい)に入り込ん(はい こ )でしまったかのように熱中(ねっちゅう)してしまうのでした。
 そんな奈津(なつ)は、学校でも大変(たいへん)熱心(ねっしん)に勉強(べんきょう)に取り組み(と く )ました。あまりに熱心(ねっしん)なので、先生も驚い(おどろ )てしまうほどです。学ぶことが楽しく(たの  )て仕方(しかた)がないのです。砂(すな)が水を吸う(す )ように勉強(べんきょう)を理解(りかい)していくのですから、成績(せいせき)も大変(たいへん)優秀(ゆうしゅう)でした。
 ところがある日、思いがけない(おも     )ことが起こり(お  )ました。女の子は家(いえ)の手伝い(てつだ )や針仕事(はりしごと)をしたほうが役に立つ(やく た )のだから、学校はやめるようにと、お母さん( かあ  )が言う(い )のです。
 そのころは、学校へ通う(かよ )ことは恵まれ(めぐ  )た家庭(かてい)の子だけが持つ(も )特権(とっけん)でした。普通(ふつう)の家庭(かてい)では、家計(かけい)の足しにするために働く(はたら )ことが、学校で勉強(べんきょう)することよりも優先(ゆうせん)されていました。東京(とうきょう)に限っ(かぎ )てみても、女の子の半数(はんすう)以上(いじょう)が小学校に通え(かよ )なかったのです。学校へ行け(い )ない子たちは、家(いえ)でお母さん( かあ  )の手伝い(てつだ )をしたり、小さな弟(おとうと)や妹(いもうと)の世話(せわ)をして働き(はたら )ました。
 奈津(なつ)は、その時代(じだい)の女の子たちと同じ(おな )ように、学校をやめました。しかし、勉強(べんきょう)に対する( たい  )熱い(あつ )思い(おも )は一向に(いっこう )冷め(さ )ません。冷める(さ  )どころか、ますます大きく、強く(つよ )なってくるのでした。本が読み(よ )たくてたまらない奈津(なつ)は、こっそりと蔵(くら)に入り込み(はい こ )、暗がり(くら  )の中、小窓(まど)から差し込む(さ こ )光(ひかり)をたよりに、本を読みふける(よ    )ようになりました。
 今(いま)から百二十年ほど前(まえ)の明治(めいじ)時代(じだい)の話(はなし)です。奈津(なつ)はのちに樋口(ひぐち)一葉(いちよう)という名前(なまえ)で作家(さっか)になり、「たけくらべ」「にごりえ」といった名作(めいさく)を残し(のこ )ました。

 言葉(ことば)の森長文(ちょうぶん)作成(さくせい)委員(いいん)会(かい)(ω)
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 高いところから 読解マラソン集 小2 秋 9番
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 高い(たか )ところから飛び降りる(と お  )とき、地面(じめん)に着地(ちゃくち)する瞬間(しゅんかん)に、ひざを曲げ(ま )てやわらかく地面(じめん)に着く(つ )ようにします。もし、ひざをまっすぐに伸ばし(の  )たまま着地(ちゃくち)をしたら、ひざを痛め(いた )てしまいます。同じ(おな )高(たか)さから飛び降り(と お )ているのに、どうして衝撃(しょうげき)が違う(ちが )のでしょうか。 
 その秘密(ひみつ)は、力というものの性質(せいしつ)にあります。力は、重(おも)さと速(はや)さをかけたもので、「力」=「重(おも)さ」×「速(はや)さ」ということになります。例えば(たと  )、あなたが走っ(はし )ていって、おすもうさんとぶつかるのと、一年生のけんちゃんとぶつかるのと、どちらが衝撃(しょうげき)が強い(つよ )でしょうか。おすもうさんの方(ほう)が重い(おも )ので、あなたははねとばされてしまうでしょう。ただし、一年生のけんちゃんが実は(じつ )ゾウの一年生だったとしたら、あなたはけんちゃんにもはねとばされてしまうかもしれません。このように、重い(おも )ものは大きな力を持っ(も )ているのです。 
 では、速(はや)さはどうでしょう。野球(やきゅう)をしているとき、バットを思いっきり(おも    )振っ(ふ )てうまく当たっ(あ  )たのでホームランになったとします。同じ(おな )場面(ばめん)で、バットをスローモーション撮影(さつえい)のようにゆっくり振っ(ふ )ていたらどうでしょう。どんなにうまく当たっ(あ  )ても、ゴロにしかなりません。同じ(おな )重(おも)さでも、スピードを出しているときの方(ほう)が力があるのです。 
 着地(ちゃくち)するときにひざを曲げる(ま  )のは、ちょうどこのスローモーション撮影(さつえい)をしていることと同じ(おな )です。足の裏(うら)が地面(じめん)に着く(つ )瞬間(しゅんかん)が、ほんの少し(すこ )ゆっくりになるのです。その差(さ)は例えば(たと  )、〇・一秒(びょう)で着地(ちゃくち)するところが〇・二秒(びょう)で着地(ちゃくち)することになっただけかもしれません。しかし、それでも力は二分の(ぶん )一に減っ(へ )てしまうのです。 
 この原理(げんり)はいろいろなところに応用(おうよう)できます。けん玉をするとき、玉をお皿(さら)に乗せる(の  )瞬間(しゅんかん)にちょっとひざを曲げ(ま )ます。すると、玉がお皿(さら)に着地(ちゃくち)する時間(じかん)がほんの少し(すこ )ゆっくりになるので、玉はとても入れやすくなります。こんなふうにして、玉がうまく入るようになったらたまりませんね。
 言葉(ことば)の森長文(ちょうぶん)作成(さくせい)委員(いいん)会(かい)(Σ)
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 スフィンクスというのは 読解マラソン集 小2 秋 10番
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 スフィンクスというのは、エジプトやギリシア、メソポタミアの神話(しんわ)に登場(とうじょう)する、人間(にんげん)の顔(かお)を持ち(も )、ライオンの胴体(どうたい)を持つ(も )という怪物(かいぶつ)です。エジプトのスフィンクスは、あごひげを生やした王様(おうさま)の顔(かお)をしていて、王様(おうさま)や神様(かみさま)を守る(まも )とされています。メソポタミアのスフィンクスは、顔(かお)は女性(じょせい)で、鷲(わし)の翼(つばさ)を持っ(も )ています。ギリシアのスフィンクスも、顔(かお)は美しい(うつく  )女性(じょせい)、脚(あし)と尾(お)は獅子(しし)で、翼(つばさ)は鷲(わし)となっています。
 スフィンクスは、たいへん知恵(ちえ)があり、なぞなぞやゲームが大好き(だいす )です。神話(しんわ)によると、王の息子(むすこ)オディプスは、スフィンクスがテーバイという町で通る(とお )ものになぞなぞを出して、解け(と )ない者(もの)を食べる(た  )という話(はなし)を聞き(き )ました。オディプスが行(い)ってみると、スフィンクスは次(つぎ)のような問題(もんだい)を出しました。
「朝(あさ)には四本足、昼(ひる)には二本足、夜(よる)には三本足で歩く(ある )ものは何(なに)か。その生き物(い もの)はすべての生き物(い もの)の中で、いちばん姿(すがた)を変える(か  )ものである」
 それまでにも、多く(おお )の人たちが挑戦(ちょうせん)しましたが、誰(だれ)もこの謎(なぞ)を解く(と )ことはできませんでした。しかし、オディプスは、スフィンクスにこう言い(い )ました。
「答え(こた )は人間(にんげん)だ。なぜかと言う(い )と、赤ん坊(あか ぼう)の頃(ころ)はハイハイで四つ足、大人になると二本足で歩き(ある )、年をとると杖(つえ)をつくので三本足になるからだ。」
 謎(なぞ)を解か(と )れたスフィンクスは海(うみ)に身(み)を投げ(な )てしまいました。
 人間(にんげん)はこのように、一生のうちでその姿(すがた)を何(なん)度(ど)も変え(か )ます。姿(すがた)だけでなく、脳(のう)の働き(はたら )や感情(かんじょう)なども、成長(せいちょう)とともに変化(へんか)します。これは他(た)の動物(どうぶつ)よりも、脳(のう)をはじめとした体(からだ)のしくみが複雑(ふくざつ)なせいです。スフィンクスは、このなぞなぞを通じて( つう  )、ほんとうは何(なに)を人間(にんげん)に問う(と )ていたのでしょうか。今(いま)となっては知る(し )よしもありません。∵
 では、「朝(あさ)には八本足、昼(ひる)には七本足、夜(よる)には六本足の生き物(い もの)」は何(なに)でしょうか。答え(こた )は、お腹( なか)のすいたタコが、昼(ひる)に自分(じぶん)の足を一本食べ(た )、夜(よる)にもう一本食べ(た )てしまったところです。

 言葉(ことば)の森長文(ちょうぶん)作成(さくせい)委員(いいん)会(かい)(φ)
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 宮崎県にある幸島は 読解マラソン集 小2 秋 11番
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 宮崎(みやざき)県(けん)にある幸島(こうじま)は小さな無人島(むじんとう)です。この島(しま)には百匹(ぴき)余り(あま )の猿(さる)が生息(せいそく)しています。ある日のこと、イネという名の若い(わか )メス猿(ざる)が川の水でイモを洗っ(あら )て食べ(た )ました。すると、ほかの猿(さる)たちも次々(つぎつぎ)とイモを洗っ(あら )て食べる(た  )ようになりました。これまでは、砂(すな)などのよごれのついたイモをそのまま食べ(た )ていた猿(さる)たちは、「イネのまねをして食べる(た  )とおいしいね。」と思っ(おも )たことでしょう。しばらくして、イネは、川の水ではなく海(うみ)の水でイモを洗う(あら )ことを思いつき(おも   )ます。海(うみ)の水で洗う(あら )と、塩味(しおあじ)がついてもっとおいしくなるのです。それを見ていたほかの猿(さる)たちも、イモを海水(かいすい)で洗う(あら )のはいいものだと、イネと同じ(おな )ように海水(かいすい)でイモを洗う(あら )ようになりました。 
 幸島(こうじま)の猿(さる)たちがみなイモを洗っ(あら )て食べる(た  )ようになると、不思議(ふしぎ)なことに、大分(おおいた)県(けん)高崎山(たかさきやま)の猿(さる)たちもイモを洗い(あら )始め(はじ )ました。高崎山(たかさきやま)の猿(さる)ばかりではありません。遠く(とお )離れ(はな )た他(た)の土地(とち)や島(しま)にすむ猿(さる)たちもイモを洗っ(あら )て食べる(た  )ようになったのです。もちろん、これらの猿(さる)たちは、幸島(こうじま)の猿(さる)たちがイモを洗う(あら )ところを実際(じっさい)に見たわけではありません。しかし、いろいろな場所(ばしょ)にすむ猿(さる)たちが申し合わせ(もう あ  )たかのようにイモを洗い(あら )始め(はじ )たのです。これは、イモを洗う(あら )猿(さる)が一定(いってい)の数(かず)に達する(たっ  )と、その行動(こうどう)が距離(きょり)をこえて、ほかの集団(しゅうだん)にも伝染(でんせん)したためではないかと言わ(い )れています。
 これと似(に)た現象(げんしょう)は、人間(にんげん)社会(しゃかい)にもあります。何(なに)か新しい(あたら  )発明(はつめい)をした人がいると、ちょうど同じ(おな )ころ世界(せかい)のほかの場所(ばしょ)でも同じ(おな )発明(はつめい)をしている人がいたということがよくあります。

 言葉(ことば)の森長文(ちょうぶん)作成(さくせい)委員(いいん)会(かい)(Λ)
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 いちばん貧しい人に 読解マラソン集 小2 秋 12番
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 「いちばん貧しい(まず  )人に仕える(つか  )ため、町に出て行こ(い )う。」
何(なに)不自由(ふじゆう)ない生活(せいかつ)を送っ(おく )ていたマザー・テレサが、そう決心(けっしん)して修道院(しゅうどういん)をあとにしたとき、持っ(も )ていたお金はわずか五ルピーのみでした。今(いま)の日本のお金にしてみると、およそ百五十円です。たったこれだけのお金でいったい何(なに)ができるというのでしょう。しかし、マザーはあきらめません。神(かみ)に与え(あた )られた自分(じぶん)の使命(しめい)を果たす(は  )ためにも、あきらめるわけにはいかないのです。
 カルカッタの町には、多く(おお )の子供(こども)たちが表情(ひょうじょう)もなく座り込ん(すわ こ )でいました。学校へ通う(かよ )お金もなく、食べる(た  )ものも満足(まんぞく)になく、ただじっと座り込ん(すわ こ )でいるのです。
 教育(きょういく)こそが貧し(まず )さから抜け出す(ぬ だ )鍵(かぎ)になると直感(ちょっかん)したマザーは、すぐさま子供(こども)たちを集め(あつ )て青空教室(きょうしつ)を開き(ひら )ました。もちろん机(つくえ)もいすもありません。地面(じめん)を黒板(こくばん)代わり(か  )にし、読み書き(よ か )の基礎(きそ)から指導(しどう)していきました。
 その噂(うわさ)はまたたく間(    ま)に広まり(ひろ  )、たくさんの子供(こども)たちがつめかけるようになりました。すると、マザーの活動(かつどう)に賛同(さんどう)し手助け(てだす )をしてくれる強力(きょうりょく)な協力(きょうりょく)者(しゃ)が次々(つぎつぎ)と現われ(あら  )ました。
 たった五ルピーしか持た(も )ないマザーが、その活動(かつどう)を大きく広げ(ひろ )ていったのは、こうした人々の愛(あい)によるところが大きいのです。
 多く(おお )の心(こころ)ある人々に支え(ささ )られ、マザーなき現在(げんざい)も、マザーの活動(かつどう)はカルカッタの町にしっかりと根づい(ね  )ています。
 私(わたし)たちはみな、愛(あい)を持っ(も )ています。ただ、十分(じゅうぶん)に人に与える(あた  )方法(ほうほう)がわからないだけなのかもしれません。
「いったい、いつ、まずしい人々の貧困(ひんこん)はやむのですか。」
そうたずねられたマザーは、
「あなたと私(わたし)が分かち(わ  )合い(あ )はじめたときに。」
と答え(こた )ました。

 言葉(ことば)の森長文(ちょうぶん)作成(さくせい)委員(いいん)会(かい)(ω)
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