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 読解マラソン集(ルビなし)小3夏
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 海のカメレオン、タコ 読解マラソン集 小3 夏 1番
 読解マラソン集は、みなさんの声を取り入れて編集します。ご意見ご要望は、マラソン広場まで。 http://www.mori7.com/marason/hiroba/
 「人魚姫」に登場する魔女や、海賊映画に出てくる海の魔物は、なぜかタコの姿をしています。外国では、「人喰い○○」といえば、サメではなくタコを思い浮かべる人もたくさんいます。日本人のように、タコはこっけいでしかもおいしい、と考えるのはどちらかといえば少数派なのです。
 長らく怪物扱いされてきたタコですが、最近の研究によると、この生き物は、実はとても賢いということが分かってきました。
 タコは、無脊椎動物の中ではきわめて高度に発達した脳を持っています。ある科学者は、蓋のついたびんに好物のえさを入れ、タコに与えてみました。するとどうでしょう。タコは試行錯誤の末見事に蓋を回してえさにありついたのです。また、ある水族館での話では、一匹のタコは夜な夜な排水管を伝って隣の水槽に忍び込み、魚を食べていたということです。この動物は、経験からいろいろなことを学習していくのです。
 タコの数ある特技のうちでも特に珍しいのは、その独特の変身術です。あまり見事に変身するので、海に慣れたダイバーたちでさえ、タコのすぐそばを泳いでいながらその存在に全く気づかないことがあります。このため、タコは、「海のカメレオン」とも呼ばれています。
 この芸当を可能にするのは、その特殊な皮膚の作りです。タコの皮膚には、色素を持つ細胞が二百万個ほどもあります。一平方ミリメートルあたり約二百個という数です。そして、それぞれの細胞には赤か黄か黒の色素が含まれています。タコは、その細胞を取り巻いている筋肉を縮めたり緩めたりして、無地になったり模様入りになったりと、またたく間に変身します。タコは皮膚の質感を変化させることもできます。岩にへばりつき、皮膚をそのごつごつした岩肌に似せて、完全に岩になりきるのです。∵
 最近発見されたミミックオクトパスというタコは、さらにうわてです。形や動き方まですっかりまねて、ほかの生物そのものに化けてしまうのです。そのレパートリーは幅広く、ヒラメ、ウミヘビ、エビなど何にでも変身してしまいます。ヒラメに化けたタコに、仲間と勘違いした本物のヒラメがついてくることもあります。これでは天敵もすっかりだまされてしまうでしょう。この賢い「海のカメレオン」は、まさにアカデミー賞ものの名優なのです。

「タコさん、人間にも化けることができるんですか。」
「さあ、それはやっタコとないなあ。」
「近所のおじさんが、そうみたいなんですけど。」
「わあい、言っちゃおう。」

 言葉の森長文作成委員会(Μ)
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 ウミガメの産卵 読解マラソン集 小3 夏 2番
 読解マラソン集は、みなさんの声を取り入れて編集します。ご意見ご要望は、マラソン広場まで。 http://www.mori7.com/marason/hiroba/
 世界中を簡単に旅することができなかった昔の人々にとって、ウミガメが毎年決まった季節になると海岸にやってきて卵を産んでいく様子は、神秘的だったことでしょう。そんなウミガメから、竜宮城という夢のような話が生まれたのかもしれません。
 では、日本にやってくるウミガメには、どんな種類があるのでしょうか。日本列島は四季がはっきりしているので、季節によって気温や海水温が大きく変わってきます。その中で、日本に卵を産みにくるのは、アカウミガメ、アオウミガメ、タイマイなどのカメです。関東地方より南の海岸で卵を産むアカウミガメは、春になると日本近海に姿をあらわします。アオウミガメは、屋久島より南で卵を産み、タイマイは沖縄本島より南で卵を産みます。
 産卵場所となる海岸の沖には、オスがメスより一ヶ月も前に来て待っています。やがてメスがやってくる時期になると、オスたちはメスのあとをついてまわるとともに、オスどうしで激しく争い、メスを奪い合います。かんだり、ぶつかったり、オールのような足ではたいたりと、とても迫力があり、水族館でゆったり泳いでいるときの姿からは想像もつかないほどです。その後、オスは産卵場所のまわりの海から姿を消します。メスは近くの砂浜に上陸して産卵します。
 お風呂やプールに入ると、体が軽く感じられます。それは、水の中につかっているものには浮力が働くからです。海中のウミガメは、浮力のおかげで重さが陸上にいるときよりもずっと軽くなります。しかし、浮力の働かない陸上では自由に体を動かすことができません。海から上がって卵を産むときには、外敵から自分や卵を守ることもできなければ、すばやく逃げることもできません。そのため、産卵をひかえたメスは、夜になってから用心深く砂浜に上陸し、安全を確かめてから産卵にとりかかるのです。∵
 アカウミガメは、左右の後ろ足を交互にシャベルのように使って、大きな穴を掘り、一回に百個ほどの卵を産みます。一頭のメスは、夏の産卵期の間に多いときで六回くらい卵を産みます。
 では、ウミガメは危険をおかしてまで、どうして陸に卵を産むのでしょう。ウミガメは、陸上で生活できるように進化してきた爬虫類の仲間です。爬虫類は乾いた場所でも体の水分が外へ出ていかないように、丈夫なウロコのような皮膚で体をおおっています。卵も、水中に産む魚類や両生類のものと違い、鳥類の卵のように殻に包まれています。ウミガメの卵は、殻を通して息をしており、水中だと息ができずに死んでしまうのです。このため、ウミガメは一生の大部分を海で暮らすようになった今でも、卵だけは陸に産みにくるのです。
 ウミガメのひとりごと、「わたしも、本当は、海でウミたいわあ」。

 言葉の森長文作成委員会(Κ)
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 七夕の空 読解マラソン集 小3 夏 3番
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 春の終わりごろになると、はくちょう座、こと座など、夏を代表する星たちが空に現れてきます。かんむり座は高くのぼり、南東の空からは、さそり座がすがたを見せてきます。
 春の星座は、頭の真上から西の空へ移りはじめ、長く横たわったうみへび座は、頭から西の空へ沈もうとしています。冬の星座はほとんど姿を消し、ぎょしゃ座のカペラ、ふたご座のポルックスとカストルが低い空に光っているだけです。梅雨に入ると、雨が多く、しばらくは美しい星空も見えない日が続くかもしれません。
 七月七日の晩、笹の葉に、願い事を書いた紙をつるしたことがあるでしょう。七夕の主役は、織姫ということ座のベガと、彦星というわし座のアルタイルです。この二つの星が天の川をはさんで光り、一年に一度、七月七日の晩に会うのです。
 七夕の星まつりは、日本では平安時代に、身分の高い人が庭に香をたき短冊に願い事を書いたのが始まりです。一般の人々が星まつりをするようになったのは、江戸時代からです。もとになった織姫と彦星の話は、中国から伝わってきたものです。
 天帝の娘織女は、牛飼いの若者牽牛と結婚しました。二人は働き者なので天帝も喜んでいましたが、結婚すると毎日遊びつづけ、仕事をしなくなりました。天帝は怒って、二人を天の川の東と西に引き離しました。しかし、織女があまりにも嘆き悲しんでいるのを見て、天帝は、二人が一年に一度だけ会うのを許すことにしました。七月七日の晩、織女と牽牛が天の川の岸にくると、大きなはくちょう座のカササギが飛んできて橋の役目をしてくれます。ところが、雨が降ると、カササギは飛んできてくれません。そこで、中国の人々は、その日に雨が降らないようにと七夕祭りを行ったのです。
 こと座のベガは、青く光る一等星で、五月の終わりごろにはもう∵東の空に輝いています。わし座のアルタイルは、ベガよりも一ヶ月ほど遅れて昇ってきます。七夕のころでも、まだあまり高い空には見えません。アルタイルも一等星ですが、ベガほど明るくはないので、さがすには、ベガとアルタイルと、はくちょう座のデネブとでできる大きな三角形を目印にします。この三角形は、デネブのところが直角で、夏の直角三角形と呼ばれています。

 七夕のころは、日本ではちょうど梅雨の時期にあたります。
 七月七日が近づくと、アルタイルは、こう思います。
「今年は、ベガに会えるベガ。」
 ベガも、そっとつぶやきます。
「雨が降っても、川をアルイタル。」

 言葉の森長文作成委員会(Κ)
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 昆布の旨味 読解マラソン集 小3 夏 4番
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 ドイツの心理学者が、味には、塩味、酸味、甘味、苦味の四つの基本の要素があって、どんな味もその組み合わせでできているという説を発表して以来、基本の味についてはもうこれ以外にないと思われていました。しかし、味覚を研究していた日本人の化学者たちは、これにもう一つ、旨味を加えるべきだと主張しました。
 この旨味の成分を発見し、初めて学会に報告したのは、池田菊苗 博士です。博士はある日、夕飯を食べていて、妻が作ったお吸い物のあまりのおいしさに感動を覚えたのです。そして、「この味は、四つの基本味だけで出せる味ではない」と確信し、旨味の研究に取りかかりました。
 お吸い物のだしは、昆布でとられていました。そこで博士は、四十キログラムもの昆布からだし汁を作り、そこから旨味以外のすべての成分を取り除いていくという、気の遠くなるような作業を続けました。そして最後に残った旨味の正体が、グルタミン酸という物質であることをつきとめたのです。池田博士はこれを学会に報告するとともに、調味料として大量生産する方法を発明しました。そしてこの旨味の素は、「味の素」として商品化され売り出されました。
 旨味の成分は、池田博士が発見したグルタミン酸以外にもあります。たとえば、煮干しや鰹節のだしの旨味はイノシン酸、干しシイタケやマツタケの旨味はグアニル酸です。だしの味は外国にもないわけではありません。西洋料理には肉類と香味野菜を煮込んでとるスープストックやブイヨンと呼ばれるだしがあります。中華料理では、鶏ガラや干しエビ、白菜やネギなど、やはりさまざまな材料を煮込んで「湯」と呼ばれるだしを作ります。
 このように旨味は確かに味をよくする成分であるとは認められていましたが、旨味が第五の基本味であるということは、世界の人々∵になかなか受け入れてもらえませんでした。しかし、最近になってようやく、旨味は第五の味として認められ、そのまま「UMAMI」という用語となって世界中に知られるようになったのです。
 それでは、旨味は、なぜおいしく感じられるのでしょうか。それは、旨味の成分が、私たちの体を作るために欠かせないものだからだと言われています。グルタミン酸はアミノ酸というグループに属し、イノシン酸やグアニル酸は核酸と呼ばれるグループに入る化学物質です。そして、この両方ともが、私たちの体を作るのにとても必要なものなのです。つまり、体の方で、ちゃんとこれらをおいしく、たくさん取り込むようにできているのかもしれません。
 旨味は少量の塩が入ることで、より強くなります。また、ちがうグループの旨味を組み合わせることによっても、ぐんとおいしさが上がることがあります。したがって、うまく旨味を利用することで、かえって塩分を減らしたり、よりおいしい味付けにしたりすることも可能になるのです。
 ところで、昆布の旨味を発見した池田博士は、ロンドンに留学していたとき、同じくロンドンに留学していた文学者の夏目漱石に会っています。もしかすると、夏目漱石と、「日本料理のおいしいだしの味が恋しいなあ」などと話をしていたのかもしれません。

 旨味の研究は、一杯のお吸い物から始まりました。
 昆布のだしによろコンブ池田博士の笑顔が、研究の出発点だったのです。

 言葉の森長文作成委員会(τ)
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 味覚を感じる場所 読解マラソン集 小3 夏 5番
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 私たちが味を感じることができるのは、舌や口の中にある味蕾の中の細胞が味を感じ、それを電気信号に変えて、神経を通じて脳に送るからです。味の感じ方は年齢だけではなく、性別や人種によっても違いますし、個人差もあります。また、味覚は、気候や風土などの環境にも左右されます。日本人は白人に比べて味蕾の数が多いので、日本料理のように繊細な味の料理が発達したのだという説があります。また、日本人の男性は女性よりも味蕾の数が多いので、甘いものを甘く感じすぎて苦手であるという説もあります。実際、苦味で測定する、「味盲」と呼ばれる味を感じにくい人の割合は、日本人では十人に一人くらいですが、白人ではその三倍近くいるそうです。
 この、味を感じる味蕾の数は、年が若いほど多いのです。つまり、赤ちゃんがお母さんのおなかの中にいるときがいちばん多く、年をとるとともに減って、老人になると赤ちゃんのときの半分から三分の一になります。
 赤ちゃんは生まれる前、お母さんのおなかの中の羊水という水を飲んでいます。この水はわずかに甘く、お母さんのお乳に似ている味だそうです。味蕾の中の細胞が感じる味は、お母さんの食べる食事によってもわずかずつ変わってくると言われています。味蕾をたくさん持っている赤ちゃんが生まれてきたときには、すでに「わが家の味」になじんでいるのかもしれません。
 老人では味蕾の数だけではなく、唾液の分泌も減ってくるので、食べ物がうまく唾液に溶けずに、味蕾に届きにくくなるのも、味を感じづらくなるひとつの原因です。ですから、老人になると、味を感じるまでに時間がかかったり、どちらかというと味が濃い食べ物を好むようになります。
 ところで、現代では、若い人たちの間にも味覚障害の人が増えて問題になっています。味覚障害といってもいろいろなタイプが∵あり、まったく味を感じないものから、本来の味と違う味を感じるもの、特定の食べ物の味だけを感じないものまで、さまざまです。これらは味蕾に異常があるために起こるのですが、その原因で最も多いのが、亜鉛が足りないために起こる味覚障害です。
 亜鉛というのは金属の一種で、私たちの体にはなくてはならないミネラル分です。どうしてなくてはならないかというと、私たちの体の細胞が新しく作りかえられるとき、亜鉛が必要になるからです。味蕾の中の細胞は、寿命が十日ほどしかありません。つまり、十日ごとに新しく生まれ変わらなければなりません。そのとき、亜鉛の助けが必要になるのです。しかも、亜鉛は、体の中では作り出せないので、外から取り込まなくてはなりません。亜鉛は、小麦の胚芽や生ガキ、カタクチイワシ、カボチャ、ココア、抹茶などに多く含まれています。
 病気のせいで、あるいは他の薬のせいでこの亜鉛の取り込みができなくなると、亜鉛不足が起こります。また、現代の食生活で問題になるのは、加工食品やインスタント食品に含まれる食品添加物です。これらの中には、亜鉛を取り込みにくくするものがあります。さらに、無理なダイエットや、好きなものばかり食べる偏食によっても、亜鉛不足が起こります。ですから、若い人たちにも、味覚障害が増えているのです。
 やはり、食生活には気をつけていないと、「おいしい味に出アエン」ということになりそうです。味蕾を発達させて、おいしいミライの食生活を楽しんでいきましょう。

 言葉の森長文作成委員会(τ)
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 羽の構造 読解マラソン集 小3 夏 6番
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 羽には、様々な用途があります。あるときには婦人の帽子を飾り、女性の美しさを際立たせます。別のときにはペンになり、ラブレターをつづるかもしれません。またあるときにはコートの中綿になり、私たちを温かく包んでくれます。
 しかし、羽のありがたみをいちばん感じているのは、何といっても鳥たちでしょう。羽がなければ飛ぶことができません。更に、美しい羽は、つがいの相手となるパートナーをひきつけるのにも役立ちます。また、鳥を寒さから守る役目も果たします。これらの点では、鳥たちも人間とあまり変わりません。もっとも、羽をペンの代わりにする鳥はいないようですが。
 鳥類が羽を持っていることは広く知られていますが、その作りをじっくり眺めたことのある人はあまり多くないかもしれません。羽は実に見事にデザインされています。
 風切羽の中心には羽を支える軸が走っています。よく見るとその裏側には一本の溝が刻まれています。このちょっとした工夫のおかげで軸の強度は高まり、曲がったりよじれたりしても折れにくくなっています。
 鳥類はまた、普通の羽の間に、糸のような細長い羽を持っています。この羽の根元にある一種の感覚器は、羽の乱れを鳥に知らせます。羽が乱れてきたという信号が出ると、鳥は翼を休め、くちばしで羽づくろいをして羽を整えます。この感覚器はまた、飛んでいる速度を鳥が判断するのに役立っているのではないかとも言われています。
 表面から見える羽の下には、ダウンと呼ばれる綿羽がぎっしりと生えています。カモの場合、その厚さはニセンチ近くにもなります。綿羽の断熱性は優れており、冬の身を切られるような寒さも、ダウンのコートがあれば平気です。∵
 羽のおかげで、鳥も人間もファッションを楽しむことができ、さらには寒さをしのぐこともできます。鳥の羽は、まさに「一石三鳥」あるいはそれ以上の働きをしています。しかし、生まれつきそういう羽を持っているカモたちにとっては、当たり前のことなのカモしれません。

 言葉の森長文作成委員会(τ)
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 アリの結婚式 読解マラソン集 小3 夏 7番
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 初夏のある日の午後、巣穴のまわりに多数のアリが忙しそうに群がっています。クロオオアリです。みんな大変興奮しています。よく見ると、その中に羽のある大きなアリがまじっています。さらに気をつけてみると、この羽のあるアリには大小二つの型があるようです。やがて羽のあるアリは、次々に大空へ飛びたっていきます。大多数のアリには羽がないのに、大空へ飛びたった羽のあるアリたちはいったい何者なのでしょうか。
 この羽のあるアリは羽アリとよばれ、大きいほうがメス、小さいほうがオスです。そして、大空へ飛びたっていったのは、メスの羽アリにとってはおむこさん探し、オスの羽アリはおよめさん探しの出発なのです。このような羽アリの旅を結婚飛行と言います。
 この結婚飛行の時期は、アリの種類によって決まっていて、そのときには同じ地域のたくさんの巣からいっせいに羽アリが飛び出していきます。たとえば日本の中部では、クロナガアリが四月下旬、クロヤマアリが五月中旬、キイロシリアゲアリが九月です。
 大空に飛び出した羽アリたちはオスメス入りみだれて飛びつづけます。やがて、メスアリは、地上におりて自分で自分の羽を落とします。これは母親になる準備です。そして、巣となる場所を求めて歩きまわり、適当な場所が見つかると、そこに産卵のための穴を掘ります。やがて巣が完成すると入り口を内側からしっかり閉めて中にこもります。
 オスアリたちも地上にまいおりますが、結婚飛行でつかれ、じきに鳥や虫のエサとなってしまいます。
 巣の中にこもったメスは、やがて毎日ほぼ一個ずつ卵を産みます。卵はメスアリに抱きかかえられるように大事に守られ、やがて幼虫になります。幼虫は、母アリから口うつしでえさをもらって大きくなり、何日かたつと、おしりの先から絹を出して、自分の体をつつむようにしてまゆをつくります。そして、まゆの中で脱皮∵をしてさなぎになります。さなぎは、もうアリの形をしています。
 やがて、まゆからアリがかえります。このアリは働きアリといい、羽はありません。体は小さく母アリの半分以下ですが、元気よく働くようになります。働きアリが十匹くらいになると、母アリは働きアリからエサをもらうようになり、それ以降生まれた卵は、働きアリに世話をされるようになります。
 母アリは、働きアリが巣の外に出て取ってきたえさを食べて、どんどん卵を産んでいきます。ふつう、卵をうむのは集団の中で母アリ一匹だけなので、これを女王アリとよんでいます。女王アリの寿命は長く、条件がよければ十年以上も生きるといわれています。
 巣がまだ小さいうちに生まれた子どもたちは、大きくなってからも働きアリにしかなりませんが、ある程度以上巣が大きくなると、羽アリが適当な季節に生まれるようになり、アリの結婚飛行が再びはじまるのです。

「働きアリのほかには、どんなアリがいるんですか。」
「壁に耳アリとか、障子に目アリとか。」
「それは、アリの仲間ではアリません。」

 言葉の森長文作成委員会(Κ)
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 豊かな紙の国 読解マラソン集 小3 夏 8番
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 文字は、初め石などに刻まれていました。しかし、それでは時間もかかるし、重すぎて持ち運ぶこともできません。人間が、カイコのまゆから絹の布を作ったり、植物から繊維をとり出して布を作ったりすることができるようになると、その布を作る技術を利用して、紙を発明することができるようになりました。紙は、安い上に、軽くて、しかも薄いので、何枚も重ねて使うことができました。この紙の発明で、文字が人間の社会に広がるようになったのです。
 日本にも、一六〇〇年以上前に、中国から紙を作る方法が伝わってきました。日本には紙にするのにとてもよい植物があり、日本人は工夫が得意だったので、あっというまに、厚い紙、薄い紙、硬い紙、軟らかい紙、白い紙、色のついた紙、そして、金や銀をちらした紙、よい香りがする紙など、いろいろな紙が作り出されました。
 その時代に書かれた本には、「いろいろな紙をもらうと、この紙にあわせて、どんなふうに工夫して字や絵をかこうかと考えてとても楽しい」とか、「いやなことがあっても、真っ白で上等な紙のたばをもらうと、気持ちもはれて、ここに何を書こうかとうれしくなってくる」などという話が載っています。今でも、きれいな折り紙や包み紙、真っ白なノートなどをもらったときに、同じような気持ちが感じられるのではないでしょうか。
 日本では、古い紙をもう一度すきかえして新しい紙にする技術も発明されました。そのリサイクルの紙は真っ白でなくしっかりもしていませんでしたが、普通の人も買うことができる安い本になりました。
 江戸時代になると、紙の本はたくさんの人が持つことができるようになりました。そればかりか、子どものための、紙細工のおもちゃまでたくさん作られるようになりました。これを、おもちゃ絵と∵いいます。そこには豆絵本のような、本のかわりになるものや、はさみで切ってくみたてて遊ぶ紙おもちゃなどさまざまな種類のおもちゃがありました。きせかえ人形や、おしばいごっこの立ち絵、紙ずもうやめんこ、そして組み立て絵というものができたのもこのころです。ほかにもすごろくやかるたなど、今の時代にも伝わるおもちゃがこの時代に発達しました。。
 江戸時代の子どもたちも、今の子どもたちが、ゲームのカードをためたりマンガを買いそろえたりするのと同じことをやっていたのです。
 破れやすく、火には燃えてしまう紙と知ってはいても、それでも紙でできたものには、集めて愛さずにはいられない魅力があるようです。

「紙君って、えらいんだね。今度から紙様って呼ぼうか。」
「いやあ、もっと気楽に読んでくれた方がいいよ。」
「じゃあ。ヘイ、カミーン。」

 言葉の森長文作成委員会(λ)
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 いかだコンティキ号の大冒険 読解マラソン集 小3 夏 9番
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 南太平洋のまんなかの小さな島にやってきた学者のトール・ヘイエルダールはふしぎなことに気がつきました。島の人たちが、その島の先祖はどこにあるかわからない遠い場所からやってきたティキという酋長だという伝説を話してくれたのです。しかし、トールは、その島からはるか離れた南アメリカのペルーという国にも、昔「コンティキ」すなわち「太陽のティキ」という酋長がいて、あとから来た人々に追い出されて海をわたってどこかへ消えたという伝説があるのを知っていました。島にあるティキの石の像はほおひげをはやした白人の顔ですが、その像もまた、ペルーにあるものとそっくりだったのです。そのころ、南太平洋の小さな島々の人たちは、いったいどこからやってきたのか、謎とされていました。一方、ペルーにいた伝説のティキの民の白人たちがどこへ消えたかも謎とされていました。トールは、この二つは結び付けられるのではないかとひらめいたのです。
 大昔には、海を渡る乗り物はいかだしかなかったので、この島の人たちは、ペルーからいかだでここまで渡ってきたにちがいない、とトールは考えました。アメリカに帰って、いろいろな学者にその話をしましたが、だれも信じてくれません。いかだが何ヶ月も沈まずに、太平洋をわたれる? そんなばかな、とみんなは相手にもしませんでした。
 それなら実際にいかだで渡ってみよう、とトールは決心しました。同じような冒険好きの学者が五人集まりました。六人はペルーに行き、大昔の人と同じように、まず自分たちで木を切っていかだを作りました。その木はバルサといってカッターでも切れるほどやわらかいため、今でも工作の材料などによく使われている木です。いかだには、竹で編んで、バナナの葉で屋根をつくった小屋をのせました。そして昔と同じ布の帆をつけて、風を受けて走るようにしました。帆にはほおひげのある神様「コンティキ」の絵をか∵いて、コンティキ号という名前にしました。水は、節をぬいた竹につめ、いかだのはしに何本もくくりつけておきました。昔の人は、干したイモとヤシの実を食料にのせたはずですが、トールたちは食料だけは現代のおいしいものものせました。
 いかだは、何ヶ月も陸の影ひとつ見えない青い大海原をぷかぷか浮いて進みました。いかだは軽いので、大波がきても沈みません。しかも、海面すれすれに浮かんでいるので、朝起きると魚たちがとびこんできて、朝ごはんに困ることはありませんでした。魚たちはいかだを大きなサメか何かだと思って、何ヶ月もついてくるようでした。六人の仲間は思ったよりずっと楽しく航海したのです。
 そして、三ヶ月目、コンティキ号は南太平洋の小さな島を見ることができました。最後の危険は、島をとりまく暗礁です。島には暗礁にぶつかって壊れたらしい船の残骸がひとつ見えました。コンティキ号も島の周囲の暗礁にぶつかりましたが、軽いのでそのまま上に乗りあげただけで済みました。こうしてトールたちは、いかだでペルーから南太平洋まで旅をすることができる、ということを証明したのです。

「トールさん、いかだに乗った六人の仕事の分担はどうしたのですか。」
「それは、ティキ材ティキ所で。」

※南米大陸の太平洋側には強力なフンボルト海流が流れているため、古代人がいかだで南太平洋まで航海したということについては疑問視する声もあります。しかし、実験によって学説を証明しようとしたヘイエルダールの業績は高く評価されています。

 言葉の森長文作成委員会(λ)
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 印象派の光 読解マラソン集 小3 夏 10番
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 みなさんは空の絵をかくとき、何色でかきますか。ふつうは空色、つまり薄い青色にするのではないでしょうか。しかし、もしかすると、ある人は、昨日の夕焼けの空を思い出してきれいなオレンジ色にするかもしれません。
 確かに、空の色は時刻によっても、天気によっても変わります。空だけではありません。木でもベンチでも人の顔でも、その時々でいろいろな色合いに変わります。では、その時々の色を決めるのはなんでしょうか。
 それは光です。物は、光との関係によってさまざまな色合いに変化します。特に、外の景色は太陽の光をじかに受けているので、一日のうちでもさまざまに印象を変えます。この光というものを大切に考えて、自然の姿をそのまま絵にしようと考えたのが、印象派と呼ばれる芸術家たちでした。
 印象派とは、十九世紀の後半にフランスで起こった画家を中心とするグループです。それまでは、時間をかけてかきこんだ重々しい作品がよいとされてきました。そのため、一瞬の輝きをとらえてすばやく仕上げる印象派の絵は、最初単なるスケッチにすぎないと見られていました。印象派の最初の印象は、あまりよくなかったのです。
 しかし、印象派の人たちは、実はしっかりした科学的な考え方にもとづいて制作をしていました。そのひとつが、シュヴルールという人の色の考え方です。彼は本の中で、となり合う色がおたがいに影響しあって、いろいろな見え方になることを説明しました。そしてとなり合う色どうしが違えば違うほど、より大きな効果があるとしました。
 例えば、赤と緑、黄と紫などは、最も違う色合いで、このような色の組み合わせを補色の関係と呼びます。補色を並べてみると、目がちかちかするような効果を生みます。青っぽい色は奥に∵引っ込み、赤っぽい色は前に飛び出してくるようにも見えます。
 その印象派の画家たちの中で中心となったのが、クロード・モネです。モネは、移ろいやすい光や自然の鮮やかな色を、だれよりも深く追い求めました。
 それまでの絵は、絵の具を混ぜることによってさまざまな色を作り出していました。絵の具は混ぜ合わせれば混ぜ合わせるほど、明るさがなくなっていきます。絵の具の筆を洗っていると、水がどんどん暗い色になっていくことを知っている人も多いでしょう。印象派以前の絵は、暗い部分に影をつけることによってものの奥行きを出していたので、絵が更に暗く重い感じになっていました。
 モネはこうした暗い絵を嫌いました。そして、光に溢れたみずみずしい景色を描くために、新しい技法を使いました。ある色を作るのに、絵の具を混ぜ合わせるのではなく、純粋な色を数多くの点としてとなり合わせるように描いたのです。こうすると、離れて見た場合、それらの色が混ざり合って見えます。しかし、絵の具を混ぜて使ったときよりもはるかに明るい色になるのです。モネは、となり合う点どうしを補色の関係にするなど、いろいろな工夫を重ねました。こうして、モネの絵は、自然の風や太陽のあたたかさまで感じさせるようなものになっていったのです。
 最初は受け入れられなかったモネの絵も、次第に多くの人に認められるようになりました。今その光溢れる絵は、世界中の人々から愛されています。

「モネさんのような絵を、印象派の絵と言ってもイーンショウか。」
「うん、いいかモネ。」   言葉の森長文作成委員会(α)
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 時間の不思議 読解マラソン集 小3 夏 11番
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 私たちは時間がいつも同じように流れていくことを信じて疑いません。時間は常に同じ速さで未来へ向かって流れ続け、場所によって変わったり、季節によって変わったりすることなどあり得ないと思っています。
 しかし、アインシュタインのとなえた相対性理論によれば、時間というものは絶対のもの、つまり普段私たちが考えているように確かなものではないのです。重力や空間などとの関係からさまざまに変化してしまう、意外にも頼りない存在のようです。
 この理論では、速い速度で動いているものの時間は、止まっているものの時間より遅く進みます。ただ、この場合の「速い」というのは、光の速さに近い超高速ということです。
 たとえば、光速の九十パーセント、時速九億キロメートルで飛ぶロケットがあるとします。それはジェット機の約一万倍のスピードです。このロケットに乗っている人には、地球上よりも時間がゆっくりと流れます。この場合、ロケットの中での一年は、地球での二、三年分に当たります。もし、本当にそんなロケット旅行をしたら、「行ってきまあす」と言って一年後、家に帰ってみると、なんとひとつ年下のはずの弟より若くなっていた、ということが起こります。これが何十年も宇宙旅行をしたなら、どうでしょう。地球に帰ってはきたものの、知った顔はだれもなく、まさに浦島太郎になった気分でしょう。
 また、ブラックホールでは、あまりにも強力な重力のために、時間も空間も大きくゆがんでいると言われています。例えば仮に、勇気のある人がブラックホールに飛び込んだとします。そうすると、その人にとっては吸い込まれていく数秒のことが、遠く離れた地球から見ると、数千年も数万年もの時間になるのです。数万年という長さは、人間にとっては無限に近い、つまり時間が止まっているのも同じということで、ブラックホールは「凍りついた星」と∵よばれることもあります。
 しかし、ロケット旅行やブラックホールなどは、普通の生活からはかけはなれたことです。では、相対性理論とは、私たちには関係のない本の中だけの話でしょうか。
 最近目にすることの多いカー・ナビゲーションは、人工衛星からの電波を受けて、車の位置を計算するシステムです。ところで、人工衛星は地球上に比べるとはるかに重力の弱いところを、しかも高速で飛んでいます。ということは、地球とは時間の進み方が、わずかにずれているということです。そこで登場するのがこの相対性理論です。これによって時間のずれは直され、カーナビは正しい車の位置を教えてくれます。
 ところで、このような難しい理論を考えるまでもなく、人間の意識の中で、時間は自由に伸び縮みします。友達と遊ぶ楽しい時間はあっという間に過ぎるのに、お説教を聞いている時間は無限に長く感じる、というのはよくあることです。また、昔住んでいた家のことをはっきりと思い出したり、十年後の格好いい自分の姿を思い描いたりなど、頭の中で時間は自由に流れます。
 目に見えず、手で触れることもできないのに、感じられ、信じられる時間。しかし、あたり前だと思い込んでいるものの正体を疑ってかかると、世界はまた違った顔を見せてくれるかもしれません。

「光速に近くなると、世界の様子は違って見えるのですね。」
「ソウ。タイセイつなのは、これまでの見方にとらわれないことじゃ。」

 言葉の森長文作成委員会(α)
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 海の塩の秘密 読解マラソン集 小3 夏 12番
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 海水は塩辛いもので、私たちはそれを当たり前のことだと思っています。実際、そこに含まれる塩分は大変な量です。海水をすべて蒸発させ、残った塩分を陸地に敷きつめると、百五十メートルもの厚い層ができると言われています。この大量の塩は、一体どこから来たのでしょうか。
 塩分のふるさとのひとつは川です。地球上に存在する川の大半は淡水なので、これは意外な感じがします。雨が降ると水が地中にしみ込んで、土の中にあるミネラル分を溶かします。このミネラル分の中に塩分が含まれています。溶け出した塩分は、川によって海まで運ばれます。ただ、淡水の川に含まれる塩分はごく少ないので、なめても塩辛いとは感じません。
 塩分のもうひとつのふるさとは、海底火山です。活動する海底火山の爆発や熱水の噴出によって、地中からミネラル分が放出され、その中に含まれる塩分が海水に溶け込むのです。
 このように、塩はいろいろなところから海を目指してやって来ますから、海には塩がたまる一方のように思えます。その上、海からはどんどん水分が蒸発しミネラル分だけがあとに残ります。これでは、塩分がどんどん濃くなっていったとしても不思議ではありません。しかし現実には、海水の塩分濃度は、ほぼ一定です。つまり、増える分と減る分とがうまく釣り合っているのです。では、塩分は一体どこへ行くのでしょう。
 まず、海の生物が塩を体の中に取り込みます。例えばサンゴやエビ、カニなどは、硬い殻を作るために塩類を必要とします。これらの生き物が死ぬと、その殻に含まれていた塩類は海底にたまります。こうして塩分の一部は取り除かれます。このようにして、海水中の塩分は、増える量と減る量のバランスがとれているのです。
 では、この海底にたまった塩分はどうなるのでしょうか。海底を∵含む地殻は巨大なプレートで成り立っています。それらのプレートは少しずつ移動し、二つ以上のプレートが出合うところでは、一方が隣のプレートの下に入り込みます。沈み込んだ海底は高温のマントルの中で溶けていきます。当然、海底にたまっていた塩分も一緒に溶けてしまいます。
 地中から海へ、そしてまた地中へ。塩は、この壮大な旅を気の遠くなるような年月の間繰り返してきました。今日の一杯のお味噌汁にも、塩分の長い旅の歴史が刻まれているのです。

「塩分さん、最初の生まれはどこなんですか。」
「実は、スーパーの食品売り場なんだよ。」
「うそでシオ。」

 言葉の森長文作成委員会(Μ)
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