今、地球上には 読解マラソン集 小3 秋 1番
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今、地球上には、百五十万種類を超える生物がいます。そのうちの八十万種類が昆虫で、四十万種類が動物で、残りの三十万種類が植物です。もし、世界が十種類の生物の村だったら、五種類が昆虫で、三種類が動物で、残りの二種類が植物ということになります。昆虫の種類がずいぶん多いということがわかります。もしかすると、昆虫がこの地球でいちばん元気よく暮らしていると言えるのかもしれません。そう言えば、ゴキブリなどは、元気のかたまりのようです。
生物は、約三十億年前に原始的な生物から進化してきました。進化の過程で絶滅した生物も含めると、今の生物の種類の百倍、一億五千万種類もの生物がいたと推定されています。 どの生物も自分が生きるのに都合のよい形をしています。例えば、キリンは首が長いので、遠くにいる敵を見つけたり、高い木の枝の葉を食べたりすることができます。ゾウは鼻が長いので、自分の鼻をホースがわりにしたり、鼻を手のように使ったりすることができます。三グラムしかないジネズミは、自分の小ささをうまく生かして生きています。逆に百三十トンもあるクジラも、自分の大きさをうまく生かしていきています。このジネズミとクジラがシーソーをしたとすると、つりあいを取るためには、一頭のクジラの反対側に、四千万匹以上ものジネズミがぶらさがらなければなりません。これぐらい違いのある生物がそれぞれ、自分の長所を上手に生かして生きているのです。 このように多くの種類の生物がいる理由を、昔は、神様が作ったからだと考えていました。しかし、いくら神様でも、百五十万種類もの生物を作るのは大変です。それでも、昔の人は、神様ならそういう神業ができると考えていたのです。 十八世紀に、ゾウの化石を研究した学者が、生物の中には既に絶滅したものがあるということを発見しました。ラマルクは、この∵考えを発展させて、生物の種が変化するという説を述べました。例えば、キリンは、高いところに生えている葉を食べるために、首を長く伸ばしているうちに、今のようなキリンになったと言うのです。 しかし、この説には重大な弱点がありました。確かに一頭のキリンの一生に関して言えば、高いところの葉を食べようとしているうちに、だんだんと首が長くなるということは言えるかもしれません。しかし、その首の長さがそのまま子供に受け継がれるかどうかということはわかりません。 みなさんのお父さんやお母さんが子供のときにしっかり勉強してくれたおかげで、あなたは生まれつき何でも知っていたということになれば、これほどいいことはありません。しかし、実際には、あなたはあなたでまた最初からお父さんやお母さんがしたのと同じ勉強をしなければなりません。こういうことを見ると、親の獲得した能力がそのまま子供に受け継がれるということはないようです。 ラマルクの説を批判する学者は、次のような実験をしました。まず、ネズミのしっぽを短く切ってしまいます。ネズミにはかわいそうですが、しっぽだけなので命には別状がなかったというところが少しほっとするところです。このしっぽを切ったネズミから生まれたネズミのしっぽも、また短く切ってしまいます。このようにして、何代もしっぽを短く切ったにもかかわらず、生まれる子供はいつもしっぽの長いネズミでした。 しかし、この実験は、ラマルクの説を批判するにはあまり確かなものとは言えませんでした。なぜなら、ネズミは自分から進んでしっぽを短くしようとしたのではなく、無理矢理しっぽを短くさせられたからです。この実験のために何匹ものネズミのしっぽを切った学者は今ごろ、「しっぽの実験はしっぽい(失敗)だったなあ」と思っているかもしれません。 言葉の森長文作成委員会(Σ) ![]()
ダーウィンのお父さんとおじいさんは 読解マラソン集 小3 秋 2番
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ダーウィンのお父さんとおじいさんは、医者でした。ダーウィンも最初は大学の医学部に入れられて勉強をしていました。しかし、ダーウィンは、成績が悪く、やる気が見られませんでした。見かねたお父さんは、ダーウィンを医者にすることをあきらめて、牧師になるための大学に入れなおしました。しかし、ダーウィンはここでも牧師の勉強には関心がなく、博物学という動物や植物の勉強にばかり夢中になっていました。
やっと大学を卒業したダーウィンは、今度は海軍の測量船に乗って世界中を見て回ることにしました。お父さんは、船で世界一周することなどはもちろん大反対です。しかし、周りの人の助けも借りて何とかお父さんを説得したダーウィンは、それから五年間、ビーグル号に乗って世界中を探検しました。 南米のガラパゴス諸島で、ダーウィンは不思議なことに気づきました。ガラパゴス諸島の島と島の間には速い海流が流れていて、動物たちが行き来することができません。そのような閉ざされた島にすむ動物たちは、島ごとに姿形が変わっていたのです。例えば、ヒワという鳥のくちばしが、ある島では昆虫を食べるのに都合よくできているのに対し、ほかの島では植物を食べるのに都合よくできているというようなことです。 ダーウィンは、この観察をもとに、自然淘汰という考えを作り上げました。つまり、それぞれの環境に適したものが生き残り、適さないものが淘汰されることによって、だんだんと種が進化していくという考え方です。 当時の人々は、生物の種は神様が作ったもので最初から完全な形であり、進化することなどはありえないと考えていたので、ダーウィンは多くの人から批判されました。更に、ダーウィンが、進化論を人間にあてはめて、「人間もサルから進化した」と述べると、∵批判は更に大きく広がりました。人間が神様から作られたものだという考えと、サルから進化したものだという考えでは、天と地ほどの差があったからです。 しかし、ダーウィンの考え方は科学的で、だれもが納得せざるをえない根拠を持っていたので、次第に多くの人が認めるようになりました。 ところが、この進化論にも弱点がありました。それは第一に、環境に適したものが生き残るという考え方で説明するには、生物の種類があまりにも多いということです。もし、ライオンが地球の環境に最も適していたとすれば、ほかの動物は全部ライオンとの生存競争に負けて、地球上にはライオンしかいなくなってしまってもおかしくありません。地球の環境に最も適しているものがラッコだったらもっと大変です。右を向いてもラッコ、左を向いてもラッコで、どこを見てもラッコラッコラッコラッコラーッと、いつの間にか怒られているようです。 進化論の第二の弱点は、自然淘汰だけで進化を説明しようとすると、鳥のくちばしの変化ぐらいまでは説明できても、アメーバが魚になり、魚が爬虫類になり、爬虫類が哺乳類になるというような大きな変化は説明しにくいということです。 進化論の第三の弱点は、進化論そのものよりも、その進化論を利用した社会の問題でした。進化論は、欧米諸国がアジアやアフリカを植民地にするときに、その裏づけとなる考えとして利用されました。つまり、白人は最も優れていて、有色人種はそれよりも劣り、その有色人種よりも更に劣っているのがサルだという考え方が、白人の支配を正当化したのです。 このような弱点はあったものの、ほぼ一人で進化の全体像を考え出したダーウィンは、人間のものの見方を大きく前進させたのでした。 言葉の森長文作成委員会(Σ) ![]()
藤原道長は 読解マラソン集 小3 秋 3番
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藤原道長は五番目の子だったので、父の位である摂政や関白を継ぐことができるとはだれも思っていませんでした。しかし、子供のころから負けず嫌いで、気が強く、また胆のすわったところのある道長は、のちに強運も手伝って、事実上、天皇以上の権力を持つ摂政・関白の位につき、全盛をきわめました。そして、ほこらしげに「この世をばわが世とぞ思う望月のかけたることもなしと思えば」(この世は私の世だと思うよ。今日の満月のように欠けているところがないと思えば)という歌をよみました。権力をほしいままにした道長は、莫大な財産を持っていたので、それを生かし、貴族の文化、平安文化をささえました。漢詩や和歌、絵巻物、そしてかな文字による文学は、この時代に大きく発展しました。紫式部の「源氏物語」や清少納言の「枕草子」などもこの時代の作品です。
さて、子供のころの道長はどんなふうだったのでしょう。兄たちとともに父の前に呼ばれた時のことです。父兼家は、できのよい公任という自分のいとこの息子を引き合いに出し、「お前たちは、公任のかげもふめんぞ」と叱咤激励しました。兄たちは、うなだれて聞いていましたが、道長だけは、「あいつの影なんか、たのまれてもふむもんか。私だったら、顔をふんづけてやる」と言ったそうです。なんという負けん気の強い性格でしょう。 また、道長は十七歳の時、仕えていた天皇の発案で肝試しをしました。雨のふりしきる真っ暗な夜、怖い話を聞いた後、天皇は、そこにいた三人にそれぞれ違う場所に一人でいってくるように言いました。他の二人はおそるおそる出かけたと思ったら、すぐに「ぶきみな声が聞こえた」とか「怪物が出た」などと叫びながら舞い戻ってきました。道長はと言うと、指示された大極殿という場所に一人で行き、証拠として柱の木を小刀でけずりとってきたのです。ま∵さか、一人で行けるまいと思った天皇が翌日調べさせてみると、削り取った木片はぴたりと柱のえぐれた部分に合いました。天皇はその勇気におどろきました。 このように、積極的で怖いもの知らずの道長は、人生を前向きに生きるすべを幼いころから知っていたかのようです。だからこそ、強運を呼び込むことができたのでしょう。父の後を継いだ一番上の兄道隆は、関白になったものの伝染病で亡くなってしまいました。その兄の後を継いだ次の兄道兼もまた同じ伝染病で、関白になってたった一週間で命を落としました。時の天皇はそのあとの関白を決めるのに迷っていました。すると、天皇の母が、自分の弟でもある道長を強く推薦しました。 出世する道は長いと思っていた道長でしたが、三十歳のころには政府の第一人者となっていました。「望月」の歌は道長が五十三歳のころに詠んだものです。 言葉の森長文作成委員会(φ) ![]()
寝る子は育つ 読解マラソン集 小3 秋 4番
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「寝る子は育つ」ということわざがあります。昔の人は理屈でなく経験で理解していたのでしょうが、このことわざのとおり、寝る子が育つのには科学的な根拠があるのです。日の出とともに起き、日の入りとともに眠るような時代と異なり、現代の人々は夜も活動を続けています。ですから、大人はもちろん、子供が眠りにつく時間も年々遅くなる一方です。しかし、夜更かしは健全な成長のためにも勧めることはできません。たとえ遅く寝たとしても、ある程度の睡眠時間を確保できればいいのだろうと思うかもしれませんが、そうではありません。睡眠も、量より質が問題になってくるのです。睡眠の場合、眠りに就く時間が重要なポイントになります。「早起きは三文の得」ということわざがあるのも、実は納得できる理由があるのです。
それでは、どうして遅く寝るのはいけないのでしょうか。睡眠中には大切なホルモンが分泌されます。成長期の子どもたちに最も重要なのが成長ホルモンです。このホルモンは夜九時から二時くらいの間に盛んに分泌されます。ホルモンは夜中に出るもん(出るもの)なのです。ですから、この時間には眠りに就いている必要があります。成長ホルモンの主な働きは、骨の成長を促し、筋肉を作るたんぱく質の合成を助け、日中活動して痛んだ細胞を修復することです。名前のとおり、体の成長に欠かせないものと言えます。 ほかにメラトニンというホルモンも忘れてはなりません。このホルモンは暗くなると分泌される性質があり、電気を煌々と灯した明るい部屋で夜更かしをしていると分泌量が減少してしまいます。メラトニンには人間の自然な生活のリズムを整える働きや、酸素の毒性から体を守る働き、それに加えて免疫を強化する働きがあります。∵ 遅く寝た場合、これらのホルモンが十分に分泌されず、体に支障をきたす恐れがあります。このことから、健康な体を維持するためには、早く眠りに就き十分な睡眠時間を確保することが大切だとわかります。 睡眠には深い眠りと浅い眠りがあることが知られています。浅い眠りでは脳はまだまだ活動しています。日中のできごとを思い出し、記憶として定着させています。ですから、日中いっしょうけんめい勉強したことが、浅い眠りを通して記憶として定着するわけです。 浅い眠りと深い眠りは九十分ごとに入れ替わると考えられていますが、眠りに就く時間が遅く睡眠時間が少なくなった場合は、眠りのほとんどを深い睡眠が占めてしまいます。というのも、脳に休養を与えるという、人が生きていくうえで重要な眠りが深い眠りだからです。睡眠時間が足りなくなった場合は、浅い眠りの出番はなくなってしまうのです。 毎日深夜まで勉強していると、かえって脳を痛めつけることにもなりかねません。せっかくの努力を無駄にしないためにも、また効率よく学習の成果をあげるにも、早い時間に床に就き能率のよい睡眠をとりましょう。 言葉の森長文作成委員会(ω) ![]()
包丁で指を 読解マラソン集 小3 秋 5番
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包丁で指を切ってしまったり、転んでひざをすりむいたり、そんな怪我をした経験はだれにでもあるでしょう。そんなとき傷口から血が出てきます。ひどい怪我の場合は血が流れ出ることもあります。痛いのはもちろんのこと、普段はあまり見ることのない赤い血がにじみ出てくるのですから、しばらくは大騒ぎしてしまうかもしれません。その騒ぎがおさまり、心も平静を取り戻す頃、傷口ににじんでいた血は、糊のように固まってきているはずです。やがて少しずつ乾いて固くなり、かさぶたになるのです。
血、つまり血液にはたくさんの働きがあります。傷口から出てきた血液が固まるのは、血小板という物質が働いてくれるためです。血液はいくつかの成分が合わさって形作られていますが、血液の中で血小板が占める割合は約五パーセントにすぎません。ふだん静かな血小板は、怪我をしたときにだけ、まるで決勝戦のように大活躍するのです。 では、けがをしたときに血小板はどのように働いて血を止めるのでしょうか。血管のどこにも傷がなく、止血の必要がないときの血小板の形は、丸くて平たく、まるでおはじきのようです。そのおはじきは血液の流れとともに、体中をめぐっています。町中を巡回するおまわりさんといったところでしょうか。 ところが、血管に傷口ができるという緊急事態が発生すると、巡回中の血小板たちはあっというまに現場に集まってきます。そのときは、おはじきだった体を金平糖のように変化させます。この変身は「血小板の活性化」と呼ばれています。平たかった体はボールのような球状に変わり、おまけに何本もの手足が飛び出してきます。この手足は偽足と呼ばれますが、「にせのあし」と書かれたその字のごとく、まるで足のような働きをします。緊急時の血小板は、この偽足をじょうずに操って血管の中をすばやく移動し∵ます。そうして傷口に血小板が集まってきたところが、糊のようになった状態なのです。 ここからかさぶたができるにはもう一つ別な物質の力を借りねばなりません。その物質とは、やはり血液中に存在するフィブリンというタンパク質の一種です。このフィブリンが糸のようになり絡み合ってできたネットが傷口を補強します。こうしてかさぶたが完成するのです。すばらしい連係プレーと言えそうです。 さて、傷口を補強してくれるフィブリンですが、このような糸状のものが血液の中に流れていたら、血液はうまく流れることができず、つまってしまいます。そこで、フィブリンは害のない別な形に姿を変えて出番を待っています。フィブリンのもとになるものは、血液の中では一つずつばらばらになって静かに流れています。緊急事態が発生すると、これがいくつもつながって糸状のフィブリンに変身するのです。 言葉の森長文作成委員会(ω) ![]()
ミツバチの群れは 読解マラソン集 小3 秋 6番
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ミツバチの群れは、一匹の女王蜂と数千匹から数万匹の働き蜂、繁殖期に現れる二千匹から三千匹の雄蜂で構成されています。それぞれの役割分担も明確で、高度な巨大社会を形成していると言ってもよいでしょう。
ミツバチは、規則正しい六角形を組み合わせて巣板を作ります。巣板を構成する六角形の小部屋は巣房と呼ばれます。巣房は、育児、花粉の貯蔵、花蜜の貯蔵、ハチミツの加工など、さまざまな目的に利用されています。それぞれの作業を効率よく行えるように、巣房の配置も考慮されています。 では、ミツバチは、なぜ六角形の巣を作るのでしょうか。もしミツバチの巣が丸だったら、上下左右に並べていくとき、無駄なスペースができてしまいます。もし四角だったら、巣と巣の間に隙間はなくなりますが、ミツバチが巣に入ったときに無駄なスペースができてしまいます。ミツバチの体型から考えると、六角形がいちばん効率がよいのです。 ミツバチの巣の材料は、働き蜂の腹部から分泌される蝋片です。働き蜂は、その蝋片を、後肢の内側にあるブラシ状の毛を使って抜き取り、肢についた蝋片を大あごでくわえ、それをかみ砕きながらはりつけていきます。この根気のいる作業を続けるだけでも大変なことですが、定規も分度器もコンパスも持たずに六角形の巣を規則正しく並べていくのですから、まさに神業としか言いようがありません。 以前は、ミツバチが最初に丸い形の巣を作り、それが周囲から押しつぶされて自然に六角形になると考えられていました。しかし実際にミツバチの巣づくりの様子を観察したところ、初めから六角形を作っていることが分かったのです。 一九六六年、ドイツの二人の学者は、ミツバチの巣が横向きに作られていることから、六角形の巣を作る秘密は、重力に関係ある∵のではないかと考えました。巣を作るとき、ミツバチは、頭を上下左右に向けたいろいろな姿勢を取らなければなりません。そのときに体にかかる重力は絶えず変化します。そこで、二人が注目したのが、働き蜂の首と腹にある感覚毛です。二人は、実験から、ミツバチは首の感覚毛が頭に触れることによって重力の方向を感知していることをつきとめました。ミツバチは、感覚毛の接触によって、自分の体の向きを知り、六角形の巣を作っていたのです。 ミツバチの巣がいかに巧妙に作られているかは、数学者たちの研究によっても証明されています。三つの菱形からなる中央部のそれぞれの角度は一〇九度二八分ですが、この数字は、使う蝋の量を最小にして巣を作った場合の角度なのです。数学者たちが微分学の理論を使ったむずかしい計算をして出した数字をミツバチは生まれながらに知っていたことになります。 ハニカム構造と呼ばれる六角形の組み合わせは、効率がよいだけではなく、安定した形でもあります。外部から力が加えられたとき、うまく力を分散することができるのです。ダイヤモンドや雪の結晶は、このハニカム構造になっています。また、建築材料、航空機の翼の内部、サッカーゴールのネット、スキー板の内部などにもこのハニカム構造が応用されています。ハニカム構造がこんなにも幅広く採用されていることをミツバチが知ったら、はにかんでしまうかもしれません。 言葉の森長文作成委員会(Λ) ![]()
左胸の下の方に 読解マラソン集 小3 秋 7番
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左胸の下の方に手を当ててみると、心臓がドキドキと規則正しく動いているのがわかります。心臓は、全身に血液を送り出すポンプの役割をしています。心臓は、動物が生きているかぎり、休みなく動き続けます。動物が生きていられるのは、心臓が休むことなく体のすみずみまで血液を送り続けているからなのです。
血液は体中に酸素や栄養分を運びます。酸素は、息を吸うことによって肺から血液の中に取り入れられます。栄養分は、食べ物を摂取することによって腸から血液の中に取り入れられます。心臓は、昼も夜も休むことなく働き続けています。もし、心臓が休憩したら、酸素や栄養分が体に回らなくなってしまいます。いくら私たちが「栄養はもうええよう。」と言っても、心臓はその動きを止めません。 激しい運動をしたり、緊張したりすると、心臓の鼓動が速くなります。これは、体や頭が酸素や栄養分をたくさん必要とするため、血液の流れを速くしようと心臓の動きが活発になるからです。 血液の仕事は、酸素や栄養分を送り届けることだけではありません。不要になったものを回収する働きもしています。二酸化炭素や老廃物を回収してくれるのです。酸素や栄養分が通る血管は動脈、二酸化炭素や老廃物が通る血管は静脈といいます。 心臓は、にぎりこぶしくらいの大きさで、こぶしをにぎったり、ゆるめたりするような動きをくりかえしながら、体中に血液を循環させています。心臓は、手や足の筋肉とは違う、非常に丈夫な特別の筋肉でできています。また、脳からの命令で動いているのではないことも一つの特徴です。ふつう、体の筋肉は、脳の命令で動いていますが、心臓の場合は脳の命令とは関係なく、ひとりでにちぢんだり、ふくらんだりしているのです。∵ さて、心臓のドキドキという音ですが、この音は心臓の中についている弁が閉じるときの音です。ストーブに石油を入れるポンプを思い浮かべてみましょう。ポンプで石油を吸い込むとき、まず下のふたが開いて石油を吸い込みます。その石油を吸い込み終わると、ふたはすぐに閉じてしまいます。次に、石油を送り出すときには、別のふたが開いて石油が別の方に流れていきます。ポンプは、二つのふた、つまり弁を開いたり閉じたりしながら、石油を送り出しているのです。 心臓もこの石油ポンプと同じしくみになっています。心臓の中にもふたがあり、このふたが開いたりしまったりしながら、血液を送り出しています。心臓の弁は、流れた血液が逆周りになって戻ってこないように、音がするほど強くしめます。この音がドキドキという音になって聞こえるわけです。 哺乳類や鳥類の心臓は、田んぼの田の字の形のように四つの部屋に分かれています。爬虫類や両生類の心臓は三つの部屋に、魚類の心臓は二つの部屋に分かれています。石油ポンプにはもちろん一つの部屋しかありません。部屋が分かれていると、それぞれの部屋で役割を分担できるので、心臓の性能がよくなります。 人間の心臓は、田の字の向かって左上から体中の汚れた血を回収し、それを左下に集めて肺に送り込みます。肺できれいになった血液は田の字の右上で集められ、右下から勢いよく再び全身に流れていきます。 言葉の森長文作成委員会(Λ) ![]()
食虫植物とは 読解マラソン集 小3 秋 8番
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食虫植物とは、葉などで虫や小動物をつかまえて消化し、栄養分として吸収する植物のことです。食虫植物と言っても、しょっちゅう虫をつかまえているわけではありません。食虫植物も普通の植物と同じように、日光から栄養分を自分で作っているので、虫を食べなくても枯れることはないからです。ただ、育ちが少し悪くなることはあります。食虫植物は、世界には、五百種あまり、日本にも、二十種あまりが自生しています。数ある食虫植物の中から、ハエトリグサ、ウツボカズラ、モウセンゴケの三種類を紹介しましょう。
ハエトリグサの葉には、片側に三つずつ、合計六本の小さな毛が生えています。虫がこの毛に二回さわると、すぐに葉が閉じて虫をつかまえます。虫があたふたしているうちにふたが閉まってしまうわけです。なぜ二回さわるまで葉を閉じないかというと、一回だけでは虫が葉っぱのまん中に入っていないかもしれないからです。二回ならほとんど間違いなく虫が真ん中に入っているだろうというわけです。ハエトリグサは用心深い性格なのかもしれません。 葉を閉じてからもしばらくは、葉の中に虫が動ける隙間があります。しかし、虫をつかまえてから一日経つと、葉をぴたりと閉じて虫を押しつぶしてしまいます。そして、消化液を出して虫をどんどんとかしてしまいます。虫を完全にとかすまでには十日ぐらいかかります。その後、また葉を開いて、次の餌食となる虫を待つのです。 ウツボカズラのふくろにはふたがあります。このふたの裏やふくろの口のまわりから甘いミツを出して虫をおびきよせます。ふくろの表面はロウのようになっていてとてもすべりやすいので、虫たちがいくらもがいても徒労に終わってしまいます。ミツを目当てにやってきた虫たちは、結局は足をすべらせてふくろの中に落ちて∵しまいます。ふくろの下にはいつも消化液がたまっています。ウツボカズラは、ふくろの内側にあるぶつぶつから虫の栄養分を吸い取っています。一方的に栄養分を取るだけですから、物々交換とはいかないようです。ふくろについているふたですが、このふたは雨を防ぐためのもので、虫をつかまえた後も閉まりません。 モウセンゴケの仲間は、北極、南極、砂漠をのぞく、ほぼ世界中に分布しています。日本でも北から南までどこでもよく見ることができます。モウセンゴケの葉には腺毛が生えていて、その先からねばねばした液を出して虫を捕えます。赤い腺毛の先にねばねばがきらきらと光り、まるでダイヤモンドダストのようです。葉の上に虫がとまると、毛が素早く動きだします。毛だけでなく葉も虫をつつみこむように動き、虫をとかす消化液を出します。十時間もすると、葉は虫をくるくる巻きにして、ゼンマイのような姿になります。そして、消化液でとかされた虫の栄養分を吸い取り、その後、まるで何事もなかったようにまた葉を開いて次の虫を待ちます。「モウセンゴケ」とは名ばかりで、「もう、せん。」と言いながらも次々に虫をつかまえてしまうようです。 言葉の森長文作成委員会(Λ) ![]()
清作は一歳半の時に 読解マラソン集 小3 秋 9番
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清作は一歳半の時に、いろりに落ちて、左手に大やけどを負いました。悲鳴を聞いて、外で野良仕事をしていた母シカが驚いてかけつけた時には、清作の手は、やけどで開くことができなくなっていました。一八七七年、福島県の猪苗代湖のそばにある小さな村でのできごとです。
当時の医療では、やけどでくっついた指をもとの通りに戻す手術は不可能でした。何軒も医者をたずね、遠い町の医者に、 「残念だが、この子の手はなおらん」 と言われた時、シカは声をあげて泣きました。 まだ幼い友達は、清作の手を見てからかいました。清作はものをつかむことも、自由に動かすこともできない左手をくやしがって、一人泣くこともありました。しかし、学校にあがってからは、たいへん熱心に勉強し、だれにも負けない成績をおさめたのです。 父親が大酒飲みで働かないため、たいへん貧しかった清作のうちでは、どんなに優秀でも上の学校へ進学させる余裕がありませんでした。子供の清作にとっては、母のシカしか頼る人がいなかったのです。しかし、ちょうど清作のいる小学校に巡回に来ていた小林先生が、清作の勉強に対する熱意を知り、清作の進学を助けてくれたのです。 また、先生はアメリカ帰りの高い技術を持つ医師に紹介状を書いてくれました。大変お金のかかる手術が必要でしたが、先生や学校の友達がお金を出し合ってくれて、清作は手術を受けることができました。ついに、指が一本一本離れ、ものをにぎれるようになったのです。 清作は、直してくれた医師や恩人の小林先生らに感謝しながら、心に誓ったことがありました。 「一生治らないと思っていた左手が、医学の力で治った。私も将来医者になって、自分のように苦しむ人々を助けたい。それが∵私の恩返しだ」 この清作少年こそが、のちの野口英世です。その献身的な研究ぶりは、まさに寝る間も惜しむほどだったそうです。留学先のアメリカでは、「日本人はいつ眠るのだ」と他国の学者を驚かせるほどの猛勉強をし、その生涯を医学の研究にささげたのです。 言葉の森長文作成委員会(φ) ![]()
種の起源 読解マラソン集 小3 秋 10番
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『種の起源』の著者チャールズ・ダーウィンがミミズの研究を始めたのは、二十八歳のときでした。それ以来、ダーウィンは四十年以上もミミズの観察を続けました。ダーウィンが最初に目をつけたのは牧草地です。最初はでこぼこで石ころだらけだったはずの牧草地の土が細かくしっとりとした土になり、地面が平らになっていくのは、ミミズが土を食べて、土のフンをするからではないかと考えたのです。つまり、ミミズが長い年月をかけて、土を耕しているのではないかと思いついたのです。
ダーウィンは、十年ほど前に土をよくするために石灰をまいたという牧草地に行ってみました。すると、石灰は、地表から七・五センチぐらいのところに埋まっていました。ダーウィンはミミズが石灰の上にフンをして、十年の間にこれだけ埋めてしまったに違いないと考えました。しかし、もしかしたら、その十年の間に、誰かが土をまいたのかもしれません。ほかの動物や風が土を運んできたということも考えられます。そこで、ダーウィンは、これがミミズの仕事だったということを自分の目で確かめようと決意しました。 ある年の冬、三十三歳のダーウィンは、自宅の裏に広がる牧草地に石灰岩の破片をばらまきました。この場所なら毎日観察することができます。しかし、石灰岩の破片が埋まって見えなくなるまでに数年、ミミズが耕す土の量をほぼ正確に計算できるようになるまでに数十年かかります。ダーウィンは、来る日も来る日も牧草地をながめながら、この気の遠くなるような年月を待ち続けました。 もちろん、この間、ダーウィンはただ待っていただけではありません。ミミズにガラスやれんがのかけらを食べさせたらどうなるか、地面の下に何匹くらいミミズがいるか、ミミズのフンはどのように移動するのかなど、ミミズに関するさまざまな実験を行いました。まさにミミズづけの数十年間だったのです。ミミズのフンの研究ばかりしているダーウィンに、もう青年になっていた子供た∵ちは憤慨しました。それでも、ダーウィンは実験を続けました。 最初に石灰岩の破片をまいてから二十九年たち、ダーウィンは六十二歳になっていました。その年の十一月、ついに牧草地を掘る日がやってきました。ダーウィンは、牧草地にざくっとスコップをさしこみます。土を持ち上げると、白いものが見えます。それは、言うまでもなく、二十九年前に牧草地にばらまいた石灰でした。深さ五十センチほどの穴を掘ると、周囲の土の壁に一筋石灰の層が見えます。石灰は、地表から十七・五センチぐらいのところに埋まっていました。二十九年間で十七・五センチということは、毎年約六ミリずつ埋められていたことになります。これは、もちろんミミズのはたらきによるものです。 ダーウィンは、この研究を三百ページをこえる一冊の本にまとめ上げました。進化論の提唱者として有名なダーウィンですが、その一方でミミズのような小さな生き物の研究にも生涯をささげたのです。みんなが見向きもしないような小さな生き物に注目し、その生態を明らかにしたダーウィン。そのダーウィンが亡くなったのは、ミミズの本を書き上げてから半年後のことでした。 言葉の森長文作成委員会(Λ) ![]()
二種類の生き物が 読解マラソン集 小3 秋 11番
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二種類の生き物が一緒に暮らすことを共生といいます。その一例がイソギンチャクとクマノミです。普通、魚がイソギンチャクの触手に触れると、毒針によって麻痺させられてしまいます。しかし、クマノミの体の表面には特殊な粘液が分泌されていて、イソギンチャクの毒には反応しません。クマノミが出す粘液の成分はイソギンチャクの粘液の成分と似ているため、イソギンチャクはクマノミをえさと見なしません。このため、クマノミはイソギンチャクの周りをすみかにして、恐ろしい敵から身を守ることができるのです。
クマノミの体は、どの種類も赤、オレンジ、黄色、黒、白などが組み合わさった鮮やかな色をしています。歌舞伎役者の隈取りした化粧に似ているのでクマノミという名前がついたそうです。 では、イソギンチャクにとって、クマノミが周囲にいることにどんな利点があるのでしょうか。クマノミは、イソギンチャクの周りに縄張りを持っており、イソギンチャクの触手などを食いちぎって食べる魚など、イソギンチャクの敵を追い払います。また、イソギンチャクの触手の間にえさを置いておくのですが、その一部はイソギンチャクのえさにもなるようです。つまり、クマノミとイソギンチャクは、お互いに身を守ってもらったり、えさの一部を分けてもらったりして、ギブアンドテイクの関係を保っているのです。 イソギンチャクカクレエビも、その名のとおり、イソギンチャクと一緒に暮らす仲間です。また、ヤドカリやカニの中には、自分のはさみや貝殻にイソギンチャクをつけて、身を守るものもいます。お互いにえさのやりとりもしているようです。 ハゼとエビも共生しています。ハゼは、エビが苦労して掘った巣穴に同居します。視力のよくないエビにとって、自分の代わりに見張りをしてくれるハゼは歓迎すべき同居人です。また、エビが外出するときも、ハゼは忠実なボディガードの役割を果たします。∵巣穴の外にいるとき、エビは自分の触覚をハゼの体に常にぴたりとくっつけています。敵が近づいてくると、ハゼは、尾びれをふるわせてエビに合図をします。エビは、危険を察知してすぐに巣穴に入ります。もちろん、ハゼも一緒に巣穴に戻ります。ハゼとエビは、同じ巣穴の中で、ハーハー、ゼーゼーと息を切らしながら、「危なかったね。」と話をしているのかもしれません。 ホンソメワケベラとクエは掃除共生する組み合わせとして知られています。クエは、本来、小魚をえさとしています。ホンソメワケベラは、クエに近寄ったら一口で食べられてしまいそうな小さな魚です。しかし、不思議なことに、ホンソメワケベラが近くに来るどころか、クエの口の中に入っても、クエは決してホンソメワケベラを食べようとはしません。これは、ホンソメワケベラがクエの寄生虫を掃除してあげているからです。クエは、口やえらなどにについた寄生虫をきれいさっぱりホンソメワケベラに取ってもらって上機嫌というわけです。クエがホンソメワケベラを食えないわけはここにあるのです。ホンソメワケベラにとって、寄生虫はえさにもなるし、大きな魚と一緒にいることで敵から身を守ることもできて一石二鳥です。 共生関係にある生き物たちは、違う種類であるにも関わらず、調和を保って、平和な関係を維持しているのです。 言葉の森長文作成委員会(Λ) ![]()
駄洒落とは 読解マラソン集 小3 秋 12番
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駄洒落(ダジャレ)とは、音が同じかそっくりな言葉をならべて遊ぶ言葉遊びです。江戸中期の雑俳と呼ばれる短い詩のひとつと言われています。地口とも呼ばれます。この雑俳に詠われる内容は、みんなの知っている言葉や、芝居の有名なせりふをもとにした機知に富んだおもしろいことがらです。いろいろな言葉をよく知っていて、世の中のことに精通し、センスがよいと気の利いたじょうずなシャレができるのです。ですから、江戸時代では、シャレのうまい人を教養があるとみなしたようです。立派な庶民の文化だったわけです。地口に合った絵を行灯に描いて、秋のお祭りに使ったという「地口行灯」は、最近復活して関東地方のあちこちで、作られているようです。
しかし、正統派の俳人や文化人と言われる人たちの中には、ばかばかしいおふざけと見る人もあり、シャレに「駄」がつけられてしまったのです。もともとは「洗練されている」「洒落ていて趣がある」という意味だったシャレですが、つまらない・粗末な・でたらめといった意味を表す、不名誉な「駄」がつけられてしまいました。 さて、ダジャレにはどんなものがあるのでしょう。いろいろな種類がありますが、まずはちょっとした語呂合わせで作る「同じ読み方の言葉を使ったもの」。これには、「電話にはでんわ」、「アルミ缶の上にあるミカン」などがあります。全く同じ音なのに全然違うものを表しているという意外性のおもしろさがあります。ダジャレといえば、このようなものを思い浮かべる人も多いでしょう。少し発展させると、「とかげと影」「机にくっつく絵」「宝があったから」などができます。 次に、「似たような音を持つ言葉を使ったもの」があります。「とこやはどこや」「めじろのねじろ」「迷子の舞妓」などがそれにあたります。気軽にひょいと口をついて出るような軽いダジャレ∵です。少し無理があると、またそれがおもしろくなることもあります。 三つめは、ニつの言葉をくっつけて作ったやや上級編です。「布団がお山の方まで吹っ飛んだ!」「おやまぁ。」ちょっとしたストーリーができあがります。 さらに、一つの文にニつの意味をもたせるものがあります。「風林火山ない?」と「風鈴飾んない?」、「倒産か辛かったな」と「父さんカツラ買ったな」、「私と居てください」と「渡しといてください」などです。ダジャレのつもりでなく、口にして、「あれ、勘違い」ということもあるかもしれません。 江戸時代には文化だったダジャレですが、最近では若者たちに親父ギャグなどと呼ばれて、肩身のせまいところです。しかし、日本語独特の音のおもしろさ、言葉から広がるイメージなどを共有することで、場が和み、楽しい気分になるものです。ダジャレを最もよく言う層は、小学校高学年の男子と四十代以上のサラリーマンだそうです。語彙が増えて、ユーモアを解するようになったダジャレ入門者の小学生と、忙しい生活や仕事に疲れ、つかのまの癒しをダジャレに求めるダジャレ世代のお父さんたちというわけです。 欧米人は冗談が好きで、ユーモアとウィット(機知)に富んだ会話を楽しむ、とよく言われます。ユーモアのセンスというのは、言っている本人はもちろん、相手も楽しくなり、円滑な人間関係を結ぶ上で大変重要なものです。 ダジャレの特徴は、子供から大人までだれでも気軽に言えることです。「日本じゃだれでも、ダジャレを言える」となったら、ダジャレは日本の伝統文化の一つとして世界に誇れるものになるかもしれません。 言葉の森長文作成委員会(φ) ![]()
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