海のカメレオン、タコ 読解マラソン集 小3 夏 1番
読解マラソン集は、みなさんの声を取り入れて編集します。ご意見ご要望は、マラソン広場まで。 http://www.mori7.com/marason/hiroba/
「人魚 姫」に 登場する 魔女や、 海賊映画に出てくる海の 魔物は、なぜかタコの 姿をしています。外国では、「人 喰い○○」といえば、サメではなくタコを 思い浮かべる人もたくさんいます。日本人のように、タコはこっけいでしかもおいしい、と考えるのはどちらかといえば少数 派なのです。
長らく 怪物扱いされてきたタコですが、 最近の 研究によると、この 生き物は、 実はとても 賢いということが分かってきました。
タコは、 無脊椎動物の中ではきわめて 高度に 発達した 脳を 持っています。ある科学 者は、 蓋のついたびんに 好物のえさを入れ、タコに 与えてみました。するとどうでしょう。タコは 試行錯誤の 末見事に 蓋を回してえさにありついたのです。また、ある 水族館での話では、 一匹のタコは夜な夜な 排水管を 伝って 隣の 水槽に 忍び込み、魚を食べていたということです。この 動物は、 経験からいろいろなことを 学習していくのです。
タコの数ある 特技のうちでも 特に珍しいのは、その 独特の 変身術です。あまり 見事に 変身するので、海に 慣れたダイバーたちでさえ、タコのすぐそばを 泳いでいながらその 存在に 全く気づかないことがあります。このため、タコは、「海のカメレオン」とも 呼ばれています。
この 芸当を 可能にするのは、その 特殊な 皮膚の作りです。タコの 皮膚には、 色素を 持つ細胞が二百万 個ほどもあります。一 平方ミリメートルあたり 約二百 個という数です。そして、それぞれの 細胞には赤か黄か黒の 色素が 含まれています。タコは、その 細胞を 取り巻いている 筋肉を 縮めたり 緩めたりして、 無地になったり 模様入りになったりと、またたく 間に 変身します。タコは 皮膚の 質感を 変化させることもできます。岩にへばりつき、 皮膚をそのごつごつした 岩肌に 似せて、 完全に岩になりきるのです。∵
最近発見されたミミックオクトパスというタコは、さらにうわてです。形や 動き方まですっかりまねて、ほかの 生物そのものに 化けてしまうのです。そのレパートリーは 幅広く、ヒラメ、ウミヘビ、エビなど何にでも 変身してしまいます。ヒラメに 化けたタコに、 仲間と 勘違いした 本物のヒラメがついてくることもあります。これでは 天敵もすっかりだまされてしまうでしょう。この 賢い「海のカメレオン」は、まさにアカデミー 賞ものの 名優なのです。
「タコさん、人間にも 化けることができるんですか。」
「さあ、それはやっタコとないなあ。」
「 近所のおじさんが、そうみたいなんですけど。」
「わあい、言っちゃおう。」
言葉の森 長文作成委員会(Μ)
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ウミガメの産卵 読解マラソン集 小3 夏 2番
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世界中を 簡単に 旅することができなかった 昔の人々にとって、ウミガメが毎年 決まった 季節になると 海岸にやってきて 卵を 産んでいく 様子は、 神秘的だったことでしょう。そんなウミガメから、 竜宮城という 夢のような話が生まれたのかもしれません。
では、日本にやってくるウミガメには、どんな 種類があるのでしょうか。日本 列島は 四季がはっきりしているので、 季節によって 気温や 海水温が大きく 変わってきます。その中で、日本に 卵を 産みにくるのは、アカウミガメ、アオウミガメ、タイマイなどのカメです。 関東地方より南の 海岸で 卵を 産むアカウミガメは、春になると日本近海に 姿をあらわします。アオウミガメは、 屋久島より南で 卵を 産み、タイマイは 沖縄本島より南で 卵を 産みます。
産卵場所となる 海岸の 沖には、オスがメスより一 ヶ月も前に来て 待っています。やがてメスがやってくる 時期になると、オスたちはメスのあとをついてまわるとともに、オスどうしで 激しく争い、メスを 奪い合います。かんだり、ぶつかったり、オールのような足ではたいたりと、とても 迫力があり、 水族館でゆったり 泳いでいるときの 姿からは 想像もつかないほどです。その後、オスは 産卵場所のまわりの海から 姿を 消します。メスは近くの 砂浜に 上陸して 産卵します。
お 風呂やプールに入ると、体が 軽く感じられます。それは、水の中につかっているものには 浮力が 働くからです。海中のウミガメは、 浮力のおかげで 重さが 陸上にいるときよりもずっと 軽くなります。しかし、 浮力の 働かない 陸上では 自由に体を 動かすことができません。海から上がって 卵を 産むときには、 外敵から自分や 卵を 守ることもできなければ、すばやく 逃げることもできません。そのため、 産卵をひかえたメスは、夜になってから 用心深く砂浜に 上陸し、 安全を 確かめてから 産卵にとりかかるのです。∵
アカウミガメは、左右の後ろ足を 交互にシャベルのように 使って、大きな 穴を 掘り、一回に百 個ほどの 卵を 産みます。一頭のメスは、夏の 産卵期の間に多いときで六回くらい 卵を 産みます。
では、ウミガメは 危険をおかしてまで、どうして 陸に 卵を 産むのでしょう。ウミガメは、 陸上で生活できるように 進化してきた 爬虫類の 仲間です。 爬虫類は 乾いた 場所でも体の水分が外へ出ていかないように、 丈夫なウロコのような 皮膚で体をおおっています。 卵も、水中に 産む魚類や 両生類のものと 違い、 鳥類の 卵のように 殻に 包まれています。ウミガメの 卵は、 殻を通して 息をしており、水中だと 息ができずに 死んでしまうのです。このため、ウミガメは一生の大 部分を海で 暮らすようになった今でも、 卵だけは 陸に 産みにくるのです。
ウミガメのひとりごと、「わたしも、本当は、海でウミたいわあ」。
言葉の森 長文作成委員会(Κ)
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七夕の空 読解マラソン集 小3 夏 3番
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春の 終わりごろになると、はくちょう 座、こと 座など、夏を 代表する星たちが空に 現れてきます。かんむり 座は高くのぼり、南東の空からは、さそり 座がすがたを見せてきます。
春の 星座は、頭の 真上から西の空へ 移りはじめ、長く 横たわったうみへび 座は、頭から西の空へ 沈もうとしています。冬の 星座はほとんど 姿を 消し、ぎょしゃ 座のカペラ、ふたご 座のポルックスとカストルが 低い空に光っているだけです。 梅雨に入ると、雨が多く、しばらくは 美しい星空も見えない日が 続くかもしれません。
七月七日の 晩、 笹の 葉に、 願い事を書いた紙をつるしたことがあるでしょう。七夕の 主役は、 織姫ということ 座のベガと、 彦星というわし 座のアルタイルです。この二つの星が天の川をはさんで光り、一年に 一度、七月七日の 晩に会うのです。
七夕の星まつりは、日本では 平安時代に、 身分の高い人が 庭に 香をたき 短冊に 願い事を書いたのが 始まりです。 一般の人々が星まつりをするようになったのは、 江戸時代からです。もとになった 織姫と 彦星の話は、中国から 伝わってきたものです。
天帝の 娘織女は、 牛飼いの 若者牽牛と 結婚しました。二人は 働き者なので 天帝も 喜んでいましたが、 結婚すると毎日 遊びつづけ、 仕事をしなくなりました。 天帝は 怒って、二人を天の川の東と西に 引き離しました。しかし、 織女があまりにも 嘆き悲しんでいるのを見て、 天帝は、二人が一年に一 度だけ会うのを 許すことにしました。七月七日の 晩、 織女と 牽牛が天の川の 岸にくると、大きなはくちょう 座のカササギが 飛んできて 橋の 役目をしてくれます。ところが、雨が 降ると、カササギは 飛んできてくれません。そこで、中国の人々は、その日に雨が 降らないようにと七夕 祭りを行ったのです。
こと 座のベガは、青く光る 一等星で、五月の 終わりごろにはもう∵東の空に 輝いています。わし 座のアルタイルは、ベガよりも一 ヶ月ほど 遅れて 昇ってきます。七夕のころでも、まだあまり高い空には見えません。アルタイルも 一等星ですが、ベガほど明るくはないので、さがすには、ベガとアルタイルと、はくちょう 座のデネブとでできる大きな三角形を 目印にします。この三角形は、デネブのところが直角で、夏の直角三角形と 呼ばれています。
七夕のころは、日本ではちょうど 梅雨の 時期にあたります。
七月七日が近づくと、アルタイルは、こう思います。
「今年は、ベガに会えるベガ。」
ベガも、そっとつぶやきます。
「雨が 降っても、川をアルイタル。」
言葉の森 長文作成委員会(Κ)
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昆布の旨味 読解マラソン集 小3 夏 4番
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ドイツの心理 学者が、 味には、 塩味、 酸味、 甘味、 苦味の四つの 基本の 要素があって、どんな 味もその組み合わせでできているという 説を 発表して 以来、 基本の 味についてはもうこれ 以外にないと思われていました。しかし、 味覚を 研究していた日本人の 化学者たちは、これにもう一つ、 旨味を 加えるべきだと 主張しました。
この 旨味の 成分を 発見し、 初めて学会に 報告したのは、池田 菊苗 博士です。 博士はある日、 夕飯を食べていて、 妻が作ったお 吸い物のあまりのおいしさに 感動を 覚えたのです。そして、「この 味は、四つの 基本味だけで出せる 味ではない」と 確信し、 旨味の 研究に 取りかかりました。
お 吸い物のだしは、 昆布でとられていました。そこで 博士は、四十キログラムもの 昆布から だし汁を作り、そこから 旨味以外のすべての 成分を 取り除いていくという、気の遠くなるような 作業を 続けました。そして 最後に 残った 旨味の正体が、 グルタミン酸という 物質であることをつきとめたのです。池田 博士はこれを学会に 報告するとともに、 調味料として 大量生産する 方法を 発明しました。そしてこの 旨味の 素は、「 味の素」として 商品化され売り出されました。
旨味の 成分は、池田 博士が 発見した グルタミン酸以外にもあります。たとえば、 煮干しや 鰹節のだしの 旨味はイノシン 酸、 干しシイタケやマツタケの 旨味はグアニル 酸です。だしの 味は外国にもないわけではありません。 西洋料理には 肉類と 香味野菜を 煮込んでとるスープストックやブイヨンと 呼ばれるだしがあります。 中華料理では、 鶏ガラや 干しエビ、 白菜やネギなど、やはりさまざまな 材料を 煮込んで「 湯」と 呼ばれるだしを作ります。
このように 旨味は 確かに 味をよくする 成分であるとは 認められていましたが、 旨味が 第五の 基本味であるということは、 世界の人々∵になかなか 受け入れてもらえませんでした。しかし、 最近になってようやく、 旨味は 第五の 味として 認められ、そのまま「 UMAMI」という用語となって 世界中に知られるようになったのです。
それでは、 旨味は、なぜおいしく 感じられるのでしょうか。それは、 旨味の 成分が、 私たちの体を作るために 欠かせないものだからだと言われています。 グルタミン酸は アミノ酸というグループに 属し、イノシン 酸やグアニル 酸は 核酸と 呼ばれるグループに入る 化学物質です。そして、この 両方ともが、 私たちの体を作るのにとても 必要なものなのです。つまり、体の方で、ちゃんとこれらをおいしく、たくさん 取り込むようにできているのかもしれません。
旨味は 少量の 塩が入ることで、より強くなります。また、ちがうグループの 旨味を組み合わせることによっても、ぐんとおいしさが上がることがあります。したがって、うまく 旨味を 利用することで、かえって 塩分を 減らしたり、よりおいしい 味付けにしたりすることも 可能になるのです。
ところで、 昆布の 旨味を 発見した池田 博士は、ロンドンに 留学していたとき、同じくロンドンに 留学していた文学 者の夏目 漱石に会っています。もしかすると、夏目 漱石と、「日本 料理のおいしいだしの 味が 恋しいなあ」などと話をしていたのかもしれません。
旨味の 研究は、 一杯のお 吸い物から 始まりました。
昆布のだしによろコンブ池田 博士の 笑顔が、 研究の 出発点だったのです。
言葉の森 長文作成委員会(τ)
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味覚を感じる場所 読解マラソン集 小3 夏 5番
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私たちが 味を 感じることができるのは、 舌や口の中にある 味蕾の中の 細胞が 味を 感じ、それを電気 信号に 変えて、 神経を通じて 脳に 送るからです。 味の 感じ方は 年齢だけではなく、 性別や 人種によっても 違いますし、 個人差もあります。また、 味覚は、 気候や風土などの 環境にも左右されます。日本人は白人に 比べて 味蕾の数が多いので、日本 料理のように 繊細な 味の 料理が 発達したのだという 説があります。また、日本人の 男性は 女性よりも 味蕾の数が多いので、 甘いものを 甘く感じすぎて 苦手であるという 説もあります。 実際、 苦味で 測定する、「 味盲」と 呼ばれる 味を 感じにくい人の 割合は、日本人では十人に一人くらいですが、白人ではその三 倍近くいるそうです。
この、 味を 感じる味蕾の数は、年が 若いほど多いのです。つまり、赤ちゃんがお母さんのおなかの中にいるときがいちばん多く、年をとるとともに 減って、 老人になると赤ちゃんのときの半分から三分の一になります。
赤ちゃんは生まれる前、お母さんのおなかの中の 羊水という水を 飲んでいます。この水はわずかに 甘く、お母さんのお 乳に 似ている 味だそうです。 味蕾の中の 細胞が 感じる味は、お母さんの食べる 食事によってもわずかずつ 変わってくると言われています 。味蕾をたくさん 持っている赤ちゃんが生まれてきたときには、すでに「わが家の 味」になじんでいるのかもしれません。
老人では 味蕾の数だけではなく、 唾液の 分泌も 減ってくるので、 食べ物がうまく 唾液に 溶けずに、 味蕾に 届きにくくなるのも、 味を 感じづらくなるひとつの 原因です。ですから、 老人になると、 味を 感じるまでに時間がかかったり、どちらかというと 味が 濃い食べ物を 好むようになります。
ところで、 現代では、 若い人たちの間にも 味覚障害の人が 増えて 問題になっています。 味覚障害といってもいろいろなタイプが∵あり、まったく 味を 感じないものから、本来の 味と 違う味を 感じるもの、 特定の 食べ物の 味だけを 感じないものまで、さまざまです。これらは 味蕾に 異常があるために 起こるのですが、その 原因で 最も多いのが、 亜鉛が足りないために 起こる味覚障害です。
亜鉛というのは 金属の 一種で、 私たちの体にはなくてはならないミネラル分です。どうしてなくてはならないかというと、 私たちの体の 細胞が新しく作りかえられるとき、 亜鉛が 必要になるからです。 味蕾の中の 細胞は、 寿命が十日ほどしかありません。つまり、十日ごとに新しく 生まれ変わらなければなりません。そのとき、 亜鉛の 助けが 必要になるのです。しかも、 亜鉛は、体の中では作り出せないので、外から 取り込まなくてはなりません。 亜鉛は、小麦の 胚芽や生ガキ、カタクチイワシ、カボチャ、ココア、 抹茶などに多く 含まれています。
病気のせいで、あるいは 他の 薬のせいでこの 亜鉛の 取り込みができなくなると、 亜鉛不足が 起こります。また、 現代の食生活で 問題になるのは、 加工食品やインスタント 食品に 含まれる 食品添加物です。これらの中には、 亜鉛を 取り込みにくくするものがあります。さらに、 無理なダイエットや、 好きなものばかり食べる 偏食によっても、 亜鉛不足が 起こります。ですから、 若い人たちにも、 味覚障害が 増えているのです。
やはり、食生活には気をつけていないと、「おいしい 味に出アエン」ということになりそうです。 味蕾を 発達させて、おいしいミライの食生活を楽しんでいきましょう。
言葉の森 長文作成委員会(τ)
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羽の構造 読解マラソン集 小3 夏 6番
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羽には、 様々な 用途があります。あるときには 婦人の 帽子を 飾り、 女性の 美しさを 際立たせます。 別のときにはペンになり、ラブレターをつづるかもしれません。またあるときにはコートの 中綿になり、 私たちを 温かく包んでくれます。
しかし、羽のありがたみをいちばん 感じているのは、何といっても鳥たちでしょう。羽がなければ 飛ぶことができません。 更に、 美しい羽は、つがいの 相手となるパートナーをひきつけるのにも 役立ちます。また、鳥を 寒さから 守る役目も 果たします。これらの点では、鳥たちも人間とあまり 変わりません。もっとも、羽をペンの 代わりにする鳥はいないようですが。
鳥類が羽を 持っていることは広く知られていますが、その作りをじっくり 眺めたことのある人はあまり多くないかもしれません。羽は 実に見事にデザインされています。
風切羽の中心には羽を 支える軸が走っています。よく見るとその 裏側には一本の 溝が 刻まれています。このちょっとした 工夫のおかげで 軸の 強度は高まり、 曲がったりよじれたりしても 折れにくくなっています。
鳥類はまた、 普通の羽の間に、糸のような細長い羽を 持っています。この羽の 根元にある 一種の 感覚器は、羽の 乱れを鳥に知らせます。羽が 乱れてきたという 信号が出ると、鳥は 翼を休め、くちばしで 羽づくろいをして羽を 整えます。この 感覚器はまた、 飛んでいる 速度を鳥が 判断するのに 役立っているのではないかとも言われています。
表面から見える羽の下には、ダウンと 呼ばれる 綿羽がぎっしりと生えています。カモの場合、その 厚さはニセンチ近くにもなります。 綿羽の 断熱性は 優れており、冬の 身を切られるような 寒さも、ダウンのコートがあれば 平気です。∵
羽のおかげで、鳥も人間もファッションを楽しむことができ、さらには 寒さをしのぐこともできます。鳥の羽は、まさに「一石 三鳥」あるいはそれ 以上の 働きをしています。しかし、生まれつきそういう羽を 持っているカモたちにとっては、当たり前のことなのカモしれません。
言葉の森 長文作成委員会(τ)
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アリの結婚式 読解マラソン集 小3 夏 7番
読解マラソン集は、みなさんの声を取り入れて編集します。ご意見ご要望は、マラソン広場まで。 http://www.mori7.com/marason/hiroba/
初夏のある日の午後、 巣穴のまわりに多数のアリが 忙しそうに 群がっています。クロオオアリです。みんな 大変興奮しています。よく見ると、その中に羽のある大きなアリがまじっています。さらに気をつけてみると、この羽のあるアリには大小二つの 型があるようです。やがて羽のあるアリは、 次々に大空へ 飛びたっていきます。大多数のアリには羽がないのに、大空へ 飛びたった羽のあるアリたちはいったい 何者なのでしょうか。
この羽のあるアリは 羽アリとよばれ、大きいほうがメス、小さいほうがオスです。そして、大空へ 飛びたっていったのは、メスの羽アリにとってはおむこさん 探し、オスの羽アリはおよめさん 探しの 出発なのです。このような羽アリの 旅を 結婚飛行と言います。
この 結婚飛行の 時期は、アリの 種類によって 決まっていて、そのときには同じ 地域のたくさんの 巣からいっせいに羽アリが 飛び出していきます。たとえば日本の 中部では、クロナガアリが四月 下旬、クロヤマアリが五月 中旬、キイロシリアゲアリが九月です。
大空に 飛び出した羽アリたちはオスメス入りみだれて 飛びつづけます。やがて、メスアリは、地上におりて自分で自分の羽を 落とします。これは母親になる 準備です。そして、 巣となる 場所を 求めて歩きまわり、 適当な 場所が見つかると、そこに 産卵のための 穴を 掘ります。やがて 巣が 完成すると入り口を 内側からしっかり 閉めて中にこもります。
オスアリたちも地上にまいおりますが、 結婚飛行でつかれ、じきに鳥や虫のエサとなってしまいます。
巣の中にこもったメスは、やがて毎日ほぼ一 個ずつ 卵を 産みます。 卵はメスアリに 抱きかかえられるように 大事に 守られ、やがて 幼虫になります。 幼虫は、母アリから口うつしでえさをもらって大きくなり、何日かたつと、おしりの先から 絹を出して、自分の体をつつむようにしてまゆをつくります。そして、まゆの中で 脱皮∵をしてさなぎになります。さなぎは、もうアリの形をしています。
やがて、まゆからアリがかえります。このアリは 働きアリといい、羽はありません。体は小さく母アリの半分 以下ですが、元気よく 働くようになります。 働きアリが十 匹くらいになると、母アリは 働きアリからエサをもらうようになり、それ 以降生まれた 卵は、 働きアリに 世話をされるようになります。
母アリは、 働きアリが 巣の外に出て 取ってきたえさを食べて、どんどん 卵を 産んでいきます。ふつう、 卵をうむのは 集団の中で母アリ 一匹だけなので、これを女王アリとよんでいます。女王アリの 寿命は長く、 条件がよければ十年 以上も生きるといわれています。
巣がまだ小さいうちに生まれた子どもたちは、大きくなってからも 働きアリにしかなりませんが、 ある程度以上巣が大きくなると、羽アリが 適当な 季節に生まれるようになり、アリの 結婚飛行が 再びはじまるのです。
「 働きアリのほかには、どんなアリがいるんですか。」
「 壁に耳アリとか、 障子に目アリとか。」
「それは、アリの 仲間ではアリません。」
言葉の森 長文作成委員会(Κ)
| 読んだ回数を「正」で記録しておきましょう。 読解マラソン集 回目 7番目 |
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豊かな紙の国 読解マラソン集 小3 夏 8番
読解マラソン集は、みなさんの声を取り入れて編集します。ご意見ご要望は、マラソン広場まで。 http://www.mori7.com/marason/hiroba/
文字は、 初め石などに 刻まれていました。しかし、それでは時間もかかるし、 重すぎて 持ち運ぶこともできません。人間が、カイコのまゆから 絹の 布を作ったり、 植物から 繊維をとり出して 布を作ったりすることができるようになると、その 布を作る 技術を 利用して、紙を 発明することができるようになりました。紙は、 安い上に、 軽くて、しかも 薄いので、何 枚も 重ねて 使うことができました。この紙の 発明で、文字が人間の社会に広がるようになったのです。
日本にも、一六〇〇年 以上前に、中国から紙を作る 方法が 伝わってきました。日本には紙にするのにとてもよい 植物があり、日本人は 工夫が 得意だったので、あっというまに、 厚い紙、 薄い紙、 硬い紙、 軟らかい紙、白い紙、色のついた紙、そして、金や 銀をちらした紙、よい 香りがする紙など、いろいろな紙が作り出されました。
その 時代に書かれた本には、「いろいろな紙をもらうと、この紙にあわせて、どんなふうに 工夫して字や絵をかこうかと考えてとても楽しい」とか、「いやなことがあっても、 真っ白で 上等な紙のたばをもらうと、 気持ちもはれて、ここに何を書こうかとうれしくなってくる」などという話が 載っています。今でも、きれいな 折り紙や 包み紙、 真っ白なノートなどをもらったときに、同じような 気持ちが 感じられるのではないでしょうか。
日本では、古い紙を もう一度すきかえして新しい紙にする 技術も 発明されました。そのリサイクルの紙は 真っ白でなくしっかりもしていませんでしたが、 普通の人も買うことができる 安い本になりました。
江戸時代になると、紙の本はたくさんの人が 持つことができるようになりました。そればかりか、子どものための、紙細工のおもちゃまでたくさん作られるようになりました。これを、おもちゃ絵と∵いいます。そこには 豆絵本のような、本のかわりになるものや、はさみで切ってくみたてて 遊ぶ紙おもちゃなどさまざまな 種類のおもちゃがありました。きせかえ人形や、おしばいごっこの立ち絵、紙ずもうやめんこ、そして組み立て絵というものができたのもこのころです。ほかにもすごろくやかるたなど、今の 時代にも 伝わるおもちゃがこの 時代に 発達しました。。
江戸時代の子どもたちも、今の子どもたちが、ゲームのカードをためたりマンガを買いそろえたりするのと同じことをやっていたのです。
破れやすく、火には 燃えてしまう紙と知ってはいても、それでも紙でできたものには、 集めて 愛さずにはいられない 魅力があるようです。
「紙 君って、えらいんだね。 今度から紙 様って 呼ぼうか。」
「いやあ、もっと気楽に読んでくれた方がいいよ。」
「じゃあ。ヘイ、カミーン。」
言葉の森 長文作成委員会(λ)
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いかだコンティキ号の大冒険 読解マラソン集 小3 夏 9番
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南太平洋のまんなかの小さな 島にやってきた 学者のトール・ヘイエルダールはふしぎなことに気がつきました。 島の人たちが、その 島の 先祖はどこにあるかわからない遠い 場所からやってきたティキという 酋長だという 伝説を話してくれたのです。しかし、トールは、その 島からはるか 離れた南アメリカのペルーという国にも、 昔「コンティキ」すなわち「 太陽のティキ」という 酋長がいて、あとから来た人々に 追い出されて海をわたってどこかへ 消えたという 伝説があるのを知っていました。 島にあるティキの石の 像はほおひげをはやした白人の顔ですが、その 像もまた、ペルーにあるものとそっくりだったのです。そのころ、 南太平洋の小さな 島々の人たちは、いったいどこからやってきたのか、 謎とされていました。一方、ペルーにいた 伝説のティキの 民の白人たちがどこへ 消えたかも 謎とされていました。トールは、この二つは 結び付けられるのではないかとひらめいたのです。
大昔には、海を 渡る乗り物はいかだしかなかったので、この 島の人たちは、ペルーからいかだでここまで 渡ってきたにちがいない、とトールは考えました。アメリカに帰って、いろいろな 学者にその話をしましたが、だれも 信じてくれません。いかだが何 ヶ月も 沈まずに、 太平洋をわたれる? そんなばかな、とみんなは 相手にもしませんでした。
それなら 実際にいかだで 渡ってみよう、とトールは 決心しました。同じような 冒険好きの 学者が五人 集まりました。六人はペルーに行き、 大昔の人と同じように、まず自分たちで木を切っていかだを作りました。その木はバルサといってカッターでも切れるほどやわらかいため、今でも工作の 材料などによく 使われている木です。いかだには、竹で 編んで、バナナの 葉で 屋根をつくった 小屋をのせました。そして 昔と同じ 布の 帆をつけて、風を 受けて走るようにしました。 帆にはほおひげのある 神様「コンティキ」の絵をか∵いて、コンティキ 号という名前にしました。水は、 節をぬいた竹につめ、いかだのはしに何本もくくりつけておきました。 昔の人は、 干したイモとヤシの 実を 食料にのせたはずですが、トールたちは 食料だけは 現代のおいしいものものせました。
いかだは、何 ヶ月も 陸の 影ひとつ見えない青い大海原をぷかぷか 浮いて 進みました。いかだは 軽いので、 大波がきても 沈みません。しかも、 海面すれすれに 浮かんでいるので、朝 起きると魚たちがとびこんできて、朝ごはんに 困ることはありませんでした。魚たちはいかだを大きなサメか何かだと思って、何 ヶ月もついてくるようでした。六人の 仲間は思ったよりずっと楽しく 航海したのです。
そして、三 ヶ月目、コンティキ 号は 南太平洋の小さな 島を見ることができました。 最後の 危険は、 島をとりまく 暗礁です。 島には 暗礁にぶつかって 壊れたらしい船の 残骸がひとつ見えました。コンティキ 号も 島の 周囲の 暗礁にぶつかりましたが、 軽いのでそのまま上に 乗りあげただけで 済みました。こうしてトールたちは、いかだでペルーから 南太平洋まで 旅をすることができる、ということを 証明したのです。
「トールさん、いかだに 乗った六人の 仕事の 分担はどうしたのですか。」
「それは、ティキ 材ティキ 所で。」
※南米 大陸の 太平洋側には強力なフンボルト 海流が 流れているため、 古代人がいかだで 南太平洋まで 航海したということについては 疑問視する声もあります。しかし、 実験によって 学説を 証明しようとしたヘイエルダールの 業績は高く 評価されています。
言葉の森 長文作成委員会(λ)
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印象派の光 読解マラソン集 小3 夏 10番
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みなさんは空の絵をかくとき、何色でかきますか。ふつうは空色、つまり 薄い青色にするのではないでしょうか。しかし、もしかすると、ある人は、 昨日の 夕焼けの空を思い出してきれいなオレンジ色にするかもしれません。
確かに、空の色は 時刻によっても、天気によっても 変わります。空だけではありません。木でもベンチでも人の顔でも、その時々でいろいろな色合いに 変わります。では、その時々の色を 決めるのはなんでしょうか。
それは光です。 物は、光との 関係によってさまざまな色合いに 変化します。 特に、外の 景色は 太陽の光をじかに 受けているので、一日のうちでもさまざまに 印象を 変えます。この光というものを大切に考えて、 自然の 姿をそのまま絵にしようと考えたのが、 印象派と 呼ばれる 芸術家たちでした。
印象派とは、十九 世紀の後半にフランスで 起こった画家を中心とするグループです。それまでは、時間をかけてかきこんだ 重々しい作品がよいとされてきました。そのため、 一瞬の 輝きをとらえてすばやく 仕上げる印象派の絵は、 最初単なるスケッチにすぎないと見られていました。 印象派の 最初の 印象は、あまりよくなかったのです。
しかし、 印象派の人たちは、 実はしっかりした科学 的な考え方にもとづいて 制作をしていました。そのひとつが、 シュヴルールという人の色の考え方です。 彼は本の中で、となり合う色がおたがいに 影響しあって、いろいろな見え方になることを 説明しました。そしてとなり合う色どうしが 違えば 違うほど、より大きな 効果があるとしました。
例えば、赤と 緑、黄と 紫などは、 最も違う色合いで、このような色の組み合わせを 補色の 関係と 呼びます。 補色を 並べてみると、目がちかちかするような 効果を生みます。青っぽい色は 奥に∵ 引っ込み、赤っぽい色は前に 飛び出してくるようにも見えます。
その 印象派の画家たちの中で中心となったのが、クロード・モネです。モネは、 移ろいやすい光や 自然の 鮮やかな色を、だれよりも 深く追い求めました。
それまでの絵は、 絵の具を 混ぜることによってさまざまな色を作り出していました。 絵の具は 混ぜ合わせれば 混ぜ合わせるほど、明るさがなくなっていきます。 絵の具の 筆を 洗っていると、水がどんどん 暗い色になっていくことを知っている人も多いでしょう。 印象派以前の絵は、 暗い部分に 影をつけることによってものの 奥行きを出していたので、絵が 更に暗く重い感じになっていました。
モネはこうした 暗い絵を 嫌いました。そして、光に 溢れたみずみずしい 景色を 描くために、新しい 技法を 使いました。ある色を作るのに、 絵の具を 混ぜ合わせるのではなく、 純粋な色を数多くの点としてとなり合わせるように 描いたのです。こうすると、 離れて見た場合、それらの色が 混ざり合って見えます。しかし、 絵の具を 混ぜて 使ったときよりもはるかに明るい色になるのです。モネは、となり合う点どうしを 補色の 関係にするなど、いろいろな 工夫を 重ねました。こうして、モネの絵は、 自然の風や 太陽のあたたかさまで 感じさせるようなものになっていったのです。
最初は 受け入れられなかったモネの絵も、 次第に多くの人に 認められるようになりました。今その光 溢れる絵は、 世界中の人々から 愛されています。
「モネさんのような絵を、 印象派の絵と言ってもイーンショウか。」
「うん、いいかモネ。」 言葉の森 長文作成委員会(α)
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時間の不思議 読解マラソン集 小3 夏 11番
読解マラソン集は、みなさんの声を取り入れて編集します。ご意見ご要望は、マラソン広場まで。 http://www.mori7.com/marason/hiroba/
私たちは時間がいつも同じように 流れていくことを 信じて 疑いません。時間は 常に同じ 速さで 未来へ 向かって 流れ続け、 場所によって 変わったり、 季節によって 変わったりすることなどあり 得ないと思っています。
しかし、アインシュタインのとなえた 相対性理論によれば、時間というものは 絶対のもの、つまり 普段私たちが考えているように 確かなものではないのです。 重力や空間などとの 関係からさまざまに 変化してしまう、 意外にも 頼りない 存在のようです。
この 理論では、 速い速度で 動いているものの時間は、止まっているものの時間より 遅く進みます。ただ、この場合の「 速い」というのは、光の 速さに近い 超高速ということです。
たとえば、 光速の九十パーセント、 時速九 億キロメートルで 飛ぶロケットがあるとします。それは ジェット機の 約一万 倍のスピードです。このロケットに 乗っている人には、 地球上よりも時間がゆっくりと 流れます。この場合、ロケットの中での一年は、 地球での二、三年分に当たります。もし、本当にそんなロケット 旅行をしたら、「行ってきまあす」と言って一年後、家に帰ってみると、なんとひとつ年下のはずの弟より 若くなっていた、ということが 起こります。これが何十年も 宇宙旅行をしたなら、どうでしょう。 地球に帰ってはきたものの、知った顔はだれもなく、まさに 浦島太郎になった気分でしょう。
また、ブラックホールでは、あまりにも強力な 重力のために、時間も空間も大きくゆがんでいると言われています。 例えば仮に、 勇気のある人がブラックホールに 飛び込んだとします。そうすると、その人にとっては 吸い込まれていく数 秒のことが、遠く 離れた 地球から見ると、数千年も数万年もの時間になるのです。数万年という長さは、人間にとっては 無限に近い、つまり時間が止まっているのも同じということで、ブラックホールは「 凍りついた星」と∵よばれることもあります。
しかし、ロケット 旅行やブラックホールなどは、 普通の生活からはかけはなれたことです。では、 相対性理論とは、 私たちには 関係のない本の中だけの話でしょうか。
最近目にすることの多いカー・ナビゲーションは、人工 衛星からの 電波を 受けて、車の 位置を計算するシステムです。ところで、人工 衛星は 地球上に 比べるとはるかに 重力の弱いところを、しかも 高速で 飛んでいます。ということは、 地球とは時間の 進み方が、わずかにずれているということです。そこで 登場するのがこの 相対性理論です。これによって時間のずれは直され、カーナビは正しい車の 位置を教えてくれます。
ところで、このような 難しい理論を考えるまでもなく、人間の 意識の中で、時間は 自由に 伸び縮みします。 友達と 遊ぶ楽しい時間はあっという間に 過ぎるのに、お 説教を聞いている時間は 無限に長く 感じる、というのはよくあることです。また、 昔住んでいた家のことをはっきりと思い出したり、十年後の 格好いい自分の 姿を 思い描いたりなど、頭の中で時間は 自由に 流れます。
目に見えず、手で 触れることもできないのに、 感じられ、 信じられる時間。しかし、あたり前だと 思い込んでいるものの正体を 疑ってかかると、 世界はまた 違った顔を見せてくれるかもしれません。
「 光速に近くなると、 世界の 様子は 違って見えるのですね。」
「ソウ。タイセイつなのは、これまでの見方にとらわれないことじゃ。」
言葉の森 長文作成委員会(α)
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海の塩の秘密 読解マラソン集 小3 夏 12番
読解マラソン集は、みなさんの声を取り入れて編集します。ご意見ご要望は、マラソン広場まで。 http://www.mori7.com/marason/hiroba/
海水は 塩辛いもので、 私たちはそれを当たり前のことだと思っています。 実際、そこに 含まれる 塩分は 大変な 量です。海水をすべて 蒸発させ、 残った 塩分を 陸地に 敷きつめると、百五十メートルもの 厚い層ができると言われています。この 大量の 塩は、一体どこから来たのでしょうか。
塩分のふるさとのひとつは川です。 地球上に 存在する川の大半は 淡水なので、これは 意外な 感じがします。雨が 降ると水が地中に しみ込んで、土の中にあるミネラル分を 溶かします。このミネラル分の中に 塩分が 含まれています。 溶け出した 塩分は、川によって海まで 運ばれます。ただ、 淡水の川に 含まれる 塩分はごく少ないので、なめても 塩辛いとは 感じません。
塩分のもうひとつのふるさとは、 海底火山です。 活動する 海底火山の 爆発や 熱水の 噴出によって、地中からミネラル分が 放出され、その中に 含まれる 塩分が海水に 溶け込むのです。
このように、 塩はいろいろなところから海を 目指してやって来ますから、海には 塩がたまる一方のように思えます。その上、海からはどんどん水分が 蒸発しミネラル分だけがあとに 残ります。これでは、 塩分がどんどん 濃くなっていったとしても 不思議ではありません。しかし 現実には、海水の 塩分濃度は、ほぼ 一定です。つまり、 増える分と 減る分とがうまく 釣り合っているのです。では、 塩分は一体どこへ行くのでしょう。
まず、海の 生物が 塩を体の中に 取り込みます。 例えばサンゴやエビ、カニなどは、 硬い殻を作るために 塩類を 必要とします。これらの 生き物が 死ぬと、その 殻に 含まれていた 塩類は 海底にたまります。こうして 塩分の 一部は 取り除かれます。このようにして、海水中の 塩分は、 増える量と 減る量のバランスがとれているのです。
では、この 海底にたまった 塩分はどうなるのでしょうか。 海底を∵ 含む地殻は 巨大なプレートで 成り立っています。それらのプレートは少しずつ 移動し、二つ 以上のプレートが出合うところでは、一方が 隣のプレートの下に 入り込みます。 沈み込んだ 海底は 高温のマントルの中で 溶けていきます。 当然、 海底にたまっていた 塩分も 一緒に 溶けてしまいます。
地中から海へ、そしてまた地中へ。 塩は、この 壮大な 旅を気の遠くなるような年月の間 繰り返してきました。今日の 一杯のお 味噌汁にも、 塩分の長い 旅の 歴史が 刻まれているのです。
「 塩分さん、 最初の生まれはどこなんですか。」
「 実は、スーパーの 食品売り場なんだよ。」
「うそでシオ。」
言葉の森 長文作成委員会(Μ)
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