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 読解マラソン集(ルビつき)小3夏
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 海のカメレオン、タコ 読解マラソン集 小3 夏 1番
 読解マラソン集は、みなさんの声を取り入れて編集します。ご意見ご要望は、マラソン広場まで。 http://www.mori7.com/marason/hiroba/
 「人魚姫(ひめ)」に登場(とうじょう)する魔女(まじょ)や、海賊(かいぞく)映画(えいが)に出てくる海の魔物(まもの)は、なぜかタコの姿(すがた)をしています。外国では、「人喰い(く )○○(まるまる)」といえば、サメではなくタコを思い浮かべる(おも う   )人もたくさんいます。日本人のように、タコはこっけいでしかもおいしい、と考えるのはどちらかといえば少数派(は)なのです。
 長らく怪物(かいぶつ)扱い(あつか )されてきたタコですが、最近(さいきん)の研究(けんきゅう)によると、この生き物(い もの)は、実は(じつ )とても賢い(かしこ )ということが分かってきました。
 タコは、無(む)脊椎動物(せきついどうぶつ)の中ではきわめて高度(こうど)に発達(はったつ)した脳(のう)を持っ(も )ています。ある科学者(しゃ)は、蓋(ふた)のついたびんに好物(こうぶつ)のえさを入れ、タコに与え(あた )てみました。するとどうでしょう。タコは試行錯誤(しこうさくご)の末(すえ)見事(みごと)に蓋(ふた)を回してえさにありついたのです。また、ある水族館(すいぞくかん)での話では、一匹(いっぴき)のタコは夜な夜な排水(はいすい)管(かん)を伝っ(つた )て隣(となり)の水槽(すいそう)に忍び込み(しの こ )、魚を食べていたということです。この動物(どうぶつ)は、経験(けいけん)からいろいろなことを学習(がくしゅう)していくのです。
 タコの数ある特技(とくぎ)のうちでも特に(とく )珍しい(めずら  )のは、その独特(どくとく)の変身(へんしん)術(じゅつ)です。あまり見事(みごと)に変身(へんしん)するので、海に慣れ(な )たダイバーたちでさえ、タコのすぐそばを泳い(およ )でいながらその存在(そんざい)に全く(まった )気づかないことがあります。このため、タコは、「海のカメレオン」とも呼ば(よ )れています。
 この芸当(げいとう)を可能(かのう)にするのは、その特殊(とくしゅ)な皮膚(ひふ)の作りです。タコの皮膚(ひふ)には、色素(しきそ)を持つ(も )細胞(さいぼう)が二百万個(こ)ほどもあります。一平方(へいほう)ミリメートルあたり約(やく)二百個(こ)という数です。そして、それぞれの細胞(さいぼう)には赤か黄か黒の色素(しきそ)が含ま(ふく )れています。タコは、その細胞(さいぼう)を取り巻い(と ま )ている筋肉(きんにく)を縮め(ちぢ )たり緩め(ゆる )たりして、無地(むじ)になったり模様(もよう)入りになったりと、またたく間(ま)に変身(へんしん)します。タコは皮膚(ひふ)の質感(しつかん)を変化(へんか)させることもできます。岩にへばりつき、皮膚(ひふ)をそのごつごつした岩肌(いわはだ)に似せ(に )て、完全(かんぜん)に岩になりきるのです。∵
 最近(さいきん)発見(はっけん)されたミミックオクトパスというタコは、さらにうわてです。形や動き(うご )方まですっかりまねて、ほかの生物(せいぶつ)そのものに化け(ば )てしまうのです。そのレパートリーは幅広く(はばひろ )、ヒラメ、ウミヘビ、エビなど何にでも変身(へんしん)してしまいます。ヒラメに化け(ば )たタコに、仲間(なかま)と勘違い(かんちが )した本物(ほんもの)のヒラメがついてくることもあります。これでは天敵(てんてき)もすっかりだまされてしまうでしょう。この賢い(かしこ )「海のカメレオン」は、まさにアカデミー賞(しょう)ものの名優(めいゆう)なのです。

「タコさん、人間にも化ける(ば  )ことができるんですか。」
「さあ、それはやっタコとないなあ。」
「近所(きんじょ)のおじさんが、そうみたいなんですけど。」
「わあい、言っちゃおう。」

 言葉(ことば)の森長文(ちょうぶん)作成(さくせい)委員(いいん)会(Μ)
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 ウミガメの産卵 読解マラソン集 小3 夏 2番
 読解マラソン集は、みなさんの声を取り入れて編集します。ご意見ご要望は、マラソン広場まで。 http://www.mori7.com/marason/hiroba/
 世界中(せかいじゅう)を簡単(かんたん)に旅(たび)することができなかった昔(むかし)の人々にとって、ウミガメが毎年決まっ(き  )た季節(きせつ)になると海岸(かいがん)にやってきて卵(たまご)を産ん(う )でいく様子(ようす)は、神秘(しんぴ)的(てき)だったことでしょう。そんなウミガメから、竜宮城(りゅうぐうじょう)という夢(ゆめ)のような話が生まれたのかもしれません。
 では、日本にやってくるウミガメには、どんな種類(しゅるい)があるのでしょうか。日本列島(れっとう)は四季(しき)がはっきりしているので、季節(きせつ)によって気温(きおん)や海水温(かいすいおん)が大きく変わっ(か  )てきます。その中で、日本に卵(たまご)を産み(う )にくるのは、アカウミガメ、アオウミガメ、タイマイなどのカメです。関東(かんとう)地方より南の海岸(かいがん)で卵(たまご)を産む(う )アカウミガメは、春になると日本近海に姿(すがた)をあらわします。アオウミガメは、屋久島(やくしま)より南で卵(たまご)を産み(う )、タイマイは沖縄(おきなわ)本島(ほんとう)より南で卵(たまご)を産み(う )ます。
 産卵(さんらん)場所(ばしょ)となる海岸(かいがん)の沖(おき)には、オスがメスより一ヶ月(かげつ)も前に来て待っ(ま )ています。やがてメスがやってくる時期(じき)になると、オスたちはメスのあとをついてまわるとともに、オスどうしで激しく(はげ  )争い(あらそ )、メスを奪い合い(うば あ )ます。かんだり、ぶつかったり、オールのような足ではたいたりと、とても迫力(はくりょく)があり、水族館(すいぞくかん)でゆったり泳い(およ )でいるときの姿(すがた)からは想像(そうぞう)もつかないほどです。その後、オスは産卵(さんらん)場所(ばしょ)のまわりの海から姿(すがた)を消し(け )ます。メスは近くの砂浜(すなはま)に上陸(じょうりく)して産卵(さんらん)します。
 お風呂(ふろ)やプールに入ると、体が軽く(かる )感じ(かん )られます。それは、水の中につかっているものには浮力(ふりょく)が働く(はたら )からです。海中のウミガメは、浮力(ふりょく)のおかげで重(おも)さが陸上(りくじょう)にいるときよりもずっと軽く(かる )なります。しかし、浮力(ふりょく)の働か(はたら )ない陸上(りくじょう)では自由(じゆう)に体を動かす(うご  )ことができません。海から上がって卵(たまご)を産む(う )ときには、外敵(がいてき)から自分や卵(たまご)を守る(まも )こともできなければ、すばやく逃げる(に  )こともできません。そのため、産卵(さんらん)をひかえたメスは、夜になってから用心深く(ようじんぶか )砂浜(すなはま)に上陸(じょうりく)し、安全(あんぜん)を確かめ(たし  )てから産卵(さんらん)にとりかかるのです。∵
 アカウミガメは、左右の後ろ足を交互(こうご)にシャベルのように使っ(つか )て、大きな穴(あな)を掘り(ほ )、一回に百個(こ)ほどの卵(たまご)を産み(う )ます。一頭のメスは、夏の産卵(さんらん)期(き)の間に多いときで六回くらい卵(たまご)を産み(う )ます。
 では、ウミガメは危険(きけん)をおかしてまで、どうして陸(りく)に卵(たまご)を産む(う )のでしょう。ウミガメは、陸上(りくじょう)で生活できるように進化(しんか)してきた爬虫類(はちゅうるい)の仲間(なかま)です。爬虫類(はちゅうるい)は乾い(かわ )た場所(ばしょ)でも体の水分が外へ出ていかないように、丈夫(じょうぶ)なウロコのような皮膚(ひふ)で体をおおっています。卵(たまご)も、水中に産む(う )魚類(ぎょるい)や両生類(りょうせいるい)のものと違い(ちが )、鳥類(ちょうるい)の卵(たまご)のように殻(から)に包ま(つつ )れています。ウミガメの卵(たまご)は、殻(から)を通して息(いき)をしており、水中だと息(いき)ができずに死ん(し )でしまうのです。このため、ウミガメは一生の大部分(ぶぶん)を海で暮らす(く  )ようになった今でも、卵(たまご)だけは陸(りく)に産み(う )にくるのです。
 ウミガメのひとりごと、「わたしも、本当は、海でウミたいわあ」。

 言葉(ことば)の森長文(ちょうぶん)作成(さくせい)委員(いいん)会(Κ)
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 七夕の空 読解マラソン集 小3 夏 3番
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 春の終わり(お  )ごろになると、はくちょう座(ざ)、こと座(ざ)など、夏を代表(だいひょう)する星たちが空に現れ(あらわ )てきます。かんむり座(ざ)は高くのぼり、南東の空からは、さそり座(ざ)がすがたを見せてきます。
 春の星座(せいざ)は、頭の真上(まうえ)から西の空へ移り(うつ )はじめ、長く横たわっ(よこ   )たうみへび座(ざ)は、頭から西の空へ沈も(しず )うとしています。冬の星座(せいざ)はほとんど姿(すがた)を消し(け )、ぎょしゃ座(ざ)のカペラ、ふたご座(ざ)のポルックスとカストルが低い(ひく )空に光っているだけです。梅雨(つゆ)に入ると、雨が多く、しばらくは美しい(うつく  )星空も見えない日が続く(つづ )かもしれません。
 七月七日の晩(ばん)、笹(ささ)の葉(は)に、願い事(ねが ごと)を書いた紙をつるしたことがあるでしょう。七夕の主役(しゅやく)は、織姫(おりひめ)ということ座(ざ)のベガと、彦星(ひこぼし)というわし座(ざ)のアルタイルです。この二つの星が天の川をはさんで光り、一年に一度(いちど)、七月七日の晩(ばん)に会うのです。
 七夕の星まつりは、日本では平安(へいあん)時代(じだい)に、身分(みぶん)の高い人が庭(にわ)に香(こう)をたき短冊(たんざく)に願い事(ねが ごと)を書いたのが始まり(はじ  )です。一般(いっぱん)の人々が星まつりをするようになったのは、江戸(えど)時代(じだい)からです。もとになった織姫(おりひめ)と彦星(ひこぼし)の話は、中国から伝わっ(つた  )てきたものです。
 天帝(てんてい)の娘(むすめ)織女(しょくじょ)は、牛飼(うしかい)いの若者(わかもの)牽牛(けんぎゅう)と結婚(けっこん)しました。二人は働き者(はたら もの)なので天帝(てんてい)も喜ん(よろこ )でいましたが、結婚(けっこん)すると毎日遊び(あそ )つづけ、仕事(しごと)をしなくなりました。天帝(てんてい)は怒っ(おこ )て、二人を天の川の東と西に引き離し(ひ はな )ました。しかし、織女(しょくじょ)があまりにも嘆き(なげ )悲しん(かな  )でいるのを見て、天帝(てんてい)は、二人が一年に一度(ど)だけ会うのを許す(ゆる )ことにしました。七月七日の晩(ばん)、織女(しょくじょ)と牽牛(けんぎゅう)が天の川の岸(きし)にくると、大きなはくちょう座(ざ)のカササギが飛ん(と )できて橋(はし)の役目(やくめ)をしてくれます。ところが、雨が降る(ふ )と、カササギは飛ん(と )できてくれません。そこで、中国の人々は、その日に雨が降ら(ふ )ないようにと七夕祭り(まつ )を行ったのです。
 こと座(ざ)のベガは、青く光る一等星(いっとうせい)で、五月の終わり(お  )ごろにはもう∵東の空に輝い(かがや )ています。わし座(ざ)のアルタイルは、ベガよりも一ヶ月(かげつ)ほど遅れ(おく )て昇っ(のぼ )てきます。七夕のころでも、まだあまり高い空には見えません。アルタイルも一等星(いっとうせい)ですが、ベガほど明るくはないので、さがすには、ベガとアルタイルと、はくちょう座(ざ)のデネブとでできる大きな三角形を目印(めじるし)にします。この三角形は、デネブのところが直角で、夏の直角三角形と呼ば(よ )れています。

 七夕のころは、日本ではちょうど梅雨(つゆ)の時期(じき)にあたります。
 七月七日が近づくと、アルタイルは、こう思います。
「今年は、ベガに会えるベガ。」
 ベガも、そっとつぶやきます。
「雨が降っ(ふ )ても、川をアルイタル。」

 言葉(ことば)の森長文(ちょうぶん)作成(さくせい)委員(いいん)会(Κ)
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 昆布の旨味 読解マラソン集 小3 夏 4番
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 ドイツの心理学者(がくしゃ)が、味(あじ)には、塩味(しおみ)、酸味(さんみ)、甘味(あまみ)、苦味(にがみ)の四つの基本(きほん)の要素(ようそ)があって、どんな味(あじ)もその組み合わせでできているという説(せつ)を発表(はっぴょう)して以来(いらい)、基本(きほん)の味(あじ)についてはもうこれ以外(いがい)にないと思われていました。しかし、味覚(みかく)を研究(けんきゅう)していた日本人の化学(かがく)者(しゃ)たちは、これにもう一つ、旨味(うまみ)を加える(くわ  )べきだと主張(しゅちょう)しました。
 この旨味(うまみ)の成分(せいぶん)を発見(はっけん)し、初めて(はじ  )学会に報告(ほうこく)したのは、池田菊苗(きくなえ) 博士(はくし)です。博士(はくし)はある日、夕飯(ゆうはん)を食べていて、妻(つま)が作ったお吸い物(す もの)のあまりのおいしさに感動(かんどう)を覚え(おぼ )たのです。そして、「この味(あじ)は、四つの基本(きほん)味(あじ)だけで出せる味(あじ)ではない」と確信(かくしん)し、旨味(うまみ)の研究(けんきゅう)に取りかかり(と    )ました。
 お吸い物(す もの)のだしは、昆布(こんぶ)でとられていました。そこで博士(はくし)は、四十キログラムもの昆布(こんぶ)からだし汁(  じる)を作り、そこから旨味(うまみ)以外(いがい)のすべての成分(せいぶん)を取り除い(と のぞ )ていくという、気の遠くなるような作業(さぎょう)を続け(つづ )ました。そして最後(さいご)に残っ(のこ )た旨味(うまみ)の正体が、グルタミン酸(     さん)という物質(ぶっしつ)であることをつきとめたのです。池田博士(はくし)はこれを学会に報告(ほうこく)するとともに、調味(ちょうみ)料(りょう)として大量(たいりょう)生産(せいさん)する方法(ほうほう)を発明(はつめい)しました。そしてこの旨味(うまみ)の素(もと)は、「味の素(あじ もと)」として商品(しょうひん)化(か)され売り出されました。
 旨味(うまみ)の成分(せいぶん)は、池田博士(はくし)が発見(はっけん)したグルタミン酸(     さん)以外(いがい)にもあります。たとえば、煮干(にぼし)しや鰹節(かつおぶし)のだしの旨味(うまみ)はイノシン酸(さん)、干し(ほ )シイタケやマツタケの旨味(うまみ)はグアニル酸(さん)です。だしの味(あじ)は外国にもないわけではありません。西洋(せいよう)料理(りょうり)には肉類(にくるい)と香味(こうみ)野菜(やさい)を煮込ん(にこ )でとるスープストックやブイヨンと呼ば(よ )れるだしがあります。中華(ちゅうか)料理(りょうり)では、鶏(とり)ガラや干し(ほ )エビ、白菜(はくさい)やネギなど、やはりさまざまな材料(ざいりょう)を煮込ん(にこ )で「湯(たん)」と呼ば(よ )れるだしを作ります。
 このように旨味(うまみ)は確か(たし )に味(あじ)をよくする成分(せいぶん)であるとは認め(みと )られていましたが、旨味(うまみ)が第(だい)五の基本(きほん)味(あじ)であるということは、世界(せかい)の人々∵になかなか受け入れ(う い )てもらえませんでした。しかし、最近(さいきん)になってようやく、旨味(うまみ)は第(だい)五の味(あじ)として認め(みと )られ、そのまま「UMAMI(ウマミ)」という用語となって世界中(せかいじゅう)に知られるようになったのです。
 それでは、旨味(うまみ)は、なぜおいしく感じ(かん )られるのでしょうか。それは、旨味(うまみ)の成分(せいぶん)が、私(わたし)たちの体を作るために欠か(か )せないものだからだと言われています。グルタミン酸(     さん)はアミノ酸(   さん)というグループに属し(ぞく )、イノシン酸(さん)やグアニル酸(さん)は核酸(かくさん)と呼ば(よ )れるグループに入る化学(かがく)物質(ぶっしつ)です。そして、この両方(りょうほう)ともが、私(わたし)たちの体を作るのにとても必要(ひつよう)なものなのです。つまり、体の方で、ちゃんとこれらをおいしく、たくさん取り込む(と こ )ようにできているのかもしれません。
 旨味(うまみ)は少量(しょうりょう)の塩(しお)が入ることで、より強くなります。また、ちがうグループの旨味(うまみ)を組み合わせることによっても、ぐんとおいしさが上がることがあります。したがって、うまく旨味(うまみ)を利用(りよう)することで、かえって塩分(えんぶん)を減らし(へ  )たり、よりおいしい味付け(あじつ )にしたりすることも可能(かのう)になるのです。
 ところで、昆布(こんぶ)の旨味(うまみ)を発見(はっけん)した池田博士(はくし)は、ロンドンに留学(りゅうがく)していたとき、同じくロンドンに留学(りゅうがく)していた文学者(しゃ)の夏目漱石(そうせき)に会っています。もしかすると、夏目漱石(そうせき)と、「日本料理(りょうり)のおいしいだしの味(あじ)が恋しい(こい  )なあ」などと話をしていたのかもしれません。

 旨味(うまみ)の研究(けんきゅう)は、一杯(いっぱい)のお吸い物(す もの)から始まり(はじ  )ました。
 昆布(こんぶ)のだしによろコンブ池田博士(はくし)の笑顔(えがお)が、研究(けんきゅう)の出発(しゅっぱつ)点だったのです。

 言葉(ことば)の森長文(ちょうぶん)作成(さくせい)委員(いいん)会(τ)
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 味覚を感じる場所 読解マラソン集 小3 夏 5番
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 私(わたし)たちが味(あじ)を感じる(かん  )ことができるのは、舌(した)や口の中にある味蕾(みらい)の中の細胞(さいぼう)が味(あじ)を感じ(かん )、それを電気信号(しんごう)に変え(か )て、神経(しんけい)を通じて脳(のう)に送る(おく )からです。味(あじ)の感じ(かん )方は年齢(ねんれい)だけではなく、性別(せいべつ)や人種(じんしゅ)によっても違い(ちが )ますし、個人(こじん)差(さ)もあります。また、味覚(みかく)は、気候(きこう)や風土などの環境(かんきょう)にも左右されます。日本人は白人に比べ(くら )て味蕾(みらい)の数が多いので、日本料理(りょうり)のように繊細(せんさい)な味(あじ)の料理(りょうり)が発達(はったつ)したのだという説(せつ)があります。また、日本人の男性(だんせい)は女性(じょせい)よりも味蕾(みらい)の数が多いので、甘い(あま )ものを甘く(あま )感じ(かん )すぎて苦手(にがて)であるという説(せつ)もあります。実際(じっさい)、苦味(にがみ)で測定(そくてい)する、「味盲(みもう)」と呼ば(よ )れる味(あじ)を感じ(かん )にくい人の割合(わりあい)は、日本人では十人に一人くらいですが、白人ではその三倍(ばい)近くいるそうです。
 この、味(あじ)を感じる(かん  )味蕾(みらい)の数は、年が若い(わか )ほど多いのです。つまり、赤ちゃんがお母さんのおなかの中にいるときがいちばん多く、年をとるとともに減っ(へ )て、老人(ろうじん)になると赤ちゃんのときの半分から三分の一になります。
 赤ちゃんは生まれる前、お母さんのおなかの中の羊水(ようすい)という水を飲ん(の )でいます。この水はわずかに甘く(あま )、お母さんのお乳(ちち)に似(に)ている味(あじ)だそうです。味蕾(みらい)の中の細胞(さいぼう)が感じる(かん  )味(あじ)は、お母さんの食べる食事(しょくじ)によってもわずかずつ変わっ(か  )てくると言われています。味蕾(みらい)をたくさん持っ(も )ている赤ちゃんが生まれてきたときには、すでに「わが家の味(あじ)」になじんでいるのかもしれません。
 老人(ろうじん)では味蕾(みらい)の数だけではなく、唾液(だえき)の分泌(ぶんぴつ)も減っ(へ )てくるので、食べ物(た もの)がうまく唾液(だえき)に溶け(と )ずに、味蕾(みらい)に届き(とど )にくくなるのも、味(あじ)を感じ(かん )づらくなるひとつの原因(げんいん)です。ですから、老人(ろうじん)になると、味(あじ)を感じる(かん  )までに時間がかかったり、どちらかというと味(あじ)が濃い(こ )食べ物(た もの)を好む(この )ようになります。
 ところで、現代(げんだい)では、若い(わか )人たちの間にも味覚(みかく)障害(しょうがい)の人が増え(ふ )て問題(もんだい)になっています。味覚(みかく)障害(しょうがい)といってもいろいろなタイプが∵あり、まったく味(あじ)を感じ(かん )ないものから、本来の味(あじ)と違う(ちが )味(あじ)を感じる(かん  )もの、特定(とくてい)の食べ物(た もの)の味(あじ)だけを感じ(かん )ないものまで、さまざまです。これらは味蕾(みらい)に異常(いじょう)があるために起こる(お  )のですが、その原因(げんいん)で最も(もっと )多いのが、亜鉛(あえん)が足りないために起こる(お  )味覚(みかく)障害(しょうがい)です。
 亜鉛(あえん)というのは金属(きんぞく)の一種(いっしゅ)で、私(わたし)たちの体にはなくてはならないミネラル分です。どうしてなくてはならないかというと、私(わたし)たちの体の細胞(さいぼう)が新しく作りかえられるとき、亜鉛(あえん)が必要(ひつよう)になるからです。味蕾(みらい)の中の細胞(さいぼう)は、寿命(じゅみょう)が十日ほどしかありません。つまり、十日ごとに新しく生まれ変わら(う  か  )なければなりません。そのとき、亜鉛(あえん)の助け(たす )が必要(ひつよう)になるのです。しかも、亜鉛(あえん)は、体の中では作り出せないので、外から取り込ま(と こ )なくてはなりません。亜鉛(あえん)は、小麦の胚芽(はいが)や生ガキ、カタクチイワシ、カボチャ、ココア、抹茶(まっちゃ)などに多く含ま(ふく )れています。
 病気(びょうき)のせいで、あるいは他(た)の薬(くすり)のせいでこの亜鉛(あえん)の取り込み(と こ )ができなくなると、亜鉛(あえん)不足(ぶそく)が起こり(お  )ます。また、現代(げんだい)の食生活で問題(もんだい)になるのは、加工(かこう)食品(しょくひん)やインスタント食品(しょくひん)に含ま(ふく )れる食品(しょくひん)添加(てんか)物(ぶつ)です。これらの中には、亜鉛(あえん)を取り込み(と こ )にくくするものがあります。さらに、無理(むり)なダイエットや、好き(す )なものばかり食べる偏食(へんしょく)によっても、亜鉛(あえん)不足(ぶそく)が起こり(お  )ます。ですから、若い(わか )人たちにも、味覚(みかく)障害(しょうがい)が増え(ふ )ているのです。
 やはり、食生活には気をつけていないと、「おいしい味(あじ)に出アエン」ということになりそうです。味蕾(みらい)を発達(はったつ)させて、おいしいミライの食生活を楽しんでいきましょう。

 言葉(ことば)の森長文(ちょうぶん)作成(さくせい)委員(いいん)会(τ)
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 羽の構造 読解マラソン集 小3 夏 6番
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 羽には、様々(さまざま)な用途(ようと)があります。あるときには婦人(ふじん)の帽子(ぼうし)を飾り(かざ )、女性(じょせい)の美し(うつく )さを際立た(きわだ )せます。別(べつ)のときにはペンになり、ラブレターをつづるかもしれません。またあるときにはコートの中綿(なかわた)になり、私(わたし)たちを温かく(あたた  )包ん(つつ )でくれます。
 しかし、羽のありがたみをいちばん感じ(かん )ているのは、何といっても鳥たちでしょう。羽がなければ飛ぶ(と )ことができません。更に(さら )、美しい(うつく  )羽は、つがいの相手(あいて)となるパートナーをひきつけるのにも役立ち(やくだ )ます。また、鳥を寒(さむ)さから守る(まも )役目(やくめ)も果たし(は  )ます。これらの点では、鳥たちも人間とあまり変わり(か  )ません。もっとも、羽をペンの代わり(か  )にする鳥はいないようですが。
 鳥類(ちょうるい)が羽を持っ(も )ていることは広く知られていますが、その作りをじっくり眺め(なが )たことのある人はあまり多くないかもしれません。羽は実に(じつ )見事(みごと)にデザインされています。
 風切羽(かざきりばね)の中心には羽を支える(ささ  )軸(じく)が走っています。よく見るとその裏側(うらがわ)には一本の溝(みぞ)が刻ま(きざ )れています。このちょっとした工夫(くふう)のおかげで軸(じく)の強度(きょうど)は高まり、曲がっ(ま  )たりよじれたりしても折れ(お )にくくなっています。
 鳥類(ちょうるい)はまた、普通(ふつう)の羽の間に、糸のような細長い羽を持っ(も )ています。この羽の根元(ねもと)にある一種(いっしゅ)の感覚(かんかく)器(き)は、羽の乱れ(みだ )を鳥に知らせます。羽が乱れ(みだ )てきたという信号(しんごう)が出ると、鳥は翼(つばさ)を休め、くちばしで羽(は)づくろいをして羽を整え(ととの )ます。この感覚(かんかく)器(き)はまた、飛ん(と )でいる速度(そくど)を鳥が判断(はんだん)するのに役立っ(やくだ )ているのではないかとも言われています。
 表面(ひょうめん)から見える羽の下には、ダウンと呼ば(よ )れる綿羽(わたばね)がぎっしりと生えています。カモの場合、その厚(あつ)さはニセンチ近くにもなります。綿羽(わたばね)の断熱(だんねつ)性(せい)は優れ(すぐ )ており、冬の身(み)を切られるような寒(さむ)さも、ダウンのコートがあれば平気(へいき)です。∵
 羽のおかげで、鳥も人間もファッションを楽しむことができ、さらには寒(さむ)さをしのぐこともできます。鳥の羽は、まさに「一石三鳥(さんちょう)」あるいはそれ以上(いじょう)の働き(はたら )をしています。しかし、生まれつきそういう羽を持っ(も )ているカモたちにとっては、当たり前のことなのカモしれません。

 言葉(ことば)の森長文(ちょうぶん)作成(さくせい)委員(いいん)会(τ)
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 アリの結婚式 読解マラソン集 小3 夏 7番
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 初夏(しょか)のある日の午後、巣(す)穴(あな)のまわりに多数のアリが忙し(いそが )そうに群がっ(むら  )ています。クロオオアリです。みんな大変(たいへん)興奮(こうふん)しています。よく見ると、その中に羽のある大きなアリがまじっています。さらに気をつけてみると、この羽のあるアリには大小二つの型(かた)があるようです。やがて羽のあるアリは、次々(つぎつぎ)に大空へ飛びたっ(と   )ていきます。大多数のアリには羽がないのに、大空へ飛びたっ(と   )た羽のあるアリたちはいったい何者(なにもの)なのでしょうか。
 この羽のあるアリは羽(はね)アリとよばれ、大きいほうがメス、小さいほうがオスです。そして、大空へ飛びたっ(と   )ていったのは、メスの羽アリにとってはおむこさん探し(さが )、オスの羽アリはおよめさん探し(さが )の出発(しゅっぱつ)なのです。このような羽アリの旅(たび)を結婚(けっこん)飛行(ひこう)と言います。
 この結婚(けっこん)飛行(ひこう)の時期(じき)は、アリの種類(しゅるい)によって決まっ(き  )ていて、そのときには同じ地域(ちいき)のたくさんの巣(す)からいっせいに羽アリが飛び出し(と だ )ていきます。たとえば日本の中部(ちゅうぶ)では、クロナガアリが四月下旬(げじゅん)、クロヤマアリが五月中旬(ちゅうじゅん)、キイロシリアゲアリが九月です。
 大空に飛び出し(と だ )た羽アリたちはオスメス入りみだれて飛び(と )つづけます。やがて、メスアリは、地上におりて自分で自分の羽を落とし(お  )ます。これは母親になる準備(じゅんび)です。そして、巣(す)となる場所(ばしょ)を求め(もと )て歩きまわり、適当(てきとう)な場所(ばしょ)が見つかると、そこに産卵(さんらん)のための穴(あな)を掘り(ほ )ます。やがて巣(す)が完成(かんせい)すると入り口を内側(うちがわ)からしっかり閉め(し )て中にこもります。
 オスアリたちも地上にまいおりますが、結婚(けっこん)飛行(ひこう)でつかれ、じきに鳥や虫のエサとなってしまいます。
 巣(す)の中にこもったメスは、やがて毎日ほぼ一個(こ)ずつ卵(たまご)を産み(う )ます。卵(たまご)はメスアリに抱(だ)きかかえられるように大事(だいじ)に守ら(まも )れ、やがて幼虫(ようちゅう)になります。幼虫(ようちゅう)は、母アリから口うつしでえさをもらって大きくなり、何日かたつと、おしりの先から絹(きぬ)を出して、自分の体をつつむようにしてまゆをつくります。そして、まゆの中で脱皮(だっぴ)∵をしてさなぎになります。さなぎは、もうアリの形をしています。
 やがて、まゆからアリがかえります。このアリは働き(はたら )アリといい、羽はありません。体は小さく母アリの半分以下(いか)ですが、元気よく働く(はたら )ようになります。働き(はたら )アリが十匹(ぴき)くらいになると、母アリは働き(はたら )アリからエサをもらうようになり、それ以降(いこう)生まれた卵(たまご)は、働き(はたら )アリに世話(せわ)をされるようになります。
 母アリは、働き(はたら )アリが巣(す)の外に出て取っ(と )てきたえさを食べて、どんどん卵(たまご)を産ん(う )でいきます。ふつう、卵(たまご)をうむのは集団(しゅうだん)の中で母アリ一匹(いっぴき)だけなので、これを女王アリとよんでいます。女王アリの寿命(じゅみょう)は長く、条件(じょうけん)がよければ十年以上(いじょう)も生きるといわれています。
 巣(す)がまだ小さいうちに生まれた子どもたちは、大きくなってからも働き(はたら )アリにしかなりませんが、ある程度(  ていど)以上(いじょう)巣(す)が大きくなると、羽アリが適当(てきとう)な季節(きせつ)に生まれるようになり、アリの結婚(けっこん)飛行(ひこう)が再び(ふたた )はじまるのです。

「働き(はたら )アリのほかには、どんなアリがいるんですか。」
「壁(かべ)に耳アリとか、障子(しょうじ)に目アリとか。」
「それは、アリの仲間(なかま)ではアリません。」

 言葉(ことば)の森長文(ちょうぶん)作成(さくせい)委員(いいん)会(Κ)
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 豊かな紙の国 読解マラソン集 小3 夏 8番
 読解マラソン集は、みなさんの声を取り入れて編集します。ご意見ご要望は、マラソン広場まで。 http://www.mori7.com/marason/hiroba/
 文字は、初め(はじ )石などに刻ま(きざ )れていました。しかし、それでは時間もかかるし、重(おも)すぎて持ち運ぶ(も はこ )こともできません。人間が、カイコのまゆから絹(きぬ)の布(ぬの)を作ったり、植物(しょくぶつ)から繊維(せんい)をとり出して布(ぬの)を作ったりすることができるようになると、その布(ぬの)を作る技術(ぎじゅつ)を利用(りよう)して、紙を発明(はつめい)することができるようになりました。紙は、安い(やす )上に、軽く(かる )て、しかも薄い(うす )ので、何枚(まい)も重ね(かさ )て使う(つか )ことができました。この紙の発明(はつめい)で、文字が人間の社会に広がるようになったのです。
 日本にも、一六〇〇年以上(いじょう)前に、中国から紙を作る方法(ほうほう)が伝わっ(つた  )てきました。日本には紙にするのにとてもよい植物(しょくぶつ)があり、日本人は工夫(くふう)が得意(とくい)だったので、あっというまに、厚い(あつ )紙、薄い(うす )紙、硬い(かた )紙、軟らかい(やわ   )紙、白い紙、色のついた紙、そして、金や銀(ぎん)をちらした紙、よい香り(かお )がする紙など、いろいろな紙が作り出されました。
 その時代(じだい)に書かれた本には、「いろいろな紙をもらうと、この紙にあわせて、どんなふうに工夫(くふう)して字や絵をかこうかと考えてとても楽しい」とか、「いやなことがあっても、真っ白(ま しろ)で上等(じょうとう)な紙のたばをもらうと、気持ち(きも )もはれて、ここに何を書こうかとうれしくなってくる」などという話が載っ(の )ています。今でも、きれいな折り紙(お がみ)や包み(つつ )紙、真っ白(ま しろ)なノートなどをもらったときに、同じような気持ち(きも )が感じ(かん )られるのではないでしょうか。
 日本では、古い紙をもう一度(  いちど)すきかえして新しい紙にする技術(ぎじゅつ)も発明(はつめい)されました。そのリサイクルの紙は真っ白(ま しろ)でなくしっかりもしていませんでしたが、普通(ふつう)の人も買うことができる安い(やす )本になりました。
 江戸(えど)時代(じだい)になると、紙の本はたくさんの人が持つ(も )ことができるようになりました。そればかりか、子どものための、紙細工のおもちゃまでたくさん作られるようになりました。これを、おもちゃ絵と∵いいます。そこには豆(まめ)絵本のような、本のかわりになるものや、はさみで切ってくみたてて遊ぶ(あそ )紙おもちゃなどさまざまな種類(しゅるい)のおもちゃがありました。きせかえ人形や、おしばいごっこの立ち絵、紙ずもうやめんこ、そして組み立て絵というものができたのもこのころです。ほかにもすごろくやかるたなど、今の時代(じだい)にも伝わる(つた  )おもちゃがこの時代(じだい)に発達(はったつ)しました。。
 江戸(えど)時代(じだい)の子どもたちも、今の子どもたちが、ゲームのカードをためたりマンガを買いそろえたりするのと同じことをやっていたのです。
 破れ(やぶ )やすく、火には燃え(も )てしまう紙と知ってはいても、それでも紙でできたものには、集め(あつ )て愛さ(あい )ずにはいられない魅力(みりょく)があるようです。

「紙君(くん)って、えらいんだね。今度(こんど)から紙様(さま)って呼ぼ(よ )うか。」
「いやあ、もっと気楽に読んでくれた方がいいよ。」
「じゃあ。ヘイ、カミーン。」

 言葉(ことば)の森長文(ちょうぶん)作成(さくせい)委員(いいん)会(λ)
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 いかだコンティキ号の大冒険 読解マラソン集 小3 夏 9番
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 南太平洋(みなみたいへいよう)のまんなかの小さな島(しま)にやってきた学者(がくしゃ)のトール・ヘイエルダールはふしぎなことに気がつきました。島(しま)の人たちが、その島(しま)の先祖(せんぞ)はどこにあるかわからない遠い場所(ばしょ)からやってきたティキという酋長(しゅうちょう)だという伝説(でんせつ)を話してくれたのです。しかし、トールは、その島(しま)からはるか離れ(はな )た南アメリカのペルーという国にも、昔(むかし)「コンティキ」すなわち「太陽(たいよう)のティキ」という酋長(しゅうちょう)がいて、あとから来た人々に追い出さ(お だ )れて海をわたってどこかへ消え(き )たという伝説(でんせつ)があるのを知っていました。島(しま)にあるティキの石の像(ぞう)はほおひげをはやした白人の顔ですが、その像(ぞう)もまた、ペルーにあるものとそっくりだったのです。そのころ、南太平洋(みなみたいへいよう)の小さな島々(しまじま)の人たちは、いったいどこからやってきたのか、謎(なぞ)とされていました。一方、ペルーにいた伝説(でんせつ)のティキの民(たみ)の白人たちがどこへ消え(き )たかも謎(なぞ)とされていました。トールは、この二つは結び付け(むす つ )られるのではないかとひらめいたのです。
 大昔(おおむかし)には、海を渡る(わた )乗り物(の もの)はいかだしかなかったので、この島(しま)の人たちは、ペルーからいかだでここまで渡っ(わた )てきたにちがいない、とトールは考えました。アメリカに帰って、いろいろな学者(がくしゃ)にその話をしましたが、だれも信じ(しん )てくれません。いかだが何ヶ月(かげつ)も沈ま(しず )ずに、太平洋(たいへいよう)をわたれる? そんなばかな、とみんなは相手(あいて)にもしませんでした。
 それなら実際(じっさい)にいかだで渡っ(わた )てみよう、とトールは決心(けっしん)しました。同じような冒険(ぼうけん)好(ず)きの学者(がくしゃ)が五人集まり(あつ  )ました。六人はペルーに行き、大昔(おおむかし)の人と同じように、まず自分たちで木を切っていかだを作りました。その木はバルサといってカッターでも切れるほどやわらかいため、今でも工作の材料(ざいりょう)などによく使わ(つか )れている木です。いかだには、竹で編ん(あ )で、バナナの葉(は)で屋根(やね)をつくった小屋(こや)をのせました。そして昔(むかし)と同じ布(ぬの)の帆(ほ)をつけて、風を受け(う )て走るようにしました。帆(ほ)にはほおひげのある神様(かみさま)「コンティキ」の絵をか∵いて、コンティキ号(ごう)という名前にしました。水は、節(ふし)をぬいた竹につめ、いかだのはしに何本もくくりつけておきました。昔(むかし)の人は、干し(ほ )たイモとヤシの実(み)を食料(しょくりょう)にのせたはずですが、トールたちは食料(しょくりょう)だけは現代(げんだい)のおいしいものものせました。
 いかだは、何ヶ月(かげつ)も陸(りく)の影(かげ)ひとつ見えない青い大海原をぷかぷか浮い(う )て進み(すす )ました。いかだは軽い(かる )ので、大波(おおなみ)がきても沈み(しず )ません。しかも、海面(かいめん)すれすれに浮かん(う  )でいるので、朝起きる(お  )と魚たちがとびこんできて、朝ごはんに困る(こま )ことはありませんでした。魚たちはいかだを大きなサメか何かだと思って、何ヶ月(かげつ)もついてくるようでした。六人の仲間(なかま)は思ったよりずっと楽しく航海(こうかい)したのです。
 そして、三ヶ月(かげつ)目、コンティキ号(ごう)は南太平洋(みなみたいへいよう)の小さな島(しま)を見ることができました。最後(さいご)の危険(きけん)は、島(しま)をとりまく暗礁(あんしょう)です。島(しま)には暗礁(あんしょう)にぶつかって壊れ(こわ )たらしい船の残骸(ざんがい)がひとつ見えました。コンティキ号(ごう)も島(しま)の周囲(しゅうい)の暗礁(あんしょう)にぶつかりましたが、軽い(かる )のでそのまま上に乗り(の )あげただけで済み(す )ました。こうしてトールたちは、いかだでペルーから南太平洋(みなみたいへいよう)まで旅(たび)をすることができる、ということを証明(しょうめい)したのです。

「トールさん、いかだに乗っ(の )た六人の仕事(しごと)の分担(ぶんたん)はどうしたのですか。」
「それは、ティキ材(ざい)ティキ所(しょ)で。」

※南米大陸(たいりく)の太平洋(たいへいよう)側(がわ)には強力なフンボルト海流(かいりゅう)が流れ(なが )ているため、古代(こだい)人がいかだで南太平洋(みなみたいへいよう)まで航海(こうかい)したということについては疑問(ぎもん)視(し)する声もあります。しかし、実験(じっけん)によって学説(がくせつ)を証明(しょうめい)しようとしたヘイエルダールの業績(ぎょうせき)は高く評価(ひょうか)されています。

 言葉(ことば)の森長文(ちょうぶん)作成(さくせい)委員(いいん)会(λ)
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 印象派の光 読解マラソン集 小3 夏 10番
 読解マラソン集は、みなさんの声を取り入れて編集します。ご意見ご要望は、マラソン広場まで。 http://www.mori7.com/marason/hiroba/
 みなさんは空の絵をかくとき、何色でかきますか。ふつうは空色、つまり薄い(うす )青色にするのではないでしょうか。しかし、もしかすると、ある人は、昨日(きのう)の夕焼け(ゆうや )の空を思い出してきれいなオレンジ色にするかもしれません。
 確か(たし )に、空の色は時刻(じこく)によっても、天気によっても変わり(か  )ます。空だけではありません。木でもベンチでも人の顔でも、その時々でいろいろな色合いに変わり(か  )ます。では、その時々の色を決める(き  )のはなんでしょうか。
 それは光です。物(もの)は、光との関係(かんけい)によってさまざまな色合いに変化(へんか)します。特に(とく )、外の景色(けしき)は太陽(たいよう)の光をじかに受け(う )ているので、一日のうちでもさまざまに印象(いんしょう)を変え(か )ます。この光というものを大切に考えて、自然(しぜん)の姿(すがた)をそのまま絵にしようと考えたのが、印象派(いんしょうは)と呼ば(よ )れる芸術家(げいじゅつか)たちでした。
 印象派(いんしょうは)とは、十九世紀(せいき)の後半にフランスで起こっ(お  )た画家を中心とするグループです。それまでは、時間をかけてかきこんだ重々しい(おもおも  )作品(さくひん)がよいとされてきました。そのため、一瞬(いっしゅん)の輝き(かがや )をとらえてすばやく仕上げる(しあ  )印象派(いんしょうは)の絵は、最初(さいしょ)単なる(たん  )スケッチにすぎないと見られていました。印象派(いんしょうは)の最初(さいしょ)の印象(いんしょう)は、あまりよくなかったのです。
 しかし、印象派(いんしょうは)の人たちは、実は(じつ )しっかりした科学的(てき)な考え方にもとづいて制作(せいさく)をしていました。そのひとつが、シュヴルール()という人の色の考え方です。彼(かれ)は本の中で、となり合う色がおたがいに影響(えいきょう)しあって、いろいろな見え方になることを説明(せつめい)しました。そしてとなり合う色どうしが違え(ちが )ば違う(ちが )ほど、より大きな効果(こうか)があるとしました。
 例えば(たと  )、赤と緑(みどり)、黄と紫(むらさき)などは、最も(もっと )違う(ちが )色合いで、このような色の組み合わせを補色(ほしょく)の関係(かんけい)と呼び(よ )ます。補色(ほしょく)を並べ(なら )てみると、目がちかちかするような効果(こうか)を生みます。青っぽい色は奥(おく)に∵引っ込み(ひ こ )、赤っぽい色は前に飛び出し(と だ )てくるようにも見えます。
 その印象派(いんしょうは)の画家たちの中で中心となったのが、クロード・モネです。モネは、移ろい(うつ  )やすい光や自然(しぜん)の鮮やか(あざ  )な色を、だれよりも深く(ふか )追い求め(お もと )ました。
 それまでの絵は、絵の具(え ぐ)を混ぜる(ま  )ことによってさまざまな色を作り出していました。絵の具(え ぐ)は混ぜ合わ(ま あ )せれば混ぜ合わせる(ま あ   )ほど、明るさがなくなっていきます。絵の具(え ぐ)の筆(ふで)を洗っ(あら )ていると、水がどんどん暗い(くら )色になっていくことを知っている人も多いでしょう。印象派(いんしょうは)以前(いぜん)の絵は、暗い(くら )部分(ぶぶん)に影(かげ)をつけることによってものの奥行き(おくゆ )を出していたので、絵が更に(さら )暗く(くら )重い(おも )感じ(かん )になっていました。
 モネはこうした暗い(くら )絵を嫌い(きら )ました。そして、光に溢れ(あふ )たみずみずしい景色(けしき)を描く(えが )ために、新しい技法(ぎほう)を使い(つか )ました。ある色を作るのに、絵の具(え ぐ)を混ぜ合わせる(ま あ   )のではなく、純粋(じゅんすい)な色を数多くの点としてとなり合わせるように描い(えが )たのです。こうすると、離れ(はな )て見た場合、それらの色が混ざり(ま  )合って見えます。しかし、絵の具(え ぐ)を混ぜ(ま )て使っ(つか )たときよりもはるかに明るい色になるのです。モネは、となり合う点どうしを補色(ほしょく)の関係(かんけい)にするなど、いろいろな工夫(くふう)を重ね(かさ )ました。こうして、モネの絵は、自然(しぜん)の風や太陽(たいよう)のあたたかさまで感じ(かん )させるようなものになっていったのです。
 最初(さいしょ)は受け入れ(う い )られなかったモネの絵も、次第に(しだい )多くの人に認め(みと )られるようになりました。今その光溢れる(あふ  )絵は、世界中(せかいじゅう)の人々から愛さ(あい )れています。

「モネさんのような絵を、印象派(いんしょうは)の絵と言ってもイーンショウか。」
「うん、いいかモネ。」   言葉(ことば)の森長文(ちょうぶん)作成(さくせい)委員(いいん)会(α)
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 時間の不思議 読解マラソン集 小3 夏 11番
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 私(わたし)たちは時間がいつも同じように流れ(なが )ていくことを信じ(しん )て疑い(うたが )ません。時間は常に(つね )同じ速(はや)さで未来(みらい)へ向かっ(む  )て流れ(なが )続け(つづ )、場所(ばしょ)によって変わっ(か  )たり、季節(きせつ)によって変わっ(か  )たりすることなどあり得(え)ないと思っています。
 しかし、アインシュタインのとなえた相対性理論(そうたいせいりろん)によれば、時間というものは絶対(ぜったい)のもの、つまり普段(ふだん)私(わたし)たちが考えているように確か(たし )なものではないのです。重力(じゅうりょく)や空間などとの関係(かんけい)からさまざまに変化(へんか)してしまう、意外(いがい)にも頼り(たよ )ない存在(そんざい)のようです。
 この理論(りろん)では、速い(はや )速度(そくど)で動い(うご )ているものの時間は、止まっているものの時間より遅く(おそ )進み(すす )ます。ただ、この場合の「速い(はや )」というのは、光の速(はや)さに近い超(ちょう)高速(こうそく)ということです。
 たとえば、光速(こうそく)の九十パーセント、時速(じそく)九億(おく)キロメートルで飛ぶ(と )ロケットがあるとします。それはジェット機(    き)の約(やく)一万倍(ばい)のスピードです。このロケットに乗っ(の )ている人には、地球(ちきゅう)上よりも時間がゆっくりと流れ(なが )ます。この場合、ロケットの中での一年は、地球(ちきゅう)での二、三年分に当たります。もし、本当にそんなロケット旅行(りょこう)をしたら、「行ってきまあす」と言って一年後、家に帰ってみると、なんとひとつ年下のはずの弟より若く(わか )なっていた、ということが起こり(お  )ます。これが何十年も宇宙(うちゅう)旅行(りょこう)をしたなら、どうでしょう。地球(ちきゅう)に帰ってはきたものの、知った顔はだれもなく、まさに浦島(うらしま)太郎(たろう)になった気分でしょう。
 また、ブラックホールでは、あまりにも強力な重力(じゅうりょく)のために、時間も空間も大きくゆがんでいると言われています。例えば(たと  )仮に(かり )、勇気(ゆうき)のある人がブラックホールに飛び込ん(と こ )だとします。そうすると、その人にとっては吸い込ま(す こ )れていく数秒(びょう)のことが、遠く離れ(はな )た地球(ちきゅう)から見ると、数千年も数万年もの時間になるのです。数万年という長さは、人間にとっては無限(むげん)に近い、つまり時間が止まっているのも同じということで、ブラックホールは「凍りつい(こお   )た星」と∵よばれることもあります。
 しかし、ロケット旅行(りょこう)やブラックホールなどは、普通(ふつう)の生活からはかけはなれたことです。では、相対性理論(そうたいせいりろん)とは、私(わたし)たちには関係(かんけい)のない本の中だけの話でしょうか。
 最近(さいきん)目にすることの多いカー・ナビゲーションは、人工衛星(えいせい)からの電波(でんぱ)を受け(う )て、車の位置(いち)を計算するシステムです。ところで、人工衛星(えいせい)は地球(ちきゅう)上に比べる(くら  )とはるかに重力(じゅうりょく)の弱いところを、しかも高速(こうそく)で飛ん(と )でいます。ということは、地球(ちきゅう)とは時間の進み(すす )方が、わずかにずれているということです。そこで登場(とうじょう)するのがこの相対性理論(そうたいせいりろん)です。これによって時間のずれは直され、カーナビは正しい車の位置(いち)を教えてくれます。
 ところで、このような難しい(むずか  )理論(りろん)を考えるまでもなく、人間の意識(いしき)の中で、時間は自由(じゆう)に伸び(の )縮み(ちぢ )します。友達(ともだち)と遊ぶ(あそ )楽しい時間はあっという間に過ぎる(す  )のに、お説教(せっきょう)を聞いている時間は無限(むげん)に長く感じる(かん  )、というのはよくあることです。また、昔(むかし)住ん(す )でいた家のことをはっきりと思い出したり、十年後の格好いい(かっこう  )自分の姿(すがた)を思い描い(おも えが )たりなど、頭の中で時間は自由(じゆう)に流れ(なが )ます。
 目に見えず、手で触れる(ふ  )こともできないのに、感じ(かん )られ、信じ(しん )られる時間。しかし、あたり前だと思い込ん(おも こ )でいるものの正体を疑っ(うたが )てかかると、世界(せかい)はまた違っ(ちが )た顔を見せてくれるかもしれません。

「光速(こうそく)に近くなると、世界(せかい)の様子(ようす)は違っ(ちが )て見えるのですね。」
「ソウ。タイセイつなのは、これまでの見方にとらわれないことじゃ。」

 言葉(ことば)の森長文(ちょうぶん)作成(さくせい)委員(いいん)会(α)
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 海の塩の秘密 読解マラソン集 小3 夏 12番
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 海水は塩辛い(しおから )もので、私(わたし)たちはそれを当たり前のことだと思っています。実際(じっさい)、そこに含ま(ふく )れる塩分(えんぶん)は大変(たいへん)な量(りょう)です。海水をすべて蒸発(じょうはつ)させ、残っ(のこ )た塩分(えんぶん)を陸地(りくち)に敷きつめる(し    )と、百五十メートルもの厚い(あつ )層(そう)ができると言われています。この大量(たいりょう)の塩(しお)は、一体どこから来たのでしょうか。
 塩分(えんぶん)のふるさとのひとつは川です。地球(ちきゅう)上に存在(そんざい)する川の大半は淡水(たんすい)なので、これは意外(いがい)な感じ(かん )がします。雨が降る(ふ )と水が地中にしみ込ん(  こ )で、土の中にあるミネラル分を溶かし(と  )ます。このミネラル分の中に塩分(えんぶん)が含ま(ふく )れています。溶け(と )出した塩分(えんぶん)は、川によって海まで運ば(はこ )れます。ただ、淡水(たんすい)の川に含ま(ふく )れる塩分(えんぶん)はごく少ないので、なめても塩辛い(しおから )とは感じ(かん )ません。
 塩分(えんぶん)のもうひとつのふるさとは、海底(かいてい)火山です。活動(かつどう)する海底(かいてい)火山の爆発(ばくはつ)や熱水(ねっすい)の噴出(ふんしゅつ)によって、地中からミネラル分が放出(ほうしゅつ)され、その中に含ま(ふく )れる塩分(えんぶん)が海水に溶け込む(と こ )のです。
 このように、塩(しお)はいろいろなところから海を目指し(めざ )てやって来ますから、海には塩(しお)がたまる一方のように思えます。その上、海からはどんどん水分が蒸発(じょうはつ)しミネラル分だけがあとに残り(のこ )ます。これでは、塩分(えんぶん)がどんどん濃く(こ )なっていったとしても不思議(ふしぎ)ではありません。しかし現実(げんじつ)には、海水の塩分(えんぶん)濃度(のうど)は、ほぼ一定(いってい)です。つまり、増える(ふ  )分と減る(へ )分とがうまく釣り合っ(つ あ )ているのです。では、塩分(えんぶん)は一体どこへ行くのでしょう。
 まず、海の生物(せいぶつ)が塩(しお)を体の中に取り込み(と こ )ます。例えば(たと  )サンゴやエビ、カニなどは、硬い(かた )殻(から)を作るために塩類(えんるい)を必要(ひつよう)とします。これらの生き物(い もの)が死ぬ(し )と、その殻(から)に含ま(ふく )れていた塩類(えんるい)は海底(かいてい)にたまります。こうして塩分(えんぶん)の一部(いちぶ)は取り除か(と のぞ )れます。このようにして、海水中の塩分(えんぶん)は、増える(ふ  )量(りょう)と減る(へ )量(りょう)のバランスがとれているのです。
 では、この海底(かいてい)にたまった塩分(えんぶん)はどうなるのでしょうか。海底(かいてい)を∵含む(ふく )地殻(ちかく)は巨大(きょだい)なプレートで成り立っ(な た )ています。それらのプレートは少しずつ移動(いどう)し、二つ以上(いじょう)のプレートが出合うところでは、一方が隣(となり)のプレートの下に入り込み(はい こ )ます。沈み(しず )込ん(こ )だ海底(かいてい)は高温(こうおん)のマントルの中で溶け(と )ていきます。当然(とうぜん)、海底(かいてい)にたまっていた塩分(えんぶん)も一緒(いっしょ)に溶け(と )てしまいます。
 地中から海へ、そしてまた地中へ。塩(しお)は、この壮大(そうだい)な旅(たび)を気の遠くなるような年月の間繰り返し(く かえ )てきました。今日の一杯(いっぱい)のお味噌汁(みそしる)にも、塩分(えんぶん)の長い旅(たび)の歴史(れきし)が刻ま(きざ )れているのです。

「塩分(えんぶん)さん、最初(さいしょ)の生まれはどこなんですか。」
「実は(じつ )、スーパーの食品(しょくひん)売り場なんだよ。」
「うそでシオ。」

 言葉(ことば)の森長文(ちょうぶん)作成(さくせい)委員(いいん)会(Μ)
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