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 読解マラソン集(ルビつき)小3秋
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 今、地球上には 読解マラソン集 小3 秋 1番
 読解マラソン集は、みなさんの声を取り入れて編集します。ご意見ご要望は、マラソン広場まで。 http://www.mori7.com/marason/hiroba/
 今、地球(ちきゅう)上には、百五十万種類(しゅるい)を超える(こ  )生物(せいぶつ)がいます。そのうちの八十万種類(しゅるい)が昆虫(こんちゅう)で、四十万種類(しゅるい)が動物(どうぶつ)で、残り(のこ )の三十万種類(しゅるい)が植物(しょくぶつ)です。もし、世界(せかい)が十種類(しゅるい)の生物(せいぶつ)の村だったら、五種類(しゅるい)が昆虫(こんちゅう)で、三種類(しゅるい)が動物(どうぶつ)で、残り(のこ )の二種類(しゅるい)が植物(しょくぶつ)ということになります。昆虫(こんちゅう)の種類(しゅるい)がずいぶん多いということがわかります。もしかすると、昆虫(こんちゅう)がこの地球(ちきゅう)でいちばん元気よく暮らし(く  )ていると言えるのかもしれません。そう言えば、ゴキブリなどは、元気のかたまりのようです。
 生物(せいぶつ)は、約(やく)三十億(おく)年前に原始(げんし)的(てき)な生物(せいぶつ)から進化(しんか)してきました。進化(しんか)の過程(かてい)で絶滅(ぜつめつ)した生物(せいぶつ)も含める(ふく  )と、今の生物(せいぶつ)の種類(しゅるい)の百倍(ばい)、一億(おく)五千万種類(しゅるい)もの生物(せいぶつ)がいたと推定(すいてい)されています。
 どの生物(せいぶつ)も自分が生きるのに都合(つごう)のよい形をしています。例えば(たと  )、キリンは首が長いので、遠くにいる敵(てき)を見つけたり、高い木の枝(えだ)の葉(は)を食べたりすることができます。ゾウは鼻(はな)が長いので、自分の鼻(はな)をホースがわりにしたり、鼻(はな)を手のように使っ(つか )たりすることができます。三グラムしかないジネズミは、自分の小ささをうまく生かして生きています。逆に(ぎゃく )百三十トンもあるクジラも、自分の大きさをうまく生かしていきています。このジネズミとクジラがシーソーをしたとすると、つりあいを取る(と )ためには、一頭のクジラの反対(はんたい)側(がわ)に、四千万匹(びき)以上(いじょう)ものジネズミがぶらさがらなければなりません。これぐらい違い(ちが )のある生物(せいぶつ)がそれぞれ、自分の長所(ちょうしょ)を上手に生かして生きているのです。
 このように多くの種類(しゅるい)の生物(せいぶつ)がいる理由(りゆう)を、昔(むかし)は、神様(かみさま)が作ったからだと考えていました。しかし、いくら神様(かみさま)でも、百五十万種類(しゅるい)もの生物(せいぶつ)を作るのは大変(たいへん)です。それでも、昔(むかし)の人は、神様(かみさま)ならそういう神業(かみわざ)ができると考えていたのです。
 十八世紀(せいき)に、ゾウの化石(かせき)を研究(けんきゅう)した学者(がくしゃ)が、生物(せいぶつ)の中には既に(すで )絶滅(ぜつめつ)したものがあるということを発見(はっけん)しました。ラマルクは、この∵考えを発展(はってん)させて、生物(せいぶつ)の種(しゅ)が変化(へんか)するという説(せつ)を述べ(の )ました。例えば(たと  )、キリンは、高いところに生えている葉(は)を食べるために、首を長く伸ばし(の  )ているうちに、今のようなキリンになったと言うのです。
 しかし、この説(せつ)には重大(じゅうだい)な弱点がありました。確か(たし )に一頭のキリンの一生に関して( かん  )言えば、高いところの葉(は)を食べようとしているうちに、だんだんと首が長くなるということは言えるかもしれません。しかし、その首の長さがそのまま子供(こども)に受け継が(う つ )れるかどうかということはわかりません。
 みなさんのお父さんやお母さんが子供(こども)のときにしっかり勉強(べんきょう)してくれたおかげで、あなたは生まれつき何でも知っていたということになれば、これほどいいことはありません。しかし、実際(じっさい)には、あなたはあなたでまた最初(さいしょ)からお父さんやお母さんがしたのと同じ勉強(べんきょう)をしなければなりません。こういうことを見ると、親の獲得(かくとく)した能力(のうりょく)がそのまま子供(こども)に受け継が(う つ )れるということはないようです。
 ラマルクの説(せつ)を批判(ひはん)する学者(がくしゃ)は、次(つぎ)のような実験(じっけん)をしました。まず、ネズミのしっぽを短く(みじか )切ってしまいます。ネズミにはかわいそうですが、しっぽだけなので命(いのち)には別状(べつじょう)がなかったというところが少しほっとするところです。このしっぽを切ったネズミから生まれたネズミのしっぽも、また短く(みじか )切ってしまいます。このようにして、何代(だい)もしっぽを短く(みじか )切ったにもかかわらず、生まれる子供(こども)はいつもしっぽの長いネズミでした。
 しかし、この実験(じっけん)は、ラマルクの説(せつ)を批判(ひはん)するにはあまり確か(たし )なものとは言えませんでした。なぜなら、ネズミは自分から進ん(すす )でしっぽを短く(みじか )しようとしたのではなく、無理矢理(むりやり)しっぽを短く(みじか )させられたからです。この実験(じっけん)のために何匹(びき)ものネズミのしっぽを切った学者(がくしゃ)は今ごろ、「しっぽの実験(じっけん)はしっぽい(失敗(しっぱい))だったなあ」と思っているかもしれません。
 言葉(ことば)の森長文(ちょうぶん)作成(さくせい)委員(いいん)会(Σ)
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 ダーウィンのお父さんとおじいさんは 読解マラソン集 小3 秋 2番
 読解マラソン集は、みなさんの声を取り入れて編集します。ご意見ご要望は、マラソン広場まで。 http://www.mori7.com/marason/hiroba/
 ダーウィンのお父さんとおじいさんは、医者(いしゃ)でした。ダーウィンも最初(さいしょ)は大学の医学部(いがくぶ)に入れられて勉強(べんきょう)をしていました。しかし、ダーウィンは、成績(せいせき)が悪く(わる )、やる気が見られませんでした。見かねたお父さんは、ダーウィンを医者(いしゃ)にすることをあきらめて、牧師(ぼくし)になるための大学に入れなおしました。しかし、ダーウィンはここでも牧師(ぼくし)の勉強(べんきょう)には関心(かんしん)がなく、博物学(はくぶつがく)という動物(どうぶつ)や植物(しょくぶつ)の勉強(べんきょう)にばかり夢中(むちゅう)になっていました。
 やっと大学を卒業(そつぎょう)したダーウィンは、今度(こんど)は海軍(かいぐん)の測量(そくりょう)船に乗っ(の )て世界中(せかいじゅう)を見て回ることにしました。お父さんは、船で世界(せかい)一周(いっしゅう)することなどはもちろん大反対(はんたい)です。しかし、周り(まわ )の人の助け(たす )も借り(か )て何とかお父さんを説得(せっとく)したダーウィンは、それから五年間、ビーグル号(ごう)に乗っ(の )て世界中(せかいじゅう)を探検(たんけん)しました。
 南米のガラパゴス諸島(しょとう)で、ダーウィンは不思議(ふしぎ)なことに気づきました。ガラパゴス諸島(しょとう)の島(しま)と島(しま)の間には速い(はや )海流(かいりゅう)が流れ(なが )ていて、動物(どうぶつ)たちが行き来することができません。そのような閉ざさ(と  )れた島(しま)にすむ動物(どうぶつ)たちは、島(しま)ごとに姿(すがた)形が変わっ(か  )ていたのです。例えば(たと  )、ヒワという鳥のくちばしが、ある島(しま)では昆虫(こんちゅう)を食べるのに都合(つごう)よくできているのに対し( たい )、ほかの島(しま)では植物(しょくぶつ)を食べるのに都合(つごう)よくできているというようなことです。
 ダーウィンは、この観察(かんさつ)をもとに、自然(しぜん)淘汰(とうた)という考えを作り上げました。つまり、それぞれの環境(かんきょう)に適し(てき )たものが生き残り(い のこ )、適さ(てき )ないものが淘汰(とうた)されることによって、だんだんと種(しゅ)が進化(しんか)していくという考え方です。
 当時の人々は、生物(せいぶつ)の種(しゅ)は神様(かみさま)が作ったもので最初(さいしょ)から完全(かんぜん)な形であり、進化(しんか)することなどはありえないと考えていたので、ダーウィンは多くの人から批判(ひはん)されました。更に(さら )、ダーウィンが、進化(しんか)論(ろん)を人間にあてはめて、「人間もサルから進化(しんか)した」と述べる(の  )と、∵批判(ひはん)は更に(さら )大きく広がりました。人間が神様(かみさま)から作られたものだという考えと、サルから進化(しんか)したものだという考えでは、天と地ほどの差(さ)があったからです。
 しかし、ダーウィンの考え方は科学的(てき)で、だれもが納得(なっとく)せざるをえない根拠(こんきょ)を持っ(も )ていたので、次第に(しだい )多くの人が認める(みと  )ようになりました。
 ところが、この進化(しんか)論(ろん)にも弱点がありました。それは第(だい)一に、環境(かんきょう)に適し(てき )たものが生き残る(い のこ )という考え方で説明(せつめい)するには、生物(せいぶつ)の種類(しゅるい)があまりにも多いということです。もし、ライオンが地球(ちきゅう)の環境(かんきょう)に最も(もっと )適し(てき )ていたとすれば、ほかの動物(どうぶつ)は全部(ぜんぶ)ライオンとの生存(せいぞん)競争(きょうそう)に負け(ま )て、地球(ちきゅう)上にはライオンしかいなくなってしまってもおかしくありません。地球(ちきゅう)の環境(かんきょう)に最も(もっと )適し(てき )ているものがラッコだったらもっと大変(たいへん)です。右を向い(む )てもラッコ、左を向い(む )てもラッコで、どこを見てもラッコラッコラッコラッコラーッと、いつの間にか怒ら(おこ )れているようです。
 進化(しんか)論(ろん)の第(だい)二の弱点は、自然(しぜん)淘汰(とうた)だけで進化(しんか)を説明(せつめい)しようとすると、鳥のくちばしの変化(へんか)ぐらいまでは説明(せつめい)できても、アメーバが魚になり、魚が爬虫類(はちゅうるい)になり、爬虫類(はちゅうるい)が哺乳類(ほにゅうるい)になるというような大きな変化(へんか)は説明(せつめい)しにくいということです。
 進化(しんか)論(ろん)の第(だい)三の弱点は、進化(しんか)論(ろん)そのものよりも、その進化(しんか)論(ろん)を利用(りよう)した社会の問題(もんだい)でした。進化(しんか)論(ろん)は、欧米(おうべい)諸国(しょこく)がアジアやアフリカを植民(しょくみん)地にするときに、その裏づけ(うら  )となる考えとして利用(りよう)されました。つまり、白人は最も(もっと )優れ(すぐ )ていて、有色(ゆうしょく)人種(じんしゅ)はそれよりも劣り(おと )、その有色(ゆうしょく)人種(じんしゅ)よりも更に(さら )劣っ(おと )ているのがサルだという考え方が、白人の支配(しはい)を正当化(か)したのです。
 このような弱点はあったものの、ほぼ一人で進化(しんか)の全体(ぜんたい)像(ぞう)を考え出したダーウィンは、人間のものの見方を大きく前進(ぜんしん)させたのでした。 言葉(ことば)の森長文(ちょうぶん)作成(さくせい)委員(いいん)会(Σ)
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 藤原道長は 読解マラソン集 小3 秋 3番
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 藤原道長(ふじわらのみちなが)は五番目の子だったので、父の位(くらい)である摂政(せっしょう)や関白(かんぱく)を継ぐ(つ )ことができるとはだれも思っていませんでした。しかし、子供(こども)のころから負けず嫌い(ま  ぎら )で、気が強く、また胆(きも)のすわったところのある道長は、のちに強運(きょううん)も手伝っ(てつだ )て、事実(じじつ)上、天皇(てんのう)以上(いじょう)の権力(けんりょく)を持つ(も )摂政(せっしょう)・関白(かんぱく)の位(くらい)につき、全盛(ぜんせい)をきわめました。そして、ほこらしげに「この世(  よ)をばわが世(よ)とぞ思う望月(もちづき)のかけたることもなしと思えば」(この世(  よ)は私(わたし)の世(よ)だと思うよ。今日の満月(まんげつ)のように欠け(か )ているところがないと思えば)という歌をよみました。権力(けんりょく)をほしいままにした道長は、莫大(ばくだい)な財産(ざいさん)を持っ(も )ていたので、それを生かし、貴族(きぞく)の文化(ぶんか)、平安(へいあん)文化(ぶんか)をささえました。漢詩(かんし)や和歌(わか)、絵巻物(えまきもの)、そしてかな文字による文学は、この時代(じだい)に大きく発展(はってん)しました。紫式部(むらさきしきぶ)の「源氏物語(げんじものがたり)」や清少納言(せいしょうなごん)の「枕草子(まくらのそうし)」などもこの時代(じだい)の作品(さくひん)です。
 さて、子供(こども)のころの道長はどんなふうだったのでしょう。兄たちとともに父の前に呼ば(よ )れた時のことです。父兼家(かねいえ)は、できのよい公任(きんとう)という自分のいとこの息子(むすこ)を引き合いに出し、「お前たちは、公任(きんとう)のかげもふめんぞ」と叱咤(しった)激励(げきれい)しました。兄たちは、うなだれて聞いていましたが、道長だけは、「あいつの影(かげ)なんか、たのまれてもふむもんか。私(わたし)だったら、顔をふんづけてやる」と言ったそうです。なんという負けん気(ま  き)の強い性格(せいかく)でしょう。 
 また、道長は十七歳(さい)の時、仕え(つか )ていた天皇(てんのう)の発案(はつあん)で肝試し(きもだめ)をしました。雨のふりしきる真っ暗(ま くら)な夜、怖い(こわ )話を聞いた後、天皇(てんのう)は、そこにいた三人にそれぞれ違う(ちが )場所(ばしょ)に一人でいってくるように言いました。他(た)の二人はおそるおそる出かけたと思ったら、すぐに「ぶきみな声が聞こえた」とか「怪物(かいぶつ)が出た」などと叫び(さけ )ながら舞い戻っ(ま もど )てきました。道長はと言うと、指示(しじ)された大極殿(だいごくでん)という場所(ばしょ)に一人で行き、証拠(しょうこ)として柱(はしら)の木を小刀でけずりとってきたのです。ま∵さか、一人で行けるまいと思った天皇(てんのう)が翌日(よくじつ)調べ(しら )させてみると、削り取っ(けず と )た木片(もくへん)はぴたりと柱(はしら)のえぐれた部分(ぶぶん)に合いました。天皇(てんのう)はその勇気(ゆうき)におどろきました。 
 このように、積極(せっきょく)的(てき)で怖い(こわ )もの知らずの道長は、人生を前向き(まえむ )に生きるすべを幼い(おさな )ころから知っていたかのようです。だからこそ、強運(きょううん)を呼び込む(よ こ )ことができたのでしょう。父の後を継い(つ )だ一番上の兄道隆(みちたか)は、関白(かんぱく)になったものの伝染病(でんせんびょう)で亡くなっ(な   )てしまいました。その兄の後を継い(つ )だ次(つぎ)の兄道兼(みちかね)もまた同じ伝染病(でんせんびょう)で、関白(かんぱく)になってたった一週間で命(いのち)を落とし(お  )ました。時の天皇(てんのう)はそのあとの関白(かんぱく)を決める(き  )のに迷っ(まよ )ていました。すると、天皇(てんのう)の母が、自分の弟でもある道長を強く推薦(すいせん)しました。
 出世(しゅっせ)する道は長いと思っていた道長でしたが、三十歳(さい)のころには政府(せいふ)の第一人者(だいいちにんしゃ)となっていました。「望月(もちづき)」の歌は道長が五十三歳(さい)のころに詠ん(よ )だものです。

 言葉(ことば)の森長文(ちょうぶん)作成(さくせい)委員(いいん)会(φ)
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 寝る子は育つ 読解マラソン集 小3 秋 4番
 読解マラソン集は、みなさんの声を取り入れて編集します。ご意見ご要望は、マラソン広場まで。 http://www.mori7.com/marason/hiroba/
 「寝る(ね )子は育つ(そだ )」ということわざがあります。昔(むかし)の人は理屈(りくつ)でなく経験(けいけん)で理解(りかい)していたのでしょうが、このことわざのとおり、寝る(ね )子が育つ(そだ )のには科学的(てき)な根拠(こんきょ)があるのです。日の出とともに起き(お )、日の入りとともに眠る(ねむ )ような時代(じだい)と異なり(こと  )、現代(げんだい)の人々は夜も活動(かつどう)を続け(つづ )ています。ですから、大人はもちろん、子供(こども)が眠り(ねむ )につく時間も年々遅く(おそ )なる一方です。しかし、夜更かし(ふ  )は健全(けんぜん)な成長(せいちょう)のためにも勧める(すす  )ことはできません。たとえ遅く(おそ )寝(ね)たとしても、ある程度(  ていど)の睡眠(すいみん)時間を確保(かくほ)できればいいのだろうと思うかもしれませんが、そうではありません。睡眠(すいみん)も、量(りょう)より質(しつ)が問題(もんだい)になってくるのです。睡眠(すいみん)の場合、眠り(ねむ )に就く(つ )時間が重要(じゅうよう)なポイントになります。「早起き(はやお )は三文の得(とく)」ということわざがあるのも、実は(じつ )納得(なっとく)できる理由(りゆう)があるのです。 
 それでは、どうして遅く(おそ )寝る(ね )のはいけないのでしょうか。睡眠(すいみん)中には大切なホルモンが分泌(ぶんぴつ)されます。成長(せいちょう)期(き)の子どもたちに最も(もっと )重要(じゅうよう)なのが成長(せいちょう)ホルモンです。このホルモンは夜九時から二時くらいの間に盛ん(さか )に分泌(ぶんぴつ)されます。ホルモンは夜中に出るもん(出るもの)なのです。ですから、この時間には眠り(ねむ )に就い(つ )ている必要(ひつよう)があります。成長(せいちょう)ホルモンの主(おも)な働き(はたら )は、骨(ほね)の成長(せいちょう)を促し(うなが )、筋肉(きんにく)を作るたんぱく質(    しつ)の合成(ごうせい)を助け(たす )、日中活動(かつどう)して痛ん(いた )だ細胞(さいぼう)を修復(しゅうふく)することです。名前のとおり、体の成長(せいちょう)に欠か(か )せないものと言えます。
 ほかにメラトニンというホルモンも忘れ(わす )てはなりません。このホルモンは暗く(くら )なると分泌(ぶんぴつ)される性質(せいしつ)があり、電気を煌々(こうこう)と灯し(とも )た明るい部屋(へや)で夜更かし(ふ  )をしていると分泌(ぶんぴつ)量(りょう)が減少(げんしょう)してしまいます。メラトニンには人間の自然(しぜん)な生活のリズムを整える(ととの  )働き(はたら )や、酸素(さんそ)の毒性(どくせい)から体を守る(まも )働き(はたら )、それに加え(くわ )て免疫(めんえき)を強化(きょうか)する働き(はたら )があります。∵
 遅く(おそ )寝(ね)た場合、これらのホルモンが十分に分泌(ぶんぴつ)されず、体に支障(ししょう)をきたす恐れ(おそ )があります。このことから、健康(けんこう)な体を維持(いじ)するためには、早く眠り(ねむ )に就き(つ )十分な睡眠(すいみん)時間を確保(かくほ)することが大切だとわかります。 
 睡眠(すいみん)には深い(ふか )眠り(ねむ )と浅い(あさ )眠り(ねむ )があることが知られています。浅い(あさ )眠り(ねむ )では脳(のう)はまだまだ活動(かつどう)しています。日中のできごとを思い出し、記憶(きおく)として定着(ていちゃく)させています。ですから、日中いっしょうけんめい勉強(べんきょう)したことが、浅い(あさ )眠り(ねむ )を通して記憶(きおく)として定着(ていちゃく)するわけです。
 浅い(あさ )眠り(ねむ )と深い(ふか )眠り(ねむ )は九十分ごとに入れ替わる(い か  )と考えられていますが、眠り(ねむ )に就く(つ )時間が遅く(おそ )睡眠(すいみん)時間が少なくなった場合は、眠り(ねむ )のほとんどを深い(ふか )睡眠(すいみん)が占め(し )てしまいます。というのも、脳(のう)に休養(きゅうよう)を与える(あた  )という、人が生きていくうえで重要(じゅうよう)な眠り(ねむ )が深い(ふか )眠り(ねむ )だからです。睡眠(すいみん)時間が足りなくなった場合は、浅い(あさ )眠り(ねむ )の出番はなくなってしまうのです。
 毎日深夜(しんや)まで勉強(べんきょう)していると、かえって脳(のう)を痛めつける(いた    )ことにもなりかねません。せっかくの努力(どりょく)を無駄(むだ)にしないためにも、また効率(こうりつ)よく学習(がくしゅう)の成果(せいか)をあげるにも、早い時間に床(とこ)に就き(つ )能率(のうりつ)のよい睡眠(すいみん)をとりましょう。

 言葉(ことば)の森長文(ちょうぶん)作成(さくせい)委員(いいん)会(ω)
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 包丁で指を 読解マラソン集 小3 秋 5番
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 包丁(ほうちょう)で指(ゆび)を切ってしまったり、転ん(ころ )でひざをすりむいたり、そんな怪我(けが)をした経験(けいけん)はだれにでもあるでしょう。そんなとき傷口(きずぐち)から血(ち)が出てきます。ひどい怪我(けが)の場合は血(ち)が流れ出る(なが で )こともあります。痛い(いた )のはもちろんのこと、普段(ふだん)はあまり見ることのない赤い血(ち)がにじみ出てくるのですから、しばらくは大騒ぎ(おおさわ )してしまうかもしれません。その騒ぎ(さわ )がおさまり、心も平静(へいせい)を取り戻す(と もど )頃(ころ)、傷口(きずぐち)ににじんでいた血(ち)は、糊(のり)のように固まっ(かた  )てきているはずです。やがて少しずつ乾い(かわ )て固く(かた )なり、かさぶたになるのです。 
 血(ち)、つまり血液(けつえき)にはたくさんの働き(はたら )があります。傷口(きずぐち)から出てきた血液(けつえき)が固まる(かた  )のは、血小板(けっしょうばん)という物質(ぶっしつ)が働い(はたら )てくれるためです。血液(けつえき)はいくつかの成分(せいぶん)が合わさって形作られていますが、血液(けつえき)の中で血小板(けっしょうばん)が占める(し  )割合(わりあい)は約(やく)五パーセントにすぎません。ふだん静か(しず )な血小板(けっしょうばん)は、怪我(けが)をしたときにだけ、まるで決勝(けっしょう)戦(せん)のように大活躍(かつやく)するのです。
 では、けがをしたときに血小板(けっしょうばん)はどのように働い(はたら )て血(ち)を止めるのでしょうか。血管(けっかん)のどこにも傷(きず)がなく、止血(しけつ)の必要(ひつよう)がないときの血小板(けっしょうばん)の形は、丸くて平たく(ひら  )、まるでおはじきのようです。そのおはじきは血液(けつえき)の流れ(なが )とともに、体中をめぐっています。町中を巡回(じゅんかい)するおまわりさんといったところでしょうか。
 ところが、血管(けっかん)に傷口(きずぐち)ができるという緊急(きんきゅう)事態(じたい)が発生(はっせい)すると、巡回(じゅんかい)中の血小板(けっしょうばん)たちはあっというまに現場(げんば)に集まっ(あつ  )てきます。そのときは、おはじきだった体を金平糖(こんぺいとう)のように変化(へんか)させます。この変身(へんしん)は「血小板(けっしょうばん)の活性(かっせい)化(か)」と呼ば(よ )れています。平たかっ(ひら   )た体はボールのような球状(きゅうじょう)に変わり(か  )、おまけに何本もの手足が飛び出し(と だ )てきます。この手足は偽足(ぎそく)と呼ば(よ )れますが、「にせのあし」と書かれたその字のごとく、まるで足のような働き(はたら )をします。緊急(きんきゅう)時の血小板(けっしょうばん)は、この偽足(ぎそく)をじょうずに操っ(あやつ )て血管(けっかん)の中をすばやく移動(いどう)し∵ます。そうして傷口(きずぐち)に血小板(けっしょうばん)が集まっ(あつ  )てきたところが、糊(のり)のようになった状態(じょうたい)なのです。
 ここからかさぶたができるにはもう一つ別(べつ)な物質(ぶっしつ)の力を借り(か )ねばなりません。その物質(ぶっしつ)とは、やはり血液(けつえき)中に存在(そんざい)するフィブリンというタンパク質(    しつ)の一種(いっしゅ)です。このフィブリンが糸のようになり絡み合っ(から あ )てできたネットが傷口(きずぐち)を補強(ほきょう)します。こうしてかさぶたが完成(かんせい)するのです。すばらしい連係(れんけい)プレーと言えそうです。 
 さて、傷口(きずぐち)を補強(ほきょう)してくれるフィブリンですが、このような糸状(いとじょう)のものが血液(けつえき)の中に流れ(なが )ていたら、血液(けつえき)はうまく流れる(なが  )ことができず、つまってしまいます。そこで、フィブリンは害(がい)のない別(べつ)な形に姿(すがた)を変え(か )て出番を待っ(ま )ています。フィブリンのもとになるものは、血液(けつえき)の中では一つずつばらばらになって静か(しず )に流れ(なが )ています。緊急(きんきゅう)事態(じたい)が発生(はっせい)すると、これがいくつもつながって糸状(いとじょう)のフィブリンに変身(へんしん)するのです。

 言葉(ことば)の森長文(ちょうぶん)作成(さくせい)委員(いいん)会(ω)
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 ミツバチの群れは 読解マラソン集 小3 秋 6番
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 ミツバチの群れ(む )は、一匹(ぴき)の女王蜂(じょおうばち)と数千匹(びき)から数万匹(びき)の働き蜂(はたら ばち)、繁殖(はんしょく)期(き)に現れる(あらわ  )二千匹(びき)から三千匹(びき)の雄蜂(おすばち)で構成(こうせい)されています。それぞれの役割(やくわり)分担(ぶんたん)も明確(めいかく)で、高度(こうど)な巨大(きょだい)社会を形成(けいせい)していると言ってもよいでしょう。 
 ミツバチは、規則正しい(きそくただ  )六角形を組み合わせて巣板(すばん)を作ります。巣(す)板(ばん)を構成(こうせい)する六角形の小部屋(こべや)は巣房(すぼう)と呼ば(よ )れます。巣(す)房(ぼう)は、育児(いくじ)、花粉(かふん)の貯蔵(ちょぞう)、花蜜(みつ)の貯蔵(ちょぞう)、ハチミツの加工(かこう)など、さまざまな目的(もくてき)に利用(りよう)されています。それぞれの作業(さぎょう)を効率(こうりつ)よく行えるように、巣(す)房(ぼう)の配置(はいち)も考慮(こうりょ)されています。 
 では、ミツバチは、なぜ六角形の巣(す)を作るのでしょうか。もしミツバチの巣(す)が丸だったら、上下左右に並べ(なら )ていくとき、無駄(むだ)なスペースができてしまいます。もし四角だったら、巣(す)と巣(す)の間に隙間(すきま)はなくなりますが、ミツバチが巣(す)に入ったときに無駄(むだ)なスペースができてしまいます。ミツバチの体型(たいけい)から考えると、六角形がいちばん効率(こうりつ)がよいのです。 
 ミツバチの巣(す)の材料(ざいりょう)は、働き蜂(はたら ばち)の腹部(ふくぶ)から分泌(ぶんぴつ)される蝋(ろう)片(へん)です。働き蜂(はたら ばち)は、その蝋(ろう)片(へん)を、後肢(あとあし)の内側(うちがわ)にあるブラシ状(じょう)の毛を使っ(つか )て抜き取り(ぬ と )、肢(あし)についた蝋(ろう)片(へん)を大あごでくわえ、それをかみ砕き(くだ )ながらはりつけていきます。この根気(こんき)のいる作業(さぎょう)を続ける(つづ  )だけでも大変(たいへん)なことですが、定規(じょうぎ)も分度器(ぶんどき)もコンパスも持た(も )ずに六角形の巣(す)を規則正しく(きそくただ  )並べ(なら )ていくのですから、まさに神業(かみわざ)としか言いようがありません。 
 以前(いぜん)は、ミツバチが最初(さいしょ)に丸い形の巣(す)を作り、それが周囲(しゅうい)から押しつぶさ(お    )れて自然(しぜん)に六角形になると考えられていました。しかし実際(じっさい)にミツバチの巣(す)づくりの様子(ようす)を観察(かんさつ)したところ、初め(はじ )から六角形を作っていることが分かったのです。 
 一九六六年、ドイツの二人の学者(がくしゃ)は、ミツバチの巣(す)が横向き(よこむ )に作られていることから、六角形の巣(す)を作る秘密(ひみつ)は、重力(じゅうりょく)に関係(かんけい)ある∵のではないかと考えました。巣(す)を作るとき、ミツバチは、頭を上下左右に向け(む )たいろいろな姿勢(しせい)を取ら(と )なければなりません。そのときに体にかかる重力(じゅうりょく)は絶えず(た  )変化(へんか)します。そこで、二人が注目(ちゅうもく)したのが、働き蜂(はたら ばち)の首と腹(はら)にある感覚(かんかく)毛です。二人は、実験(じっけん)から、ミツバチは首の感覚(かんかく)毛が頭に触れる(ふ  )ことによって重力(じゅうりょく)の方向(ほうこう)を感知(かんち)していることをつきとめました。ミツバチは、感覚(かんかく)毛の接触(せっしょく)によって、自分の体の向き(む )を知り、六角形の巣(す)を作っていたのです。
 ミツバチの巣(す)がいかに巧妙(こうみょう)に作られているかは、数学者(しゃ)たちの研究(けんきゅう)によっても証明(しょうめい)されています。三つの菱形(ひしがた)からなる中央(ちゅうおう)部(ぶ)のそれぞれの角度(かくど)は一〇九度(ど)二八分ですが、この数字は、使う(つか )蝋(ろう)の量(りょう)を最小(さいしょう)にして巣(す)を作った場合の角度(かくど)なのです。数学者(しゃ)たちが微分(びぶん)学の理論(りろん)を使っ(つか )たむずかしい計算をして出した数字をミツバチは生まれながらに知っていたことになります。 
 ハニカム構造(こうぞう)と呼ば(よ )れる六角形の組み合わせは、効率(こうりつ)がよいだけではなく、安定(あんてい)した形でもあります。外部(がいぶ)から力が加え(くわ )られたとき、うまく力を分散(ぶんさん)することができるのです。ダイヤモンドや雪の結晶(けっしょう)は、このハニカム構造(こうぞう)になっています。また、建築(けんちく)材料(ざいりょう)、航空機(こうくうき)の翼(つばさ)の内部(ないぶ)、サッカーゴールのネット、スキー板(いた)の内部(ないぶ)などにもこのハニカム構造(こうぞう)が応用(おうよう)されています。ハニカム構造(こうぞう)がこんなにも幅広く(はばひろ )採用(さいよう)されていることをミツバチが知ったら、はにかんでしまうかもしれません。

 言葉(ことば)の森長文(ちょうぶん)作成(さくせい)委員(いいん)会(Λ)
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 左胸の下の方に 読解マラソン集 小3 秋 7番
 読解マラソン集は、みなさんの声を取り入れて編集します。ご意見ご要望は、マラソン広場まで。 http://www.mori7.com/marason/hiroba/
 左胸(むね)の下の方に手を当ててみると、心臓(しんぞう)がドキドキと規則正しく(きそくただ  )動い(うご )ているのがわかります。心臓(しんぞう)は、全身(ぜんしん)に血液(けつえき)を送り出す(おく だ )ポンプの役割(やくわり)をしています。心臓(しんぞう)は、動物(どうぶつ)が生きているかぎり、休みなく動き(うご )続け(つづ )ます。動物(どうぶつ)が生きていられるのは、心臓(しんぞう)が休むことなく体のすみずみまで血液(けつえき)を送り(おく )続け(つづ )ているからなのです。
 血液(けつえき)は体中に酸素(さんそ)や栄養分(えいようぶん)を運び(はこ )ます。酸素(さんそ)は、息(いき)を吸う(す )ことによって肺(はい)から血液(けつえき)の中に取り入れ(と い )られます。栄養分(えいようぶん)は、食べ物(た もの)を摂取(せっしゅ)することによって腸(ちょう)から血液(けつえき)の中に取り入れ(と い )られます。心臓(しんぞう)は、昼も夜も休むことなく働き(はたら )続け(つづ )ています。もし、心臓(しんぞう)が休憩(きゅうけい)したら、酸素(さんそ)や栄養分(えいようぶん)が体に回らなくなってしまいます。いくら私(わたし)たちが「栄養(えいよう)はもうええよう。」と言っても、心臓(しんぞう)はその動き(うご )を止めません。 
 激しい(はげ  )運動(うんどう)をしたり、緊張(きんちょう)したりすると、心臓(しんぞう)の鼓動(こどう)が速く(はや )なります。これは、体や頭が酸素(さんそ)や栄養分(えいようぶん)をたくさん必要(ひつよう)とするため、血液(けつえき)の流れ(なが )を速く(はや )しようと心臓(しんぞう)の動き(うご )が活発(かっぱつ)になるからです。
 血液(けつえき)の仕事(しごと)は、酸素(さんそ)や栄養分(えいようぶん)を送り届ける(おく とど  )ことだけではありません。不要(ふよう)になったものを回収(かいしゅう)する働き(はたら )もしています。二酸化炭素(にさんかたんそ)や老廃(ろうはい)物(ぶつ)を回収(かいしゅう)してくれるのです。酸素(さんそ)や栄養分(えいようぶん)が通る血管(けっかん)は動脈(どうみゃく)、二酸化炭素(にさんかたんそ)や老廃(ろうはい)物(ぶつ)が通る血管(けっかん)は静脈(じょうみゃく)といいます。 
 心臓(しんぞう)は、にぎりこぶしくらいの大きさで、こぶしをにぎったり、ゆるめたりするような動き(うご )をくりかえしながら、体中に血液(けつえき)を循環(じゅんかん)させています。心臓(しんぞう)は、手や足の筋肉(きんにく)とは違う(ちが )、非常(ひじょう)に丈夫(じょうぶ)な特別(とくべつ)の筋肉(きんにく)でできています。また、脳(のう)からの命令(めいれい)で動い(うご )ているのではないことも一つの特徴(とくちょう)です。ふつう、体の筋肉(きんにく)は、脳(のう)の命令(めいれい)で動い(うご )ていますが、心臓(しんぞう)の場合は脳(のう)の命令(めいれい)とは関係(かんけい)なく、ひとりでにちぢんだり、ふくらんだりしているのです。∵
 さて、心臓(しんぞう)のドキドキという音ですが、この音は心臓(しんぞう)の中についている弁(べん)が閉じる(と  )ときの音です。ストーブに石油(せきゆ)を入れるポンプを思い浮かべ(おも う  )てみましょう。ポンプで石油(せきゆ)を吸い込む(す こ )とき、まず下のふたが開い(ひら )て石油(せきゆ)を吸い込み(す こ )ます。その石油(せきゆ)を吸い込み(す こ )終わる(お  )と、ふたはすぐに閉じ(と )てしまいます。次に(つぎ )、石油(せきゆ)を送り出す(おく だ )ときには、別(べつ)のふたが開い(ひら )て石油(せきゆ)が別(べつ)の方に流れ(なが )ていきます。ポンプは、二つのふた、つまり弁(べん)を開い(ひら )たり閉じ(と )たりしながら、石油(せきゆ)を送り出し(おく だ )ているのです。
 心臓(しんぞう)もこの石油(せきゆ)ポンプと同じしくみになっています。心臓(しんぞう)の中にもふたがあり、このふたが開い(ひら )たりしまったりしながら、血液(けつえき)を送り出し(おく だ )ています。心臓(しんぞう)の弁(べん)は、流れ(なが )た血液(けつえき)が逆(ぎゃく)周り(まわ )になって戻っ(もど )てこないように、音がするほど強くしめます。この音がドキドキという音になって聞こえるわけです。 
 哺乳類(ほにゅうるい)や鳥類(ちょうるい)の心臓(しんぞう)は、田んぼの田の字の形のように四つの部屋(へや)に分かれています。爬虫類(はちゅうるい)や両生類(りょうせいるい)の心臓(しんぞう)は三つの部屋(へや)に、魚類(ぎょるい)の心臓(しんぞう)は二つの部屋(へや)に分かれています。石油(せきゆ)ポンプにはもちろん一つの部屋(へや)しかありません。部屋(へや)が分かれていると、それぞれの部屋(へや)で役割(やくわり)を分担(ぶんたん)できるので、心臓(しんぞう)の性能(せいのう)がよくなります。
 人間の心臓(しんぞう)は、田の字の向かっ(む  )て左上から体中の汚れ(よご )た血(ち)を回収(かいしゅう)し、それを左下に集め(あつ )て肺(はい)に送り込み(おく こ )ます。肺(はい)できれいになった血液(けつえき)は田の字の右上で集め(あつ )られ、右下から勢い(いきお )よく再び(ふたた )全身(ぜんしん)に流れ(なが )ていきます。

 言葉(ことば)の森長文(ちょうぶん)作成(さくせい)委員(いいん)会(Λ)
読んだ回数を「正」で記録しておきましょう。 読解マラソン集              回目  7番目          
 

 食虫植物とは 読解マラソン集 小3 秋 8番
 読解マラソン集は、みなさんの声を取り入れて編集します。ご意見ご要望は、マラソン広場まで。 http://www.mori7.com/marason/hiroba/
 食虫植物(しょくちゅうしょくぶつ)とは、葉(は)などで虫や小動物(しょうどうぶつ)をつかまえて消化(しょうか)し、栄養分(えいようぶん)として吸収(きゅうしゅう)する植物(しょくぶつ)のことです。食虫植物(しょくちゅうしょくぶつ)と言っても、しょっちゅう虫をつかまえているわけではありません。食虫植物(しょくちゅうしょくぶつ)も普通(ふつう)の植物(しょくぶつ)と同じように、日光から栄養分(えいようぶん)を自分で作っているので、虫を食べなくても枯れる(か  )ことはないからです。ただ、育ち(そだ )が少し悪く(わる )なることはあります。食虫植物(しょくちゅうしょくぶつ)は、世界(せかい)には、五百種(しゅ)あまり、日本にも、二十種(しゅ)あまりが自生しています。数ある食虫植物(しょくちゅうしょくぶつ)の中から、ハエトリグサ、ウツボカズラ、モウセンゴケの三種類(しゅるい)を紹介(しょうかい)しましょう。 
 ハエトリグサの葉(は)には、片側(かたがわ)に三つずつ、合計六本の小さな毛が生えています。虫がこの毛に二回さわると、すぐに葉(は)が閉じ(と )て虫をつかまえます。虫があたふたしているうちにふたが閉まっ(し  )てしまうわけです。なぜ二回さわるまで葉(は)を閉じ(と )ないかというと、一回だけでは虫が葉っぱ(は  )のまん中に入っていないかもしれないからです。二回ならほとんど間違い(まちが )なく虫が真ん中(ま なか)に入っているだろうというわけです。ハエトリグサは用心深い(ようじんぶか )性格(せいかく)なのかもしれません。
 葉(は)を閉じ(と )てからもしばらくは、葉(は)の中に虫が動ける(うご  )隙間(すきま)があります。しかし、虫をつかまえてから一日経つ(た )と、葉(は)をぴたりと閉じ(と )て虫を押しつぶし(お    )てしまいます。そして、消化(しょうか)液(えき)を出して虫をどんどんとかしてしまいます。虫を完全(かんぜん)にとかすまでには十日ぐらいかかります。その後、また葉(は)を開い(ひら )て、次(つぎ)の餌食(えじき)となる虫を待つ(ま )のです。 
 ウツボカズラのふくろにはふたがあります。このふたの裏(うら)やふくろの口のまわりから甘い(あま )ミツを出して虫をおびきよせます。ふくろの表面(ひょうめん)はロウのようになっていてとてもすべりやすいので、虫たちがいくらもがいても徒労(とろう)に終わっ(お  )てしまいます。ミツを目当てにやってきた虫たちは、結局(けっきょく)は足をすべらせてふくろの中に落ち(お )て∵しまいます。ふくろの下にはいつも消化(しょうか)液(えき)がたまっています。ウツボカズラは、ふくろの内側(うちがわ)にあるぶつぶつから虫の栄養分(えいようぶん)を吸い取っ(す と )ています。一方的(てき)に栄養分(えいようぶん)を取る(と )だけですから、物々交換(ぶつぶつこうかん)とはいかないようです。ふくろについているふたですが、このふたは雨を防ぐ(ふせ )ためのもので、虫をつかまえた後も閉まり(し  )ません。 
 モウセンゴケの仲間(なかま)は、北極(ほっきょく)、南極(なんきょく)、砂漠(さばく)をのぞく、ほぼ世界中(せかいじゅう)に分布(ぶんぷ)しています。日本でも北から南までどこでもよく見ることができます。モウセンゴケの葉(は)には腺(せん)毛が生えていて、その先からねばねばした液(えき)を出して虫を捕え(とら )ます。赤い腺(せん)毛の先にねばねばがきらきらと光り、まるでダイヤモンドダストのようです。葉(は)の上に虫がとまると、毛が素早く(すばや )動きだし(うご   )ます。毛だけでなく葉(は)も虫をつつみこむように動き(うご )、虫をとかす消化(しょうか)液(えき)を出します。十時間もすると、葉(は)は虫をくるくる巻き(ま )にして、ゼンマイのような姿(すがた)になります。そして、消化(しょうか)液(えき)でとかされた虫の栄養分(えいようぶん)を吸い取り(す と )、その後、まるで何事(なにごと)もなかったようにまた葉(は)を開い(ひら )て次(つぎ)の虫を待ち(ま )ます。「モウセンゴケ」とは名ばかりで、「もう、せん。」と言いながらも次々(つぎつぎ)に虫をつかまえてしまうようです。

 言葉(ことば)の森長文(ちょうぶん)作成(さくせい)委員(いいん)会(Λ)
読んだ回数を「正」で記録しておきましょう。 読解マラソン集              回目  8番目          
 

 清作は一歳半の時に 読解マラソン集 小3 秋 9番
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 清作(せいさく)は一歳(さい)半の時に、いろりに落ち(お )て、左手に大やけどを負い(お )ました。悲鳴(ひめい)を聞いて、外で野良(のら)仕事(しごと)をしていた母シカが驚い(おどろ )てかけつけた時には、清作(せいさく)の手は、やけどで開く(ひら )ことができなくなっていました。一八七七年、福島(ふくしま)県(けん)の猪苗代湖(いなわしろこ)のそばにある小さな村でのできごとです。
 当時の医療(いりょう)では、やけどでくっついた指(ゆび)をもとの通りに戻す(もど )手術(しゅじゅつ)は不可能(ふかのう)でした。何軒(けん)も医者(いしゃ)をたずね、遠い町の医者(いしゃ)に、
「残念(ざんねん)だが、この子の手はなおらん」 
と言われた時、シカは声をあげて泣き(な )ました。 
 まだ幼い(おさな )友達(ともだち)は、清作(せいさく)の手を見てからかいました。清作(せいさく)はものをつかむことも、自由(じゆう)に動かす(うご  )こともできない左手をくやしがって、一人泣く(な )こともありました。しかし、学校にあがってからは、たいへん熱心(ねっしん)に勉強(べんきょう)し、だれにも負け(ま )ない成績(せいせき)をおさめたのです。
 父親が大酒(おおざけ)飲みで(の  )働か(はたら )ないため、たいへん貧しかっ(まず   )た清作(せいさく)のうちでは、どんなに優秀(ゆうしゅう)でも上の学校へ進学(しんがく)させる余裕(よゆう)がありませんでした。子供(こども)の清作(せいさく)にとっては、母のシカしか頼る(たよ )人がいなかったのです。しかし、ちょうど清作(せいさく)のいる小学校に巡回(じゅんかい)に来ていた小林先生が、清作(せいさく)の勉強(べんきょう)に対する( たい  )熱意(ねつい)を知り、清作(せいさく)の進学(しんがく)を助け(たす )てくれたのです。
 また、先生はアメリカ帰りの高い技術(ぎじゅつ)を持つ(も )医師(いし)に紹介(しょうかい)状(じょう)を書いてくれました。大変(たいへん)お金のかかる手術(しゅじゅつ)が必要(ひつよう)でしたが、先生や学校の友達(ともだち)がお金を出し合ってくれて、清作(せいさく)は手術(しゅじゅつ)を受ける(う  )ことができました。ついに、指(ゆび)が一本一本離れ(はな )、ものをにぎれるようになったのです。 
 清作(せいさく)は、直してくれた医師(いし)や恩人(おんじん)の小林先生らに感謝(かんしゃ)しながら、心に誓っ(ちか )たことがありました。 
 「一生治ら(なお )ないと思っていた左手が、医学(いがく)の力で治っ(なお )た。私(わたし)も将来(しょうらい)医者(いしゃ)になって、自分のように苦しむ(くる  )人々を助け(たす )たい。それが∵私(わたし)の恩返し(おんがえ )だ」 
 この清作(せいさく)少年こそが、のちの野口英世(ひでよ)です。その献身(けんしん)的(てき)な研究(けんきゅう)ぶりは、まさに寝る(ね )間も惜しむ(お  )ほどだったそうです。留学(りゅうがく)先のアメリカでは、「日本人はいつ眠る(ねむ )のだ」と他国(たこく)の学者(がくしゃ)を驚か(おどろ )せるほどの猛(もう)勉強(べんきょう)をし、その生涯(しょうがい)を医学(いがく)の研究(けんきゅう)にささげたのです。

 言葉(ことば)の森長文(ちょうぶん)作成(さくせい)委員(いいん)会(φ)
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 種の起源 読解マラソン集 小3 秋 10番
 読解マラソン集は、みなさんの声を取り入れて編集します。ご意見ご要望は、マラソン広場まで。 http://www.mori7.com/marason/hiroba/
 『種(しゅ)の起源(きげん)』の著者(ちょしゃ)チャールズ・ダーウィンがミミズの研究(けんきゅう)を始め(はじ )たのは、二十八歳(さい)のときでした。それ以来(いらい)、ダーウィンは四十年以上(いじょう)もミミズの観察(かんさつ)を続け(つづ )ました。ダーウィンが最初(さいしょ)に目をつけたのは牧草(ぼくそう)地です。最初(さいしょ)はでこぼこで石ころだらけだったはずの牧草(ぼくそう)地の土が細かくしっとりとした土になり、地面(じめん)が平ら(たい )になっていくのは、ミミズが土を食べて、土のフンをするからではないかと考えたのです。つまり、ミミズが長い年月をかけて、土を耕し(たがや )ているのではないかと思いついたのです。 
 ダーウィンは、十年ほど前に土をよくするために石灰(せっかい)をまいたという牧草(ぼくそう)地に行ってみました。すると、石灰(せっかい)は、地表(ちひょう)から七・五センチぐらいのところに埋まっ(う  )ていました。ダーウィンはミミズが石灰(せっかい)の上にフンをして、十年の間にこれだけ埋め(う )てしまったに違い(ちが )ないと考えました。しかし、もしかしたら、その十年の間に、誰(だれ)かが土をまいたのかもしれません。ほかの動物(どうぶつ)や風が土を運ん(はこ )できたということも考えられます。そこで、ダーウィンは、これがミミズの仕事(しごと)だったということを自分の目で確かめよ(たし   )うと決意(けつい)しました。 
 ある年の冬、三十三歳(さい)のダーウィンは、自宅(じたく)の裏(うら)に広がる牧草(ぼくそう)地に石灰岩(せっかいがん)の破片(はへん)をばらまきました。この場所(ばしょ)なら毎日観察(かんさつ)することができます。しかし、石灰岩(せっかいがん)の破片(はへん)が埋まっ(う  )て見えなくなるまでに数年、ミミズが耕す(たがや )土の量(りょう)をほぼ正確(せいかく)に計算できるようになるまでに数十年かかります。ダーウィンは、来る日も来る日も牧草(ぼくそう)地をながめながら、この気の遠くなるような年月を待ち(ま )続け(つづ )ました。
 もちろん、この間、ダーウィンはただ待っ(ま )ていただけではありません。ミミズにガラスやれんがのかけらを食べさせたらどうなるか、地面(じめん)の下に何匹(ひき)くらいミミズがいるか、ミミズのフンはどのように移動(いどう)するのかなど、ミミズに関する( かん  )さまざまな実験(じっけん)を行いました。まさにミミズづけの数十年間だったのです。ミミズのフンの研究(けんきゅう)ばかりしているダーウィンに、もう青年になっていた子供(こども)た∵ちは憤慨(ふんがい)しました。それでも、ダーウィンは実験(じっけん)を続け(つづ )ました。
 最初(さいしょ)に石灰岩(せっかいがん)の破片(はへん)をまいてから二十九年たち、ダーウィンは六十二歳(さい)になっていました。その年の十一月、ついに牧草(ぼくそう)地を掘る(ほ )日がやってきました。ダーウィンは、牧草(ぼくそう)地にざくっとスコップをさしこみます。土を持ち上げる(も あ  )と、白いものが見えます。それは、言うまでもなく、二十九年前に牧草(ぼくそう)地にばらまいた石灰(せっかい)でした。深(ふか)さ五十センチほどの穴(あな)を掘る(ほ )と、周囲(しゅうい)の土の壁(かべ)に一筋(ひとすじ)石灰(せっかい)の層(そう)が見えます。石灰(せっかい)は、地表(ちひょう)から十七・五センチぐらいのところに埋まっ(う  )ていました。二十九年間で十七・五センチということは、毎年約(やく)六ミリずつ埋め(う )られていたことになります。これは、もちろんミミズのはたらきによるものです。 
 ダーウィンは、この研究(けんきゅう)を三百ページをこえる一冊(さつ)の本にまとめ上げました。進化(しんか)論(ろん)の提唱(ていしょう)者(しゃ)として有名(ゆうめい)なダーウィンですが、その一方でミミズのような小さな生き物(い もの)の研究(けんきゅう)にも生涯(しょうがい)をささげたのです。みんなが見向き(みむ )もしないような小さな生き物(い もの)に注目(ちゅうもく)し、その生態(せいたい)を明らかにしたダーウィン。そのダーウィンが亡くなっ(な   )たのは、ミミズの本を書き上げてから半年後のことでした。

 言葉(ことば)の森長文(ちょうぶん)作成(さくせい)委員(いいん)会(Λ)
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 二種類の生き物が 読解マラソン集 小3 秋 11番
 読解マラソン集は、みなさんの声を取り入れて編集します。ご意見ご要望は、マラソン広場まで。 http://www.mori7.com/marason/hiroba/
 二種類(しゅるい)の生き物(い もの)が一緒(いっしょ)に暮らす(く  )ことを共生(きょうせい)といいます。その一例(れい)がイソギンチャクとクマノミです。普通(ふつう)、魚がイソギンチャクの触手(しょくしゅ)に触れる(ふ  )と、毒針(どくばり)によって麻痺(まひ)させられてしまいます。しかし、クマノミの体の表面(ひょうめん)には特殊(とくしゅ)な粘液(ねんえき)が分泌(ぶんぴつ)されていて、イソギンチャクの毒(どく)には反応(はんのう)しません。クマノミが出す粘液(ねんえき)の成分(せいぶん)はイソギンチャクの粘液(ねんえき)の成分(せいぶん)と似(に)ているため、イソギンチャクはクマノミをえさと見なしません。このため、クマノミはイソギンチャクの周り(まわ )をすみかにして、恐ろしい(おそ   )敵(てき)から身(み)を守る(まも )ことができるのです。
 クマノミの体は、どの種類(しゅるい)も赤、オレンジ、黄色、黒、白などが組み合わさった鮮やか(あざ  )な色をしています。歌舞伎(かぶき)役者(やくしゃ)の隈取り(くまど )した化粧(けしょう)に似(に)ているのでクマノミという名前がついたそうです。
 では、イソギンチャクにとって、クマノミが周囲(しゅうい)にいることにどんな利点(りてん)があるのでしょうか。クマノミは、イソギンチャクの周り(まわ )に縄張り(なわば )を持っ(も )ており、イソギンチャクの触手(しょくしゅ)などを食いちぎって食べる魚など、イソギンチャクの敵(てき)を追い払い(お はら )ます。また、イソギンチャクの触手(しょくしゅ)の間にえさを置い(お )ておくのですが、その一部(いちぶ)はイソギンチャクのえさにもなるようです。つまり、クマノミとイソギンチャクは、お互いに( たが  )身(み)を守っ(まも )てもらったり、えさの一部(いちぶ)を分けてもらったりして、ギブアンドテイクの関係(かんけい)を保っ(たも )ているのです。
 イソギンチャクカクレエビも、その名のとおり、イソギンチャクと一緒(いっしょ)に暮らす(く  )仲間(なかま)です。また、ヤドカリやカニの中には、自分のはさみや貝殻(かいがら)にイソギンチャクをつけて、身(み)を守る(まも )ものもいます。お互いに( たが  )えさのやりとりもしているようです。
 ハゼとエビも共生(きょうせい)しています。ハゼは、エビが苦労(くろう)して掘っ(ほ )た巣(す)穴(あな)に同居(どうきょ)します。視力(しりょく)のよくないエビにとって、自分の代わり(か  )に見張り(みは )をしてくれるハゼは歓迎(かんげい)すべき同居(どうきょ)人です。また、エビが外出するときも、ハゼは忠実(ちゅうじつ)なボディガードの役割(やくわり)を果たし(は  )ます。∵巣(す)穴(あな)の外にいるとき、エビは自分の触覚(しょっかく)をハゼの体に常に(つね )ぴたりとくっつけています。敵(てき)が近づいてくると、ハゼは、尾びれ(お  )をふるわせてエビに合図をします。エビは、危険(きけん)を察知(さっち)してすぐに巣(す)穴(あな)に入ります。もちろん、ハゼも一緒(いっしょ)に巣(す)穴(あな)に戻り(もど )ます。ハゼとエビは、同じ巣(す)穴(あな)の中で、ハーハー、ゼーゼーと息(いき)を切らしながら、「危なかっ(あぶ   )たね。」と話をしているのかもしれません。
 ホンソメワケベラとクエは掃除(そうじ)共生(きょうせい)する組み合わせとして知られています。クエは、本来、小魚をえさとしています。ホンソメワケベラは、クエに近寄っ(ちかよ )たら一口で食べられてしまいそうな小さな魚です。しかし、不思議(ふしぎ)なことに、ホンソメワケベラが近くに来るどころか、クエの口の中に入っても、クエは決して(けっ  )ホンソメワケベラを食べようとはしません。これは、ホンソメワケベラがクエの寄生虫(きせいちゅう)を掃除(そうじ)してあげているからです。クエは、口やえらなどにについた寄生虫(きせいちゅう)をきれいさっぱりホンソメワケベラに取っ(と )てもらって上機嫌(じょうきげん)というわけです。クエがホンソメワケベラを食えないわけはここにあるのです。ホンソメワケベラにとって、寄生虫(きせいちゅう)はえさにもなるし、大きな魚と一緒(いっしょ)にいることで敵(てき)から身(み)を守る(まも )こともできて一石二鳥です。 
 共生(きょうせい)関係(かんけい)にある生き物(い もの)たちは、違う(ちが )種類(しゅるい)であるにも関わら(かか  )ず、調和(ちょうわ)を保っ(たも )て、平和(へいわ)な関係(かんけい)を維持(いじ)しているのです。

 言葉(ことば)の森長文(ちょうぶん)作成(さくせい)委員(いいん)会(Λ)
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 駄洒落とは 読解マラソン集 小3 秋 12番
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 駄洒落(だじゃれ)(ダジャレ)とは、音が同じかそっくりな言葉(ことば)をならべて遊ぶ(あそ )言葉(ことば)遊び(あそ )です。江戸(えど)中期(ちゅうき)の雑俳(ざっぱい)と呼ば(よ )れる短い(みじか )詩(し)のひとつと言われています。地口(じぐち)とも呼ば(よ )れます。この雑俳(ざっぱい)に詠わ(うた )れる内容(ないよう)は、みんなの知っている言葉(ことば)や、芝居(しばい)の有名(ゆうめい)なせりふをもとにした機知(きち)に富ん(と )だおもしろいことがらです。いろいろな言葉(ことば)をよく知っていて、世の中(よ なか)のことに精通(せいつう)し、センスがよいと気の利い(き )たじょうずなシャレができるのです。ですから、江戸(えど)時代(じだい)では、シャレのうまい人を教養(きょうよう)があるとみなしたようです。立派(りっぱ)な庶民(しょみん)の文化(ぶんか)だったわけです。地口(じぐち)に合った絵を行灯(あんどん)に描い(えが )て、秋のお祭り( まつ )に使っ(つか )たという「地口(じぐち)行灯(あんどん)」は、最近(さいきん)復活(ふっかつ)して関東(かんとう)地方のあちこちで、作られているようです。 
 しかし、正統(せいとう)派(は)の俳人(はいじん)や文化(ぶんか)人と言われる人たちの中には、ばかばかしいおふざけと見る人もあり、シャレに「駄(だ)」がつけられてしまったのです。もともとは「洗練(せんれん)されている」「洒落(しゃれ)ていて趣(おもむき)がある」という意味(いみ)だったシャレですが、つまらない・粗末(そまつ)な・でたらめといった意味(いみ)を表す(あらわ )、不名誉(ふめいよ)な「駄(だ)」がつけられてしまいました。 
 さて、ダジャレにはどんなものがあるのでしょう。いろいろな種類(しゅるい)がありますが、まずはちょっとした語呂合わせ(ごろあ  )で作る「同じ読み方の言葉(ことば)を使っ(つか )たもの」。これには、「電話にはでんわ」、「アルミ缶(かん)の上にあるミカン」などがあります。全く(まった )同じ音なのに全然(ぜんぜん)違う(ちが )ものを表し(あらわ )ているという意外(いがい)性(せい)のおもしろさがあります。ダジャレといえば、このようなものを思い浮かべる(おも う   )人も多いでしょう。少し発展(はってん)させると、「とかげと影(かげ)」「机(つくえ)にくっつく絵」「宝(たから)があったから」などができます。 
 次に(つぎ )、「似(に)たような音を持つ(も )言葉(ことば)を使っ(つか )たもの」があります。「とこやはどこや」「めじろのねじろ」「迷子(まいご)の舞妓(まいこ)」などがそれにあたります。気軽(きがる)にひょいと口をついて出るような軽い(かる )ダジャレ∵です。少し無理(むり)があると、またそれがおもしろくなることもあります。 
 三つめは、ニつの言葉(ことば)をくっつけて作ったやや上級(じょうきゅう)編(へん)です。「布団(ふとん)がお山の方まで吹っ飛ん(ふ と )だ!」「おやまぁ。」ちょっとしたストーリーができあがります。 
 さらに、一つの文にニつの意味(いみ)をもたせるものがあります。「風林火山ない?」と「風鈴(ふうりん)飾ん(かざ )ない?」、「倒産(とうさん)か辛かっ(つら  )たな」と「父さんカツラ買ったな」、「私(わたし)と居(い)てください」と「渡し(わた )といてください」などです。ダジャレのつもりでなく、口にして、「あれ、勘違い(かんちが )」ということもあるかもしれません。 
 江戸(えど)時代(じだい)には文化(ぶんか)だったダジャレですが、最近(さいきん)では若者(わかもの)たちに親父ギャグなどと呼ば(よ )れて、肩身(かたみ)のせまいところです。しかし、日本語独特(どくとく)の音のおもしろさ、言葉(ことば)から広がるイメージなどを共有(きょうゆう)することで、場が和み(なご )、楽しい気分になるものです。ダジャレを最も(もっと )よく言う層(そう)は、小学校高学年の男子と四十代(だい)以上(いじょう)のサラリーマンだそうです。語彙(ごい)が増え(ふ )て、ユーモアを解する(かい  )ようになったダジャレ入門者(しゃ)の小学生と、忙しい(いそが  )生活や仕事(しごと)に疲れ(つか )、つかのまの癒し(いや )をダジャレに求める(もと  )ダジャレ世代(せだい)のお父さんたちというわけです。 
 欧米(おうべい)人は冗談(じょうだん)が好き(す )で、ユーモアとウィット(機知(きち))に富ん(と )だ会話を楽しむ、とよく言われます。ユーモアのセンスというのは、言っている本人はもちろん、相手(あいて)も楽しくなり、円滑(えんかつ)な人間関係(かんけい)を結ぶ(むす )上で大変(たいへん)重要(じゅうよう)なものです。
 ダジャレの特徴(とくちょう)は、子供(こども)から大人までだれでも気軽(きがる)に言えることです。「日本じゃだれでも、ダジャレを言える」となったら、ダジャレは日本の伝統(でんとう)文化(ぶんか)の一つとして世界(せかい)に誇れる(ほこ  )ものになるかもしれません。

 言葉(ことば)の森長文(ちょうぶん)作成(さくせい)委員(いいん)会(φ)
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