今、地球上には 読解マラソン集 小3 秋 1番
読解マラソン集は、みなさんの声を取り入れて編集します。ご意見ご要望は、マラソン広場まで。 http://www.mori7.com/marason/hiroba/
今、 地球上には、百五十万 種類を 超える生物がいます。そのうちの八十万 種類が 昆虫で、四十万 種類が 動物で、 残りの三十万 種類が 植物です。もし、 世界が十 種類の 生物の村だったら、五 種類が 昆虫で、三 種類が 動物で、 残りの二 種類が 植物ということになります。 昆虫の 種類がずいぶん多いということがわかります。もしかすると、 昆虫がこの 地球でいちばん元気よく 暮らしていると言えるのかもしれません。そう言えば、ゴキブリなどは、元気のかたまりのようです。
生物は、 約三十 億年前に 原始的な 生物から 進化してきました。 進化の 過程で 絶滅した 生物も 含めると、今の 生物の 種類の百 倍、一 億五千万 種類もの 生物がいたと 推定されています。
どの 生物も自分が生きるのに 都合のよい形をしています。 例えば、キリンは首が長いので、遠くにいる 敵を見つけたり、高い木の 枝の 葉を食べたりすることができます。ゾウは 鼻が長いので、自分の 鼻をホースがわりにしたり、 鼻を手のように 使ったりすることができます。三グラムしかないジネズミは、自分の小ささをうまく生かして生きています。 逆に百三十トンもあるクジラも、自分の大きさをうまく生かしていきています。このジネズミとクジラがシーソーをしたとすると、つりあいを 取るためには、一頭のクジラの 反対側に、四千万 匹以上ものジネズミがぶらさがらなければなりません。これぐらい 違いのある 生物がそれぞれ、自分の 長所を上手に生かして生きているのです。
このように多くの 種類の 生物がいる 理由を、 昔は、 神様が作ったからだと考えていました。しかし、いくら 神様でも、百五十万 種類もの 生物を作るのは 大変です。それでも、 昔の人は、 神様ならそういう 神業ができると考えていたのです。
十八 世紀に、ゾウの 化石を 研究した 学者が、 生物の中には 既に絶滅したものがあるということを 発見しました。ラマルクは、この∵考えを 発展させて、 生物の 種が 変化するという 説を 述べました。 例えば、キリンは、高いところに生えている 葉を食べるために、首を長く 伸ばしているうちに、今のようなキリンになったと言うのです。
しかし、この 説には 重大な弱点がありました。 確かに一頭のキリンの一生 に関して言えば、高いところの 葉を食べようとしているうちに、だんだんと首が長くなるということは言えるかもしれません。しかし、その首の長さがそのまま 子供に 受け継がれるかどうかということはわかりません。
みなさんのお父さんやお母さんが 子供のときにしっかり 勉強してくれたおかげで、あなたは生まれつき何でも知っていたということになれば、これほどいいことはありません。しかし、 実際には、あなたはあなたでまた 最初からお父さんやお母さんがしたのと同じ 勉強をしなければなりません。こういうことを見ると、親の 獲得した 能力がそのまま 子供に 受け継がれるということはないようです。
ラマルクの 説を 批判する 学者は、 次のような 実験をしました。まず、ネズミのしっぽを 短く切ってしまいます。ネズミにはかわいそうですが、しっぽだけなので 命には 別状がなかったというところが少しほっとするところです。このしっぽを切ったネズミから生まれたネズミのしっぽも、また 短く切ってしまいます。このようにして、何 代もしっぽを 短く切ったにもかかわらず、生まれる 子供はいつもしっぽの長いネズミでした。
しかし、この 実験は、ラマルクの 説を 批判するにはあまり 確かなものとは言えませんでした。なぜなら、ネズミは自分から 進んでしっぽを 短くしようとしたのではなく、 無理矢理しっぽを 短くさせられたからです。この 実験のために何 匹ものネズミのしっぽを切った 学者は今ごろ、「しっぽの 実験はしっぽい( 失敗)だったなあ」と思っているかもしれません。
言葉の森 長文作成委員会(Σ)
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ダーウィンのお父さんとおじいさんは 読解マラソン集 小3 秋 2番
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ダーウィンのお父さんとおじいさんは、 医者でした。ダーウィンも 最初は大学の 医学部に入れられて 勉強をしていました。しかし、ダーウィンは、 成績が 悪く、やる気が見られませんでした。見かねたお父さんは、ダーウィンを 医者にすることをあきらめて、 牧師になるための大学に入れなおしました。しかし、ダーウィンはここでも 牧師の 勉強には 関心がなく、 博物学という 動物や 植物の 勉強にばかり 夢中になっていました。
やっと大学を 卒業したダーウィンは、 今度は 海軍の 測量船に 乗って 世界中を見て回ることにしました。お父さんは、船で 世界一周することなどはもちろん大 反対です。しかし、 周りの人の 助けも 借りて何とかお父さんを 説得したダーウィンは、それから五年間、ビーグル 号に 乗って 世界中を 探検しました。
南米のガラパゴス 諸島で、ダーウィンは 不思議なことに気づきました。ガラパゴス 諸島の 島と 島の間には 速い海流が 流れていて、 動物たちが行き来することができません。そのような 閉ざされた 島にすむ 動物たちは、 島ごとに 姿形が 変わっていたのです。 例えば、ヒワという鳥のくちばしが、ある 島では 昆虫を食べるのに 都合よくできているの に対し、ほかの 島では 植物を食べるのに 都合よくできているというようなことです。
ダーウィンは、この 観察をもとに、 自然淘汰という考えを作り上げました。つまり、それぞれの 環境に 適したものが 生き残り、 適さないものが 淘汰されることによって、だんだんと 種が 進化していくという考え方です。
当時の人々は、 生物の 種は 神様が作ったもので 最初から 完全な形であり、 進化することなどはありえないと考えていたので、ダーウィンは多くの人から 批判されました。 更に、ダーウィンが、 進化論を人間にあてはめて、「人間もサルから 進化した」と 述べると、∵ 批判は 更に大きく広がりました。人間が 神様から作られたものだという考えと、サルから 進化したものだという考えでは、天と地ほどの 差があったからです。
しかし、ダーウィンの考え方は科学 的で、だれもが 納得せざるをえない 根拠を 持っていたので、 次第に多くの人が 認めるようになりました。
ところが、この 進化論にも弱点がありました。それは 第一に、 環境に 適したものが 生き残るという考え方で 説明するには、 生物の 種類があまりにも多いということです。もし、ライオンが 地球の 環境に 最も適していたとすれば、ほかの 動物は 全部ライオンとの 生存競争に 負けて、 地球上にはライオンしかいなくなってしまってもおかしくありません。 地球の 環境に 最も適しているものがラッコだったらもっと 大変です。右を 向いてもラッコ、左を 向いてもラッコで、どこを見てもラッコラッコラッコラッコラーッと、いつの間にか 怒られているようです。
進化論の 第二の弱点は、 自然淘汰だけで 進化を 説明しようとすると、鳥のくちばしの 変化ぐらいまでは 説明できても、アメーバが魚になり、魚が 爬虫類になり、 爬虫類が 哺乳類になるというような大きな 変化は 説明しにくいということです。
進化論の 第三の弱点は、 進化論そのものよりも、その 進化論を 利用した社会の 問題でした。 進化論は、 欧米諸国がアジアやアフリカを 植民地にするときに、その 裏づけとなる考えとして 利用されました。つまり、白人は 最も優れていて、 有色人種はそれよりも 劣り、その 有色人種よりも 更に劣っているのがサルだという考え方が、白人の 支配を正当 化したのです。
このような弱点はあったものの、ほぼ一人で 進化の 全体像を考え出したダーウィンは、人間のものの見方を大きく 前進させたのでした。 言葉の森 長文作成委員会(Σ)
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藤原道長は 読解マラソン集 小3 秋 3番
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藤原道長は五番目の子だったので、父の 位である 摂政や 関白を 継ぐことができるとはだれも思っていませんでした。しかし、 子供のころから 負けず嫌いで、気が強く、また 胆のすわったところのある道長は、のちに 強運も 手伝って、 事実上、 天皇以上の 権力を 持つ摂政・ 関白の 位につき、 全盛をきわめました。そして、ほこらしげに「 この世をばわが 世とぞ思う 望月のかけたることもなしと思えば」( この世は 私の 世だと思うよ。今日の 満月のように 欠けているところがないと思えば)という歌をよみました。 権力をほしいままにした道長は、 莫大な 財産を 持っていたので、それを生かし、 貴族の 文化、 平安文化をささえました。 漢詩や 和歌、 絵巻物、そしてかな文字による文学は、この 時代に大きく 発展しました。 紫式部の「 源氏物語」や 清少納言の「 枕草子」などもこの 時代の 作品です。
さて、 子供のころの道長はどんなふうだったのでしょう。兄たちとともに父の前に 呼ばれた時のことです。父 兼家は、できのよい 公任という自分のいとこの 息子を引き合いに出し、「お前たちは、 公任のかげもふめんぞ」と 叱咤激励しました。兄たちは、うなだれて聞いていましたが、道長だけは、「あいつの 影なんか、たのまれてもふむもんか。 私だったら、顔をふんづけてやる」と言ったそうです。なんという 負けん気の強い 性格でしょう。
また、道長は十七 歳の時、 仕えていた 天皇の 発案で 肝試しをしました。雨のふりしきる 真っ暗な夜、 怖い話を聞いた後、 天皇は、そこにいた三人にそれぞれ 違う場所に一人でいってくるように言いました。 他の二人はおそるおそる出かけたと思ったら、すぐに「ぶきみな声が聞こえた」とか「 怪物が出た」などと 叫びながら 舞い戻ってきました。道長はと言うと、 指示された 大極殿という 場所に一人で行き、 証拠として 柱の木を小刀でけずりとってきたのです。ま∵さか、一人で行けるまいと思った 天皇が 翌日調べさせてみると、 削り取った 木片はぴたりと 柱のえぐれた 部分に合いました。 天皇はその 勇気におどろきました。
このように、 積極的で 怖いもの知らずの道長は、人生を 前向きに生きるすべを 幼いころから知っていたかのようです。だからこそ、 強運を 呼び込むことができたのでしょう。父の後を 継いだ一番上の兄 道隆は、 関白になったものの 伝染病で 亡くなってしまいました。その兄の後を 継いだ 次の兄 道兼もまた同じ 伝染病で、 関白になってたった一週間で 命を 落としました。時の 天皇はそのあとの 関白を 決めるのに 迷っていました。すると、 天皇の母が、自分の弟でもある道長を強く 推薦しました。
出世する道は長いと思っていた道長でしたが、三十 歳のころには 政府の 第一人者となっていました。「 望月」の歌は道長が五十三 歳のころに 詠んだものです。
言葉の森 長文作成委員会(φ)
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寝る子は育つ 読解マラソン集 小3 秋 4番
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「 寝る子は 育つ」ということわざがあります。 昔の人は 理屈でなく 経験で 理解していたのでしょうが、このことわざのとおり、 寝る子が 育つのには科学 的な 根拠があるのです。日の出とともに 起き、日の入りとともに 眠るような 時代と 異なり、 現代の人々は夜も 活動を 続けています。ですから、大人はもちろん、 子供が 眠りにつく時間も年々 遅くなる一方です。しかし、夜 更かしは 健全な 成長のためにも 勧めることはできません。たとえ 遅く寝たとしても、 ある程度の 睡眠時間を 確保できればいいのだろうと思うかもしれませんが、そうではありません。 睡眠も、 量より 質が 問題になってくるのです。 睡眠の場合、 眠りに 就く時間が 重要なポイントになります。「 早起きは三文の 得」ということわざがあるのも、 実は納得できる 理由があるのです。
それでは、どうして 遅く寝るのはいけないのでしょうか。 睡眠中には大切なホルモンが 分泌されます。 成長期の子どもたちに 最も重要なのが 成長ホルモンです。このホルモンは夜九時から二時くらいの間に 盛んに 分泌されます。ホルモンは夜中に出るもん(出るもの)なのです。ですから、この時間には 眠りに 就いている 必要があります。 成長ホルモンの 主な 働きは、 骨の 成長を 促し、 筋肉を作る たんぱく質の 合成を 助け、日中 活動して 痛んだ 細胞を 修復することです。名前のとおり、体の 成長に 欠かせないものと言えます。
ほかにメラトニンというホルモンも 忘れてはなりません。このホルモンは 暗くなると 分泌される 性質があり、電気を 煌々と 灯した明るい 部屋で夜 更かしをしていると 分泌量が 減少してしまいます。メラトニンには人間の 自然な生活のリズムを 整える働きや、 酸素の 毒性から体を 守る働き、それに 加えて 免疫を 強化する 働きがあります。∵
遅く寝た場合、これらのホルモンが十分に 分泌されず、体に 支障をきたす 恐れがあります。このことから、 健康な体を 維持するためには、早く 眠りに 就き十分な 睡眠時間を 確保することが大切だとわかります。
睡眠には 深い眠りと 浅い眠りがあることが知られています。 浅い眠りでは 脳はまだまだ 活動しています。日中のできごとを思い出し、 記憶として 定着させています。ですから、日中いっしょうけんめい 勉強したことが、 浅い眠りを通して 記憶として 定着するわけです。
浅い眠りと 深い眠りは九十分ごとに 入れ替わると考えられていますが、 眠りに 就く時間が 遅く睡眠時間が少なくなった場合は、 眠りのほとんどを 深い睡眠が 占めてしまいます。というのも、 脳に 休養を 与えるという、人が生きていくうえで 重要な 眠りが 深い眠りだからです。 睡眠時間が足りなくなった場合は、 浅い眠りの出番はなくなってしまうのです。
毎日 深夜まで 勉強していると、かえって 脳を 痛めつけることにもなりかねません。せっかくの 努力を 無駄にしないためにも、また 効率よく 学習の 成果をあげるにも、早い時間に 床に 就き能率のよい 睡眠をとりましょう。
言葉の森 長文作成委員会(ω)
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包丁で指を 読解マラソン集 小3 秋 5番
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包丁で 指を切ってしまったり、 転んでひざをすりむいたり、そんな 怪我をした 経験はだれにでもあるでしょう。そんなとき 傷口から 血が出てきます。ひどい 怪我の場合は 血が 流れ出ることもあります。 痛いのはもちろんのこと、 普段はあまり見ることのない赤い 血がにじみ出てくるのですから、しばらくは 大騒ぎしてしまうかもしれません。その 騒ぎがおさまり、心も 平静を 取り戻す頃、 傷口ににじんでいた 血は、 糊のように 固まってきているはずです。やがて少しずつ 乾いて 固くなり、かさぶたになるのです。
血、つまり 血液にはたくさんの 働きがあります。 傷口から出てきた 血液が 固まるのは、 血小板という 物質が 働いてくれるためです。 血液はいくつかの 成分が合わさって形作られていますが、 血液の中で 血小板が 占める割合は 約五パーセントにすぎません。ふだん 静かな 血小板は、 怪我をしたときにだけ、まるで 決勝戦のように大 活躍するのです。
では、けがをしたときに 血小板はどのように 働いて 血を止めるのでしょうか。 血管のどこにも 傷がなく、 止血の 必要がないときの 血小板の形は、丸くて 平たく、まるでおはじきのようです。そのおはじきは 血液の 流れとともに、体中をめぐっています。町中を 巡回するおまわりさんといったところでしょうか。
ところが、 血管に 傷口ができるという 緊急事態が 発生すると、 巡回中の 血小板たちはあっというまに 現場に 集まってきます。そのときは、おはじきだった体を 金平糖のように 変化させます。この 変身は「 血小板の 活性化」と 呼ばれています。 平たかった体はボールのような 球状に 変わり、おまけに何本もの手足が 飛び出してきます。この手足は 偽足と 呼ばれますが、「にせのあし」と書かれたその字のごとく、まるで足のような 働きをします。 緊急時の 血小板は、この 偽足をじょうずに 操って 血管の中をすばやく 移動し∵ます。そうして 傷口に 血小板が 集まってきたところが、 糊のようになった 状態なのです。
ここからかさぶたができるにはもう一つ 別な 物質の力を 借りねばなりません。その 物質とは、やはり 血液中に 存在するフィブリンという タンパク質の 一種です。このフィブリンが糸のようになり 絡み合ってできたネットが 傷口を 補強します。こうしてかさぶたが 完成するのです。すばらしい 連係プレーと言えそうです。
さて、 傷口を 補強してくれるフィブリンですが、このような 糸状のものが 血液の中に 流れていたら、 血液はうまく 流れることができず、つまってしまいます。そこで、フィブリンは 害のない 別な形に 姿を 変えて出番を 待っています。フィブリンのもとになるものは、 血液の中では一つずつばらばらになって 静かに 流れています。 緊急事態が 発生すると、これがいくつもつながって 糸状のフィブリンに 変身するのです。
言葉の森 長文作成委員会(ω)
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ミツバチの群れは 読解マラソン集 小3 秋 6番
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ミツバチの 群れは、一 匹の 女王蜂と数千 匹から数万 匹の 働き蜂、 繁殖期に 現れる二千 匹から三千 匹の 雄蜂で 構成されています。それぞれの 役割分担も 明確で、 高度な 巨大社会を 形成していると言ってもよいでしょう。
ミツバチは、 規則正しい六角形を組み合わせて 巣板を作ります。 巣板を 構成する六角形の 小部屋は 巣房と 呼ばれます。 巣房は、 育児、 花粉の 貯蔵、花 蜜の 貯蔵、ハチミツの 加工など、さまざまな 目的に 利用されています。それぞれの 作業を 効率よく行えるように、 巣房の 配置も 考慮されています。
では、ミツバチは、なぜ六角形の 巣を作るのでしょうか。もしミツバチの 巣が丸だったら、上下左右に 並べていくとき、 無駄なスペースができてしまいます。もし四角だったら、 巣と 巣の間に 隙間はなくなりますが、ミツバチが 巣に入ったときに 無駄なスペースができてしまいます。ミツバチの 体型から考えると、六角形がいちばん 効率がよいのです。
ミツバチの 巣の 材料は、 働き蜂の 腹部から 分泌される 蝋片です。 働き蜂は、その 蝋片を、 後肢の 内側にあるブラシ 状の毛を 使って 抜き取り、 肢についた 蝋片を大あごでくわえ、それをかみ 砕きながらはりつけていきます。この 根気のいる 作業を 続けるだけでも 大変なことですが、 定規も 分度器もコンパスも 持たずに六角形の 巣を 規則正しく並べていくのですから、まさに 神業としか言いようがありません。
以前は、ミツバチが 最初に丸い形の 巣を作り、それが 周囲から 押しつぶされて 自然に六角形になると考えられていました。しかし 実際にミツバチの 巣づくりの 様子を 観察したところ、 初めから六角形を作っていることが分かったのです。
一九六六年、ドイツの二人の 学者は、ミツバチの 巣が 横向きに作られていることから、六角形の 巣を作る 秘密は、 重力に 関係ある∵のではないかと考えました。 巣を作るとき、ミツバチは、頭を上下左右に 向けたいろいろな 姿勢を 取らなければなりません。そのときに体にかかる 重力は 絶えず変化します。そこで、二人が 注目したのが、 働き蜂の首と 腹にある 感覚毛です。二人は、 実験から、ミツバチは首の 感覚毛が頭に 触れることによって 重力の 方向を 感知していることをつきとめました。ミツバチは、 感覚毛の 接触によって、自分の体の 向きを知り、六角形の 巣を作っていたのです。
ミツバチの 巣がいかに 巧妙に作られているかは、数学 者たちの 研究によっても 証明されています。三つの 菱形からなる 中央部のそれぞれの 角度は一〇九 度二八分ですが、この数字は、 使う蝋の 量を 最小にして 巣を作った場合の 角度なのです。数学 者たちが 微分学の 理論を 使ったむずかしい計算をして出した数字をミツバチは生まれながらに知っていたことになります。
ハニカム 構造と 呼ばれる六角形の組み合わせは、 効率がよいだけではなく、 安定した形でもあります。 外部から力が 加えられたとき、うまく力を 分散することができるのです。ダイヤモンドや雪の 結晶は、このハニカム 構造になっています。また、 建築材料、 航空機の 翼の 内部、サッカーゴールのネット、スキー 板の 内部などにもこのハニカム 構造が 応用されています。ハニカム 構造がこんなにも 幅広く採用されていることをミツバチが知ったら、はにかんでしまうかもしれません。
言葉の森 長文作成委員会(Λ)
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左胸の下の方に 読解マラソン集 小3 秋 7番
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左 胸の下の方に手を当ててみると、 心臓がドキドキと 規則正しく動いているのがわかります。 心臓は、 全身に 血液を 送り出すポンプの 役割をしています。 心臓は、 動物が生きているかぎり、休みなく 動き続けます。 動物が生きていられるのは、 心臓が休むことなく体のすみずみまで 血液を 送り続けているからなのです。
血液は体中に 酸素や 栄養分を 運びます。 酸素は、 息を 吸うことによって 肺から 血液の中に 取り入れられます。 栄養分は、 食べ物を 摂取することによって 腸から 血液の中に 取り入れられます。 心臓は、昼も夜も休むことなく 働き続けています。もし、 心臓が 休憩したら、 酸素や 栄養分が体に回らなくなってしまいます。いくら 私たちが「 栄養はもうええよう。」と言っても、 心臓はその 動きを止めません。
激しい運動をしたり、 緊張したりすると、 心臓の 鼓動が 速くなります。これは、体や頭が 酸素や 栄養分をたくさん 必要とするため、 血液の 流れを 速くしようと 心臓の 動きが 活発になるからです。
血液の 仕事は、 酸素や 栄養分を 送り届けることだけではありません。 不要になったものを 回収する 働きもしています。 二酸化炭素や 老廃物を 回収してくれるのです。 酸素や 栄養分が通る 血管は 動脈、 二酸化炭素や 老廃物が通る 血管は 静脈といいます。
心臓は、にぎりこぶしくらいの大きさで、こぶしをにぎったり、ゆるめたりするような 動きをくりかえしながら、体中に 血液を 循環させています。 心臓は、手や足の 筋肉とは 違う、 非常に 丈夫な 特別の 筋肉でできています。また、 脳からの 命令で 動いているのではないことも一つの 特徴です。ふつう、体の 筋肉は、 脳の 命令で 動いていますが、 心臓の場合は 脳の 命令とは 関係なく、ひとりでにちぢんだり、ふくらんだりしているのです。∵
さて、 心臓のドキドキという音ですが、この音は 心臓の中についている 弁が 閉じるときの音です。ストーブに 石油を入れるポンプを 思い浮かべてみましょう。ポンプで 石油を 吸い込むとき、まず下のふたが 開いて 石油を 吸い込みます。その 石油を 吸い込み終わると、ふたはすぐに 閉じてしまいます。 次に、 石油を 送り出すときには、 別のふたが 開いて 石油が 別の方に 流れていきます。ポンプは、二つのふた、つまり 弁を 開いたり 閉じたりしながら、 石油を 送り出しているのです。
心臓もこの 石油ポンプと同じしくみになっています。 心臓の中にもふたがあり、このふたが 開いたりしまったりしながら、 血液を 送り出しています。 心臓の 弁は、 流れた 血液が 逆周りになって 戻ってこないように、音がするほど強くしめます。この音がドキドキという音になって聞こえるわけです。
哺乳類や 鳥類の 心臓は、田んぼの田の字の形のように四つの 部屋に分かれています。 爬虫類や 両生類の 心臓は三つの 部屋に、 魚類の 心臓は二つの 部屋に分かれています。 石油ポンプにはもちろん一つの 部屋しかありません。 部屋が分かれていると、それぞれの 部屋で 役割を 分担できるので、 心臓の 性能がよくなります。
人間の 心臓は、田の字の 向かって左上から体中の 汚れた 血を 回収し、それを左下に 集めて 肺に 送り込みます。 肺できれいになった 血液は田の字の右上で 集められ、右下から 勢いよく 再び全身に 流れていきます。
言葉の森 長文作成委員会(Λ)
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食虫植物とは 読解マラソン集 小3 秋 8番
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食虫植物とは、 葉などで虫や 小動物をつかまえて 消化し、 栄養分として 吸収する 植物のことです。 食虫植物と言っても、しょっちゅう虫をつかまえているわけではありません。 食虫植物も 普通の 植物と同じように、日光から 栄養分を自分で作っているので、虫を食べなくても 枯れることはないからです。ただ、 育ちが少し 悪くなることはあります。 食虫植物は、 世界には、五百 種あまり、日本にも、二十 種あまりが自生しています。数ある 食虫植物の中から、ハエトリグサ、ウツボカズラ、モウセンゴケの三 種類を 紹介しましょう。
ハエトリグサの 葉には、 片側に三つずつ、合計六本の小さな毛が生えています。虫がこの毛に二回さわると、すぐに 葉が 閉じて虫をつかまえます。虫があたふたしているうちにふたが 閉まってしまうわけです。なぜ二回さわるまで 葉を 閉じないかというと、一回だけでは虫が 葉っぱのまん中に入っていないかもしれないからです。二回ならほとんど 間違いなく虫が 真ん中に入っているだろうというわけです。ハエトリグサは 用心深い性格なのかもしれません。
葉を 閉じてからもしばらくは、 葉の中に虫が 動ける隙間があります。しかし、虫をつかまえてから一日 経つと、 葉をぴたりと 閉じて虫を 押しつぶしてしまいます。そして、 消化液を出して虫をどんどんとかしてしまいます。虫を 完全にとかすまでには十日ぐらいかかります。その後、また 葉を 開いて、 次の 餌食となる虫を 待つのです。
ウツボカズラのふくろにはふたがあります。このふたの 裏やふくろの口のまわりから 甘いミツを出して虫をおびきよせます。ふくろの 表面はロウのようになっていてとてもすべりやすいので、虫たちがいくらもがいても 徒労に 終わってしまいます。ミツを目当てにやってきた虫たちは、 結局は足をすべらせてふくろの中に 落ちて∵しまいます。ふくろの下にはいつも 消化液がたまっています。ウツボカズラは、ふくろの 内側にあるぶつぶつから虫の 栄養分を 吸い取っています。一方 的に 栄養分を 取るだけですから、 物々交換とはいかないようです。ふくろについているふたですが、このふたは雨を 防ぐためのもので、虫をつかまえた後も 閉まりません。
モウセンゴケの 仲間は、 北極、 南極、 砂漠をのぞく、ほぼ 世界中に 分布しています。日本でも北から南までどこでもよく見ることができます。モウセンゴケの 葉には 腺毛が生えていて、その先からねばねばした 液を出して虫を 捕えます。赤い 腺毛の先にねばねばがきらきらと光り、まるでダイヤモンドダストのようです。 葉の上に虫がとまると、毛が 素早く動きだします。毛だけでなく 葉も虫をつつみこむように 動き、虫をとかす 消化液を出します。十時間もすると、 葉は虫をくるくる 巻きにして、ゼンマイのような 姿になります。そして、 消化液でとかされた虫の 栄養分を 吸い取り、その後、まるで 何事もなかったようにまた 葉を 開いて 次の虫を 待ちます。「モウセンゴケ」とは名ばかりで、「もう、せん。」と言いながらも 次々に虫をつかまえてしまうようです。
言葉の森 長文作成委員会(Λ)
| 読んだ回数を「正」で記録しておきましょう。 読解マラソン集 回目 8番目 |
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清作は一歳半の時に 読解マラソン集 小3 秋 9番
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清作は一 歳半の時に、いろりに 落ちて、左手に大やけどを 負いました。 悲鳴を聞いて、外で 野良仕事をしていた母シカが 驚いてかけつけた時には、 清作の手は、やけどで 開くことができなくなっていました。一八七七年、 福島県の 猪苗代湖のそばにある小さな村でのできごとです。
当時の 医療では、やけどでくっついた 指をもとの通りに 戻す手術は 不可能でした。何 軒も 医者をたずね、遠い町の 医者に、
「 残念だが、この子の手はなおらん」
と言われた時、シカは声をあげて 泣きました。
まだ 幼い友達は、 清作の手を見てからかいました。 清作はものをつかむことも、 自由に 動かすこともできない左手をくやしがって、一人 泣くこともありました。しかし、学校にあがってからは、たいへん 熱心に 勉強し、だれにも 負けない 成績をおさめたのです。
父親が 大酒飲みで働かないため、たいへん 貧しかった 清作のうちでは、どんなに 優秀でも上の学校へ 進学させる 余裕がありませんでした。 子供の 清作にとっては、母のシカしか 頼る人がいなかったのです。しかし、ちょうど 清作のいる小学校に 巡回に来ていた小林先生が、 清作の 勉強に対する熱意を知り、 清作の 進学を 助けてくれたのです。
また、先生はアメリカ帰りの高い 技術を 持つ医師に 紹介状を書いてくれました。 大変お金のかかる 手術が 必要でしたが、先生や学校の 友達がお金を出し合ってくれて、 清作は 手術を 受けることができました。ついに、 指が一本一本 離れ、ものをにぎれるようになったのです。
清作は、直してくれた 医師や 恩人の小林先生らに 感謝しながら、心に 誓ったことがありました。
「一生 治らないと思っていた左手が、 医学の力で 治った。 私も 将来医者になって、自分のように 苦しむ人々を 助けたい。それが∵ 私の 恩返しだ」
この 清作少年こそが、のちの野口 英世です。その 献身的な 研究ぶりは、まさに 寝る間も 惜しむほどだったそうです。 留学先のアメリカでは、「日本人はいつ 眠るのだ」と 他国の 学者を 驚かせるほどの 猛勉強をし、その 生涯を 医学の 研究にささげたのです。
言葉の森 長文作成委員会(φ)
| 読んだ回数を「正」で記録しておきましょう。 読解マラソン集 回目 9番目 |
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種の起源 読解マラソン集 小3 秋 10番
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『 種の 起源』の 著者チャールズ・ダーウィンがミミズの 研究を 始めたのは、二十八 歳のときでした。それ 以来、ダーウィンは四十年 以上もミミズの 観察を 続けました。ダーウィンが 最初に目をつけたのは 牧草地です。 最初はでこぼこで石ころだらけだったはずの 牧草地の土が細かくしっとりとした土になり、 地面が 平らになっていくのは、ミミズが土を食べて、土のフンをするからではないかと考えたのです。つまり、ミミズが長い年月をかけて、土を 耕しているのではないかと思いついたのです。
ダーウィンは、十年ほど前に土をよくするために 石灰をまいたという 牧草地に行ってみました。すると、 石灰は、 地表から七・五センチぐらいのところに 埋まっていました。ダーウィンはミミズが 石灰の上にフンをして、十年の間にこれだけ 埋めてしまったに 違いないと考えました。しかし、もしかしたら、その十年の間に、 誰かが土をまいたのかもしれません。ほかの 動物や風が土を 運んできたということも考えられます。そこで、ダーウィンは、これがミミズの 仕事だったということを自分の目で 確かめようと 決意しました。
ある年の冬、三十三 歳のダーウィンは、 自宅の 裏に広がる 牧草地に 石灰岩の 破片をばらまきました。この 場所なら毎日 観察することができます。しかし、 石灰岩の 破片が 埋まって見えなくなるまでに数年、ミミズが 耕す土の 量をほぼ 正確に計算できるようになるまでに数十年かかります。ダーウィンは、来る日も来る日も 牧草地をながめながら、この気の遠くなるような年月を 待ち続けました。
もちろん、この間、ダーウィンはただ 待っていただけではありません。ミミズにガラスやれんがのかけらを食べさせたらどうなるか、 地面の下に何 匹くらいミミズがいるか、ミミズのフンはどのように 移動するのかなど、ミミズ に関するさまざまな 実験を行いました。まさにミミズづけの数十年間だったのです。ミミズのフンの 研究ばかりしているダーウィンに、もう青年になっていた 子供た∵ちは 憤慨しました。それでも、ダーウィンは 実験を 続けました。
最初に 石灰岩の 破片をまいてから二十九年たち、ダーウィンは六十二 歳になっていました。その年の十一月、ついに 牧草地を 掘る日がやってきました。ダーウィンは、 牧草地にざくっとスコップをさしこみます。土を 持ち上げると、白いものが見えます。それは、言うまでもなく、二十九年前に 牧草地にばらまいた 石灰でした。 深さ五十センチほどの 穴を 掘ると、 周囲の土の 壁に 一筋石灰の 層が見えます。 石灰は、 地表から十七・五センチぐらいのところに 埋まっていました。二十九年間で十七・五センチということは、毎年 約六ミリずつ 埋められていたことになります。これは、もちろんミミズのはたらきによるものです。
ダーウィンは、この 研究を三百ページをこえる一 冊の本にまとめ上げました。 進化論の 提唱者として 有名なダーウィンですが、その一方でミミズのような小さな 生き物の 研究にも 生涯をささげたのです。みんなが 見向きもしないような小さな 生き物に 注目し、その 生態を明らかにしたダーウィン。そのダーウィンが 亡くなったのは、ミミズの本を書き上げてから半年後のことでした。
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二種類の生き物が 読解マラソン集 小3 秋 11番
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二 種類の 生き物が 一緒に 暮らすことを 共生といいます。その一 例がイソギンチャクとクマノミです。 普通、魚がイソギンチャクの 触手に 触れると、 毒針によって 麻痺させられてしまいます。しかし、クマノミの体の 表面には 特殊な 粘液が 分泌されていて、イソギンチャクの 毒には 反応しません。クマノミが出す 粘液の 成分はイソギンチャクの 粘液の 成分と 似ているため、イソギンチャクはクマノミをえさと見なしません。このため、クマノミはイソギンチャクの 周りをすみかにして、 恐ろしい敵から 身を 守ることができるのです。
クマノミの体は、どの 種類も赤、オレンジ、黄色、黒、白などが組み合わさった 鮮やかな色をしています。 歌舞伎役者の 隈取りした 化粧に 似ているのでクマノミという名前がついたそうです。
では、イソギンチャクにとって、クマノミが 周囲にいることにどんな 利点があるのでしょうか。クマノミは、イソギンチャクの 周りに 縄張りを 持っており、イソギンチャクの 触手などを食いちぎって食べる魚など、イソギンチャクの 敵を 追い払います。また、イソギンチャクの 触手の間にえさを 置いておくのですが、その 一部はイソギンチャクのえさにもなるようです。つまり、クマノミとイソギンチャクは、 お互いに身を 守ってもらったり、えさの 一部を分けてもらったりして、ギブアンドテイクの 関係を 保っているのです。
イソギンチャクカクレエビも、その名のとおり、イソギンチャクと 一緒に 暮らす仲間です。また、ヤドカリやカニの中には、自分のはさみや 貝殻にイソギンチャクをつけて、 身を 守るものもいます。 お互いにえさのやりとりもしているようです。
ハゼとエビも 共生しています。ハゼは、エビが 苦労して 掘った 巣穴に 同居します。 視力のよくないエビにとって、自分の 代わりに 見張りをしてくれるハゼは 歓迎すべき 同居人です。また、エビが外出するときも、ハゼは 忠実なボディガードの 役割を 果たします。∵ 巣穴の外にいるとき、エビは自分の 触覚をハゼの体に 常にぴたりとくっつけています。 敵が近づいてくると、ハゼは、 尾びれをふるわせてエビに合図をします。エビは、 危険を 察知してすぐに 巣穴に入ります。もちろん、ハゼも 一緒に 巣穴に 戻ります。ハゼとエビは、同じ 巣穴の中で、ハーハー、ゼーゼーと 息を切らしながら、「 危なかったね。」と話をしているのかもしれません。
ホンソメワケベラとクエは 掃除共生する組み合わせとして知られています。クエは、本来、小魚をえさとしています。ホンソメワケベラは、クエに 近寄ったら一口で食べられてしまいそうな小さな魚です。しかし、 不思議なことに、ホンソメワケベラが近くに来るどころか、クエの口の中に入っても、クエは 決してホンソメワケベラを食べようとはしません。これは、ホンソメワケベラがクエの 寄生虫を 掃除してあげているからです。クエは、口やえらなどにについた 寄生虫をきれいさっぱりホンソメワケベラに 取ってもらって 上機嫌というわけです。クエがホンソメワケベラを食えないわけはここにあるのです。ホンソメワケベラにとって、 寄生虫はえさにもなるし、大きな魚と 一緒にいることで 敵から 身を 守ることもできて一石二鳥です。
共生関係にある 生き物たちは、 違う種類であるにも 関わらず、 調和を 保って、 平和な 関係を 維持しているのです。
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駄洒落とは 読解マラソン集 小3 秋 12番
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駄洒落(ダジャレ)とは、音が同じかそっくりな 言葉をならべて 遊ぶ言葉遊びです。 江戸中期の 雑俳と 呼ばれる 短い詩のひとつと言われています。 地口とも 呼ばれます。この 雑俳に 詠われる 内容は、みんなの知っている 言葉や、 芝居の 有名なせりふをもとにした 機知に 富んだおもしろいことがらです。いろいろな 言葉をよく知っていて、 世の中のことに 精通し、センスがよいと気の 利いたじょうずなシャレができるのです。ですから、 江戸時代では、シャレのうまい人を 教養があるとみなしたようです。 立派な 庶民の 文化だったわけです。 地口に合った絵を 行灯に 描いて、秋の お祭りに 使ったという「 地口行灯」は、 最近復活して 関東地方のあちこちで、作られているようです。
しかし、 正統派の 俳人や 文化人と言われる人たちの中には、ばかばかしいおふざけと見る人もあり、シャレに「 駄」がつけられてしまったのです。もともとは「 洗練されている」「 洒落ていて 趣がある」という 意味だったシャレですが、つまらない・ 粗末な・でたらめといった 意味を 表す、 不名誉な「 駄」がつけられてしまいました。
さて、ダジャレにはどんなものがあるのでしょう。いろいろな 種類がありますが、まずはちょっとした 語呂合わせで作る「同じ読み方の 言葉を 使ったもの」。これには、「電話にはでんわ」、「アルミ 缶の上にあるミカン」などがあります。 全く同じ音なのに 全然違うものを 表しているという 意外性のおもしろさがあります。ダジャレといえば、このようなものを 思い浮かべる人も多いでしょう。少し 発展させると、「とかげと 影」「 机にくっつく絵」「 宝があったから」などができます。
次に、「 似たような音を 持つ言葉を 使ったもの」があります。「とこやはどこや」「めじろのねじろ」「 迷子の 舞妓」などがそれにあたります。 気軽にひょいと口をついて出るような 軽いダジャレ∵です。少し 無理があると、またそれがおもしろくなることもあります。
三つめは、ニつの 言葉をくっつけて作ったやや 上級編です。「 布団がお山の方まで 吹っ飛んだ!」「おやまぁ。」ちょっとしたストーリーができあがります。
さらに、一つの文にニつの 意味をもたせるものがあります。「風林火山ない?」と「 風鈴飾んない?」、「 倒産か 辛かったな」と「父さんカツラ買ったな」、「 私と 居てください」と「 渡しといてください」などです。ダジャレのつもりでなく、口にして、「あれ、 勘違い」ということもあるかもしれません。
江戸時代には 文化だったダジャレですが、 最近では 若者たちに親父ギャグなどと 呼ばれて、 肩身のせまいところです。しかし、日本語 独特の音のおもしろさ、 言葉から広がるイメージなどを 共有することで、場が 和み、楽しい気分になるものです。ダジャレを 最もよく言う 層は、小学校高学年の男子と四十 代以上のサラリーマンだそうです。 語彙が 増えて、ユーモアを 解するようになったダジャレ入門 者の小学生と、 忙しい生活や 仕事に 疲れ、つかのまの 癒しをダジャレに 求めるダジャレ 世代のお父さんたちというわけです。
欧米人は 冗談が 好きで、ユーモアとウィット( 機知)に 富んだ会話を楽しむ、とよく言われます。ユーモアのセンスというのは、言っている本人はもちろん、 相手も楽しくなり、 円滑な人間 関係を 結ぶ上で 大変重要なものです。
ダジャレの 特徴は、 子供から大人までだれでも 気軽に言えることです。「日本じゃだれでも、ダジャレを言える」となったら、ダジャレは日本の 伝統文化の一つとして 世界に 誇れるものになるかもしれません。
言葉の森 長文作成委員会(φ)
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