森の長文/読解マラソン長文  ●文章類似度判定


 北極探検 κ
 北極地方は、寒さがたいへん厳しく、海もほとんど氷でおおわれています。今では、北極には陸地がないことがわかっていますが、16世紀の地図の中には、北極点を中心に四つの大陸が描かれているものがあります。北極点が陸地か海かということさえ、長い間、なぞだったのです。
 16世紀に、船による北極探検が始まりました。現在では、人工衛星を使って地球を観察することができますが、北極海には、厚さが3〜4メートルもある氷が一面に浮かび、ゆっくりと移動しています。北極探検では、厳しい寒さのために凍死したり、移動してきた氷に船が閉じ込められて遭難するなどして、多くの命が失われました。
 もう一つ、探検家たちに恐れられていたのは、壊血病という原因不明の病気です。これにより、隊員たちが次々と倒れていくこともありました。この病気の原因がわかったのは、18世紀になってからです。それはビタミンCの不足でした。航海中には、野菜や果物などの新鮮な食べ物を食べることが難しいので、知らず知らずのうちにビタミンCが足りなくなっていたのです。原因がわかってからは、壊血病の予防ができるようになりました。
 19世紀の終わりから20世紀の初めにかけて、探検家たちはさまざまなルートから船で北極圏に入り、地球の最も北である北極点をめざしました。ノルウェーのナンセンは北極点からわずか430キロメートルのところまで、船で近づくことができました。また、南極探検で有名なアムンゼンは、大西洋からアメリカ大陸の北を通って太平洋にぬける北西航路を、初めて通過することに成功しました。
 西洋人として北極点に一番最初に立ったのは、アメリカのロバート・ピアリーだと言われています。しかし、彼も簡単に北極点に到達できたわけではありませんでした。初めて北極点に挑んだ探検は大失敗に終わり、凍傷により足の指を八本も失ってしまったのです。それでもピアリーは負けませんでした。失敗した体験を生かし、長い時間をかけて計画を練り直し、1908年、新たな探検に出ました。この探検では、寒さに強い犬ぞりや、イグルーという氷で作った家をうまく使い、1909年、北極に挑み続けて23年目にして、ついに北極点に到達することができました。16世紀に北極地方への探検が始まってから、約300年もの年月がたっていました。
 西洋人にとっては、長い間、北極は未知の世界でしたが、北極圏には、もともと先住民族が住んでいました。彼らはイヌイットと呼ばれており、何世紀もの間、外部とほとんど接触をしないで暮らしてきました。海に住むアザラシやセイウチなどの狩りを中心に生活を営み、独自の文化を作っていたのです。イヌイットは、西洋人よりもはるかに北極のことをよく知っており、探検家たちが、彼らから学ぶべきことは多くありました。最後の探検のとき、ピアリーは、厳しい北極の環境に慣れた多くのイヌイット人を連れていました。イヌイット人の力を借りたことも、ピアリーを成功にみちびく大きな要因だったのでしょう。