森の長文/読解マラソン長文  ●文章類似度判定


 コーヒーの歴史 Μ
 コーヒーのない喫茶店やレストランを想像できますか。紅茶の専門店でないかぎり、そのような店はまずありません。コーヒーは、世界でもっとも親しまれている飲み物のひとつなのです。
 世界中で、毎日二十二億五千万杯ものコーヒーが消費されます。世界人口が約六十億人ですから、ほぼ三人に一人が毎日一杯のコーヒーを楽しんでいる計算です。世界中で売り買いされるコーヒーの量は膨大で、その売上額は年間八兆五百億円にも上ります。この点でコーヒーを上回るのは、唯一石油だけなのです。
 このように世界中で親しまれているコーヒーですが、その歴史がアフリカに始まったことはあまり知られていません。十五世紀まではもっぱらアラビア半島でのみ栽培され、門外不出とされていました。しかし千六百十六年、ついにオランダ人がコーヒーの種子ないしは苗木を手に入れました。栽培に成功した彼らは、後に一本の苗木をオランダ本国へ持ち込みます。
 そして千七百十四年、コーヒーの木はフランスへ渡ります。時の国王ルイ十四世への贈り物とされたのです。その苗木は王の植物園に植えられ、大切に育てられます。当時、コーヒーの木は大変な貴重品でした。一本でも傷つけて枯らそうものなら死刑になったほどです。フランスはコーヒーの栽培と輸出に乗り出しますが、計画はことごとく失敗しました。ある時などは、一本を除いて全ての木が枯れてしまったと言われています。
 しかしここに、デ・グリューという名の海軍士官が現われます。彼はひそかにコーヒーの苗木を持ち出し、カリブ海にある自分の農園で栽培しようと考えました。千七百二十三年、彼はパリのコーヒーの木から取った苗木を船に乗せて出帆します。
 パリからカリブ海への船旅は苦労の連続でした。最初の敵は船に乗り合わせたある男で、彼はデ・グリュー士官をうらやみ、苗木を横取りしようとたくらみます。こうして、まるで美しい女性を奪い合うかのように、大の男二人が争います。コーヒーの苗木をめぐる死闘が繰り広げられ、結局デ・グリュー士官が彼女を、ではなく苗木を死守しました。すさまじい情熱です。
 船旅には付き物の危険にも遭遇しました。海賊に襲われたかと思えば、猛烈な嵐にも遭いました。当時の船は帆船でしたから、風のない赤道付近で進めなくなり、立ち往生したこともあります。水が不足したので、わずかな飲み水を皆で分け合いました。とても苗木に与える余裕などありません。それでもコーヒーの木は生き延びました。なんとデ・グリュー士官は、自分に配分されるわずかな水を苗木に分け与えていたのです。やはりすさまじい情熱です。
 こうした涙ぐましい努力の結果、コーヒーの木はカリブ海にある彼の農園に無事到着しました。この海を渡った苗木は、南北アメリカ諸国にコーヒーの栽培を広めるもととなりました。そして今では、八十ほどの国や地域で、推定百五十億本ものコーヒーの木が栽培されているのです。
 コーヒーは、デ・グリュー士官を始め色々な人の汗と涙の結晶です。次にコーヒーを飲む時は、この茶色い豆が旅してきたはるかな道のりに思いをはせてみましょう。少ししょっぱい味がするかもしれませんね。