森の長文/読解マラソン長文  ●文章類似度判定


 旨味の発見(味その3) τ
 ドイツの心理学者であるヘニングが、塩味、酸味、甘味、苦味の四つの基本の味があって、どんな味もその組み合わせでできているという説を発表して以来、基本の味についてはもうこれ以外にないと思われていました。しかし、味覚を研究していた日本人の化学者達は、これにもう一つ、「旨味」を加えるべきだと主張しました。
 この旨味の成分を発見し、初めて学会に報告したのは、池田菊苗(いけだきくなえ)博士です。博士はある日、夕飯を食べていて、妻が作ったお吸い物のあまりのおいしさに感動を覚えたのです。そして、「この味は、四つの基本味だけで出せる味ではない」と確信し、旨味の研究に取りかかりました。
 お吸い物のだしは、昆布で取られていました。そこで博士は、40キログラムもの昆布からだし汁を作り、そこから旨味以外のすべての成分を取り除いていくという、気の遠くなるような作業を続けました。そして最後に残った旨味の正体が、「グルタミン酸」という物質であることをつきとめたのです。一九○八年、池田博士はこれを学会に報告するとともに、調味料として大量生産する方法を発明しました。そしてこの旨味の素は、「味の素」として商品化され、今でも売られています。
 旨味の成分は、池田博士が発見したグルタミン酸以外にもあります。たとえば、煮干しや鰹節のだしの旨味は「イノシン酸」、干しシイタケやマツタケの旨味は「グアニル酸」です。日本料理の基本であるだしの味ですが、だしの味は外国にもないわけではありません。西洋料理には肉類と香味野菜を煮込んで取る「スープストック」や「ブイヨン」と呼ばれるだしがありますし、中華料理では、やはり同様にして作るだしを「湯(タン)」と呼んでいて、鶏ガラや干しエビ、白菜やネギなど、さまざまな材料が使われています。
 このように旨味は確かに味をよくする成分であるとは認められていましたが、旨味が第五の基本味であるということは、世界の人々になかなか受け入れてもらえませんでした。しかし、最近になってようやく、旨味は第五の基本味として認められ、そのまま「UMAMI」という用語となって世界中に知られるようになったのです。
 それでは、旨味は、なぜおいしく感じられるのでしょうか。それは、旨味の成分が、私たちの体を作るために欠かせないものだから、といわれています。グルタミン酸は「アミノ酸」というグループに属し、イノシン酸やグアニル酸は「核酸」と呼ばれるグループに入る化学物質です。そして、この両方ともが、私たちの体を作るのにとても必要なものなのです。つまり、体の方で、ちゃんとこれらをおいしく、たくさん取り込むようにできているのかもしれません。
 旨味は少量の塩が入ることで強くなります。また、ちがうグループの旨味を組み合わせることによっても、ぐんとおいしさがあがるそうです。したがって、うまく旨味を利用することで、かえって塩分を減らしたり、よりおいしい味付けも可能になるのです。ですから、鰹節と昆布の二種類で取るだしや、西洋料理や中華料理の肉と野菜で取るだしも、ちゃんとその理屈に合っているということです。
 ところで、昆布の旨味を発見した池田博士は、ロンドンに留学していた時、同じくロンドンに留学していた文学者の夏目漱石に会っています。もしかしたら、夏目漱石とも、「日本料理のおいしいだしの味が恋しいなあ」なんて話をしたでしょうか。