森の長文/読解マラソン長文  ●文章類似度判定


 ゆたかな紙の国 λ
 人間が「文字」を作ったとき、始めは石にきざんだりしていました。しかし、それでは時間もかかるし、重すぎて持ち運ぶことができません。人間が、かいこのまゆから繊維をとりだして絹の布を作ったり、麻などの植物から繊維をとり出して麻布を作ったりして、着るものをうまく作れるようになると、その布を作るわざを利用して、とうとう「紙」を発明することができました。紙は、麻の布のくずから作ることができたので、安い上に、軽くて、しかもひらべったいのでじゃまになりません。何枚もかさねて使うこともできます。
 こうして紙の発明で、文字も人間の社会にどっと広がるようになったのです。
 日本にも、1600年以上前に、中国から紙を作る方法がわたってきました。しかも、日本には紙にするのにとてもいい植物があったのです。日本人は昔から、あるものをくふうして、さらによいものにすることは得意でした。紙もそうです。あっというまに、厚い紙、うすい紙、かたい紙、やわらかい紙、白い紙、色のついた紙、そして、金や銀をちらしたり、よい香りがする紙さえ、作り出したのです。
 その時代に書かれた本には、「いろいろな紙をもらうと、この紙にあわせて、どんなふうにくふうして字や絵を描こうかと考えるのはとても楽しい」とか、「いやなことがあっても、真っ白で上等な紙のたばをもらうと、気持ちもはれて、ここに何を書こうかとうれしくなってくる」などとあります。この気持ちは今でも、きれいな折り紙や包み紙、まっしろできれいなノートなどをもらったときは、同じように感じられるのではないでしょうか。
 しかも、日本では古い紙をもう一度すきかえして、新しい紙にする技術さえ発明しました。そのような大昔に、日本では紙のリサイクルがもう行われていたのです。そのようなリサイクルの紙は真っ白でなくしっかりもしていなかったので、ふつうの人も買うことができる安い本になったのです。
 江戸時代になると、紙の本はたくさんの人が持つことができるようになりました。そればかりか、子どものための、紙細工のおもちゃまでたくさん作られるようになりました。これを「おもちゃ絵」といいます。そこには豆絵本のような本のかわりになるものもありましたが、はさみで切ってくみたてて遊ぶ紙おもちゃもさまざまな種類があったのです。きせかえ人形や、おしばいごっこの立ち絵、紙ずもうやめんこ、そして組み立て絵というものです。ほかにもすごろくやかるたもありました。
 そのころに書かれた本には、お母さんのこんなことばがあります。昔のことばなので、今のことばになおしてみると、こんなことを言っています。
「今の子どもたちはほんとうにぜいたくになって。金紙だの行成紙だの、役にもたたない紙を切りきざむし、かわり絵とやらいってね、あっちやこっちへひっくりかえすと、役者のはやがわりになるもの。あれをどんどん買っていって、箱にいっぱいになっているじゃありませんか、それを見て、きもがつぶれるほどびっくりですよ。それにおにいちゃんのほうも、シリーズものの本が出るたびに買うものだから、これもかごにぎっしりたまりました。やれ豊国がいいの、国貞もいいのと、絵をかくひとの名前まで覚えて、ほんとうに今の子ときたら、りこうになったものですよ」
 江戸時代の子どもたちも、今の子どもがゲームのカードをいっぱいためたり、マンガをどんどん買いそろえたりするのと、同じことをやっていたのです。そして、今のお母さんの中にも「役にもたたないものをあんなに集めて」となげいている人もいるでしょう。
 破れやすく、火には燃えてしまう紙と知ってはいても、それでも紙でできたものには、集めて愛さずにはいられない魅力があるのです。
 けれどそれは、日本に紙にちょうどいい植物があったことと、安い紙を作る技術を発明したからこそなのです。紙にちょうどいい植物がなかった国では、本が作られ、しかも子どもたちがぜいたくにそれを使って遊ぶようになったのは、ほんとうに最近のことなのですから。