森の長文/読解マラソン長文  ●文章類似度判定


 宇宙のひろがり μ
 いまから5000年くらい昔のことです。文明がさかえはじめたころの人々は、夜空を見上げて、宇宙というのは、自分たちの住んでいるこの地球だけだと思っていました。きらめく星は、空という高い天井にはりついているもので、太陽も月も、空にはりついて動いて行き、しずむと地面の下を通ってまた東にいくと考えていたのです。
 ギリシャ時代になって、宇宙のしくみが考えられるようになりました。2世紀頃に活躍した天文学者プトレマイオスは、天動説という考えを唱えました。それは、地球が宇宙の中心にあって、そのまわりを太陽や月や惑星がぐるぐる回り、いちばん外側に恒星があるという考え方でした。まだ、望遠鏡も発明されていない時代のこの考え方は、その後1000年もの間人々に信じられたのです。
 16世紀になって、地球が宇宙の中心という考え方に異議を唱えたのは、ポーランドの天文学者コペルニクスでした。コペルニクスの考え方は、宇宙の中心は太陽で、地球と惑星は太陽のまわりを円形の軌道にそって回っているというものでした。地球の方が動いていると考えられたことから、地動説と呼ばれています。
 はじめて望遠鏡を使って星を見たのは17世紀の初め、イタリアのガリレオ・ガリレイでした。ガリレオは望遠鏡によって、月のクレーターや、太陽の黒点などをつぎつぎと発見しました。そうして、ニュートンが「万有引力の法則」を発見すると、惑星の動きはもっと正確にわかるようになったのです。万有引力の法則では、すべてのものはたがいに引き合っていると考えられました。そこで、月と地球、地球と太陽もたがいに引かれ合っていて、まわりを回ることができるとしたのです。しかし、その時もまだ、宇宙の中心は太陽で、それを回る星の集団である太陽系でした。
 18世紀の終わりになって、イギリスの天文学者ハーシェルによって、宇宙は恒星の世界までひろがり、銀河系というものがわかるようになってきました。私たちの地球の位置が、銀河系の中のひとつになったのです。20世紀に入ると、すぐれた技術の望遠鏡が次々と開発され、恒星までの距離を測ることができるようになりました。この観測のおかげで、銀河系の大きさも、銀河系の中のさまざまな天体のこと、そして銀河系以外の銀河、さらに宇宙全体のすがたまでわかるようになってきたのです。