長文集  2月1週  ○つうしんぼ  te2-02-1
    毎日1ページ音読しましょう。漢字はふりがなをつけずに読めるようにしておきましょう。  2010/09/29 14:13:36
 【1】しゅうぎょうしきがおわりました。
 きょうしつへはいってから、つうちぼをも
らうのです。
 ほそ長い、四かくなつうちぼを、りょう手
を頭より高くさしあげて、うけとったとき、
ぼくのしんぞうは、どきどきっどきどきっ、
となりました。
 【2】そのどきどきは、ぼくがせきについ
て、人に見られないように、はおりでかくし
ながらつうちぼをひらいて見るまでつづきま
した。
 つうちぼのせいせきのところに、むずかし
い字が六つと、やさしい字が三つ、ついてい
ました。【3】やさしい字は乙でした。どう
したわけか、乙の字は、いつのまにか、おぼ
えていたのです。けれども、むずかしい六つ
の字はわかりません。
「なあんだ、むずかしい字ばっかしで、わか
らんなあ。」
 ほくは、ひとりごとをいいました。【4】
すると、となりのなおみちゃんが、
「のんちゃん! むずかしい字があるの。そ
いじゃあ、きっと優だもの。」
と、小さい声で、こっそりおしえてくれたの
です。
(そうか、優なのかあ、よかったあ。)
 ぼくは、もううれしくて、むちゅうでした

 【5】だから、「ふところに、ちゃんとし
まうんよ」と、でがけにいわれたかあさんの
いいつけなど、すっかりわすれてしまいまし
た。校門をでると、つうちぼを、わざと左手
で、人に見えるように高くもちあげてあるき
ました。
 【6】いちばんはじめに、となりのおじさ
んにあいました。おじさんは、ぼくがおもっ
たとおり、
「戸中谷(とちゅうや)のぼうか。どら、お
じさんに見せてくれるか。」
といいました。ぼくは、
「はい。」
と、にこにこしながら、むねをはって、この
すばらしいつうちぼをおじさんにさしだした
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のです。【7】すると、おじさんは、
「ほう。」
と、かんしんしてから、
「ぼうは、よくできるなあ。」
と、頭をなぜながらほめてくれました。ぼく
は、もう、ますますうれしくて、おどりある
きたいくらいでした。
 【8】それからは、どうろであう人には、
こちらから、∵
「おじさん、おじさん、ほら、ぼくのつうち
ぼだに。」
といって、だれにでも見せました。すると、
「ほう、よくできるなあ!」
と、みんなほめてくれるのです。【9】うれ
しくなったぼくは、はたけではたらいている
人にまで、かけていって、わざわざ、見せて
やったのです。
「かあちゃん、ほらつうちぼもらった。みん
な、よくできるってほめてくれた。」
 ぼくは、元気いっぱいにさけんで、かあさ
んにつうちぼをさしだしました。【0】かあ
さんは、ふしぎそうに、
「ええっ! みんなに、見せたのかえ。」
といいながら、いそいで見はじめました。
 すると、どうでしょう。かあさんの目から
、なみだがはらはらとながれだしたのです。
「のんちゃん。どうして人に見せたの。」
 かあさんは、きびしくいいました。
「だって、乙のほかは、むずかしい字だから
、優だと、なおみちゃんがおしえてくれたん
。」
「まあ、あきれた。これは、丙といって、で
きないというしるしなんよ。」
 かあさんの声は、かなしそうな、ふるえた
だみ声でした。
(なあんだ、丙だったのか。)
 ぼくは、もう、かあさんの顔を見ることが
できません。おもわ ず、だだだっと、かけ
だしていたのです。
「ちくしょう、ちくしょう、うそつきのおと
なのばかやろう! ばか、ばか!」
 人けのないくわばたけのかげで、おもいっ
きり土をたたきなが ら、ぼくは、声をころ
して、いつまでも、いつまでも、ないていま
した。

『はずかしかったものがたり』「つうしんぼ
」(代田昇)より