ハギ3 の山 5 月 1 週
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○自由な題名
○私のにがてな食べ物、家族で遊んだこと
★集めているもの、大笑いしたこと
○私にとって、小学校五年生になるというのは
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私にとって、小学校五年生になるというのは恐怖だった。四年生まではぼーっとしていても何の問題もなかったのだが、五年生になるといろいろと面倒なことを背負わされるからだった。近所に住む、同じ小学校に通う子たちとの集団登校のときも、今までみたいに、ただ足をたがいちがいに出していればいい、というわけにはいかない。
「集団登校のときは下級生の面倒をみる」
これが五年生になった、小学生のさだめなのであった。五年生になったその日から、私は集団登校の副責任者。異様なくらいにおっとりした、六年生のタカシくんが先頭を歩いてみんなを引率し、五年生の私はいちばん最後を歩く。みんなに変わったことがないかを気にしつつ、毎日、登校しなければならなくなったのだ。
六年生と五年生にサンドウィッチされた下級生どもは、こちらの気も知らないで、わいわいいいながら勝手に歩いた。自分の前の子のランドセルをつかんで、前後左右に大きくゆすり、その子の首がカクカクするのを見て喜ぶ奴(やつ)。道路わきのドブに、わざと片足をつっこんで、
「落ちる、落ちる」
とわめく奴(やつ)。
(これから学校に行くっていうのに、何でこんなに元気なんだ、こいつ)
去年までだったら、こんな奴(やつ)をみても、私はふふんと鼻でせせらわらってそっぽをむいていればよかった。しかし今年からは、ドブに片足をつっこむ奴(やつ)には、
「ほら、ほら、ちゃんと歩いて」
と注意する。いちおうは、
「はあい」
と返事をするものの、三歩歩いたらまたドブに足をつっこんで、
「わあ、落ちる、落ちる」
とわめいていた。
「ほら、ちゃんとしてよ」
ちょっと声を荒げると、
「うるせえなあ、デブ」
などという。私は五年生になったとたん、だんだん体重がふえはじめ、顔も体もまん丸になってきたのだ。いちばん気にしているこ∵とをいわれ、うんざりしながら前方を眺めていたら、突然、列が乱れた。二年生のシンジが転んだのだ。あわててかけ寄ると、シンジのすぐ後ろを歩いていた三年生のミチコが、
「あのね、あのね、シンジくんはね、後ろを向いて歩いていたんだよ。あたしがやめなさいっていったのに、後ろ向いてあっかんべえなんかやってたからね、石につまずいたんだよ」
と、たいした出来事でもないのに、興奮して目撃証言をした。
「ぴー」
彼は道路にはいつくばったまま、泣いていた。
「大丈夫?」
とりあえず私は声をかけた。
(このくらいのこと、平気だろ)
といいたかったが、私の立場ではそんなことはいってはいけないのだ。
「ぴー」
彼は道路につっぷしたまま、首を左右に振った。
「ほら、見せてごらん」
抱き起こしてふとシンジの顔をみると、左の鼻の穴から、練り歯磨きのチューブから絞りだしたような、太い鼻水がだらっと垂れていた。
(うわあ、きたない)
こんな奴(やつ)の面倒をみるのは嫌だったが、五年生の私はそんなことをいってはいけないのだ。膝のケガはたいしたことはなかったが、あまりにシンジが、
「痛い、痛い」
といってぴーぴー泣くので、タカシくんは私に、
「保健室に連れていったほうがいいかもしれない」
とぼそっといった。
(あーあ)
私はわからないようにため息をつき、まだぴーぴー泣いているシンジの手をひいて、みんなより先に学校に急いだ。
(群ようこ「膝小僧の神様」)