長文集  6月1週  ★消費者はもはや(感)  wa2-06-1
    毎日1ページ音読しましょう。漢字はふりがなをつけずに読めるようにしておきましょう。  2012/06/15 08:09:23
 【1】消費者は、もはや特殊な有用性ゆえ
にあるモノと関わるのではなく、全体として
の意味ゆえにモノのセットとかかわることに
なる。洗濯機、冷蔵庫、食器洗い機等は、道
具としてのそれぞれの意味とは別の意味をも
っている。【2】ショーウィンドウ、広告、
企業、そしてとりわけここで主役を演じる商
標は、鎖のように切り離し難い全体としての
モノの一貫した集合的な姿を押しつけてく 
る。【3】それらはもはや単なるひとつなが
りのモノではなくて、消費者をもっと多様な
一連の動機へと誘う、より複雑な超モノとし
て互いに互いを意味づけあっているが、この
限りにおいてはモノはひとつながりの意味す
るものなのである。(中略)
 【4】ある種の人々の見解からは、当惑が
顔をのぞかせている。「欲求は、経済学が関
与するあらゆる未知の要素のなかでも、最も
しつこく未知なるものである」(ナイト)。
【5】しかし、こうした当惑は、マルクスか
らガルブレイス、ロビンソン・クルーソーか
らションバール・ド・ローヴにいたる、人間
学的学説の主張者たちが、欲求についての長
ったらしいお説教をあきもせずに繰り返すこ
とをさまたげはしない。【6】経済学者にと
って、欲求とは「効 用」のことである。そ
れは消費を目的とした、すなわち財の効用を
消滅させることを目的としたしかじかの特殊
な財への欲求ということだ。【7】だから欲
求は手に入る財によってそもそもの初めから
すでに何らかの目標=終りにふり向けられて
おり、選好もまた市場で供給される生産物の
選び抜きによって方向づけられているわけ 
で、欲求とは結局支払い能力のある需要「有
効需要」である。【8】心理学者たちはもう
少し複雑な理論を作りあげ、それほど「モノ
志向」的ではなくそれ以上に本能志向的で、
いわば生得的で不明確な必然的性格をもった
動機を欲求だとする。最後に登場する社会学
者と社会心理学者にとっては、欲求は「社会
=文化的」性格をもっている。【9】学者た
ちは、個人は欲求を授けられ本性に従って欲
求の充足に駆り立てられるものだという人間
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学的仮説や、消費者は自由で意識的であり自
分が何を望んでいるか知っている存在だとい
う見解を疑問視せずに(社会学者は深層心理
的動機に疑問をもっている)、こうした観念
論的仮定にもとづいて欲求の「社会的力学」
の存在を認めようとし∵ている。【0】その
上で、集団内の関係から引き出された順応と
競争のモデル(「ジョーンズ一家に負ける 
な」)や、社会と歴史全体に結びついた大が
かりな「文化モデル」を登場させるのだ。
 彼らのなかには、大雑把にいって三つの立
場がある。
 マーシャルにとって、欲求は相互依存的で
合理的である。
 ガルブレイスにとって(彼については後で
また触れることにしよう)、選択は説得によ
って押しつけられる。
 ジェルヴァジ(およびその他の人びと)に
とって、欲求は相互依存的だが(合理的計算
の結果である以上に)、見習い学習の結果で
ある。
 ジェルヴァジはいう。「選択は偶然になさ
れるのではなくて、社会的にコントロールさ
れており、その内部で選択が行われる文化モ
デルを反映している。どんな財でもおかまい
なしに生産されたり、消費されたりするわけ
ではなく、財は価値の体系との関連において
何らかの意味をもたなくてはならない。」こ
の説は消費を社会統合の視点から見る立場へ
とわれわれを導く。「経済の目的は個人のた
めに生産を最大にすることではなくて、社会
の価値体系との関連において生産を最大にす
ることである」(パーソンズ)。同様に、デ
ューゼンベリーも同じ意味あいで、ヒエラル
キーにおける自分の位置に応じて財を選好す
ることが結局唯一の選択であると述べるだろ
う。消費者の行動をわれわれが社会現象と見
なすようになるのは、選択という行為がある
社会と他の社会では異なっていて同じ社会の
内部では類似しているという事実が存在する
からである。これが経済学者の考え方と異な
る点である。経済学者のいう「合理的」選択
は、ここでは一様な選択、順応性の選択とな
った。欲求はもはやモノではなくて価値をめ
ざすようになり、欲求の充足はなによりもま
ずこれらの価値への密着を意味するようにな
っている。消費者の無意識的で自動的な基本
的選択とは、ある特定の社会の生活スタイル
を受け入れることなのである。

 (ジャン・ボードリヤール著『消費社会の
神話と構造』より抜粋編集)